邪魔者
一際大きな蘭が亜人中央広場に咲く。
断末魔にしてはお粗末な、おんおんという響きがなると、五メートル程の大きく黒く、歪な門が蘭へと変わる。巨大な蘭は黒と原色の色々が混じり、見る者を魅了した。
「魂が浄化されることを祈るばかりね」
吐き捨てるティターニの額には玉の汗が流れ、使用した技の反動を体で表している。全ての蘭が風化すると緑の陣から生まれた草花や木々も砂塵のように空気となり、中央広場が元の姿に戻りだす。
強者が繰り広げていた戦闘のあとには静寂が流れ、置き去りにされていた戦争の不協和音が、ティターニの耳に再度聞こえ出した時、
(ティターニ様、私と共に綾人様の元まで向かいましょう!)
エアリアの逼迫した思念魔法を受け取り、瞬時に様々な思考を巡らすティターニ。
「休む暇もないのね」
という言葉は飲み込んでおいた。
ーーー
ティターニが苦戦している時、エアリアもまた苦戦をしいられていた、亜人族、精霊族の乱戦が続く中央広場の中心地、血と阿鼻叫喚の中で、同族の精霊を守りながら無駄のない実直な攻撃を紙一重で交わし続けるのは、さすが四大精霊の一角と言っていい。
だが同族を庇いながらの戦いはこの状況には相応しくない、いや、状況よりも相手が相応しくないといったほうがいい。その相手は、
「ムゥアアアアアアアア!」
宝剣ギルヌドを手に持ち、豪傑な立ち振る舞いでエアリアを圧倒する亜人族の元帥、バスクード老騎士。
彼もまた己の信念で剣を振るう強者である。ブットルの奇策や、綾人の呪いに対して後手に回っていたが、その実力は本物。仮にティターニがバスクードと戦っていたら、ティターニはキャロ以上の苦戦をしいられていただろう。
その強さの秘訣は、
「弓兵は弓を引け! その間に呪い師は魔法を練ろ! 武具を手に持つ者共は亜人族のお家芸たる白兵戦の誉れを、害族共に叩き込んんでやれ!」
長年積み重ねた戦場での感の鋭さ。それを滞りなく兵たちに与えられるカリスマ性。そして、
「宝剣ギルヌドよ! 皇帝に勝利を捧げたまえ!」
バスクードの強さを何倍も引き出す、伝説の剣ギルヌドの存在。
強者が伝説級の武器を手に取ればどうなるか、子供でも分かる結論である。
「風よ! あまねく強者たる颶風を響かせ、その強靭な膂力の翼を、断罪光翼風」
真っ直ぐ振り下ろされた銀先に咄嗟に手の平を突き出し、魔法で応戦する。エアリアの魔法とバスクードの宝剣がぶつかる。余波が発生し、辺りに衝撃波を生む。
消耗戦になる。と判断するエアリアは一時下がろうとするも、バスクードが指揮する、統率のとれた兵の動きに止まらざるおえない。
状況は悪く、エアリアは徐々におされ始めていく。
そもそもエアリアは目の前の戦いに100%の集中していない。行かせてしまった綾人の事、助けた凛の事、逃したタルウ公爵の事、戦争中の同胞の事、そして信頼できない協力者の存在。これらの事が不安材料になりどうにも判断が遅れている。
中でも一番は、この戦争に巻き込んでしまった二人と一匹の存在、思念魔法で連絡をとろうにも目の前の敵がそれを許してくれない。
ならばと、さっさと倒して次の行動に移行しようとするが、獅子の老騎士はそれを安易に許すほど容易い相手では無い。このジレンマがエアリアの胸中を縛り、思うように行動ができない。
攻めあぐねている時、エアリアの視界に大きな蘭がうつる。おんおんと不出来な曲を奏でながら色鮮やかな色彩を放つ蘭は、異質な物としてその存在を主張していた。
見ていたのはエアリアだけではない。バスクードも見ていた。互いに命を奪い合っていた精霊族と亜人族の全てが蘭を見ていた。中央広場の誰しもがその不気味な蘭に心奪われていた。
「エアリア様!」
エアリアに近ずく赤い精霊族サラマンもまた、蘭に注視していた。
「四方は地のノルム、水のウィーズによって固めております」
そう告げるサラマンだが、目線は蘭に固定されている。
「あの花は、彼ら小さき者達の仕業でしょうか?」
「ええ、おそらく……。! サラマン! この場は任せます、私はタルウを追います!」
この気を逃すまいとエアリアは行動した、バスクードの相手をサラマンに託し、ティターニに思念魔法を送る。返事はすぐに返ってきた。その声音には疲労の色がべったりと張り付いていたが、エアリアの行動を止めるまでには至らなかった。
すぐにティターニの元まで転移し綾人の現状を説明するエアリア。状況説明を聞いたあと。
「バカの位置は分かるのよね? バカがバカをする前に行きましょう」
ティターニはそれだけ言い。エアリアに転移魔法を促す。頷いたエアリアは転移魔法を発動。足元に銀色の魔法陣が描かれる。
瞬時に二人の姿は消えた。あとに再びの戦火を繰り広げる叫び声と、戦争絵のような光景のみが残った。
二人は消えた、が。辿り着いた地点は両者違っていた。
「ここは、どこかしら?」
その声はティターニ。
エアリアの話を聞いた限りでは綾人は亜人帝国内のはずだが、転移したここは完全に別の場所といってよかった。
大通りを埋める石畳みの地面ではなく、ぬかるんだ泥が足を捉えている。辺りは亜人帝国特有の石造りの家々はなく、枯れた木々、腐った木々が周囲を囲い、晴れ渡った青空は淀んだ灰色へと姿を変えていた。湿った空気が肌にまとわりつき、幾分かげんなりと肩を落とすティターニ。
「……エアリア?」
呼びかけてみるが反応は無い。一人だけ別の場所にきてしまった事をティターニは自覚した。
(エアリアが私を罠にかけた……という可能性は低いでしょうね)
灰色の空を見上げると、亀裂が入っている。その場しのぎにこの空間を発生させた為の、急ごしらえの空間なのだろう。と、ティターニは考えを巡らせる。
「誰かしら? 私をこんな品のカケラもない場所に閉じ込めるのは?」
亀裂を見上げながらティターニが声を出す。
「転移中に魔法の術組成式に強制介入でもしたのかしら? 随分陰気なやり口ね。それにこの空間」
音もなく左右の短剣を抜くエアリア。脳内で魔法の術式を紡ぎ始める。
「つい最近味わったから覚えがあるわ、術者の心象風景に近い何かね。どっかの牛乳女と同じ、この空間全てからの拒絶を感じるは。これは転移結界でしょ?」
「あら、簡単にバレてしまいましたか」
腐った木々の奥から枯れた男の声。ティターニは視線を動かし声の主を確認する。
「魔人族が私になんの用? 急いでいるからどこかに消えてほしいのだけど?」
現れたのは浅黒い肌をしたひょろ長い魔人族の男、声同様に体も枯れており、灰色のローブから出る腕や足は、病的なまでに細い。
「用はありますよ。あなたをここで足止めするように主人からの言われたので。私は暴力は苦手なのでお話でもしませんか?」
「そういう言葉は得物を捨ててから言って頂戴」
細長い魔人族の手には、身長と同等の大鎌を手にしている。はたから見れば振れるのかと思ってしまうほどの大きな鎌は圧力を飛ばし、ティターニの肌に突き刺さってくる。
「自己防衛なので離せませんね」
「あっそ。それよりこんな場所にレディーを閉じ込めたのだから、一つ私の質問に答えたくれるかしら?」
「質問によりますね」
「あなたのご主人って言うのは悪魔ベルゼのこと?」
ベルゼ。という単語を聞いて魔人族の顔が顰め面になる。予想とは違ったが、何かの関係はあるとティターニは考え。いく筋もの案から答えを導き出す。
「その反応だと、どうやら違うようね。あなたの主人は違う悪魔だったりするのかしら? でもベルゼは知ってる見たいね。なるほど、なるほど。それにどうして私だけここに閉じ込めたのかしら? エアリアを閉じ込めなかったということは、あなた達がエアリアに何らかの思惑があるのかしら。そうねぇ、例えばエアリアの隠している何かが関係していそうね。例えば――」
それ以上は言うな。と言わんばかりに大鎌を振り、ティターニの言葉を止める。能面のような面構えからは感情が読み取にくいが、それでも不快感は全面的に醸し出されている。
「危険ですね、あなた……ここで殺しておきましょう」
「あら、話し合いはいいの?」
魅惑の口調だが、魔人族には通じないようだ。
「それにしても……」
綾人を助けにいく最中で魔人族と戦うのは二度目、という事にため息を吐き出す。
「なんだか釈然としないわね」
まるでミストルティンの再来のような感覚を覚えるティターニ。あまりにも出来過ぎた筋書きに、きっと奴はこの戦争に噛んでいるというのを確信に変え、二条の刃を振るった。




