エアリアの本気
「好戦的じゃの小っこいの。名でも名乗ればよいのか? 妾の名前はレビィじゃ」
「あなたも存外小さいと思いますが?」
小さい者同士が火花を散らす。
「ハッ! お主のようなチミっ子はどうでもよい。それよりも空上綾人よ、お主そうとう食われておるな――どれ優しい妾が直してやろう」
レヴィはそう言うと傘を折り畳む。日の光に照らされた肌は変わらずに白いままだ。
身構える綾人とエアリアだがレヴィの動作は緩慢であり、まるで攻撃性を感じられない挙動に二人はただ見つめていた。
装飾が多い傘を突き出すと。石突部分を綾人の胸に当てるのみに終わった。
「ちょ、何すんだよ⁉」
「いいから黙っておれ、親切は素直に受けよ空上綾人」
エアリアも綾人もレヴィの行動を止めようと思えば止められたが、やはり明確な敵意を感じなかった故に動かなかった。
「あなた様、目と腕が元に――」
「え? 目? 腕?」
傘の石突部分が押し当てられた数秒後に瞳は金色から黒に、拳が龍の鉤爪から人間の手に戻っていく。
特に何かが行われた気配はなかった。例えば綾人の体が光った等もなく何事も無かったように人間の姿へと戻る。
「ふむ。応急処置じゃが、これで大丈夫じゃろ」
天真爛漫な笑顔で告げたレヴィは再び傘を差し始める。
戸惑うエアリア。満足気に頷くレヴィ。人間に戻れた当の本人は自身の体を触ったり、異常がないかを確認している。
「しかし、目的から大きく外れてしまったのう。豚の成り上がりというのは面白いと思ったんじゃが――そうは思わんか?」
レヴィは辺りを見渡したあと大きくため息をつく。
「は?」
「豚の成り上がり?」
綾人は短く返し、エアリアはオウム返しする。
「ん? 豚じゃよ豚。タルウという豚族の男。スラム街で野垂れ死にそうになってての。野心だけは高かったから拾ってやったんじゃよ。度し難いほどの底辺から亜人族のトップになる。ふぅむ。内容は悪くなかったがもうこのシナリオは使えんの」
一瞬間の沈黙の後、微風が吹く。
「――あなたはタルウと、どういう関係なのですか?」
低く怒りを抑えた声はエアリア。
「どうも、なにも――そうじゃな。あの豚の願望を叶えてあげた優しくも健気な美少女といったところじゃな」
「――では。タルウが精霊族に侵略行為を指示したのは、あなたが手をかしたのですか?」
「貸したといえば貸したし。そうじゃないといえばそうなるかの。亜人族の皇帝をタルウの言うことを何でも聞くよう暗示を施したのは妾じゃから、それを踏まえれば――まぁ、手を貸したことになるのかの?」
一瞬にして突風が吹き荒れる。可視できたのはエアリアの背後、緑色の魔法陣から断頭台のような緑色の刃が現れている場面。
直後にその刃が風と共にレヴィに向かっていく。
「お前かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
天にも轟くエアリアの絶叫で綾人は身を固くする。今まで接してきたどのエアリアよりも嬉々とした表情に驚いたのだ。
その顔は、ようやく会えた恋人のような。激しく憎む仇のような。様々な感情が混ざり合い笑みというむき出しの感情をさせている。
「お前がタルウの裏にいる黒幕か!」
「おぉ。危ないの」
暴風を受けよろめく間に断頭台の刃は次々と現れ標的に襲いかかる。レヴィは煽られながらも右に左にと器用に回避する。
「その様子だと妾の事は知っているようじゃな?」
「黙れ悪魔。その汚物にまみれた声を出すな! 忌まわしい舌を抜いて今すぐ喋れなくしてやる!」
「――悪魔」
綾人は二人のやり取りに入れず置き去りにされているがエアリアの口から出た悪魔という言葉の意図を考える。繋がりはじめた糸を手繰り寄せるように何度も呟いた。
「なんという凶悪な面構じゃチミっ子よ。妾よりもよっぽど悪魔らしいぞ」
「黙れ! 黙れ! 黙れ! 貴様は、貴様だけは許さない――」
エアリアは詠唱を唱えながら空へと上昇していく。
地上から見上げ手の平の大きさとなった辺りで止まると極級の魔法陣を展開する。
直径十~十五メートル程の魔法陣はエアリアの小さな足元に現れる。複雑に奇怪に描かかれる魔法陣の周囲には嵐が発生。
離れているにも関わらず暴風は綾人を襲う。その勢いは強烈で飛ばされまいと必死に踏ん張る。
暴風により視界の確保が難しい。それでもと何とか目を凝らし二人の姿を探す――がそれよりも目に飛び込んで光景に目を奪われた。
「煌風王霧十二英雄ノ舞」
嵐が綾人の耳を使い物にする中でエアリアの声は驚くほどはっきりと聞こえた。
「なんじゃありゃ?」
この世界の魔法を何度か見てきた綾人ですらそう言わざるを得ない光景。
嵐が発生し砂塵が舞い、瓦礫が宙を飛ぶ中でそれはあった。
緑翠色の霧で作られた十二名の騎士達。
頭からつま先まで鎧で覆われそれぞれが獲物を構え攻撃の指示を待つ。騎士の大きさもまた規格外でありそれぞれが高層ビル程の大きさでエアリアを囲むように半円の形で佇む。
「これは凄いの。さすがの妾でもまともにくらえば一溜まりもなさそうじゃ」
「いきなさい。あの悪魔を殺せ」
エアリアの意思がこもった命令を受け、翡翠の霧で形作られた騎士達は斧、槍、剣を天高く掲げ悪魔レヴィに向かう。
風魔法極級:煌風王霧十二英雄ノ舞
エアリア最強の矛であるこの魔法は、嵐を発生させ濃密な死を纏った異界の霧を呼び寄せる。霧はエアリアの要である風の魔法と混ざり合い翡翠色となり冥界より英雄と呼ばれた。騎士を召喚する。
死の概念を飛び越えた極級魔法。
並の者は召喚どころかこの魔法にすら辿りつかない。手練れや、熟練者でもせいぜい一体が限界。世に名をはせた魔道士ならば三体ほどはいけるだろう。だがエアリアは十二体全てを召喚できる。
四大精霊最強の一角として全ての精霊から認められるのはこの魔法が使えると言っても過言ではない。
それほどまでにこの魔法は異常なのである。
濃密な翡翠の霧が――騎士が一名――槍を回転させ突きの構えでレヴィの頭上から死の一撃を放つ。
生前は名のある高名な騎士に違いない。その無駄のない動きをみれば誰しもが納得する。
それが十二名。
演舞のように舞い、流星の如き一撃をレヴィに放つ。
十一名の斧、槍、剣の嵐が終わるとエアリアの後ろにいるひと際おおきな騎士が翡翠のマントを翻しながらゆっくりと剣を天に掲げる。
その剣だけは翡翠ではなく黄金色の霧を纏っていた。
稲穂の実りのように黄金が振り下ろされる。
絶対の一撃に天は悲鳴をあげ、地は割れ、世界が振動する。
誰であろうと先に待つのは“死”それのみ。
本来ならばだそうだろう。
最後の一撃を放ったあと、翡翠の騎士達は消えていく。粒子になり四散し、嵐も止まると元の晴れ渡った空が見えてくる。
「――――」
「先生!」
空に浮いていたエアリアは苦悶を上げ、地面へと真っ逆さまに落ちていく。人智を超えた魔法には膨大な“縛り”がある。綾人は駆け出し落ちるエアリアを抱きとめる。
「――あ、あなた――様」
「やばいよ先生! スゲーかっこ良かったよ! あんな、あれ、あれ何あれ⁉ 先生マジパねぇ~よ」
綾人の場違いな明るい声にエアリアは薄く微笑むが直ぐにやるせなくなり目を反らす。
何か後ろめたい事のある現れでもある。
「先生? どしたの? っつか大丈夫。ぐったりしてるし汗凄いけど」
「こ、これは魔法の反動でしばらくは動けなッ――へ? はれっ⁉」
エアリアの調子外れな声。妙に綾人と距離の近い事に顔を赤らめる。それもそうだろう。何せ胸の中で抱えられているからだろう。
「あ、あなた様! は、はなっ。手を離してくださいませ。もう平気ですから」
ワタワタとまるで少女漫画のような動きになるエアリア。
おそらく――照れているのであろう。




