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暴蘭士

 ヒラリヒラリ。


 舞う無数の花びら。


 カサカサ。サワサワ。


 風になびく若木の葉の擦れ合う音。



「暴蘭士の本質は生命の搾取」



 自然のハーモニーに上品な声が上乗せされる。



「敵の命を暴虐に搾取し、奪った力が蘭に変わる。このジョブは見た目が強行過ぎるから暴虐の花とも呼ばれているの」



 目をつぶると、山のただ中にいるような自然のメロディー。その気品溢れる声を合わせると、さながら高級な茶葉で入れられた紅茶片手に、豊かな庭園でゆったりと午後のひとときを楽しむ感覚に通じている。


 ティターニの周囲数十メートルは木々や花々が存在し、それらはとめどなく成長していく。自然を発生させる緑色の陣は広がりを見せ、どんどんとその範囲を広げていく。



「行け! あのエルフを殺せ! 皮を剥ぎ腹を裂き、臓物を引きずり出してしまえ!」



 対するような怨嗟に満ちたその声はどこまでも暗く黒く闇と化していた。


 呼応するようにワラワラと人骨の群れ群れがティターニに迫る。草や花々が踏み荒らされ、人骨の進行を邪魔する木々が無残に狩られていく。



「せっかく親切に説明してあげているのに、汚い声を出さないでよ」



 人骨の進行をさして気にした様子もなく、ティターニはわざとらしく視線を外したあと。



「生命がどう蘭に化けるか興味無いの?」



 相手を挑発する声を出す。


 そんな言葉にキャロは興味が無い。怨嗟の主にとっては今敵を殺すことこそが、なによりも優先されるからだ。



「まずは一花」



 パチン。と指の腹どうしが擦れ合う音。見るとティターニが右手を掲げ鳴らしていた。


 次の瞬間、先頭を歩く人骨の足が止まる。強大な五指に体を掴まれるような感覚に陥り、手に持つ武器を落としカタカタと震えだす。震える足で踏まれていた草花たちが急成長し骨の体を這うように巻きついていく。


 キャロの命令を遂行すべく人骨は草花を振りはらおうとするが動けない。動けないが勝手に動いていく。


 バキリ、ゴキリと骨が砕かれる音や、あらぬ方向に曲がる、ギギギという音。


 草花が蔦や蔓のように姿を変え、巻きつき強引に人骨の体を曲げていた。人骨に痛覚は無いが、もし通常の生物ならば痛みで失神か気絶死しているだろう。



 不快な音の連なりが止むと、そこに蘭が咲いていた。


 大きさ一メートル程の蘭は骨の白、草の緑、花である多彩な原色が混ざり合い地面に咲いていた。


 自らの体が折れ、曲がり、砕かれ、蘭の形にされた人骨はどうすることもできず、唯一動かす事の出来た上下の顎でカチカチと音を鳴らし始めた。



「つづいて二花」



 先頭の人骨が蘭に変わったのはほんの数秒。人骨の群れはティターニの左右に展開し攻撃を仕掛けようとしていた。


 また指からパチリと音を出すと、左右先頭の人骨が同じ要領でその体を蘭へと変化させられていく。



「まあ、指は鳴らさなくてもいいのだけれど。こういうのはやっぱり雰囲気が大事だものね」



 パチンと指がなると今度は纏めて十の人骨が気味の悪い蘭に変わり、もう一度指がなると次には三十の数が蘭へと変わっていく。



「な、なんだそれは……」



 またパチンと音、今度はティターニに向かう人骨の半分が蘭に変わる。



「エルフ! 何をしている!?」



「何って。暴蘭士の仕事をしているだけだけれど」



 平然と答えるティターニがまた指を鳴らすと人骨の大群が蘭になる。

 いくらキャロの背後に坐す門から、ワラワラと現れる骸骨兎軍団も、一瞬で姿を変えられては何の役にも立たない。


 緑の陣は今は伸びに伸び、キャロと門をも囲い始める。同じ要領で足元から伸びる草花にキャロの顔が始めて恐怖に歪む。



「行け! 休むな! 早くあのエルフを殺っ――」



 そこでキャロは異変に気づく、魂の循環がうまくいっていないことに、それすなわち。蘭に変わった人骨の魂を門に待機させている別の人骨に移せないという異変。


 キャロが目を凝らし、蘭を見る。一番初めに蘭へと変わった人骨はゆっくりと風化していく事に気付く。


 いや、最初の蘭だけでは無い。目の前の蘭の群れ群れもゆっくりと風化し始めている。



「な……なんなんだいったい……」



「最初に言ったじゃない。暴蘭士の本質は生命の搾取だと」



 パチンと音がなる度に蘭が増える。今はその音に反応するように大量に蘭へと変わる骸骨兎軍団を、見ることしかできないキャロ。



「あなたの死傀士は魂を操つことができる。暴蘭士の私は魂を蘭に変えることができる」



 またパチン。



「あなたが魂を操る前に蘭に変えている。それだけよ。蘭に変えれれた魂はあなたの呪縛から解放されて喜んでると思うけど、どう? 死傀士だから死者の声とか聞けるんじゃないの?」



「魂を蘭に変える? そ、そんなのバカげてる! どうして魂が蘭に――」



「だから言ったじゃない暴虐に奪い取るって、本質は搾取だと――あの蘭は魂を栄養分として咲くの。暴虐に命を蘭へと変えるているの。まさに暴蘭でしょ? 分かる?」



 パチン。



「これを発動させるにはかなり疲れるし、自分が窮地とか色々と条件があるから、都合の良いときに使えないのが残念よね」



 パチン。



「それに本来なら蘭は一回しか咲かせられないの」



 パチン。



「なのにどうして、こんなにも大量に魂を蘭に変えられることができるか分かる?」



 パチン


 ついには辺り一面が蘭だらけに変わる。唯一動かせる上下の顎を使いカタカタとなる音がそこかしこに響く。門から人骨が現れる数が目に見えて減っていく。


 パチン。



「答えはスキルのおかげなんだけど、あなたにこんな話をしても仕方ないわよね。だってあなた……」



 パチン。



「……もう死ぬんだし」



「エルフがーーーーーーーーーーーーー!!!!」



 パチン。



 体が動かない。死神に愛撫されるが如くの戦慄をおぼえ、キャロは下を向く。草花が白兎の魂を求め、這うように腰の辺りにまで纏わりついていた。キャロがダガーを慌ててふり絡まる魔手を散らす。


 パチン。



「あら? 門から骨が出てこないということはようやく打ち止めかしら? にしても凄い数の魂ね? 本当にあなたは今までどれだけ殺してきたのかしら?」



 周囲がびっしりと足の踏み場もないほどに蘭へと変わり、ようやく支配されていた魂達が潰えたようだ。



「ありえない……こんな……こんなこと……」



「目の前でありえてるじゃない。まあ森羅万象と絶対女王が無いとこの事態には持ち込めなかったけれども。…………スキルの説明はいらないわよね。もう私も疲れたし」



 スキル:森羅万象


 効果:森の羅列を生成、起こりうる全ての現象である万物が全ての世になる。


 スキル:絶対女王


 効果:法則性問わずどんな相手にも攻撃が通る。



「ではさようならバカ兎さん。もう充分生きたでしょ? 最後に綺麗な花を贈るわ」



 超絶の速さで逃げ出そうとするキャロだが、それを超える速さで体に纏わりつく草花。緑色の陣が展開する森羅万象の中ではティターニが思い描く全ての物事が現実となる為どんな事があっても逃げられない。


 また、魂が大多数存在するキャロの無意識の集合体と言えど、絶対女王の法則性を無視する一撃が容赦なく襲う。



「離せ! はなせエルフ! 私はこんな所で死ねない、ナーガの意思を、ナーガ様の思想を!」



「ナーガの思想はちゃんと他の亜人が継いでいるわよ、その思想は私は気に入らないけどね」



 完全に草花が体に絡まる、骨ではなく肉がある生命の変化は見るに耐えない光景となった。


 目、鼻、口、耳、穴という穴から草の蔦や蔓が侵入しキャロは声にならない声を上げる。押しつぶされた眼窩から血や目玉が溢れる、強引に広げられた鼻、口、耳からは血と同時に半透明な髄が落ち草花繁る足元を濡らす。


 次には骨たちと同じように聞こえてはならない音。


 骨の軋む音や砕く音。反対側に曲がった肘や膝からは桃色の肉と白い骨。支点から折られた箇所はキャロの白く美しい白毛を赤黒く染めている。



「ギイイッッッッヤヤヤヤヤヤヤヤヤウアァァァァァァァァ」



 蘭への変化は絶叫と共に終わる。


 キャロが立っていた場所には血にまみれた蘭が一つ。唯一自由な上下の顎からの言葉は無く。舌がだらしなく伸びるのみとなっていた。



「最後に一花、咲かせられてよかったわね」



 何千年も生き。人の魂を狩り続けていた者の最後の姿は、蘭になり風と共に風化していった。

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