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無茶も無理もしないといけない時もある

 ――今、どこにいる? そうか。直ぐ中央広場まで来てくれ、この好機は逃せない。


 指示を出した者は目を一旦閉じ、地中深くに水の塊を沈ませ、その好機を待った。




「こっちにも人間族がいたぞ! タルウ公爵の後ろを見ろ!」



 亜人族にとっては害族そのものの人間族。それが亜人帝国の中心人物である、公爵の後ろにいる。


 その事に理解が及ばず、本能的に周囲にいた亜人はタルウ公爵を見る。



「なっ、魔法が、解けた……」



 簡易コテージ内。タルウ公爵の後ろに立つ、二名のうちの一名、どこにでもいる獣族の者は、その姿を人間族へと変えていく。



 そこにいるのは初老の人間。



 健康的とは程遠い丸々とした体型、薄い頭髪からは大量の汗が弛んだ頬肉に流れていく。



 この男を表すならば、服を着た豚。その言葉が正確に当てはまる。



 「貴様! 人間族であったのか! このタルウを騙し帝国に踏み込むとは万死に値するぞ!」



 数秒の静寂の後に激を飛ばしのは、豚族であるタルウ公爵。だが憤怒を示すその姿は、どこかぎこちなく見える。



「くっ! 裏切るつもりかタルウ公爵! 奴隷を横流しする案を申し出したのはそちらだろう!」



 肥太った男はこの状況から最善の一手を尽くす為に、負けじと反論する。


 豚そのものの容姿である豚族のタルウと、豚に近い容姿である人間が近距離で睨み合う。


 張り詰めた空気のはずだが、互いが似ているのも重なり、滑稽に見えてしまう。



「奴隷の横流しだと! この場から逃げる為の嘘にしては愚の骨頂! 騎士達よ今すぐにこの人間族を捕らえよ!」



「何が嘘か! 誇り高き亜人族の民達よ! 少しでも真実に耳を傾ける時間を私に恵んで欲しい! 我が名は奴隷商人のコウレツ。今から語る事は嘘偽りなき真実! 水面に広がる波紋の真実を伝える幾ばくかの時間を私に――」


「聞いてはならぬ! 水面への波紋は貴様の存在そのものだ! 人間族は我らの敵以外に何者でも無い! 何をしている騎士達よ! この人間族を始末せよ!」



 タルウ公爵は焦燥に駆られ、いつもの余裕が無くなっている。


 一方のコウレツと名乗った者は、このまま何もせずに殺されるよりは、この場を乗り切ろうと知恵を巡らせ、どんな事でもやってのけるタイプの男だ。



「私はさるお方からタルウ公爵が奴隷を欲しているとの相談を受け、それを了承した。タルウ公爵の命令で亜人へと姿を変え、今ここに居る。今日まで亜人帝国の奴隷市場を支えてきたのはこのコウレツに他ならない! 皆も奴隷を使いその暮らしを豊かにしてきた自覚があるはずだ!」



 声高らかに叫ぶコウレツ、広場に集まる亜人達はその言葉に耳を傾けた。



「皆見て欲しい、タルウ公爵の側に使えるこの女を! 彼女も悪の権化である公爵によって強制的に奴隷に落ちた女だ! 私は脅され仕方無く奴隷紋を施したに過ぎない! 私を見逃せとは言わないが是非を問いたい!」



 コウレツに指を差されたのは蝙蝠人の女ティッパ。虚ろな目は何処にも向けられずただぼぅとしている。



「貴様! 皇帝の前でよくもそのような出鱈目を! 八つ裂きの刑でその口を封じてやろう」



 簡易コテージ内はタルウとコウレツが向かい合い、その側にティッパ。端には皇帝を守るように数人の亜人が身構えている。


 行動を起こさない亜人達に死中に活を見出だす如く、コウレツは語り始める。



「タルウ公爵は悪魔と通じている! この地を蹂躙する悪魔とタルウ公爵の内に潜む悪魔はもはや見分けがつかぬ程同等である悪意の塊。

悪魔の力を使い嫉妬にて公爵の地位にまで登ったタルウ公爵こそ、この結末の全ての敵なのだ!」



「嫉妬の悪魔と契約しているのは貴様の方だコウレツ! だいたいにしてッ――」



 自身の発言に気付き公爵は口を紡ぐ。

その発言は安易に認めていると捉えられても仕方がない。


 苦渋の表情を浮かべるタルウを見るコウレツは口の端を上げる。勝機をみたりとばかりの顔をするが、数秒後にはその顔もタルウと同じように苦渋に歪む。



「殺す! あいつを殺す! あいつを私に殺させて! あの豚を、人間を殺させて! あいつが精霊ちゃん達を苦しめてた、私を何回も何回も鞭でぶったの、お願い! 私にあの男を殺させて! チビちゃん達の仇をとらせて! 私にっ――」


 金切り声を上げながら野々花凛は気を失う。エアリアが何かの魔法で凛を眠らせたようだ。横に寝かせた後に優しく凛に微笑みかけるエアリア。


 すっと凛から視線を外したエアリアは愛らしい顔を歪める。予想通りの展開になった事を隠す気もなく、喜びを口にする。



「奴隷紋を施した者を見つける事もでき、さらに諸悪の権化であるタルウなる人物も見つける事ができたのは、何よりも心が踊る。それに比べればこの亜人の数など、とるに足りませんね」



 独り言のようだが、その声はやけに大きい。



 広場に集まる者達の思考はそれぞれのベクトルへと向かいだす。


 凛にかかる呪いを解く為に動く者。


 この場を切り抜ける為に知恵を回す者。


 己の失態を取り替えそうと画策する者。


 とりあえず全部をぶっ飛ばそうとする者。


 そして……



 ――ガリオいるか? よし! 師匠と横になっている女の子を保護してくれ。俺はタルウとティッパ、それと奴隷商人を連れて一度この場を離れる……あぁ……詳しいことは後で話すよ。


 二転三転する状況だがブットルのやることは変わっていない。師匠を助け、ティッパに施された奴隷紋を解除し、タルウを殺す事。



 地中深くに忍ばせた水の塊が三つ、簡易コテージを中心に空中へと現れる。丸々とした水の大きさは約二メートル。


 一瞬で現れた事もあり、皆言葉と動きを止め水塊(すいかい)を見つめる。


 水塊の動きもこれまた一瞬であった。タルウ、コウレツ、ティッパを水塊内に押し込めるとそのまま地中へと消えいく。


 眺める事しかできず、尚且つそれぞれの獲物を逃がした皆は困惑する。その中で水塊の魔法に心当たりがある者が叫んだ。



「ブットル! 貴様はどこまで帝国を愚弄するのだ!」



 交戦していた綾人を跳ね除け、獅子族の老騎士はブットルへと走り出す。



「これだけは譲れないな」



 その言葉を残してブットルは這いつくばっていた箇所に水溜まりを作ると、その中に沈んでいく。


 渦中の人物達が消えると同時に、空中には魔法陣が数十と展開し、その中心から続々と現れたのは精霊族。好戦的な表情を浮かべエアリアの元に集いだす。


 計画を狂わせた箇所、処刑台を小難しい顔でみつめるエアリアは、思考が停止していた。見知った亜人が近寄ってきたのにも気付かない程に。



「おい? どうした? 助けるのはこの子だろ? 師匠と同じように安全な場所に保護しとくぞ!」



 ハッとなり思考を再開させる。数秒ほど迷ったが危険は無いと判断し、頷いて返答をし、凛を獅子人ガリオに任せた。


 消えたタルウと奴隷商人の気配を探すが感知できない。第三者である水魔法の使い手もやり手だと判断する。どう行動したものかと迷っていると。



「エアリア様、ご指示を」



 サラマンの声でそれは中断される。



「この地を……この帝国を何度汚す気だ害族どもよ! 誇り高き兵よ、タルウ公爵とブットルの事は一旦横に置け。今は目の前の害族を根絶やしにするのだ!」


 天にも届くバスクード元帥の激は亜人族を鼓舞し瞬時に濃密な死の気配を発する。


 その叫びと気配は精霊族の琴線を逆撫でし、結果。一瞬にして戦争が始まった。叫び声がそこかしこに上がり、広場は阿鼻叫喚の極みに達する。


 その様子を上空から眺めていたルードは視界の端に捉えた動きに視線を送る。


 広場から少し離れた場所。一度だけ地面から浮かんで、また地面に消える水の塊を発見する。その後は影を落としたように地面を染めながら移動する水塊。


 しばらく様子を眺め、移動する方角を確認した後、ルードは綾人の元へと向かった。




ーーー




 ティターニはうんざりとした面持ちの後に思案する。


 戦争が始まったこの状況ではまともに物事が進まないと判断を下し、綾人、ルードと共に一時撤退をすべく行動を開始した。



 ――綾人の知り合いはあの亜人が保護したみたいだし。納得して退くはずよね。


 中央広場を囲むように聳える高い木々の一つから降り、移動をしたその刹那――



「見っ~つっけた☆★」



 周囲の喧騒に混じり、なんとも悪戯染みた声がティターニの耳朶をなめる。


 咄嗟に二振りの短剣を引き抜き、風よりも速いダガーの投擲を地面に叩き付ける。


 計六本を防いだティターニだが、陶磁器のような美しい肌からは数ヵ所ほど血が滴る。


 咄嗟故の事とはいえ、全てを防げなかった事にティターニの顔が強張る。



「あら? 防がれちゃったか?」



 ★☆きゃるるん☆★という擬音が似合う調子で兎族の女がティターニの前に立つ。


 ティターニという強者を目の前にして嬉しいのか、兎族の女キャロは、自身の白い体毛をこれでもかと逆立たせる。


 体毛を撫でると同時に現れるダガーを手に持つと、ん? と表情を曇らせる。



「ねぇ? あなた亜人族なのにどうして精霊族達の味方をするの?」



 キャロの問いにティターニは答えない。ただじっとキャロを睨む、相手の力量を計るように先の尖った耳がピクピクと動く。



「ふむふむ、あれだけ見事な弓の腕を持っているのなら、有名なはずよね……となれば帝国の外から来た亜人になるのかしら?」



 問われるティターニだが、返答をする気配は無い、やや間を空けてからようやく口を開く。



「三英雄のキャロ……」



「あらら? 私の事知ってるんだ? やっぱり私ってば有名なのね★☆」



 ティターニは嘆息を吐き出すと短剣の一つをキャロに向ける。



「退いてもらえるかしら? 私は私の事情で行動しているのだから邪魔はしないでほしいのだけれど」



「えぇ~無理無理、だってあなたたちタルウ公爵を狙ってるんでしょ? ダメだよ、あのお豚ちゃんを殺すのは私なんだもん」



 キャロの蠱惑めいた笑みに、ティターニの眉根が寄る。



「偉くなって、偉くなって、絶頂のただ中で絶望に落とす。あぁ~考えただけですっごい興奮する~」



「……そう。じゃあ退いてもらえるかしら? 私達はそのタルウ公爵という人物に危害を加えるつもりはないわ。なんならこの場から離れようと思ってるのだけど」



 その発言を受けてキャロは赤色の目を二度、三度パチクリする。う~ん、と考えた素振りを見せた後、しなやかに戦闘態勢に入る。



「そうなんだ。でも私の事情を聞いちゃったから殺しとかないとね、興奮してお喋りし過ぎちゃった★☆」


 きゃるるんという語尾の後にキャロはダガーを投擲し走り出す。



「……どうして私に絡んでくる女ってバカしかいないのかしら?」



 風を切り裂きながら宙を移動するダガーだったか、その役割を果たせずに後方へと流れた、次の瞬間短剣とダガーが鈍い音を立てながら重なりあう。



「あなたって友達いないタイプでしょ?」



 近距離で放たれた言葉にティターニは、あなたもでしょ? と短く告げると短剣の舞で応戦した。




ーーー




「クッソ! なんだよ? どうなってんだよ!」


 綾人の周囲では精霊族と亜人族が戦争を始めている。時折襲い掛かる亜人の攻撃を回避し、時には撃退しながら、巻き込まれないよう広場の端に移動していると脳内に声が響いた。



(あなた様、凛は無事保護できましたが問題が生じました)



 余裕の無いエアリアの声に綾人は事態の重さを計る。


 野々花凛に呪いがかけられている事。

 呪いを放っておくと傷が治らない事。

 呪いを解除するには水塊の中に消えた奴隷商人コウレツの存在が必要な事。

 そのコウレツはこの広場から姿を消した事。

 そして今、自身が亜人三英雄の一人と交戦し動けない事を語るエアリア。



「つまりは、コウレツとかいう奴を探さねぇと駄目なんだな?」



 短いやり取りで状況を確認した綾人は自分がコウレツを探す事を提案する。エアリアは無理はしないようにと綾人に約束させ、それを承諾した。



(直ぐに私も向かいますので、無茶はしないで下さいませ)



 エアリアもまたこの状況に四苦八苦しているのだろうと予想を立てる。会話は一方的に終了した。



 ――探すとは言ったもものどうしよ。


 辺りを見渡していると聞き慣れた騒がしい声。



「相棒! 戦争になっちまったな! 女の子は保護したみたいだけどどうする?」



「おっ! 丁度良い手伝ってくれルード!」



 事の成り行きを聞いたルードは上空からみた水の塊と進行方向を思い出し、それらを語る



 広場では怒号と喧騒が沸き立ち、秋風で舞う落ち葉のように死が飛び交う。顔を顰めながら、それらを縫うように綾人は走り出し、その後をルートが追う。



「無理も無茶もダメって言われてもやるしかねぇだろ!」



 その声は直ぐに二種族の戦争の波に掻き消される。行く道、行く道に転がる死を努めてみないようにし、綾人は広場を走り去った。

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