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こうなる運命

 石畳の大通りでは奇妙な三角形ができていた。


 綾人、ルードの側に立つブットル。三人から離れた場所には、水塊に包まれたタルウ、長槍が足に刺さるコウレツ、虚ろな目のティッパ。二組の位置をベガ、デネブと呼ぶならば、アルタイルの位置にいるのはサギナ。



 照りつける日差しは暑さを超えて、痛さえと変わっていく中、奇妙な雰囲気をいつもの調子でいつもの男が破る。



「じゃあ俺は人間の方の豚を連れてくから、ここら辺で」



 綾人が指さすのは白目を向く奴隷商人コウレツ。隣には気を失っている豚公爵のタルウ。ブットルとサギナの激戦を近くでみた恐怖により、舌が飛び出たまま気絶している。


 背を向けられたブットルは一瞬理解がおよばなかったが、直ぐに綾人の肩を掴み振り向かせる。



「え、何? 俺急いでるんだけど」



 この緊迫した状況にも関わらず、綾人の不思議顔がブットルには少しだけ頼もしく感じた。



「奴隷商人コウレツに用があるのか? すまないが俺もあいつには用があるんだ。少しだけ時間が欲しい」



 横目でサギナの動向を確認するブットル。サギナは興味深げに短槍と綾人を交互に見比べてばかりで、二人の話に干渉する気配は無い。



「頼む。話しを聞いてくれ」



 ブットルの無機質な目が綾人を見据える。随分な迫力に綾人は眉間にしわが寄るのを自覚した。



「コウレツを使ってティッパにかけられた奴隷紋を解放したい。それにはコウレツの了承が必要なんだ。それと教会での祝福も――」



 身振り手振りを加えて必死に話すブットル。その姿を綾人は真剣に見詰める。


「――だからこの場ではできなくて。ええとつまり、ティッパの奴隷紋の解除が終わったら直ぐにここに戻ってくる。だから少しの時間を俺にくれ。ティッパを助けたいんだ。兄ちゃんもあの人間族の子を救いたんだろ? 無茶な頼みなのは自覚してる、それにあのサギナもコウレツを渡せというから、あぁ、すまん。自分でも何を言ってるのか……とにかくティッ——」



 ブットルの言葉を綾人は掌を突き出して遮る。できすぎのタイミングで風が吹き、しばしの間は耳に微風のみが張り付いた。



「一つだけ確認させてくれ」



 試すような綾人の口調が静寂に別れを告げた。ブットルは、何をだ? と冷静に振る舞うが、自らの鼓動の激しさが煩わしいと息をのむ。


 綾人が首を動かし見たのは、コウレツ、タルウ、ティッパがいる箇所。



「あの女の人がティッパって人か?」



 指の方向を見たあとブットルは「あぁ」と短く答えた。



「お前さ、あのティッパって人のこと好きなの?」



「ブファ! ちょ、相棒! ここにきてそうくるか。さすがに空気読んで黙ってたルード様も笑っちまったぞ」



 綾人の言葉に間の抜けた表情になるブットル。


「いや、だってよ〜」と眉根を寄せながらも、どこかニヤついた表情でブットルに視線を送る綾人。



「必死すぎだろケロリン。何回ティッパっていうんだよ。言い訳がましい言葉よりもよ〜一言ビシッと言ってくれた方が俺は動くぜ」



 余裕ぶった綾人の態度に少しだけ腹を立てつつも、理性で抑え込んだブットルは口を開く。



「ど、どんな一言だ?」



「あ? 決まってんだろ」



 綾人の近くで浮くルードも、同じようにニヤニヤとしている。それもまたブットルの癪にさわる。必死な自分がバカを見ている感覚にブットルの語気が荒くなる。



「なんだ! 兄ちゃんは何が言いたいんだ!」



「惚れた女を守りたいから力を貸せ。って言えばいいんだよ。簡単だろうが」



「ほれ、た。お、いや、俺、は……」



 まさかの言葉にブットルの無機質な目に、感情の波が揺れた。今まで意識しないように必死に隠してきたことを、簡単に言い当てられた。とブットルは思っているが、側から見ればそんなものは——



「ばればれだから! 何ビックリした顔してんだよケロ助。違う世界だろうが何だろうがよ。男が女の為に命かける理由なんて一つしかねぇだろ⁉︎ で、どうなんだよ」



「俺は……」



 綾人の言いように、多少文句を言いたい気持ちを抑えながら自身を見るブットル。


 全身ボロボロだ。


 まるでおとぎ話に出てくる、何度打ちのめされても立ち上がり、姫を助け出そうとする英雄のようだ。自らの助けたい。の理由が、おとぎ話しの英雄と重なり、場違いに微笑むブットルはまっさらな気持ちで告げることができた。



「俺はティッパを、愛してる(・・・・)。だから絶対に助けたい。頼む。惚れた女を救う為に手を貸してくれ」



 ブットルの言葉を綾人は一切茶化さずに頷く。ルードは鼻をならし、微笑ましい表情になる。



「ガッテン。んで俺はどうすりゃいいわけ?」



「あの槍を持つ黒い女、サギナをここで食い止めてくれ。少しでいい。終わり次第必ずここに戻ってくる。交換条件として俺のが終わったら、今度は兄ちゃんの願いを全力で支援する。頼めるか?」



「お安い御用だ。でもこっちも手をうたせてもらうぜ。この黒豆竜のルードと一緒に同行してもらうぞ。こっちも確実にあの豚を連れてかなきゃならねぇからよ」



「あぁ、こちらは構わない」



 綾人はブットルとの会話を終え、次にルードに話しかける。



「ケロ太は裏切らないと思うけどよ。一応同行してくれ、何かあったらエアリアの伝達魔法経由で連絡ってことで」



「ガッテンと言いてぇけどよ、大丈夫か相棒? メン・ヘラさんは結構ヤバイ気がすんぞ」


 綾人は一瞬だけサギナに視線を向ける。サギナは腕を組み。退屈そうに綾人達を見ている。だがそこはかとなく自分に向けられる殺気に、綾人の口角は上がる。



「ご指名されてるっぽいしよ。まあやるだけやってみるわ」



「さすが相棒。そこに痺れる憧れる〜! ってやつだな」



「まあな。ってなんでルードがその台詞知ってんだよ!?」



「時間が惜しい。もう行かせてもらうぞ。無理はしないでくれよ。サギナは強い。ヤバくなったら逃げてくれ。俺が戻って来た時に死んでるなんてのはよしてくれよ」



 片手で返事をしたあとに、綾人は腰袋からポーションの束を取り出しブットルに投げつける。



「とりあえずそれでも飲んどけよ」



「ポーションか? 有り難く貰っておくよ。兄ちゃん名前を聞いていいか?」



「千人斬りの(ゆう)。空上綾人とは俺のことだ」



 ブットルとルードをサギナから守るように一歩前に進み。いつものように適当な自己紹介をする綾人。



「二つ名もちだったのか、空上綾人。俺の名前はブットルだ。二つ名は水王。空上綾人の気持ちに感謝を」



 ブットルはポーションを飲んだあとにティッパの元に走り出した。ルードも後を追う。枯渇寸前の魔力を使い新たに作り出した水塊にティッパ、コウレツ、ルードを閉じ込め、そのまま地中に消えていく。


 一瞬で消えた場所には、サギナの長槍が地面に突き刺さっていた。微妙な誤解を生じさせたまま別れたことを、少しだけ後悔していた綾人に、楽しげな声が聞こえた。



「もういいか?」



 黒いロングブーツを石畳に響かせながら、サギナが歩いている。目的地の長槍前まで辿り着くと。柄を握り一気に引き抜き綾人を捉える。



「いやいや悪いね。待たせちゃって。随分あっさり見逃してたけどいいの?」



「なに心配いらんさ。豚には()をつけておいたからな。いつでも見つけることができるさ。それに男同士の密談には女は口を挟まない方がいいだろう?」



「あら、話がわかる〜」



「私も少しばかり焦っていたようで反省したよ」



 サギナは吟味するように綾人を見たあとに鼻で笑う。その態度はいかにも小馬鹿にするように感じられ。


「あ?」と綾人は凄んだ。



「いやいやすまんな。冷静に考えればどうにもな」



 向かい合う二人は自然に足を前に出し。標的に近づいて行く。



「水王のあとでは少々噛みごたえがなさそうでな」



「マジで? 大丈夫だって。俺地元では固揚げポテチの綾人君。って言われるから噛みごたえはバッチリだよ」



「ふむ。カタあゲ? よくは分からんが期待していいのか?」



「でもあんまり期待されても、気後れして萎えちゃう場合もあるからな〜」



「男は直ぐに言い訳を述べたがるな」



 綾人とサギナが向かい合う、両者の間合いは十分な距離だ。得物を握るサギナに至っては近すぎるほど。



「てめぇこそボロボロだけどやれんのかよ」



「おや。心配とは随分と優しいことだ、なに些細な傷だ。それに——」



 二槍を握る黒い手からはギチギチと開戦の音が鳴る。綾人も拳を硬く握る。



「直ぐに終わるさ」



「偶然。俺もそう思ってた——」



 サギナと綾人。お互いが笑い合うと同時に戦いが始まった。

読んでいただきありがとうございます! ブクマとかポイントとかもありがとうございます! もっと欲しいなんて口が裂けても言えません。ポイントが欲しいなんて……口が、さけても……いえ、ますん。

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