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信じる事は良いことだ

 綾人に近づくエアリアは直ぐ様事態の確認をする。綾人もまた、処刑台の端に立ち周囲を確認した。


 処刑台に立つ亜人は三人。目の前と、奥には覆面を被り筋肉の主張が激しい男が二人。


 真ん中にはボロボロの鎧を纏う獅子の老騎士が一人。そしてこの三人はそれぞれ武器を掲げている。


 武器の終着点は考えるまでもなく、三人の足元で膝を折り、首を晒す者達。人間族、蛙族、羊人らの首だと安易に想像がつく。

 


 少し離れた場所には簡易コテージがあり、中には数名の亜人がいた。武器を掲げる者も、コテージ内の者も、みな目を見開き綾人とエアリアを注視している。



 綾人は周囲を確認した後、一番近く、約二メートル程離れた場所に立つ処刑執行人を見る。目を細め、一、二秒後に、執行人の足元で正座をしている野々花凛を見つめる。


 凛を確認した後、その状態に怒りを覚え、舌打ちを一つする。意識を切りかえる綾人。助け出す。から、助けた後に亜人をぶち殺す。に意向していく。


 大きく息を吸い込み喉が張り裂けんばかりに大声を出っ――


「凛! 凛! あぁ、凛……こんな……こんな姿に……あぁ、ごめんなさい。凛、もっと早くに助けられれば……ごめんなさい、凛、凛……私が分かりますか? エアリアです。凛お願いします、お顔を見せて下さい」



 綾人を突き飛ばし凛の元に駆け寄るエアリア。凛の赤黒く腫れた手足に回復魔法をかけながら、話しかけ続ける。


 気を逃した綾人は、口を開けたまま固まっていた。なんなとくタイミングを逃した為、やり場の無い怒りはそのままに、言葉だけを飲み込む。


 だが、この異邦人二人に何の反応も示さない時間は過ぎ去る。第一声を出したのは、獅子族のバスクード元帥。



「何故人間族と精霊族がここにいる!」



 その疑問はもっともだろう、むしろこの状況で一早くに声を上げたバスクードは、やはり武人である。


 第一声を皮切りに周囲にも声が響き始めた。



「人間族は殺せ!」

「精霊族もだ!」

「処刑される奴が増えただけだ、バスクード元帥! さっさと奴等も殺してくれ」

「処刑の儀式を邪魔するな害族は死ね!」



 広場は処刑前同等の盛り上がりを見せ、次々と避難の声が上がる。答えるようにバスクードは執行人に指示を出す。


 奴等を殺せ、という無言のアイコンタクトを受けた執行人は眼下に浮く、精霊族目掛けて幅広の戦斧を振り下ろす。


 エアリアは勿論気付いている。だがそれよりも凛の傷を治し、意識を明確にさせる方が優先順位が上にきていた。


 それにこの場にはもう一人いる。同じ程に亜人に敵意を向ける人物に任せる事にした。


 執行人は素早い動作でエアリアに死を落とす。垂直に落ちる戦斧は太陽の光を吸い、反射すると鈍く光る、その反射で執行人は目を一秒未満奪われた。


 故に駆け出す者の存在に気付くことができなかった。



このやり場の無い怒り(天上天下唯我独尊)



 という、本人にしか分からぬかけ声で綾人が執行人に迫っていた。勢いをそのままに繰り出したのは単純な右拳。


 綾人の拳が顔面に直撃した執行人、顔面に拳がめり込み陥没する。衝撃を殺せぬままその巨体は軽々と宙へ吹き飛ばされる。


 数回バウンドしながら処刑台から落ちる執行人。彼は小刻みに痙攣しながら地面へと突っ伏した。



 その光景に皆が固まる。



 執行人は決して弱くはない、むしろ国からの依頼を遂行させる力量を持っておらねばならない故に、強くなければいけない。


 それは亜人族の共通認識、その強い執行人をたったの一撃で戦闘不能にまでした人間族に、理解が追い付かない。亜人族が固まるのは当然といっていいだろう。


 八つ当たりを済ませた綾人が次に狙うのは、獅子族の老騎士。



 理由、近いから。



 老騎士バスクード元帥は異邦人二人を邪魔者から敵という認識に変えた。迫る敵へ体を向け、掲げていた剣を落とす。


 その所作は全く無駄の無い動きであった、長い年月を剣に捧げた者のみが至る境地。



 綾人は駆けながら老騎士に拳を叩き込もうとしたが、その瞬間に悪寒が走る。


 このまま殴るのは不味いと感じ、急停止する。直後に老騎士は清流の如き美しい流で剣を落としていた。


 綾人にはバスクード元帥の動きは見切れていない、これが喧嘩と殺し合いをしてきた者の圧倒的な違い。


 だが綾人の命の灯火は消えることは無かった。


 ゴツン! という鈍い音が広場に響き渡ると同時に



「痛ってぇ~~~~~!!」



 との叫び声も辺りにごたまする。バスクードが驚愕の表情で綾人を見る。



「な、なぜ宝剣ギルヌドで斬れぬ!」



 バスクードは混乱のあまり少々的を得ていない発言をする。宝剣ギルヌドは綾人の頭部に当たった直後にその勢いを止めた。


 力任せに押しても、頭部は切れずに、同じかそれ以上の硬質に当てているような感触にバスクードの理解が及ばない。



 スキル:石頭


 効果:発動時頭部のみ耐久が9999。



 スキルの恩恵を受けた綾人は、その命を繋ぎ止める。勿論本人にはあまり自覚が無く。



「痛ってぇんだよ! クソジジイ!」



 頭部と宝剣が押しつ押されつするなかで、綾人は一歩踏み込みバスクードの頬に拳を迫らせる。


 咄嗟の隙だが、バスクードは慌てること無く宝剣の腹で受け止める。拳と剣がギリギリと拮抗し、至近距離に達した両者はにらみ合う。



 お互いが一歩も譲らない状況となった。



 エアリアの回復魔法で徐々に傷が癒えていく野々花凛。しばらく感じなかった暖かい優しさに身を委ねながら、まだはっきりとしない意識のまま、綾人を見つめる。



「お……う、じさ、ま?」



 口から漏れたその言葉を聞いたのはエアリアのみ。凛の意識が回復傾向に向かっているがエアリアは渋面を貼り付かせたままでいた。


 傷の治りがあまりにも遅い。おそらく呪いか何かが凛にかけられていると予想する。


  凛自体には奴隷紋は見当たらない。だが、あきらかに凛へと執着する何かの呪いが働いている。


 渋面をより険しくさせる。


 それは呪いも奴隷紋と同じ系統である為、魔法による完治ができないからだ。


 魔法で完治できる状態異常は、毒や麻痺といったものである。


 だが呪いは発動した者の怨念、執念、私怨が固まり、次いで塊になり対象者を襲う手法。第三者が呪いを解こうとすると呪いは内から侵食し、対象者は死んでしまう。


 呪いを解くには、使用した者の命を奪うか、使用者が呪いを解除するしか方法は無い。


 原因を探る為、エアリアは魔法ではなくスキルを使う。五指を広げると指先から緑色の細い触手が現れる。


 うねうねと動く触手はエアリアの意思に従い、凛の口元から体内に侵入する。



 スキル:触媒探知


 効果:自身とは別のスキルや魔法。それらの促進や抑制の結び目を探知する。



 凛の体内に根を張り、蜘蛛の巣状に広がる緑の触手は呪いの源を探知していく。


 時間にして数秒、奴隷紋にも似た意識変革魔法と、その発動者を探知する。


 触手を収め、その元凶にエアリアが視線を向ける。それとバスクードの叫びはほぼ同時だった。



「帝国の誇り高き兵達よ! この者達を捕らえるのだ、騎士は剣を取れ! 呪い(まじな)士は魔法を生め! 害族に我が亜人族の恐ろしさをしかと刻み込もうぞ! この人間はバスクードが押さえる、皆はあの精霊を捕らえよ!」



 老騎士の体さばきは年齢を感じさせない力強さと早さがあった。


 成熟された動きに勢いでしか対抗できない綾人は、一手、二手と後手に回り、反撃ができないでいた。自分の思うような戦いを出来ぬまま、綾人はバスクードに組伏せられる。


 バスクードに油断という文字は無い。老騎士は常に全力で相手を押し潰す戦法を好む。


 目の前の敵に多少手を焼かされいるが、問題は無いと判断した為、他の者を多大な魔力を感じるエアリアに向かわせる。


 声をかけられた兵士、騎士、魔導士達は武器を手に取り、エアリアに狙いを定める。



 これがバスクードの失敗その一。



「獣風情が四大精霊の一角である風のエアリアと殺し合いをするというのか? 丁度良い……同胞の仇はここで取らせてもらおう!」


 ――サラマン戦争の開始です、急ぎ私の元まで来なさい。


 エアリアは思念魔法でサラマンに指示を出す。脳内に「了解致しました」との声を確認した後に、大規模な魔法を発動する。



 無属性極級魔法:強制無効化インエフェク・ティーフ



 銀色の魔法陣の大きさは約十メートル。そのサイズを見れば特級を超えた極級魔法だと誰しもが分かる。


 強制無効化インエフェク・ティーフは魔法使用時に使う、ブドウ糖やATP(アデノシン三リン酸)に強制介入し、魔法に使う体内成文の流れを遮断していく魔法。



 エアリアの極級魔法により、亜人達が展開していた魔法が無効化されていく。炎を生み出していた者は、掌で萎む火を不可解な表情で見つめ。


 風、水、土の魔法を展開していた者達も同様に、発動しない魔法に困惑の極みに陥る。


 簡易コテージまで覆う無効化魔法。極級魔法の使用には魔法に長けた精霊族でも疲労の色が見える。


 魔導士達の魔法無効化も狙いの一つだが、エアリアにはもう一つ狙いがあった。それは簡易ステージにいる人物へと向けられている。


 魔法を使えぬ魔導士など足手まとい意外に何者でも無い。横目に侮蔑の目を向ける亜人騎士や兵士はそれぞれの獲物を掲げ走り出す。


 大規模な魔法を展開するエアリアは集中している為に動かない。


 ここぞとばかりに、その首を狙われるのは単純な答えだ。だがエアリアは信じていた。必ず彼女は助けてくれるであろうと。


 その願いが叶うかどうかもまた、単純な答えだった。迫る騎士達は叫び声を上げながら、次々と地面に崩れ落ちる。


 苦悶の声が響くなか、素早い風切り音に乗り何条もの矢が何処からか飛んでくる。


 空気を裂く矢は、的確に騎士達の装甲が薄い関節部に吸い込まれていく。



 これがバスクードの失敗その二。



 どこからか襲う矢に騎士達は混乱し守りを固める。必然的にエアリアに迫る事を断念させられる。


 事の成り行きをつまらなそうに見つめていた兎族の女は、ペロリと唇を舐め。白い体毛を震わせながら移動する。


 バスクードが顔を顰めエアリア、魔導士、騎士を順繰りに見た後に、矢を飛ばす箇所に狙いを定めていると。



「おい、クソジジイ、余所見し過ぎだろ!」



 組伏せられていた綾人は強引にそれを解き、力任せに拳をふるった。


 バスクードは三重の意味で驚愕した。力付くで抜け出した事。


 迫る拳の威力が余りにも規格外に過ぎ、再び剣の腹で受けたが今度は後方に飛ばされて尻餅をついた事。


 驚愕に拍車をかけた三つ目は対峙する者の雰囲気が明らかに変わった事。



「な、なんだ、きさまは……」



 その目と両拳を見たバスクードは生唾を飲み込んだ。


 数々の修羅場を潜り抜けた老騎士は久しく忘れていた、恐怖を思い出していたからだ。



 これがバスクードの失敗その三



 目の前の人間族、いや、もはや人間族と呼ぶには余りにも規格外な呪いの塊に、少しばかり唖然としていると、簡易コテージから声が上がる。



 原因は分からぬが皇帝の身を案じたバスクードは駆け寄ろうとするが



「てめぇ! 逃げてんじゃねぇぞ!」



 怒号と共に綾人に行く手を阻まれる。



「害族風情が! マルシェ皇帝今行きますぞ!」



 必死な老騎士の叫びを、バカにしたようにニヤニヤと笑う綾人。老騎士はその姿に憤慨し宝剣を握りしめる。




 簡易コテージの近くから声が上がる。



「こっちにも人間族がいたぞ! タルウ公爵の後ろを見ろ!」



 その声は誰が言ったのかは定かでは無い。だが広場の混乱の最中でも多くの亜人が簡易コテージに注目した。




 広場にはしたたかに目を凝らす者がいた。その者は水魔法を使用し自由の身となり。脳内で最適な動きを計算しつつ、この状況を見定めていた。

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