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それは決まり事以外の何物でもない

「何だ貴様は? 感動の再開に水を差すとは、常識というものが欠けているぞ?」



「感動の再開にしては、不穏な気配があるようだが?」



 ブットルの横やりを受け、怪しく笑うサギナ。首を戻し。コウレツの頬に手を添えると、別種の笑顔を張り付かせる。



「父上。少々お待ち下さい。危険ですのでこの場からは動かないように」



 何がどう危険なのかは語らずに、サギナは立ち上がる。自然と両者は対峙する形となった。



「用があると言うが私は一秒足りとも待てないぞ? 今この瞬間にでも父上の腹を裂かねば気が狂ってしまいそうになる。何なら力ずくで連れ去ってもいいが?」



 乱暴な口調だけに終わらず、二槍を握る黒い両手からは淡々と圧力が増していく。その様子を見るブットルは剣呑な眼差しを向け、危機感を強くする。



「いや、揉める気は無い。この男には奴隷紋を解放して欲しいだけだ」



 ブットルの視線をたどり、サギナはティッパを見る。次にコウレツを見て鼻息を吐き出す。



「なるほど」



「事情を分かってくれて助かる。奴隷紋を解放できたらこの男はあんたに渡す。だからそれまで――」



「いや、残念ながらそれは応じられんな。この女は仮契約から本契約まで進みつつあるぞ」



 サギナの声にブットルは虚をつかれる。その言葉を即座に理解しティッパを見る。



 コウレツは「ぐぅっ」と唸り、逃げようとするが、ぐいと、サギナに胸ぐらを掴まれる。



「瞳の色が明瞭になりつつある。仮契約から本契約に進んでいる証拠だな。この状態になっては相応の場所と聖職者が必要になるぞ? それこそ教会辺りに行かねば本契約の解除はできないが……それを待つほど私は善人では無い。悪いが行かせてもらうぞ」



 サギナはコウレツを引きずるように移動する。しかし無遠慮な歩みは目の前に現れた銀杖に止められた。



「何だ? まだ何か用か? 教会まで付き合えと言うつもりか?」



 視線を向けられたブットルは銀杖に魔力を流し始める。睨み合う両者。目が合った瞬間からお互いが同じ予想は立てていた……



 ――それでも。とブットルは言葉を続ける。



「恐い目だ……俺は揉め事を起こす気は無い。頼む、時間が無いんだ。ここは折れてほしい。この通りだ」



 頭が下がった後、一瞬の沈黙が流れる。顔を上げると何も動じていない目と懇願の目が合う。互いの実力を測るような視線の行き来は、一段深い所に進む。



「従わないと言ったら、どうする?」



 サギナの怪しい笑みと言葉。向けられたブットルは軽い目眩を覚える。



「従わないと言ったら……」



 目眩の原因は恐怖。異質な格好と怪異な槍の雰囲気に飲まれるブットル。それでも歴然を戦い抜いた男はその先を続ける。



「力ずくで従わせるさ」



 戦闘の切っ掛けはブットルの言葉だが、サギナが誘ったようにもみえる。


 短い会話だったが、やはりこうなったか。と両者はその予想をピタリと当てた。


 それは強者だけが用いる〝会った瞬間こいつとは戦闘になる〟という既視感にも似た決められた筋書き。


 サギナは短槍を地面に突き刺すと、コウレツが悲鳴を上げる。


 コウレツの太腿は短槍に貫かれ、太腿から血が溢れ、地面を赤へと染めていく。


 苦痛に歪むコウレツの顔、それを見るサギナの顔は恍惚に歪む。


 そして、そのやり取りで生まれた隙を見逃す程、ブットルは愚者では無い。


 後方へと離れながら銀杖に込めた魔力を放つ。先端から水の剣が三つ、音も無くサギナを襲う。


 長槍を器用に旋回させ、水の剣を払い退ける。剣はその形を崩し、ただの水へと姿を変えた。


 通常の武器では魔法に触れられないが、サギナが持つ槍は難なく魔法に触れ次には無効にした。


 見当がつくブットルは苦々しげに呟き、さらに距離をとる。



古代付与(ルーン)付きか」



「ほう。知っているのか? 便利だぞルーン付きの武器は、少々扱いに難があるがな」



 サギナは問いはしたが、返答を待つ気は無いようだ。一瞬で距離を詰め、ブットルに長槍を落とす。



「知ってるよ。魔法に干渉できる伝説級の武具だろ? だがそんなに怪しい雰囲気じゃないはずだがな」



 振り下ろしされる槍に何の抵抗もしないブットル。当然のように槍は頭部を裂き、そのまま下っていき喉元で止まる。


 ブットルの喉から上は真っ二つになっているが、そこから先は長槍が微動だに動かない。



「さかしいな……魔法使い」



 長槍に頭を裂かれたブットルは粘着質な水へと変化する。引こうと力を込めるが粘る水は長槍を離さず、ぶよぶよと動きその矛を封じる。


 サギナは上空を仰ぐ、そこには当然のようにブットルがいる。



「この状況で笑うのかい? やっぱりあんたは異常だな」



「最高の褒め言葉だな」



 上空の水玉を足場にしブットルは浮いている。その周囲には巨大な氷柱がところ狭しと並んでいる。



 氷魔法特級:絶対零度氷河アブソリュード・テラス



 ブットルは銀杖をサギナに向け、ただ一言「いけ」と言うと従順な巨大氷柱が一斉にサギナを襲う。



「ふふっ。良き強者だ。そうでなくては私の昂りは静められん!」



 危機的状況のはずたがサギナは満面の笑みで叫ぶ。この状況を心底楽しんでいるようだ。



「だが、状況はよろしくないな……力を貸してくれるか?」



 長槍に話しかけると穏やかに微笑むサギナ。まるで子に微笑みかけるような慈愛を向ける。


 サギナの呼び掛けに答えるように、紫色の長槍は一段とその色を深めていく。



「いい子だ……」



 余裕のあるサギナ。だが氷柱はもう目の前に迫っている。


 この場面でズルズルという、何かが這いずる音が聞こえたのはサギナしかいないだろう。


 それが決定事項だったかのように氷柱はサギナに届かず、かん高い音を立て破壊されていく。



 破壊され、さらに粉々に砕ける氷柱の群れ。

 さすがに表情の少ないブットルだが驚きを隠せていない。


 無数にあった氷柱は、ものの数秒で全てが破片へと変わり、宙を舞うキラキラと幻想的な風景を作り出す。


 そんな美しい細氷よりも、サギナを守るように寄り添う怪異に、ブットルの目が開かれる。



 ただただ黒紫の塊がいた。



 形状は大蛇を更に太くしたものに近いだろうか。長槍から這い出る塊の頭部は楕円形をしており、目は無く、大きく開いた口には牙も舌も無い。


 口内は黒一色。食われたであろう氷柱は、その黒い口内のどこに消えたのか? 考えても答えは出ないだろう。


 頭部をサギナの頬に擦り寄せ、甘える黒紫の怪異。サギナは怪異を撫で労いの言葉をかける。



「助かった。疲れただろう? 休んでいいぞ」



 撫でられた怪異はもう一度サギナに頭部を擦りつけた後、色を失い。背景と同化し完全に消えていった。



「ふむ。あれほど質の高い魔法となると名が知れてないのはおかしいな……蛙よ! 名を聞かせてくれ!」



 長槍を体に寄せ、サギナは叫んだ。


 ブットルは直ぐには返事ができずに、先程起こった怪異を冷静に分析する、だが。



「分からんな……何だ、さっきの黒いうねうね? 見たことが無い。スキルでも魔法でも無さそうだ……」



「おい! 私はお前に名を聞いている! さっさと答えんか蛙よ!」



 黒い女に興味を持ち、ブットルは宙に浮く水玉を蹴り、地面に降り立つ。



「ブットルだ。お前の名前も聞いていいか?」



「サギナだ。……ブットル? 待て。蛙族であれほど質の高い魔法となると見当がつくぞ。水王、水王ブットルか? だとしたら手強いのも納得だな」



 サギナの顔が綻ぶ、無垢な少女のようにコロコロと変わる笑顔。それがまた余計に怪しく見え、ブットルは油断無く杖を構える。



「水王ってのは周りが勝手に付けただけだ、俺は気に入っちゃいないよ」



「謙遜はよくないな? 貴様の武勇は遠くの地にも広がっているぞ。ふむ。やはり噂は当てにならんな、水王ブットルは亜人三英雄になり損ねたと聞いていたが、先日戦った三英雄の一人よりも遥かに上をいっているぞ」



「そりゃどうも……なるほど。あんたがここ最近噂になってた辻斬り犯か?」



「むっ? 何だかあまり優雅な呼び名では無いな。辻斬り犯か……ふむ。おそらく私の事だろうな。夜な夜な亜人を狩っていればそうも呼ばれるか」



 クスリと笑うサギナ。屈託の無いその表情は余裕の表れでもある。



「そうか……なぁサギナ。もう一度考え直してくれないか? 俺に時間をくれ。用が終わったら直ぐにその男はお前に渡す。頼む! 俺はどうしても救いたい――」



「おいおい水王。あまり私を失望させないでくれ。折角興がのってきているのに、それでは渇いてしまうぞ? 今は全てを忘れて私と楽しもうじゃないか? なに。不安にならなくていいぞ? 皆初めては恐いものだ」



「……比喩が大袈裟だな。悪いが俺は心に決めた女がいるから、あんたとは楽しめないな」



 杖を構えるとブットルの背に魔法陣が現れる。ブットルの背よりも大きな魔法陣からは、圧倒的な魔力が溢れ出る。



 それを感じたサギナは、口端を上げた。



「残念だ。今は時間が惜しい。聞き入れてもらえないなら、悪いが死んでくれ」



「良いぞ水王。その膨大な魔力! お前の内にいる獣を私に見せてくれ……ふふっ……良いな。

やはり良い! 強いオスとの戦闘はどんな快楽も敵わない!」



 サギナはあえて攻めずに、ブットルの全力を受けるべく、己の内に力を溜め始める。



 ――こいつは強い、小手先の魔法では倒せない。今は時間もかけられない……だったら腹を決めしかないな。


 一回り、さらにもう一回り大きくなる水色の魔法陣。その大きさは左右にある石造りの家々を軽く越え、約十メートルまで膨張する。


 それはブットルの絶対の自信を示しているかのようだ。



 ――このイカれた女を殺すにはこれしかない。



 中心から這い出るのは開かれた大顎。

 続くのは全ての者を畏怖に落とす凶悪な瞳。

 空一面を埋める水色の鱗が日の光を遮り、大きな影を落とす。



 水魔法極級:狂水竜の顎メイルストロムゲネイオン



 再度現れた水竜は不満を表すように、けたたましく叫ぶ。その威圧をまともに受けるブットルは膝をつく。



「――ッ!」



 水竜の威圧に呻くサギナは思わず後退する。一歩、二歩と下がるが、それでも足りないと感じもう数歩下がる。そこには足を貫かれたコウレツが倒れたまま、気を失っている。


 コウレツを一度見たサギナだが、興味は既に水竜に向けられているようで、鼻で笑うと視線を目の前に送る。



「素晴らしいぞ水王! 何たる芸術! 何たる才覚か! 貴様になら私の全てをぶつけられそうだ!」



 長槍をコウレツの太腿に刺す。気を失っているがコウレツの体が僅かに跳ねる。


 サギナは気に留めずに、灰色の短槍をコウレツの太腿から引き抜き、付着した血を払う。



「さあフルカス起きろ。下等な血では充たされぬだろ? 最高の馳走だぞ」


 サギナは短槍を指でなぞると、反応するように灰色が光だす。

 

 短槍を見つめるブットルは息をのむ。本能が短槍を見るなと拒否をしていからだ。


 が、もう後には引けない。いや、引く気も無い。一対一ならこの魔法で倒せぬ者など存在しない。という自信がブットルにはあるからだ。



 短槍を握りしめサギナが走る。ブットルが銀杖を向け水竜を操作する。


 何度か暴れる水竜は短槍から発せられる狂気に触発されると、気が触れたように奇声を上げ、サギナへと襲いかかる。



 そして水竜と怪異な短槍がぶつかり合う。




 ――――――――――――――――――――




 衝撃に地が揺れ、空は震えだす。



 ぶつかり合った音こそ鈍いが、そのエネルギーたるや、広範囲に爆弾が落ちた衝撃と同じである。


 目の先でそれほどの力を受ける二人の反応は、全く異なっていた。


 ブットルは魔力が空になり、気を抜くと放れる意識をなんとか保ちながら、水竜を操作する。その顔は苦渋に満ちている。



 そしてサギナは。



「あは! あははははは! はははははは! はははっー! 素晴らしい! 素晴らしいぞ水王よ! このフルカスが食いあぐねるのは初めてたぞ!」



 嬉しさも超え、狂喜も超え、快楽も超え。ただただ己の歓喜を叫び続けていた。

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