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求める力

「はぁ」


その場には深いため息があった。


「あんまりな結果だ」


その場には後悔の渦が広がっていた。


「無理にでも追っておけばよかったか。今からでも間に合うか」


その場には明確な勝者と敗者がいた。


「……っ、が」


「ん? なんだ。まだ生きていたのか? しぶとさと減らず口だけは達者なんだな」


その場には絶対的な力の差があった。


「貴様ていどの小物には名を聞く行為も憚られる」


 フォン。という風切り音にのせ鋭利な刃物が肉体を刺す。刺された者は声をあげた。声をあげるだけで、圧倒的なサディスッテックに歯向かう力は残っていなかった。



「私を拳の一撃で吹き飛ばしたあの力は何だったんだ? 少しばかり期待した自分がなんだかバカらしく思えてしまう」



 不愉快な表情でも女は美しかった。黒く傷ついた身体を退屈そうに長槍に預ける。地面に這いつくばる男の左腿、長槍が突き刺さる箇所に黒い女である、サギナの体重がのせられる。



「ッああああああああああ!」



 叫んでいるのは綾人。ブットルとルードを逃したあと、サギナとの一騎打ちを臨んだが、倒れる男と見下げる女の光景を見れば、その結果が安易に想像がつく。


「お前の悲鳴もあきたな。だがまあ、その状態でまだ意識があるのは唯一褒めるべきところかもな」


 うつ伏せで倒れる綾人、その背中にサギナの足が乗る。


「では終わりにしよう」


サギナの長槍を握る手とは逆の手が、青が映える空に向かって伸びる。その手には異質な空気を出す短槍が握られていた。



 空の中央にそびえる陽の光が厚みを増すと、掲げられた短槍に鈍く反射する。反射された光の終着点は綾人の口元。口腔からは血が湧き出ている。



 絶対的な死が迫っているにも関わらず綾人は動けない。左腿に刺さった長槍のせいではない、背中を抑えられるように踏まれたサギナの靴底のせいでもない。逃げる手足が無いからだ。



 左右の両腕は肩口から先が無い。鋭利すぎる刃物で綺麗に切断されていた。左足は膝から先が無く、右足に至っては必要以上に切り刻まれ、使い物にならない状態となっていた。




 二人の戦いは回想をするまでもない。初撃で右腕を落とされ、二撃目で左足の膝から先を失った。よろける間に左腕を切断され。サギナの怒りが右足に集中した。ついでとばかりに体の数カ所を刺され戦いは終わった。いや、それは戦いとはよべないものであり、圧倒的な実力の差が二人の間にはあった。



 綾人の意識は切れかけている。あと数秒で死んでしまうだろう。その前にサギナの短槍が振り下ろされるかどうかは、些細な問題だ。虚ろな目で空を見上げる綾人の目は渇いていた。人間の目が蒼穹を、もしくはサギナを見ていた。



 龍の目や黒い鱗が綾人の体に現れていれば、この悲惨な結果も違うものになっていたかもしれない。だがあの力は現れなかった。綾人自身はその事に気付いていない。だがそれも今となっては些細な事だ。



 落ちる短槍の直前に綾人の唇が動いた。最後の言葉は日本に残した妹の名を呟いたのかもしれない。言い終えたあと綾人は繋ぎ止めていた意識を手放した。



―――



「んっ、あれ? ……?」


 その声は綾人の声。


「ここ、どこだ?」


 綾人は真っ暗な空間にいた。


「俺……確かメンヘラ女と戦って……。どうなってんだ?」


 真っ暗な空間は、どこまでも黒く。上下左右、淀みのない黒、下、というより地面がない、だがフワフワと浮いているような感覚はなく、しっかりと足で立っている。


「よう、相棒」


 戸惑う綾人に声がかけられた、声は重く。聞くものを不安にさせる圧が内包されていた。


「あん!?」


 黒い空間内を見渡すが、声の発生源はどこか分からない。なにせ先を見通しても、あるのは闇ばかりだ。


「これは、夢か?」


「夢じゃねえぞ、相棒」


 声はしっかりと相槌をうつ、もう一度周囲を見るが黒のみが視界を覆う。綾人は考え、一つの結論に行き着く。


「これは……そうか、これはアレか! 噂に聞く。高度に発展したVRMMOというやつか」


「VRMMOというのは何か分からんが、確実に違うと思うぞ相棒」


「っていうか待ってくれ、さっきから渋いオッさんの声が俺を相棒と呼んでくるんだが、オッさんを相棒に持った記憶は俺にはないぞ?」


「なんだ、冷てぇな。俺だよ。ルード様だよ」


 唐突に聞き慣れた単語に綾人は「はっ?」と返した。


「ルードって、あのルードか? 黒豆竜の?」


「そうだ。皇帝邪竜のルード様だ」



 皇帝邪竜という言葉の直後に黒い空間が、急に息苦しく感じ始める。まるでこの場所そのものに拒絶されているような感覚に綾人は息をのむ。



「……ルードなのか? 随分と渋い声になったんだな。俺的にはあの忙しない声の方が好感をもてるぞ」


「アレは、俺の善を固めた存在だ、今の俺は相棒の中にある剛の存在だ。両方俺だよ」


「善とか剛とかなに言ってんだ? ルードって双子だったの?」


「……まあ、今はその解釈でいいさ。それよりも相棒、状況は分かってるか?」


 姿が見えないルードの声が低く沈む、耳に届くその声には怒りが感じ取れる。


「相棒はもうすぐ死んじまうぞ」


 その一言でサギナの恐怖が綾人の体を縛った。


「俺の力を使って、相棒の意識を強引にこの中に閉じ込めてるからな、まだ死んじゃいないが、この場所も、というより俺の力もそう万能じゃない。もう間もなく相棒はあの女に殺されちまうぞ」


 両腕を切断された痛みが、左足の膝から先を失った恐怖が、右足を刻まれた絶望が、綾人に死を与えた。


「死ぬのか、おれ……」


「ああ、確実にな」


 言葉にすると何とも陳腐だが、本人には効果は十分だったようで……。


「そんな顔するな相棒。助かる方法が一つだけあるんだからよ」


 怒りを鎮めた声は明るい口調で告げた。


「確かる方法があるのか?」


「ああ、俺を受け入れろ相棒」


 ゆっくりと巨大な何かが近づくのを綾人は感じた。


「受け入れろって、もうルードのことは受け入れてるだろ」


「精神的な面じゃなく、物理的にだ相棒」


 周囲は暗闇のままだが、ゆっくりと巨大な闇が姿を変えていく雰囲気を綾人は感じた。


「俺を受け入れれば、相棒は今より強くなる。そうすればあんな女に遅れをとることもないだろうよ、なに簡単だ。相棒は腕を真っ直ぐ伸ばすだけでいい。そうすりゃ俺様が力を与えてやる」


 闇が熱をもち綾人の喉を焼いていく。まるで獰猛で巨大な爪が喉元にあたるような。


「強くなれるのは嬉しいけどよ、よくある定番のやつとかは無いよな? お前の身体を頂いた的なアレ」


「なんだ、ビビってるのか相棒? あの島を抜け出した同志にそんな真似はしねえよ。まあただ、少しだけ相棒の魂に干渉させてもらうぜ、俺様が近くにいなくても常に龍の力を使えるようにしてやるよ。女との戦いも俺が近くにいたら結果は違ってたんだがな」


「龍の力ってあれか? すげー体が熱くなるやつか?」


 綾人の龍の眼や、腕に現れる黒い鱗は近くに幼竜である善のルードがいる場合のみ発生する力、それを常時発動できるようにと、この剛のルードは伝えてきた、が。


「そういや体が熱くなるといっつも腕から黒いカスが落ちるんだけどアレなんなの? やめてほしいんだよな。俺敏感肌だからさ、ああいう時はクリームないとちょっとキツいんんだよね」


 そもそも龍の力自体を認識していない男にとっては、この壮大な力の所在も宝の持ち腐れのようになってしまう。


「くくっ。あいかわらず笑わせてくれるな相棒。で、どうすんだ? 俺を受け入れるのか? それともーー」


「あッ!? 受けるに決まってんだろ。このままメンヘラ女に殺されちまったら日本に帰れぇからな」


 躊躇無なく答えたあと、右腕を胸の高さに突き出し「これでいいか?」と綾人は言う。くしくもその決意の即断力が、無限牢獄からの脱出に酷似していたのがルードには笑えてしまった。


「なに笑ってんだよルード! 早くやってくれよ、さっさとメンヘラ女をぶっ飛ばして、豚のおっさんを追いかけねぇとよ」


「ああ」と短く答えたルード。次の瞬間綾人の右腕、腕の内側から燃え滾るような熱と風を感じた。


「負けんなよ、相棒。俺に€£&※=“」』


 ルードの語尾は綾人には聞こえなかった。鮮烈な痛みに目を閉じた途端に全身にまで熱と風が吹き荒れたからだ。





次に目を開けるとそこに映っていたのは。綾人の言葉をかりるならば、ブスな槍を振り下ろそうとする痛い女が映った。


「死んで、たまるか‼︎」


 地面に寝そべっていた身体を強引に起こす。失ったはずの両腕が、膝から先を切られた左足が、そこにはあった。切り刻まれた右足や、腹部の殺傷も全快しており、故に身体を起こせた。


 綾人の背に足を置いていたサギナはたまらず状態を崩し、地面に手をついた。


「な、なんだ、お前……」


 サギナにしてみれば不足の事態を超えている。見上げる男の両腕は切り落としたはずだ、両の足では二度と立てないようにしたはずだ、腹部にも重傷を負わせたはずだ、なのに。


「死ね、メンヘラ女!」


 サギナの動揺など御構い無しに綾人は拳を叩きつける、ブゥオンと、鉄の固まりのような音は風を切り裂き、すんでの所で躱される。行き場を失った拳が地面に当たると、石畳の地面が大きく抉られた。


「魔法の発生は感じなかったが……」


 サギナは本能に任せて距離をとる。五体満足になったのは何かの魔法かと推測するが、それは違うと自身に言い聞かす。


 どう見ても目の前の男は魔法を使うタイプでは無いし。そもそも一秒未満で手足が再生する魔法などサギナは知らない。


 ついと視線を下に移す。そこは綾人が叩き割った石畳の地面。陥没し、蜘蛛の巣状に広がるひび模様。この一撃ならば自分を殴り飛ばした一撃に通じてると確証を得る。


「とんだ茶番だったな、おい小僧! どうして今まで力を、かく、して……い、た……」


 視線を向けると同時に言葉が詰まった。


「な、なんだお前。なんだその姿は」


 サギナが綾人を目で捉えた時、声はわずかに震えた、震えたのは声だけではない。両手に持つ二槍も震えていた。主人の気持ちと比例するように震える槍は、あいつとは戦いたくない。と言っているようにも見える。


「なんだって! 今からテメェをブッ飛ばす男だよ、メンヘラクソ女!」


 指差す手は、人間のもつ形状とは少し違っていた。あの、いつもの黒い鱗があった。それだけではなく、鱗がない箇所はまるで黒龍の肌に通じていた。サギナを睨む目も、龍の眼となり相手を威嚇する。


 睨む綾人と驚愕するサギナ。沈黙を破ったのは、


「くくっ、アハハハハハハハハハッハハッハハッハハハハハ! なんて呪いだ! このフルカスとテイバイが震えているぞ! 素晴らしい! 素晴らしいぞ! なんて胸が高鳴る日だ今日は! 父上も見つけられ、水王とも戦えて、更にはこんな得体のしれない輩を相手にできるとは! 神などいないと思ったが今日だけは神に感謝しても良いだろう!」


 笑い狂うサギナの頬には艶が生まれ、見るものを魅了する。鬼姫の顔は狂気と美に染められていた。


 だが、この場所には綾人しかいない。熱烈な視線を向けられた当の本人はサギナの美しい艶よりも、


「え? なに笑ってんの、キモいんだけど」


 狂気の方に反応し、汚物を見る目でサギナを睨みだした。


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