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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
一章~その男巻き込まれ体質につき~
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恋に障害はつきものです

 デンバースを地図で見た場合歪んだひし形、という表現が適切だろうか。ひし形の真ん中には大きな穴が空いており、外周部には群島がまばらにある。


 穴について説明したい、何故と問う君の質問には答えられないのが残念だ。穴には今だかつて、どの種族も辿り着いていないからだ、人間族も亜人族も魔人族も聖霊族も海人族も地の底を自由に行き来する地底人でさえ穴にはたどり着いていない。


 故に穴には何があるか、人が住んでるのかも、文明があるのかも誰も知らない、一説にはこの穴から天使と悪魔が地上の様子を観察しに来ている。と言われている、だがそれも確かな情報ではない。


 私はこの穴の詳細について知る人物と接触した、その人物は目が四つあり、腕が三本に足が四脚と、どの種族とも違う容姿だった。魔物ではない、その人物には高い知性がある。


 あの穴は無限牢獄と言われる檻がある、とその人物は言った。

その檻にはこの世界とは違う、異形の種が閉じ込められている、とその人物は言った。


 次の日、詳しい話を聞きにその人物の元を訪ねると、彼は死んでいた。苦悶の表情に悶えたまま、魂を御霊に返還していた。

彼の言葉が真実かどうかも、穴についての手掛りも潰えてしまう、誰か穴に何があるか、あの穴は何なのか、私に教えて欲しいどうかどうか……


 私は待っているいつまでもいつまでも……


 ーウルアムス・ジェーズドピアー





「団長~準備出来ましたよ~」


 呼ばれた大男はそっと手記を閉じる。


「よ~し、楽しい楽しい魔物狩りに出掛けるか!」


 大男は手記を胸元にしまう。誰にも触れられないように大事に大事に。




 ーーー




 広い平原に多数の魔物が現れる。


「皆さんハイゴブリンの群れです! 前衛は私、斗真さん、翔さんの三人、後衛援護に美桜さん、凛さん、真緒さんの一小隊で迎撃します」


 通る声で手早く指示を出すハンクォーは、他の皆さんは騎士団と共に待機です。


 とだけ告げると、矢のように動き出した。


 名前を呼ばれた五人も素早く武器を構え迎撃に向かう。


 ハイゴブリンとはゴブリンという小鬼妖精の上位亜種である魔物。


 通常、緑色のゴブリンに対し、ハイゴブリンは赤黒い肌をしており知恵が回る、慣れた騎士でも手間取る相手だ。



 ハンクォーは素早くハイゴブリンに肉薄すると細剣を踊らせる。


 華麗に舞う細剣は両足、両手を順に切断した後に、驚いた表情をしたままの首を切断、ハイゴブリンは自身が何に殺されたかも知らないまま絶命する。


 その無駄の無い動きを観察していた召喚者達は、ハンクォーとの絶望的なLvの違いに肩を落とす。



「だははははっ! ハンクォーはこの国でも五本の指に入る強さだぞ、そうそうお前らには抜かれんだろ。

それよりも仲間が戦う所をちゃあんと見てろ」



 声を掛けられた者達は、勇者の姿を目で追う。



「はああぁぁぁ!」



 掛け声と共に斗真が剣を強く握る、ドレイク王より授けられた聖剣は手によく馴染んでいるように見える。



「ギィギギギギギギ」



 ハイゴブリンの連携攻撃を躱し、振るわれた聖剣、前後にいた二匹のハイゴブリンの胴体が切り裂かれ、断末魔を上げ絶命する。


 後方に控えていた美桜、凛、真緒の三人が詠唱を終了させ火炎魔法を重ね掛けする。

ハイゴブリンの群れは一瞬のうちに炎の海に包まれ全身を炭化させながら倒れていく。


 魔法発動後には縛りがあり、数秒間体の自由がきかなくなる現象が発生する。

これは魔力を使用する事で、体内にあるエネルギーを使用する為だ、使用するエネルギーとはすなわち…



 脳が思考時に使うブドウ糖や、体が走る時に使うATP(アデノシン三リン酸)。

日本人の感覚で魔法発動を表すならば、

全速力で走りながら小難しい数学の問題を解くようなものだ。


 加えて言うなら、問題が解けるまで走り続けなければ、魔法が発動しない事。



 故に魔法に慣れない者は一度の魔法で、低血糖症を引き起こす。


 血糖値がおおよそ70mg~50mg/dL程度まで下がると同時に、全身の筋肉にも疲労が襲ってくる。


 思考が鈍り、体に力が入らなくなる。


 これをこの世界(デンバース)では縛りと呼ぶ。


 勿論日々の鍛練やLvの上昇、果ては特殊スキルで、縛りを軽減する事や、完璧に排除する事もできる。



 美桜、凛、真緒が縛りによる反動で膝を付いていると、

炎の海から逃れた一匹のハイゴブリンが、やけくそとばかりに動けない三人に襲い掛かる。



「チェストォォォォォォォォォォォ!」



 無駄な叫びと同時に、槍の穂先がハイゴブリンの頭蓋を突き抜ける。



「よっしゃぁぁぁってまだ死んでねぇのかよ! 動くな、ちょ、あぶなっ! 誰か助け!」



 翔が止めを刺せずハイゴブリンの反撃にテンパりだすと、ギィ、と力ない声で鳴き、ハイゴブリンの首と胴が離れる。



「翔さん。止めを刺すまで油断しない事、前も言いましたよ?」



 目の前に立つハンクォーが、嘆息を吐きながら鋭い目付きで翔を見据える。



「す、すいません」



「貴方には色々と言いたいことはありますが……先程の突きの動きは悪くありませんでしたよ」



「えっ!? あっ、ハイ! あざっす!」



 魔物は死ぬと体が砂塵のように崩れ、跡形も無く消えてしまう。

ハイゴブリンの群れもその法則に従い、砂塵になり消えていく。



「よ~しよし、良い動きだったぞお前ら、次からの戦闘は騎士団は後方支援のみに徹する。

お前らだけでやって見せろ。

ハンクォー小隊を再編成だ、小休止後に狩りを再開するぞ」



 マグタスの指示で騎士団と召喚者はそれぞれ動き出す。



 そんななか三木頭慧(みきとうけい)曽我部嵐(そかべあらし)は、明らかな不満顔で行動する。


 慧は周囲を確認した後、声を張り上げる。



「ホント信じられないなあいつ、今日もサボるとかありえないでしょ、俺らが命懸けで戦ってるのに、ムカつくな~」



 空上綾人は初の魔物狩りである今日も、お腹痛い。

という明らかに嘘だと分かる理由で休んでいる。



「それな、俺だってサボりたいのに何であのクソヤンキーは特別扱いな訳? 付与士(ふよし)の俺は無理だけどさ、慧ならあのクソ野郎ぶっ飛ばせるんじゃない? やっちゃってほしいなマジで」



 嵐の言葉を聞き、慧は確かにと思う。


 この世界の強さの基準、それはLvだ。現在Lv10の自分ならば、一度も訓練に参加していないLv1の雑魚ヤンキーなんて、余裕で倒せるのではないかと。



「それにさ、ムカつくのが飯だけはちゃんと食ってるとこなんだよね、ムカつくんだよあれ! あとあの態度もムカつく、全てがムカつく、死んでくれないかなあのクソヤンキー」



「嵐も結構言うね、その通りだけどさ。そんなに言うなら自分で喧嘩売ってみたら?」



「いや、無理だよ。僕は後衛職だし体型こんなだし、俊敏なんて30だし」



 嵐は服の上にたっぷり乗る贅肉を指で掴む。



「あと一番ムカつくのはアレ(・・)だね」



「……そうだね」



 嵐の言葉に慧は同調する、二人の視線の先には坂下美桜が立っている。


 荒い息を吐きながら周囲に笑顔を振り撒く美桜。

クラスメイトからはリアル天使と呼ばれている。


 長く艶のある黒髪と大きすぎる瞳は誰よりも蠱惑的、メリハリの利いた体は思春期を向かえる男子には刺激が強すぎる程だ。


 だが全身から漂う清廉、清純な空気が他者に安心感を与える。


 情欲と清楚、交わらない二つが美桜が男を惹きつけてやまない理由の一つ。


 更に性格の良さ、誰にでも優しく裏表が一切ない清廉潔白さで、女子からも好かれている。

慧と嵐も美桜の魅力に引かれた男、故にこのような会話になる。



「はぁ~坂下さんは今日も可愛いな~、なんであんなに可愛いんだろ。可愛いくて細くておっぱい大きいとか三種の神器じゃん、告ったら付き合ってくれるかな~」



「いやいや、嵐が告白した所で無理でしょ。今まで何人の男が振られたんだよ、それよりも問題はさ……」



 今、召喚者達の話題はこの一点に尽きる。


【坂下美桜は空上綾人の事が好きなんではなかろうか】


 という話題。

理由:美桜は綾人を度々擁護する。


 綾人が訓練に参加しない事に不満を抱いているのは、何もこの二人だけじゃない、クラス全員だ。

口々に綾人への不満、愚痴、文句が出るなかで、美桜だけはその言葉一つ一つに反論する。



「彼はアレだよ、クラスに馴染めてないだけなんだよ。きっと優しい人だよ。うん、だから皆で綾人君に話し掛けてみようよ」



 とか



「なんでそんな事言うの? 私達も不安だけど綾人君はもっと不安なはずだよ。お願い、もう少し綾人君を休ませてあげよう」



 とか



「えっ!? す、す、好きなわけないじゃん! 嫌だな、綾人君とはそんなに話したこと無いし、止めてよね綾人君が聞いてたら誤解しちゃうじゃん!」



 と最後の方では顔を真っ赤にしながら否定するが、最早見るのも耐えない状態である。


 綾人がこれまでクラスメイトに弾圧されていないのは、リアル天使と呼ばれる美桜が、ひたすら庇っていた為である。



「納得いかねぇ~なんで俺等の天使が、あんな奴の事好きなんだろ~」



 その会話に耳を傾けていた男が一人、石巻寛二(いしまきかんじ)



 彼は衝撃を受ける。


 どれ位と問われれば、歩いていると車に引かれ、その後に運悪く電車にも引かれ、満身創痍でボロボロなのに自分目掛けて飛行機が墜落してくるような衝撃。

最早衝撃という次元を越える衝撃。



(坂下、さんが、空上の事を、好き、だと………)



 クラス全員が知るなかで、鈍感少年の彼はたった今その事に気付く。



「よ~し休憩終わりだ! 皆準備をしろ出発するぞ」



 マグタスの声に反応しそれぞれが動き始めるなか、寛二は地面の一点を見つめ停止していた。




 ーーー



 魔物狩りの遠征を終え王宮に帰還する。

皆顔には色濃い疲労の色が浮かびながらも、危なげなく戦闘を繰り広げた自分達に、やれば出来るのではないか?

という希望を見出だす。


 そんな召喚者達を出迎えたのは王宮に仕える兵士や魔導師、大臣のバラビットとレイ姫と侍女達、

冒険者の帰還を見て侍女は歓声を上げる。



「いやはや、皆無事なようで何よりだ、このバラビット首を長くして待っていたぞ、してマグタス団長、成果は如何かな?」



 開口一番に口を開いたバラビットは、労いもそこそこに気になる案件を聞き出す。



「予想以上ですよ大臣、こいつらは本物だ。

これからじゃんじゃん戦闘を経験すれば、いずれ俺等騎士団を超えて行くでしょうな」



「それは何とも心強い」



 豪快に笑うマグタスの言葉に大臣は胸を撫で下ろした。

これでもし召喚者一行が使い物にならない場合の()を使わなくて済んだことに。


 マグタスの言葉に召喚者達は結束力が強まる。「皆で頑張ろう」「皆で乗り越えよう」仲間同士の絆が強く結ばれる。



「斗真様!」



 名前を呼ばれ振り向く斗真の右腕を、極上の感触が包み込む。



「ちょっ、ちょっと、レイ姫様」



 慌てる斗真の右腕にはレイが、狙った獲物は逃がさないとばかりに身体を密着させている。

レイの武器である立派なメロン二つも、斗真の右腕に押し当てられている。



「前も言いましたよ、私のことはレイと呼んでほしいと! 私は斗真様が無事に帰ってくるまで、食事も喉を通らない程に心配しておりました」



 上目遣いでうるうると目に涙を溜めるレイ、斗真は苦笑しながらも、ただいま、と優男に相応しい笑顔で答える。

その言葉を聞き一層強く右腕を抱き締めるレイ。



 そんな二人のやりとりを

(((((((((((もげろ)))))))))))

 男子が心の中で叫び

((((((((((あざと))))))))))

 と女子数名が心の中で叫び、ある意味別の結束力も強化されていく。


 そんなやり取りに目もくれず(もげろ)にも参加せずに、一人で大臣の前に立つ男は堰を切る。



「大臣、お願いがあります」



 大声で叫ぶ寛二の目は真剣そのものだ、皆が何事かと寛二と大臣を見る。



「その表情は余程真剣なものだな、よろしい。願いとは何かな?」



「決闘の許可を頂きたいです!」



 どこまでも真っ直ぐな目と熱量に気圧されながら大臣は、詳しく、とだけ言った。




 ーーー




 騎士団の訓練場に集まる人だかり。

中央に立つ石巻寛二は腕を組み瞑想をしている。



 ~~~~~~~~~~

 石巻寛二

 ジョブ:剛力士

 Lv 11

 力:309

 耐久:175

 器用:83

 俊敏:86

 魔力:99


 スキル :斧術・剛力・ステータス向上・腕力上昇・底力・言語共通

 ~~~~~~~~~



 決闘の見学にはドレイク王までも駆け付け、訓練場はローマ帝政期に作られた、コロッセオのような盛り上がりを見せ始める。


 主要な面子が集まる訓練場。


 クラスメイト同士の決闘にそわそわする者。


 教師二人は、最早お好きにどうぞのうす目。


 斗真の横にピッタリと張り付くレイ。


 騎士団の面々は、召喚者同士の決闘に興味深い眼差しをする。


 マグタス、ハンクォーが並ぶ場所をキラキラと、違う意味での好奇な目線を向ける一部の女子。


 バラビットはマグタスに訪ねる。



「マグタス団長、一つ聞きたいのだが石巻寛二は強いのか?」



 間を置かずにマグタスは答える。



「ええ、強いですよ。剛力士というのは本来であればLv30から成れる中位職のジョブです。

ジョブからのステータス向上の恩恵もあってLv11であの数値は異常としか言いようがありませんな。

流石召喚者といった所です。この決闘は本来(・・)なら勝負にすらならないでしょう」



 その言葉を聞き一人ほくそ笑む慧。



(いや~上手くいったな、脳筋バカに聞こえるようにわざわざ(・・・・)デカイ声を張り上げた甲斐があったよホント、バカは楽で良いなぁ)



 そんな様々な思想が、魔女の大鍋のようにぐつぐつと混ざり合うなか、話題の人物が登場する。



「うわっ! なんかスゲ~人がいっぱいいる」



 緊張感の無いヘラヘラとした表情で訓練場に現れる綾人。

格好はいつものスカジャンにボンタン足元はローファー。

その姿に寛二は気の抜けた声を出す。



「空上、お前はそんな格好で俺と勝負するのか? 死にたいのか?」



 対する寛二は高い上背に純色の鎧を身に付け、右手に持つ巨大な戦斧を肩に担ぐ。



「いや、そんな事よりも……いし、石、え~とアレアレ、そう! 石島は何で俺と戦いたい訳? 訓練サボってるから怒っちゃった?」



「石島じゃねぇ石巻だ! いやっ、今はそんな事はどうでもいい。おい空上、お前に一つ確認したい事がある」



「何? 好きな漫画とか? 俺こんな成りしてるけどヤンキー漫画より恋愛漫画の方が好きだったりするよ」



「知らねぇよ! お前の漫画の趣味なんてどうでもいいわ! 確認したいのはその、あ、アレだ…」



「何?」



「お前は……さ、坂下さんの事がす、好きなのか?」



「ん?」

「え?」



 綾人と美桜が同じタイミングで声を出す。


 他の面々は、まるで某スタ○ドの能力に掛けられたように時が止まっている。



 ………



 そして時は動き出す。



「ちょっ! ちょっ! 石巻君! な、な、なななな何を言ってるの! えっ? ちょっ! 何言ってるの!」



 美桜がテンパりだす。



「坂下さんはどうなんだ! 空上の事が好きなのか? 教えてくれ!」



 慧が絶句する(ここまで脳筋だとは思わなかったな……)



「な、な、何言ってんのよバカ~!!」



 美桜の絶叫がこだまする。



「バカって……くっ、いやっそれよりも今は、どうなんだ空上! お前は坂下さんの事が好きなのか!」



「ひゃっ! えっ、何? コレ何なのお前、こんな大勢の前で、えっとえっと何なの!! 確かに坂下は、その何て言うか……」



 先程までのヘラヘラとした雰囲気は何処えやら、今は年相応の純情な少年の顔になる。


 真っ赤な顔で綾人がチラリと美桜を見る、美桜も真っ赤な顔で綾人の視線に気付きチラリと見る。


 目が合った瞬間に、物凄い勢いで目を反らし、お互い無言のまま下を向く。


 訓練場にいる美桜と綾人、寛二以外の顔が感情を無くした能面になるなか。



「成る程、相思相愛という事か……ならば俺はあえて二人の間に立つ壁になろう! 空上! 俺を倒せたら坂下さんと付き合う権利をお前に渡そう!」



((((((((((いや、お前誰だよ)))))))))))))

 周囲の心のツッコミシンクロ率は200%を越えていく


 まだもじもじとする綾人に、何か同調する感覚を感じた寛二は優しい笑顔を作り。



「空上、分かるぞ。その反応……お前も俺と同じ、チェリーボーイのようだな……フッ。

ならば尚更この戦いは負けられん!」



「ちょ! ばっか、ちちちちちげぇし俺童貞じゃねぇし! な、何言ってんのおま――」



「童貞じゃないの」



「いえ、童貞です」



 一瞬で美桜の空気が変わり、氷点下の目線と言葉に背筋が凍り、素直になる綾人。



「フッ、話がそれたな。では行くぞ友よ(童貞)! 見事俺を倒してみろ!」



「石村! てめぇ今、友よ、の所の副音声おかしかったぞ!」



「俺の名字は石巻だ!!」



 寛二が走り綾人に戦斧を振り下ろす。


 重々しいまでの風圧と鈍く厚い音。戦斧が地面に突き刺さり亀裂が走る。


 俊敏は辛うじて綾人の方が数値が上のため、危なげながらにサイドステップで躱す。



「おい! てめぇマジのやつじゃねぇかよ! 殺す気か! クラスメイトを殺す気かてめぇは!?」



「恋は待ってはくれない! いつもこちらが追うばかりだ、分かるだろ友よ(童貞)

坂下さんを手にいれたいならば俺を倒せ! 差し詰俺は、ロミオとジュリエットの中を引き裂く世間の思想。

故に恋ではなく愛を手にいれろ! さあ空上、俺を倒して真実の愛を手にいれてみせろ!」





((((((((((((((黙れよ童貞))))))))))))))




「また副音声で童貞って言いやがった……なんかだんだんムカついてきたぜ石巻、とりあえずてめぇはぶっとばす!」



 綾人の言葉を聞くまいと戦斧を豪快に振り回す。

寛二の連続攻撃を既の所で躱し、攻撃のモーションが大きく隙だらけになった所を。



「うらぁあ!」



 寛二の頬を全力で殴る、日本いた頃ならばこれで終わりの筈だが、



「お前の拳はきかんぞ空上!」



 寛二は軸すらブレずにしっかりと立っている。


 綾人の力の数値は100、寛二の耐久は175、多少のダメージはあるものの倒すまでには至らない。


 その後何度か寛二を殴るが、



「きかん、きかんぞ空上! お前の坂下さんに対する愛はこんなものかぁぁぁぁ!!」



 下を向き、もじもじする美桜を生暖かい目で見守るクラスメイト。


 だが美桜がもじもじしている最中に状況が一変する。


 ついに寛二の攻撃が当たる。戦斧の腹で殴られた綾人は派手に飛ばされあと地面に倒れる。


 剛力士のふるう力は、たったの一発で相手を満身創痍にさせるには十分と言っていい。


 地面に倒れる体には、おもしろいほど痛みのシグナルを脳に送っている。


 だが、そんな痛みを無視し綾人は立ち上がった。


 何故か? 答えは単純。この男は痛みに強いからだ。日々の喧嘩は綾人に痛みとの距離を近付けさせたからだ。



 だが、痛みに強いからといって、自分よりも強者に立ち向かえるのか? 大多数の人間ならば尻込みしてしまうだろう。


 だが綾人は立ち向かう。


 一対多数、時には凶器を持ち出す相手との喧嘩は綾人にとっては日常だからだ。


 圧倒的な不利な状況だろうとも関係無く。


 怪我を負おうが関係無く綾人は拳一つで立ち向かう。


 何故? 


 それは少しでも憧れの爺ちゃんに近づく為。


 ニヤリと笑う綾人は、いつもと同じじゃねぇか、と誰に言うわけでもなくつぶやき立ち上がる。


 立ってるのもやっとの状態だが、こんな痛み綾人にとっては日常のこと。故に叫べた。



「てぇぇぇな石巻こらぁぁぁぁ!」



「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」



 咆哮をあげる綾人と寛二。


 寛二は次の一手で決めるために綾人に駆け寄り、渾身の一撃を繰り出す。



(くそ! 何なんだよこの展開はよ! 呼ばれて来てみれば好きだのなんだの只の羞恥プレイじゃねぇかよ! クールに決めてたのに童貞だってばらされるし……それもこれも全部筋肉ゴリラのせいだ。

なんか、どんどんどんどんムカついてきたぞ石巻! マジで一発いれなきゃ気がすまねぇ、ぶっ飛ばす、ぶっ飛ばす、ぶっ飛ばす!)



 綾人の体が熱くなる。


 肉薄する石巻の戦斧に向かって全身全霊を込め拳をぶちこむ、その時、意識せずにこう叫んだ。



くたばれ童貞!!!(天上天下唯我独尊)



 綾人の拳と戦斧が交わう。


 戦斧が砕ける。


 柄のみになった戦斧を握りしめている寛二の顔面に拳が叩き込まれる。寛二の鼻が潰れ、顔面が陥没する。衝撃を殺しきれず首が後に飛ぶ。


 それでも衝撃を殺せずに、今度は体ごと縦回転しながら後方に吹き飛んでいく。5メートル程吹き飛んだ寛二。


 地面に倒れながらも辛うじて呼吸をする。静まり返る訓練場は、皆唖然としている。





 物事というのはいつも此方の事情なんてお構い無しに、さも偶然を装ってやってくる。



 決着を待ってましたよと言わんばかりに地面が揺れる、大きく大きく揺れる。


「なっ、この揺れは、いけない!」


 声に出したのはハンクォー。


 遅れて気付いた宮廷魔導師は喉を張り裂けんばかりに叫ぶ。



「転移術式だ! 皆レジストを発動せよ!!」



 地面から眩しいほどの光が溢れる。


 待ちかねたように赤い魔方陣が地面に描かれていく。



「ね、ねぇ、これって……あの時の教室で見たやつじゃない?」



 誰かが弱々しく言うがその声はかき消される。



「皆さん手を繋いで下さい! でないと転移に巻き込まれます」



 指示に従い皆が急いで手を繋ぐ。


 寛二の元にはクラスメイト達が駆けつけ、彼の手を握りしめる。


 それを見届けた後に綾人も移動する、急に坂下美桜の顔を見たくなり探す。



 すぐに見つかる。


 泣き顔と不安顔を混ぜ合わせたような、凄い顔でこっちを見てる。


 今にも走り出そうとしているのか、両隣のクラスメイトに腕を捕まれている。


 綾人は安心させる為に笑顔を作る。



「来ます!」



 宮廷魔導師の叫びの直後、再び大きな揺れが恐怖を煽る。



「おい、ちょっ、マジかよ……おい!」



 綾人は目一杯手を伸ばすが、指先が触れたのみで近くにいた者と手を繋ぐことができなかった。


 光が訓練場を包みだすなか、綾人は顔を上げる。


 手を差し伸べるその者の口許は、綺麗な三日月の形をしていた。


 揺れが収まり白い光と赤い魔方陣も役目が終わったとばかりに消えていく。




 地上の出来事など知りませんよとばかりに、綺麗な空に夕陽が射した。

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