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死傀士

 カチャカチャという音が二人の耳に絶え間なく聞こえている。キャロの背後に現れた門からは人骨がワラワラと湧き左右に並びだす。



 兎の面をつけた骸骨兎集団は大軍となっていく。大軍は主人の命令が下るまで動く気配は無い。



 ティターニの探るような視線に、小馬鹿にする表情で受け止めるキャロ。



「その趣味の悪い骨達は召喚ではないのかしら?」



「んふ。教えな〜い☆★みんな〜あのエルフをサクッと殺しちゃ、て☆★」



 ピキリ。とこめかみに青筋が浮き立つティターニ。走る人骨達は纏うボロ布を風に揺らしながら武器を掲げ、攻撃を開始した。



 上方から迫る剣の一撃を躱し、短剣で間抜けな兎の面もろとも頭蓋を破壊。右から襲う横薙ぎの槌は身を屈め回避、膝を伸ばすと同時に短剣の一閃で面ごと頭蓋を破壊。



 ティターニの唇が動くと茶色の魔法陣が人骨の群れ群れに展開。



 瞬時に巨大蟻塚のような土の塊が地面から隆起し、五十体ほどの人骨をのみこんだ後、バキバキと骨を砕きながら歪な形の柱が出来上がる。柱が消失すると同時にのまれた人骨達も跡形も無く消えていった。



 その後も迫り来る兎面を短剣と魔法で片ずけていくが、その圧倒的な力と技術にも屈せずに人骨達はティターニに向かっていく。



 骨故に恐怖という言葉はなく、門から次々と現れる人骨達は間髪入れずにティターニに襲いかかる。うんざりといった顔をしながらティターニは迎撃していく。






 人骨の初撃から数分たった頃に、大軍に戦闘を任せっぱなしのキャロが口を開いた。



「すご〜い。よくそんなに戦えるね? 何かのスキルでも使ってるのかな? 兎ちゃん達の攻撃を予知してるみたいな動きだし。やっぱいいな〜戦闘系のスキルは羨ましいな〜。頑張れ〜負けるな〜フレ〜フレ〜兎ちゃんたち〜☆★」



 キャロの一言一言がティターニの琴線に触れるようで、発言の度にエルフの美しい顔が増悪に歪んでいく。



 だが、キャロの予想は当たっている。ティターニはスキルをフル活用しながら人骨集団の猛攻に応戦している。



 スキル:刮目


 効果:自身のレベルより低い者の攻撃動作を一〜三秒先まで見通す事が可能。



 スキル:鷹の目


 効果:俯瞰から多角的に状況を確認する事が可能。



 スキル:戦意高揚


 効果:戦闘に関する全ての効力を一時的に向上させる。



 その他にも、気配感知。魔力感知。剛力なども使用し、更には魔法も駆使して戦っている為、疲労の色がだんだんと濃くなっていく。



 圧倒的な数の暴力に徐々に防ぐのが難しい状況に陥り始める。一方のキャロはティターニの攻防に時には歓声を上げ、時には興味深く眺め、時には笑いながら見つめていた。



 その姿にティターニの顔はさらに歪んでいく。



 そしてこの人骨達の動きにも苛立ちがつのり始める。骨の集団は三〜四、多くなれば十単位の小隊で攻めてくる集団もいれば、単独で攻めてくる骨もいるからだ。



 連携の練度もバラバラで、ぎこちない連携の小隊もあれば、まるで軍人のような教科書通りに攻める小隊。冒険者のように臨機応変に戦闘形態を変え連携をとる骨の集団もいる。



 その都度ティターニは戦闘スタイルを変え応戦していく。それが繰り返されている。また同じ陣形で攻めてくる集団。不慣れな連携。教科書通りの連携。臨機応変な連携。



 単独で攻めてくる人骨も強さにかなりの幅があり、かなりの手練れもいれば武器など始めて握ったに等しい、相手にならないほど弱い骨もいる。これも同じで似たような者達の相手を何度もした。



 おかしい。とティターニは戦闘中に考えを巡らす。



 ――もしこの骨達があの女が召喚した存在なら、強さのレベルはある程度一定のはず、なのにこいつらはてんでバラバラ。強さも行動も一貫性がない。あるのは私を殺すという行動だけ。それにこの骨達……武器の握りや足運びがそれぞれに癖がある。まるで生きている者を相手にしているような感覚ね。それに、同じ相手と何度も戦っているみたいだし。そうなるとこの人骨達は元は人、なのかしら? 死んだ人間が骨になって操られてる。死体を操る、死んだ後の肉体を操る、骨を操る。何もない骨を動かすには意思、というか魂が必要なはず……死んだ魂を――




 ティターニは何かに気付き記憶を掘り下げる。合計で万単位を屠っているはずの骨の大軍は一向に尽きる気配が無い。



 数分前に破壊した骨と同じような動きをする骨達。そして一番の気掛かりであるキャロの存在。彼女は骸骨兎集団を呼び出してから一歩も動いていない。キャロのダガー捌きを警戒していたティターニだったのだが。



 何故今攻めてこないのか? 



 ――いや違う。あの女は動けない。もし動けない理由が骨達と門を操っているからだとすると……もしかしてかもしれないわね。



 何かに気付きかけたティターニに骨の大軍が一気に攻め込む。考えに没頭していた為、太陽の光に反射する切っ先に反応が遅れた。



 「くっ――」



 槍の穂先が頬をかすめ、斧の刃がティターニの胸当てに直撃し、たまらずに声が出る。



 一歩後退した足が地面を踏みつけあと前に出る。短剣を器用に使い槍の一撃を捌きながら回転し人骨の懐に入り込む、白と黒。二振りの短剣が起動を描き頭蓋と胴体を破壊する。



 風魔法を使い斧を掲げる人骨の足元から竜巻を発生させる。何体か巻き込まれた骨の集団は竜巻により錐揉み状となって空中でバラバラになっていく。



 ティターニの周囲にようやく人骨の群れは消え、足元にはおびただしい骨の数。門からは何事もなかったように集団が足踏みをしながら現れてくる。



 荒い呼吸を繰り返すティターニは、考えばかりじゃ埒があかない。と判断し、確証を得るため大技を繰り出す。



 二振りの短剣が白と黒の光を放出する。ティターニの肘から先が黒く変色し周囲に剛風が吹き荒れ体が白く輝く。



 短剣を上方から一気に振り下ろすと白と黒の光がぶつかり合い混ざり合い、螺旋を描きながら一条の光となり飛んでいく。



「……すごっ」



 あまりの大質量のエネルギーにキャロからは素の声が漏れ出る。



 スキル:羅刹。神威の重ねがけで狙うのは門。大きく黒い異質な門に超高度高温密度のエネルギーがぶつかり膨張、低温低密度に変化した後に凄まじい大爆発が発生。



 耳がしばらく使い物にならない音が辺りに響く。



 砂煙が、止むことを忘れた雨のように永遠と当たり一面を包む中、ティターニは地面に膝をつき、荒い呼吸を繰り返す。大量の汗を拭い前方に顔を上げる。



「すっご〜い! 本当に凄い! 何今の? キャロちゃんマジでビックリだよ! ねえ今の何なの?」


 

 砂煙がようやく消えると、大爆発の余波に巻き込まれたはずのキャロは、何事もなかったように明るい口調で喋り出した。



 ティターニの最上級の技を受けた門は変わらずにそこに存在しており、不気味な雰囲気で佇んでいる。



 周辺には人骨の数がゼロになったが、開かれた門からは、またワラワラと骸骨兎集団が進軍を開始しキャロの左右に並び出す。



 離れた距離で対峙するティターニとキャロは振り出し戻った形となった。



 必殺の一撃が無意味な一撃となったが、ティターニの表情に焦りはない。それよりもどこかスッキリとした顔で呼吸を整えたあと立ち上がる。



 キャロが片手を上げ人骨に命令する前にティターニは口を開いた。



「予想が確信に変わったわ」



 その言葉に上げていた右手を止めるキャロ。



「何?」



「予想が確信に変わったと言ったのよ。バカ兎」



 ティターニの口ぶりに口角を上げ、キャロは先を促すように首を傾げ、目を薄く閉じた。



「あなた。死傀士(しぐつし)でしょ?」



 その言葉にピクリとキャロの鼻先が動く。



「ずっと動かないから変だと思ってたのよ。でも動かないじゃなくて動けなかったのね。大量の魂を扱うにはそれ相応の反動、もしくは縛りがあるようね」



 放たれた一言にキャロは冷淡な目を向ける。



「尽きることの無い骨達はあなたが殺した人達よね? 殺したあとに死傀士のスキルで魂をこの世に留め骨へと移す。その後は従順な自分の配下にする。死体はその門にでも放り込めばまた一体の人骨が出来上がるのかしら? 倒しても倒してもワラワラ出てくるわけよね。だって骨を砕かれても直ぐに死傀士のスキルで別の骨に魂を移せばいいんだもの。一体どれほどの種族の人達を殺したのかしら?」



 キャロは何も答えずにニンマリとした表情をする。ティターニは嘆息を吐き出したあと続きを言う。



「死傀士なんて気色の悪いジョブは初めて見たけど、本当に存在したのね。古い文献を読むのもたまにはいいものね。私の記憶が確かならだけど。なんて、紋切り型の文言は言いたくないけれども。貴方達は他者や自身の魂を、言ってみれば命を自由に扱う事ができる。だったかしら? その人を人とみない危険な力、及び行いのせいで千年以上も前に全ての死傀士が殺されたはず。結果、事実上この世界に死傀士は存在しない。なのにあなたはどうして存在しているのかしら? 答えは簡単——」



 今だにキャロは何も言わずにティターニに笑顔を送っている。だが体の節々からは圧力が増してるのが分かる。



 それはまるで【これ以上先を言うな】と牽制しているように見える。



「あなた自体もう死んでるんでしょ? バカ兎」



 途端に底冷えするような緊張感が場を包み出す。一般人ならばその場にいるだけで気絶し、ある程度の戦いを経験する者ならば動けなくなる程の緊張感。



 キャロの左右に並ぶ骨の群も主人から発せられる矢のような怒気に一歩、二歩と後退していく。



「自分で自分の魂を縛って他者の肉体へ移す。今では禁忌の外法だけど千年前はそうじゃなかったのかしら? まぁ興味ないからどうでもいいけど。あと貴女の後ろの門。それも(・・・)、この世界の理から外れてるでしょ?」



「キャロちゃんよく分かんな〜い☆★」



 緊張感を一気に崩すキャロの声だが、この場では何とも言いようが無い。



「あらそう。なら手短に言うわね。大部分は私の空想も入ってるから違う部分もあると思うけど……まずあなた、自分自身が死なない。という理の輪から外した行為をしてるでしょ? だってそうじゃなきゃ私の羅刹と神威の余波を受けても平気なはずがないもの。理の外とは生命転生の輪の外、つまりは人が超えちゃいけない輪。推測は続くけど、あなたの正体は無意識の集合体じゃないのかしら? 簡潔に述べるならば魂が複数存在しあなたという肉体に宿っている。他者の魂を縛って自分のスペアにするのは死傀士とっては造作も無い事でしょうしね。その肉体だけならば何度か死んでるはずよ。でも無意識の魂が入れ替わりのようにその体に憑依すると壊れた肉体も同時に再生する。あたかも傷を負っていないかのように振る舞う。そしてその全ての行為をしているのはあなた、そのやり口の元になっている単体の自我。」



 ティターニは短剣を腰鞘に収めながら続きを喋り出す。



「元は一つの、普通の魂だと予想するわ。おそらく今の外見同様の白い兎族。それが本来のあなたの自我。そこから死傀士のスキルを使い、どんどんと魂を集めて行く。集めるのはあなた同様の死傀士の魂。千年前にあなたは仲間を殺される事を恐れて、自らの体に魂を縛り一つの集合体にした。動機はそんな所かしら? これで理から外れた存在の出来上がりね。死んでも死なない体、大量の同スキルを使い駒である骨の集団を作り上げる。かなり憶測もあるけどどうかしら? もし合っているなら素晴らしいほどの狂人っぷりだわね。そしてその門」



 垂直に腕を伸ばし門を指差すティターニ。



「それも元は人だったものよね? 魂でも捏ねくり回して作ったの? 死傀士ってそんな事とかもできるの? その門も原理は貴方の体と同じよね? お誂え向きの門に魂を与える、与え続ける。何度も何度も与え続ける。それを繰り返す何年も、何十年も、何百年も、それこそ千年がけで作り上げたのがその門なんでしょ? しかもまだ作りかけ。門の異様な見た目は閉じ込められた魂の叫びってところかしら。これではいくら攻撃しても貴方達を倒せないはずだわね。倒しても倒しても魂を入れ替えればいいだけだものね」



 言葉を紡ぐティターニの足元に緑色の陣が現れる。



 魔法陣とは違う形状にキャロは一瞬目を奪われた後、警戒しつつティターニに視線を戻す。



「も〜妄想激しすぎ〜☆★そんな意味不明な事ばっか言われてもキャロちゃん困るよ〜。このエルフっ子恐いよ〜誰か助けて〜☆★」



 キャロの声に反応して人骨の集団がワラワラと動き出す。



「みんな〜エルフっ子のビックリ妄想に敬意を称して。全力で叩き潰しちゃって〜☆★」



 ティターニはキャロの発言に眉根を寄せ、不思議な顔で見つめ出す。



 その間にも足元の陣は増え続ける。一つ一つが重なり、線で結ばれてどんどんと大きくなっていく。



「認めない老害ほど厄介な存在はないわね。だから千年前に駆逐のターゲットにされちゃうのよ。綾人の言葉を借りるならば、とんだサイコパス集団ね貴方達は。そんなに生きてて飽きないの? どして生きているかしら? 今からでも死になさいよ――死人(しびと)



 最後の一言にキャロの表情が変わる。ティターニは確信を持って言った言葉。死傀士殲滅の理由はこの言葉を言われ続け、蔑まれ続けた死傀士が反旗を翻し世界相手に戦った事から始まっている。



 再度文献のありがたみを理解していたティターニに低く、怨嗟にまみれたしわがれた怨念が耳朶に届く。



「ナーガの意思も継げぬ小娘が! 直ぐに殺してその魂を使ってやる!」



 今までの声とは明らかに別の声。怨念を受けたティターニは呆れた表情になった。



「ナーガって……ナーガ・デミ・カイザーの事かしら? ほとほと呆れるわね。亜人族の初代皇帝を知っているということ? それだと千年程度じゃ計算が合わないわよ。どれだけ生きてるのよ。古い文献も当てにならないものね。もしかしてナーガ・デミ・カイザーの理想を達成する為に今まで生きてきたの? だとしたらまさしくサイコパスそのものね」



 カチャカチャと音を立てて骨の軍勢が進軍する。ティターニの周囲には緑の陣が展開を終え、石畳の地面からは急激に草花や木々が現れる。



 ぐんぐんと成長する緑にティターニはそっと視線を流す。



「まぁ貴方達が何年生きてきたのかはどうでもいいわね。話は変わるけれど、私のジョブはね暴蘭士(ぼうらんし)っていうのだけれど知ってるかしら? まあ知らないでしょうね。千年以上も前には無かったジョブだし」



 ティターニの言葉は鬼の形相にも似たキャロには届いていないようだ。人骨の群れが草花や木をなぎ払いながら歩を進める。



 さほど焦った様子もなく、上質な絹に似た長い金髪を耳にかけ言葉を続けた。



「死んだあとにでも思い出してくれると嬉しいわ。暴蘭士というジョブと暴蘭の女王と呼ばれる二つ名を、とりあえず今は私の力を噛み締めながら——」



 絶対女王の声が響きわたる。



「死んでいきなさい」

 名前:キャロ・ラナ

 ジョブ:死傀士(しぐつし)

 Lv 81

 力:479

 耐久:208

 器用:679

 俊敏:827

 魔力:769


 スキル :短剣術・投擲・ステータス向上・特殊魔法適正・補助魔法適正・詠唱省略・魔法発動後縛り排除・気配感知・魔力感知・魂縛・魂遊興・魂複合錬成・魂傀儡・魂渡・魂掌握・愛情奴隷兎・愛情奴隷門

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