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過去のお話

「あ、あなた様! は、はなっ! 手を離してくださいませ! もう平気ですから」


 腕の中から飛び立とうとするも最高峰の極級魔法を使った反動で体を動かすことができず、結局は白磁のような肌を赤くしたまま抱きかかえられるエアリア。


 綾人はそんなエアリアを見て——うんうん——と頷いた後、目の前を見る。


 地面は大きくえぐれ。建物は倒壊。さながらクレーターのようになった中心地にいるはずの悪魔を探す。


 ——俺の記憶が確かならば悪魔は殺しても死なない——。と考えを巡らし砂塵が舞う周囲を窺う。


「あっぱれな一撃であったぞチミっ子よ! 思わず死にかけたわ」


 その声は背後から。


 予想通りとはいえあまりにも筋書き通りの展開に舌打ちをした綾人は振り返る。


「悪魔って死なねぇ〜の? お前らめんどくせぇから死んどけよ」


「随分な言われようじゃな。妾は仲良くしたいというのに」


 謙虚の欠片も感じない態度でレヴィは立っていた。


 ゴシックロリータに付着した砂塵を払い。広げた傘を畳むとステッキ代わりにし楽しげに綾人の周囲を歩き出す。


「な、どうして生きている⁉」


 エアリアは驚愕し怒りで震えだす。自身がもつ最大級の力を放ち殺したと思った相手は無傷のまま悠然とし、何も変わらない姿で歩いている


「手ごたえはあった、のに」


「生きている理由は簡単、妾は悪魔じゃからの」


 口元を半月に歪める悪魔の顔は否応にも恐怖を感じる。


「ぐぅ——この! 殺す」


 再度魔法を仕掛けようとするもエアリアは極級魔法の反動により体は動かない。綾人は必死にもがく精霊を見たあと悪魔を睨む。


「お前さ悪魔なんだよな?」


「そうじゃ」


「ふ~ん」


 気のない返事を返すも脳内では様々な思考を巡らす。


「じゃあ、あれか。糞ベルゼと同類ってことか?」


「ふむ。同類という例えが良いのかは分からんが、そう捉えてよいぞ」


 その言葉を聞き綾人はエアリアの反応を伺う。精霊は唇を噛み今にも襲い掛かろうとしている。


「空上綾人よ?」


 距離にして大よそ一歩。


 悪魔レヴィは綾人の目の前で奏でるような口調で名を呼ぶ。日の光をうけても汗一つかかない悪魔の白い肌。綾人の睨もどこか楽しむようにニヤついた笑みを張り付かせる。


「悪魔め! 貴様は私が殺してやる! あなた様、離してください、汚らわしい生き物め! どうしてお前のような者に我々が——」


「うるさいチミっ子じゃのう。妾は空上綾人と話がしたいのじゃが」


 エアリアの激情にレヴィが興味の無い表情を向ける。


「そもそも汚らわしい我ら悪魔の協力を得たのはどこのどいつじゃ、チミっ子よ」


 その言葉でエアリアは口をつぐむ、唇からは血が流れている。


「ベルゼの協力でこの帝国まで来ることが出来たであろう? 憎い獣の首を飛ばしてこれたろうに。悪魔を侮蔑するならばどうして悪魔の協力を得たのじゃ? 愚か者め」




 繋がったな。——綾人は目を閉じ深くため息を吐く。




 澄まし顔で小さな悪魔は真実を告げた。エアリアの心情を表すかのように脆弱な風が吹く。小ぶりな口から真実が語られていく。


「ベルゼはやってくれよったわ。妾の長年かけた豚の成り上がり計画を見事に潰してくれよって——まぁ、これはこれで面白かったから良しとするのじゃ」


「あ? さっきから意味不な事ばっか言いやがって、何だテメェは?」


 まるで喜劇の一幕のような口ぶりに反論するがそれもレヴィを楽しませる材料だったようだ。


「良い顔じゃの空上綾人。妾の理想は面白くない世を面白く。その想いを掲げて手始めに亜人帝国を作り変える。というからくりじゃよ」


 要領を得ないレヴィの言葉。綾人が睨むも——分らんのか? と減点を与える教師の態度で言葉が続く。


「なんじゃ。のみ込みが悪いの空上綾人よ。ベルゼは過大評価しているのか? まぁ良い本来ならば豚が亜人帝国の皇帝になった際に見せようと思っておった素敵な物語を見せてやろう。もうあの豚はダメなようじゃしな」


 そう言うと傘の石突を地面に当てる——。


 途端に日の光が途絶え綾人らの立つ場所に影が作られる。


 ——否、その場だけではなく亜人帝国全てが影の中にいた。


 仕掛けてくると思った綾人は身構えるもどうやら攻撃ではなく——。


「素敵な物語と言うたじゃろうに。人の話はちゃんと聞くもんじゃぞ」


 レヴィの白い指先が空を指す。


 見上げると、そこには大きな鏡があった。亜人帝国全てを隠すように上空に現れたのは巨大にすぎる丸鏡。


 自分の顔すら認識できないほど高い位置にある丸鏡は亜人帝国を写すと、次には無数の何かが丸鏡から大量に降ってくる。


 それは——小さな鏡——大きな鏡から小さな鏡が空を舞い、定められた規則性に基づくように宙を移動する。


 何がなんやらの状態に首を傾げていると綾人の目の前に小さな鏡が止まる。映し出された自分の顔は幾多の死線を乗り越えたからか少し男らしくなっていた。


「これは?」


 エアリアの呟きに下を向くと抱きかかえられる小さな精霊の前にも鏡が浮いていた。


「よしよし。準備できたようじゃな。ではこれより豚の成り上がりの上映じゃ。拍手せよ」


 レヴィの声に二人は反応しない。そんなことは想定済みとばかりに白い指先同士をこすり合わせ音を鳴らす。


 綾人の目の高さに浮く鏡。掌よりも少し大きい鏡が一度光ると小さな豚族の男の子が映し出された。




 豚族の男の子は薄暗く陰湿ないかにも底辺の路地裏という場所を歩いている。


 通りすがる者は全て亜人——場所は亜人帝国。


 少年はお腹に手を当てふらふらと歩いている。腹が減っているのが見て取れる。


 我慢が効かなくなり食べ物を盗むが直ぐに捕まり大人達に暴力を受ける。


 大人たちは必要以上に少年を殴る。その顔には残虐な笑みが浮かんでいる。トカゲ、ドワーフ、エルフの暴力が終わっても少年は立てずにその場に倒れ伏す。顔は腫れ、血を流し、全身に痣が生まれる。


 苦痛により起き上がれない少年は体を大の字にして空を眺める。


 よく晴れた空は少年の気持ちなどくみ取ってはくれない。しばらくして体を起こし遠くを見ると生命の大樹ダアトが見える。


 亜人帝国の象徴ともいえる大樹も空同様に少年には何もしてくれない。


 心の中で悪態をつき増悪を体の隅々まで塗りたくるが状況は何も変わらない。その悔しさから嗚咽交じりの泣き声をあげる。


 帝国の象徴でもある大樹を睨む度に、少年は辛く、痛く、悲しい目に会う。それがダアトからのお仕置きのように感じ少年は一層生命の循環たる——大樹ダアト——に怒りをつのらせる。


 少年は戦争孤児だ。


 親の顔は知らない。


 生まれて直ぐに捨てられたからだ。


 ここまでどう生きてきたのか少年自身も憶えていない。


 ゴミ溜めの中で多くの時間を過ごした記憶だけがある。帰る家は勿論無く汚い路地裏でいつも寝起きしている。残飯を漁り飢えを凌ぐ、残飯がない時はまた盗みを働き、捕まり暴力を受ける。時には道を歩くだけで暴力を受ける。暴力だけに終わらず時には小便をかけられる。絶望に染まる少年の瞳を見て何がおかしいのかゲラゲラと笑いながら小便をかけ続ける亜人達。


 少年は世界に絶望し自らの命を絶つ決意をする。未練など無い。そんな少年の前に一人の少女が現れた。


「うぅ。酷い匂いじゃ。お主、生きてるかえ? 匂いは酷いが、そなたの内にある汚物よりもドロドロとした醜い増悪は嫌いではないぞ」


 少年は少女を睨む。小汚いぼろ布を纏う自分とは大違いな綺麗な格好をしている。


 黒と白のドレスのようなものを着る少女は一歩少年に近づく。


「今死ぬことはないぞ。妾が極上の演出でお主を殺してやる。なに悪いようにはせんのじゃ」


 赤い瞳を線のように細め、口元を三日月に歪め少女は手を差し出す。


「どうする?」


 少年は戸惑ったが——どうせもう死ぬなら——という思いから少女の手を握る。強い風が吹く。遥か後方にある大樹が揺れる。その音が何故か少年の耳には届いた。


 そこから少年の生活は変わった。


 どことも知れない富豪に養子として拾われた。豪華な食事、ふかふかの寝具。雨風を凌ぐには立派すぎる豪奢な家に住むことになった。


 少年は自分を拾った富豪の老夫婦を訝しがっていたが直ぐに馴染み恩を返そうと仕事も覚えた。簡単な書類仕事だが初めて目にする文字の羅列に好奇心が止まらなかった。何よりも拾ってくれた優しい老夫婦に心から奉仕がしたかった。


 立派な青年となった豚族の男は孤児の頃に比べ何も不自由がなかった。


 ——だが真っ当に生きた男はひょんな事から人生の歯車が狂いだす。


 馴染みの店で酒を飲んでいる時、暴漢に絡まれてしまう。揉め事を嫌ったが口論に発展し路地裏に連れていかれる、男は暴力に怯んだ。


 幼い日のトラウマが蘇り殴りかかる男に怯え相手を突き飛ばす。暴漢は虚をつかれ足がもつれ転ぶ、その拍子に頭を地面に強く打ちそのまま死んでしまう。


 男は故意ではないといえ殺人を犯してしまった。暴漢を殺したことにより、罪に問われ、今の暮らしが失われる——それは、またあの頃の、孤児のような生活に戻ってしまうのではないか。そう思うと直ぐに己の罪を受け入れられなかった。しばらくして脳裏に浮かんだのは拾ってくれた義父母の顔。自分の生活と天秤に掛けた結果。青年は恩を選んだ。


 事の経緯をすぐに父母に相談する。拒絶を覚悟した男だったが返ってきたのは予想外の返事だった。


「それは、大変だったね。大丈夫あとは私に任せておきなさい」


 男の肩に手を置き優しい言葉が義理父から放たれた。その言葉通り死んだ暴漢は酔って転び、その拍子に頭を強く打ち死んだ事になっていた。青年は罪には問われなかった。


 その瞬間——あぁ、いいのか——何かが変わった。


 自分はもう制裁を加える側の人間になったと気づいた時。


 権力の使い方、弱者を蔑む側に自分は立っているんだと気付いた時に、好青年だった男の顔に悪魔が宿る。


 財を、力を。身分を与えられた特権を使い出した。


 手始めに義父母を暗殺者に殺させた。地位、財、権力は全て男が引き継ぐために。そうなるように仕向けた。


 気に入った女を囲い、酒、暴力、性に溺れた。だが溺れるのは裏の顔で表では立派に義父母の意思を継ぎ仕事に打ち込む男を演じた。


 こうすることで誰しもが男を悲劇のヒーローとして見た。


 義父母殺害の容疑者として幼い頃に自分に暴力を振るった者たちを捕らえ処刑する。男に小便をかけた者たちは激しい拷問のすえ公開処刑される。


 この頃に密会する魔人族がいた。


 魔人族は彼の願いを次々に叶えていく。


 昔自分を苦しめた者を捉え、四肢を徐々に削る、両の手足を綺麗に削り体のみの状態で鑑賞用に部屋の飾りにしする。そんな状態でも死ぬ事ができずに苦悶の声を上げる。見飽きたらそのまま土に埋めて殺害した。


 自分を産んで路地裏に捨てた産みの親を探し当て捉え拷問にかける。皮膚を全て剥ぎ引っくり返した状態で体に縫い付ける。指を自分で切らせ自分で食わせる等の手酷い拷問を繰り返し、最後には頭部を割り、脳を剥き出しの状態にし脳に花を挿し花瓶代わりにする。産みの母はそれでも死ぬ事ができない。そういう呪いにかけられてしまっているからだ。


 夜の相手を拒んだ貴族の娘達は、腹を裂き女性器を露出させるという公開処刑を行う。


 肩がぶつかった——歩く時に頭を下げなかった——などの理由では肩を削り、頭部を潰す。


 関係を持った女性で自分の子供を身籠った女を次々と殺害。それら全ては魔人族が叶えてくれた——ありがとうございます。礼を言うが男の本心では魔人族の男ですらただの駒だった。


 ——さらに言えば。その先にいる悪魔ですらただの駒。


 ひょろ長く枝のような魔人族は次の指示を求める。


「次は、大樹ダアトを燃やしていただきたい」


 その言葉に頷く魔人族。


 生命の樹ダアトは激しい炎に包まれる。


 まるで彼の積年の恨みを象徴するように——俺が苦しい時はお前は何もしてくれなかった。これは当然の報いだ——。


 男の顔が醜悪に歪む。


 だがダアトは燃えなかった。蝙蝠人の女が命を賭してダアトを守ったからだ。


 そこからは羊人の男が毎晩ダアトに居つくようになった。


 戦争帰りの恰好をした男は不自由な片足を引きづりながらブツブツと独り言を言っている。男ごと殺す機会はいくらでもあったがダアト自体の興味はもう薄れていた。


 雄々しいまでに、雄大に、尊大に、芸術的に、圧倒的な存在感を示していたダアト。


 だが今は若々しい葉は全て燃え、美しい巨木は灰色にくすみ、無残な姿へと変わったダアト。


 まるで少年期の自分を見ているようであり、鼻を鳴らし侮蔑の笑みを送る。


気に入った女を抱き、気に入らない者を処刑する。気づけば青年から中年に、孤児から評議員にまで成り上がっていた。自分がもっと成り上がるにはそう考えた時、答えは簡単にでた。


 亜人帝国の頂点に立てばいいのだ。


 方針が決まったら実行するのみ。いつものように魔人族を通じて悪魔に願い出る。魔人族に皇帝を始末させ。まだ幼い現皇帝を催眠にかけ自分の操り人形と化す。


 全ては自分の思うまま。今は自分が指示を出せば皇帝がそれに従う。皇帝は殺す算段だったが、裏から帝国を操る悦と何かあった場合には皇帝を盾にできる。故に道具として生かしてやる事にする。深い催眠のおかげで年若い皇帝は豚族の行動に一切の疑問を持たない。最高の玩具を見つけた男はどんどんと飛躍する。


 好みの女は抱きつくした男は、色に関して刺激を求めていた。往来の中でたまたま見かけた女に惹かれた。直ぐに女を囲おうとしたが。


 久方ぶりに断られてしまう。安易な性のみだった男にとってそれは刺激となった。女の身辺を調べると面白い事実が発覚する。


 蝙蝠人の女はあの大樹ダアトに居座っていた羊人の男の養子であった。


 他にも二人の養子と小さな道場で暮らしていた。


 羊人の男は大樹ダアトに足しげく通い緑を戻そうとしている。この羊人もまた面白く調べると戦争孤児であり、しかも数年前のダアト放火を邪魔した蝙蝠人の女と同じ施設の出らしい。


 なにか運命的なものを感じた男は卑しく笑い、奴らがもっとも嫌う事は何かと考えを巡らせ策を実行する。


 手始めにもう一度大樹ダアトに火をつける。次に羊人の道場に圧力をかける。今度は蝙蝠人の女を手籠めにするため周囲に悪い噂を流す。特に時期亜人三英雄の候補と呼ばれている蛙族の少年は必要以上に貶めていく。


 養子のもう一人である獅子人の少年は軍隊に入り活躍をするが、ここにも魔手を伸ばしその功績を潰していく。


 豚族の策は面白いほどにはまり、羊人はダアトが燃えたことで精神を壊し施設へ、道場への土地代を払えず苦しむ弟子たち。悪い噂は予想以上に浸透し周囲から孤立し養子の蝙蝠人、蛙族、獅子人はどんどんと追い詰められていく。


 ほどよいタイミングで蝙蝠人の女に手を差し伸べるが、拒絶されてしまう。


 だが豚族は笑う——そうだ、もっと抗ってくれ、耐え難いほどの絶望に染まる顔が見たいんだ——豚族は悪魔の力で皇帝を操りどんどんと地位を高めていく。


 代わりに羊人の養子たちはどんどんと肩身が狭くなっていく。豚族の覇道は止まらない。気に入らない者は直ぐに処刑。気に入った者はとことん愛でていく。


 豚族は幼き頃に助けてもらえなかったダアトに唾をかけ。今日も裏から帝国を操る。覇道の行き着く先にあるものは——。




 豚族の歴史が止まると小さな鏡が元の機能を取り戻す。映し出されていたのは、つまらなそうな綾人の顔を、それを最後に鏡は砂塵に変わり舞う風と共に消えていった。

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