嫁はしっかり者に限る
人間族の領土には大森林の園、と呼ばれる場所がある。
様々な木々が生い茂る大森林の園には、滅多に人の出入りは無い。
だがそんな山の一画から話し声が聞こえる。
「ほ~は~へ~ふ~」
「うるさいぞウルテア!」
「むっ、ふんっ! すいませんでした。何だってレットはそんなに怒りっぽいんだか、ねぇオフィール?」
オフィールは二人のやりとりに慈愛の視線を向ける。
「ふふっ、ウルテア。レットは今集中してるから邪魔しちゃ駄目よ」
一際大きな針葉樹の枝葉に立つ三人。
嫌に大きい針葉樹はこれ以上縦に伸びないと悟ったのか、横に太い枝葉を伸ばしている。
三人の眼下には大量の針葉樹が広がっている。
レットと呼ばれた男は瞑目し何かと交信しているようだ。
ウルテアと呼ばれた少女はつまらなそうに両手を後頭部で組む。
オフィールと呼ばれた女はにっこりと微笑む。
ばらばらな行動の三人だが、視線は一方方向に向いている。
ウルテアはわざとらしいため息を吐いたあと。
「分かってるってば! ってかこんな事して意味あるのかなって思っただけ、結構レジストされてたっぽいから。あんまり飛ばせなかったみたいだし」
ウルテアがむくれたまま不満を言う。
「そうね、でも命令は命令だから。私達が疑問を抱いてもしょうがないわ」
それはそうなんだけどさ。とまだむくれたまま納得いかないウルテアに、レットが激を飛ばす。
「いい加減にしろウルテア! 俺等が何の為にこんな事をしているのか思い出せ、全てはデンバースの為だろ!」
レットの激にウルテアのこめかみに筋が立つ。
「ねぇレット? さっきから偉そうに説教ちっくな事言ってるけど君何様?」
「お前こそ何様だ我々は命令を確実に遂行する、それだけだ」
あわやの所でレット、ウルテアの背筋に悪寒が走る。
「止めなさい二人とも、もう用は済みました急いで戻り報告しますいいですね?」
微笑むオフィールの、ね? の部分で悪寒がとまり、レットとウルテアはそっぽを向く。
ウルテアは頭部に生える角を触わり、妖しく笑う。
「次来たときは、勇者と殺しあってみたいな」
その言葉を最後に三人の姿は消えていく。
一際大きな針葉樹の根元には、人間族の死体が山のように詰まれていた。
ーーー
「んあ?」
寝起きは良い方の綾人だが、あまりにも体が重い。
服を着たまま海に放り出されたような、動かそうとすればする程に億劫になる。
(これも全部あの筋肉ゴリラが悪いん? 筋肉ゴリラ? あ! 転移魔法だったか? またアレに巻き込まれちまった、のか?)
綾人は痛む体を強引に起こすと。
「何これ?」
目の前には塀があった。
コンクリートのような灰色の塀は雲を突き破り、どこまでも上へ上へと伸びる。
首を左右にふっても見渡す限り塀はどこまても塀の役割を果たしている。
周りには草木が生い茂るのみ、綾人が動けずにしばらくその場に座り込んでいると。
「転移術式が発動していたから、やっぱりだな」
声の方向に振り向くと、綾人は口をパクパクしながら固まる。
「ようこそ無限牢獄へ、歓迎するぜ」
全身が緑色の鱗に覆われた鰐が、綾人に手を差し伸べる。
初めて人間意外の喋る生物に困惑しながらも、うっす。とその手を握る。
鰐の手はゴツゴツして痛かった。
二足歩行する鰐の後ろを歩く、ぶんぶんと左右に振られる尻尾を見ていると、鰐が明るい口調で訪ねてくる。
「あんちゃん、名前何てんだ?」
「……空上綾人」
「空上綾人か、長いな。何て呼ばれてるんだ?」
「……ミッシェル」
「おお! ミッシェルだと呼びやすいな、よしミッシェル。もう少しで俺等の村に着くから我慢してくれ」
「ごめんやっぱり綾人でお願いします! ミッシェルなんて呼ばれた事一度もないです」
「照れるなよミッシェル、行きがてらここの説明してやる」
「お願い綾人って呼んで、綾人って呼んでください!」
ミッシェルの悪ふざけはここでは通じないようだ。
歩きつつ鰐からこの無限牢獄の説明を聞く。
このデンバースの外から来た住人が住まう場所、それがここ無限牢獄だ。
デンバースに来る異世界人はこの無限牢獄に転移する。
「何故? って聞くなよ、俺も分からねぇから」
鰐は笑いながら説明を続ける。
無限牢獄は約十時間をかければ一周できる島らしく、島を囲うように高い塀が聳えている。
島での生活は農業が基本、島では魔法が使えない、何故かは不明。
だが外の人間が来る時だけは転移術式が発動する、何故かは不明。
人口凡そ五十人。
様々な見た目の者がおり皆家族のように仲が良い。
血の繋がりはこの島では不粋だ。この島に転移した者は死ぬまでここから出られない、出る方法が無いからだ。
島に転移し、この現状を受け入れられない者は脱出しようとするが皆途方にくれ諦める。
勿論諦めない者もいた、高い塀を登ろうとし力尽き、途中で落下し命を落とす。
地面を掘り下から脱出しようとするが、掘っても掘っても終わりは無く、地面に埋まる塀があるのみ。絶望し、土を大量に呑み込み窒息死。
塀を壊そうとし何度も殴ったり蹴ったりしてみるが、傷一つつかない塀に狂う者。
魔法で脱出しようと試みる者は、何をどうしても発動しない魔法に諦め、両腕を切り落とした後に自害する。
そういう者達もいれば、この島で天寿を全うする者もいる。
「そっちの方が幸せだと、俺は思うけどな」
哀愁を漂わせながら、鰐であるルードが話を終える。
「まぁミッシェルの人生だ、ここでは好きなように生きてくれ、俺等と共存するも良し、一人で生きるのも良し。何をするのも自由だ」
「全然自由じゃないんですけど~! クッソ不自由だよ! やること農業しかねぇじゃねぇか、何なんだこれは、どうなってんだよ俺の人生!!」
「まぁ、ここに来た奴は最初は戸惑うけど直ぐに馴れるさ、それに農業以外にもやることはあるぞ、家族を増やす。言ってみれば子作りだ。ミッシェルは若いからモテるんじゃないか?」
その言葉に多少鼻の穴が膨らむ綾人、その後は大人しく村まで付いていく。
約二時間程歩いた所でルードが両手を広げ、歓迎の意を表す。
「ようこそ、我等の名も無き村へ」
開けた場所には草木や葉っぱ等で設えた、手作り感満載の家が何ヵ所かに設置されている、あるのはそれのみ。
村と呼ぶには余りに何もない。
ルードの声を聞き、続々と姿を見せる異世界に来た異世界人達。
「お、初めて見る容姿だなようこそ」
喋るゴリラ。
「まだ若いようだな、働き手が増えて嬉しく思うぞ」
喋る水。
「ようこそ、君もここの家族だよ」
喋るジャバダ○ット。
めっちゃ見てくるエイリアン。
目がめっちゃある牛。
手を差し伸べるロボット。
手足がある布。
宙に浮く三角形の何か。
どろどろの何か。
etc
etc
「いやぁ~~~~~!!! 詰んだ! 俺の人生詰んだ! 無理無理無理子供作るとか無理、帰して~日本に帰して~! お願い何でも言うこと聞くから帰して~!」
全力で現実逃避する綾人に対し。
「ふん! 何よあんた男でしょ! 男なら嘆いてないで立ち上がりなさいよ、その二本の足は何の為にあるわけ? どんな困難にでも真っ直ぐ立ち向かう為でしょ! それともその股にあるのは只の飾りな訳? 男なら弱音を吐かずに逆境に立ち向かいなさい!」
嘆き蹲っていた綾人は、その可憐ながらも強い意思がある美声を聞き正気に戻る。
(そうだ! 俺はどんな無理難題でも己を曲げない男だ! 逆境になればなるほど燃える男だ! 思い出せ日本にいた頃の俺を……道理は曲げても信念曲げない、それが俺だ!)
見苦しい所を見せたな、と言いながらゆっくり立ち上がる綾人。
「ありがとよ、誰かは分からないが助かったよ俺は、おれ、は………」
立ち上がりながら声の方向に体を向けると、
「ふ、ふん分かればいいのよ分かれば、まぁその、頑張ればきっとだれかが見てくれると、思うし、その、私、とか………」
綾人よりよデカい緑色の蟷螂が丁度デれていた。
「おっ! ついにシャンティーにも旦那ができるのか?」
「ひゅーひゅーだよ」
あおるゴリラとどろどろの何か。
「ちょっと何が旦那よ! 冗談じゃないわこんな根性無し!」
怒るシャンティーだが怒りながらもチラチラと綾人を見る。
「やっぱやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
綾人は異世界で蟷螂のツンデレを体験した。
ーーー
拝啓
凛とした太陽が辺りを包み植物達が多いに伸びをする今日この頃如何お過ごしですか?
私が異世界に来て凡そ一ヶ月が立ちましたが、そちらはお変わりありませんか? 兄としては直ぐに夜更かしをする莉乃が心配です。
そんな莉乃も来年は高校生ですね兄は嬉しく思います。
さて話は変わりますが兄は異世界で結婚をしようかと思います。お相手は少々気が強いですが莉乃のようなしっかりとした人です。
怒った時に口が悪くなるのが玉に瑕です。
傷つけるのは両手の鎌だけで充分です。
違う世界で育った二人が添い遂げるというのはやはり難しいものなんですね。
兄は元気に暮らしているので心配なく莉乃も体には気をつけて
空上綾人
敬具
「ミッシェル~いい加減農作業に行かないとまた村長に怒られるわよ!」
「分かってるよ、じゃ行ってきます」
草花や木の皮で作ったお手製の作業着と草履を身に付け飛び出す。
「ちょっとご飯は?」
「今日はいらね昼に戻ってくるから」
「ん、行ってらっしゃい」
畑に向かって走り出す。
(今日は芋の収穫だから人手が足りないな……気合いを入れて頑張るか俺――)
「――って、ちが~~~~~~~~~~~~う!!!」
魂から叫ぶ綾人。
「何だコレ! どうした俺! 何馴染んでんだ俺! びっくりだ、本当びっくりだよ俺! 前ふりの長さにもびっくりだけど受け入れてた自分にもびっくりだよ! 危なっ、やられるとこだったわ~、マジでやられるとこだったわ~無限牢獄とか格好いい名前付けてんじゃねぇよ、只の異世界人同士の強制婚活サバイバル生活じゃねぇかよ!!」
妙なステップを踏みながら声を荒げる綾人、そこに通りかかったのは。
「おいミッシェル何やってんだ? 早く芋の収穫行こうぜ」
篭を担ぐ二足歩行の鰐ルード
「出せぇぇぇぇぇぇ! 俺をこっから出しやがれぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ちょ、やめ、ミッシェ、ル、くる、し、」
ルードの首を絞め全力でガクガクと振る。
ガクガクです。
「こっから出たいって言われてもなぁ……」
多少落ち着いた綾人を見ながらルードは首を擦る。
「何か裏技とかないのかよ? 普通あるだろ! なきゃおかしいよ、なきゃ俺もうアレだから、本当アレしちゃうから!」
「アレが何か知らないけど、ここに来た当初ミッシェル自身が色々試して結果出られなかっただろ?」
確かに、と綾人は思う。
無限牢獄にたどり着いてから連日連夜色々試してみたが、結果この塀は越えられないし壊せないし、何をやってもダメだった。
島内に何か無いかと隈無く探し回ったけども、草木が生い茂るのみで何も無かった。
挫折している時にシャンティーに慰められ、結果同棲して村に馴染んだ後、農作業に精を出していた。
そもそもルードの話によればこの世界に転移する部外者、つまりは異世界人は皆ここ、無限牢獄に転移すると言っていた。だが実際に綾人達が転移した場所は王宮内。ここの時点で話が食い違っている。
――考えられるとしたら、俺らの転移はイレギュラーか、通常とは違うやり方で転移させられたか、って考えるのがベストか。あるいは予期せぬ何かの都合に巻き込まれたか……
ルードが何かを言っているのに気がつき。考えても分からねぇなと転移の謎を捨て。綾人は耳を傾ける。
「なぁミッシェル、別にいいじゃないかこのままで? 俺だって最初の頃は気が狂いそうだったけどよ……馴れればこんなもんさ。ここでの生活は嫌いじゃない、むしろ楽しいだろ? 何のしがらみも無いし自由に生きていける、楽しもうぜ」
ルードは優しく綾人を諭すが。
「うるせぇ……うるせぇ~よルード! 何達観してんだ! 平々凡々の人生なんてクソくらえだ! 俺は日本に帰らなきゃ行けねぇんだ、待ってる妹がいるんだ、きっと俺がいなくて莉乃は泣いてる。大事な妹を悲しませる事だけはしたくねぇ!
男ならてめぇの大事なものはてめぇで守らにゃ格好がつかねぇだろ!
あ~俺この世界に来てから何やってんだろ! ガキみてぇに拗ねてクソだせぇ、訓練とか真面目にやっときゃよかった、強けれゃあんな塀ぶち壊せたかも知れねぇのに。でも今気付いた、まだ遅くないこれからだ! 俺の人生と冒険はこっから始まるんだ! 気付かせてくれありがとう、ルード。あと俺ミッシェルじゃねぇから、綾人だから空上綾人。なんかミッシェルって呼ばれるのが普通になってたけど、綾人だから!」
口早く喋る綾人に気圧されるルード。
「おいおい何熱くなってんだよミッシェル、落ち着けよ。ほら昨日の残り物だけど、紫蘇食べろ」
「紫蘇食べろじゃねぇんだよ! お前もここに来るまでは色々あっただろ思い出せよルード!」
「ここに来る前か……」
「家族とか大事な人とか、何でもいいからよ! こう何つうか……胸が熱くなるような事があっただろ!」
「ん~今は、芋の収穫に胸が熱くなってるけどな、ほら紫蘇食べろ」
「紫蘇うぜぇ~~!」
だが
(確かに……)
とこの世界に来る前の自分を思い返す。
昔過ぎて記憶が薄れているが、悪として生きてきたあの荒々しさに比べて、今の生活はどうだ? 楽しいには楽しいが、
何も無い。
日々野菜を育てているだけだ、いや、それはそれで楽しいんだが。
あの感覚に比べれば確かに……
「つまんねぇな」
意図せず呟いた。
(騒ぐミッシェルが煩いな……)
久々に悪意の感情が目覚める。
ふと目に止まった虫、手を伸ばし掌に収める。虫を見ると、目があった。
虫は圧倒的な体格差にも関わらず、小さな小さな牙をルードに向ける。
しばらくみた後にぷちっ、と虫を潰す。
寂寥感と優越感が心を抱き締める。そこでようやく、あぁ。と思い出す。
絶対的な悪として強者を屠る血湧き肉踊る感覚を思い出す。
胸が抉れる程の熱量、強者を刻む指の感覚、何事にも変えがたいあの胸の高鳴り。
ふつふつと沸き上がる戦闘という名の快楽、自分よりも強い者の命を奪う時の麻薬にも似た、甘い甘い脳内の痺れ、五感全てを狂わす興奮。
一つ一つ思い出していくあの楽しさを、あの歓喜を、全てを思い出した後に思う。
闘うより楽しい事なんて無いんじゃなかろうか?
もう一度もう一度あの感覚を味わってみたい。この生活を捨ててでもあの感覚を……長年ルードの中に眠っていた欲望と渇望と獰猛が目を覚ます。
「ミッシェル試してみるか?」
「だからミッシェルじゃ……」
ルードの顔付きの変貌に溜飲が下がる。
「何だよルードかっけぇ顔できんじゃねぇか」
二人はどちらからともなく笑い出した。
「んで、試すって何を?」しばらく笑いあったあとに綾人がたずねた。
「かなり昔の話だが、無限牢獄を出たことがある奴がいる」
「ちょっマジかよ! その情報なんでもっと早く言わねぇんだよ!」
「最後まで話を聞け!」
綾人がキレると間髪いれずにルードが逆ギレする。
村にいた頃のルードとは最早別人だ、その雰囲気に変わり過ぎじゃね? とぼやく綾人。
「三百年位前だったかな、そいつは島から出る方法を見つけたと俺だけに教えてくれたんだ」
「えっ? ちょっと待って、話の腰おってごめん、ルードって何歳なの?」
「ん? 前の世界で三千年、こっちに飛ばされてから五百年位だから丁度三千五百歳かな。どした?」
「いや……お話のお続きをお願い致します」
「何だよ急に……そいつは村にも近寄らずにずっとこの島を調べてたんだ。流石に腹減るだろうと思って飯を持って行くと案外良い奴でな、仲良くなったんだ。
そっからはそいつが島を調べて、俺が飯を持っていく。みたいな関係が百年続いたか? 忘れちまったけど?」
(この鰐の時間感覚は一旦横に置いた方が良さそうだ)
「そいつは、この島内に転移術式が施されている場所を見つけたらしくてな、あっ! どうやって見付けたとかは聞くなよ、教えられてないから、分かんねぇから、ホントだぞ! 嘘だと思うなら俺の心臓に手を当ててみ、ホントに知らないから、それに――」
「そこは気にしてねぇから早く続き喋ろよ! 何テンション上がってんだよ、だいたい鰐の心臓ってどこだよ!」
「鰐? ミッシェル俺は、わ、って分かったよ、喋るから睨むなって……」
短気は損気だぞと言うルードを無視して続きを促す。
「そいつに一緒に逃げないかって言われたんだ。半信半疑だったがな、付いていくと窪んだ平地にデカイ石がある場所に案内されたよ、その場所は分かるか?」
「この島の真ん中部分にある所だろ? 俺もそこが怪しいと思ってたんだ」
「その場所から少し離れた所に、一メートル位の白い石が土に埋もれている。その白い石に転移術式が組み込まれている」
「だろ? 俺もその辺りが怪しいと――」
「黙れクソガキ」
綾人の合いの手を断ち切るルード。
「土を掘り起こしたそいつは指の腹を軽く切ると白い石に血を塗ったんだよ、そしたら――」
「そしたら?」
「消えちまったよ。多分転移したんだろうな。心臓だけ残して」
「ん? ちょっと待って心臓?」
ルードは長年の膿を出しきりどっと疲れた顔をする。
「確証はねぇけどな。多分そいつの心臓だと思う。消えたと同時に白い石の上には心臓が置かれてるんだ、転移した奴のだと思うのが自然だろ?」
綾人は言葉を探すが見当たらない、裏技は裏技だが斜め上すぎる。
「俺は悩んだが村に引き返しちまった。翌日見に行くとまだ白い石の上に心臓が乗ってたよ。ちゃんと脈動までして。二日後には止まっちまったけどな」
「この話、他に誰か知ってるのか?」
「村長だけだ、俺一人じゃ抱えきれなくて村長に相談したら無かった事にしようって言われたよ……白い石は土に埋めてな、それから三百年誰にも掘り起こされてねぇよ、最初に言っただろ試してみるかって、どうする?」
「あ? 行くに決まってんだろ! 早く案内しろよ」
間髪入れずに答える綾人にルードは獰猛な笑顔を作る。
「決まりだな俺は一度村に戻る、けじめとして村長にこの事は言っておくミッシェルはどうする?」
「俺は……」
ーーー
その日のうちに行動を開始した二人は。
「ミッシェル準備はいいか?」
「ああ、何がなんでも生きてやる!」
綾人とルードは転移術式が刻まれている白い石の前に立つ。
土を掘り起こし半分程顔を出す白い石は、見た目はからは何も感じない。少なくとも綾人にはそう見える。
ルードの言葉に答えた綾人。口では威勢良く言うもののどこか怯んでいた。
それでもと自らの心臓を叩き己を鼓舞する。
ドンドンとリズム良く叩かれる音と同時に思い出すのはシャンティーとのやりとり。
シャンティーに事の成り行きを話す為に綾人もルードと共に村に戻った。
一緒に島から出ないか? そうつげるとあっさりと断られる。この村が好きだからここにいるわ。と言われた。
「島に来た時みたいに泣き言いったら、その首カッ切る」
と、とびきりの蟷螂ジョークが綾人の眉を少しだけ下げた。
「男が廃るような事だけはしないように」
と言い、そして最後に。
「頑張れ」
とシャンティーは言った。
綺麗になったスカジャンとボンタン、ローファーを差し出しながら「ミッシェルがいなくなって清々する」
と、シャンティーは気丈に振る舞った。そして後ろを向き。弱気に負けたら承知しないからね! と震える声でいつものように綾人を叱咤激励した。
もう行って! という言葉に綾人はありがとう。とつげ家をあとにした。
回想を終えたのち、覚悟を決め親指の腹を切って白い石に血を擦り付ける。
「男が廃る真似だけはしねぇよ!」
大声で叫んだ、その声がシャンティーには届かなくとも――綾人は大声で叫んだ。