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似た者は必ずしも思考は似ていない

 一歩、二歩と近付く足音が心臓の鼓動を早くする。


 月を隠すぶ厚い雲と、夜以上に夜の働きをする暗闇は、距離を置く二人の姿に視認させる事を許さずにいた。


 横に広い石畳の道。左右にある石造りの建物からは人の気配が無い事も加わり、より対する二人は前方にいる障害に集中する。



「俺に何か用か? 喧嘩なら後で好きなだけ相手してやるから、そこ退いてくれねぇか?」



 言葉を投げた者は遠慮の無い足取りで近づいてくる。その言葉を噛み砕き、あわよくばと綾人は考える。



 ――別に揉める気は無さそうだな、ってことは皆の所まで戻って身を隠せば、やり過ごせる……かな。


 自問自答の後に、一歩後ろに下がる。だが次の言葉でその案は一蹴される。


 くんくんと歩む者の鼻が可愛らしく動くと、怪訝な声が響いた。



「おめぇ、人間族か? 何で人間族がここにいるんだ? ったく急いでるってのに随分と気を揉んでくれんなぁ」



 あっさりとバレた事に多少面をくらうが、別段声の主は騒ぐ様子を見せていない。綾人は下がる足を止め、やるしかねぇか、と呟く。


 ようやくお互いを視認できる距離になると、ライオンを想わせる男は酷く迷惑そうな顔で、綾人に近づいてきた。



「なんだよ、すげぇやる気満々の顔じゃねぇか、言っとくけど俺は揉める気はねぇぞ。お前が何の為にここに入るのかは分からねぇが。こっちは急いでんだ、見逃してやるからそこを退け」



「あら、そうなの? 男前のお兄さんの言葉に甘えて、退かせてもらおっかな。こっちも急いでるし」



 おどける言葉に獅子人の男は、足を止め綾人を睨む。人間族がこの場にいる事に思考をめぐらせ、自分の急ぐ理由に少なからず関係があるのでは? と予想を立てる。



「おい人間、お前の急ぐ理由って――」



 だがその声は全てを言う時間を与えてはくれず、別の者達の声に消されてしまう。


 獅子人の正面からは「綾人このバカ!」「あなた様」「相棒!」と矢継ぎ早に声が上がり。


 綾人の正面からは、いだぞ! ガリオだ! 早く捕まえろ! との声が聞こえた。


 綾人に近付くティターニ、エアリア、ルード。ガリオと呼ばれた男に走りよる軍服を来た亜人達。


 舌打ちをしたガリオは綾人に背を向け兵士達に走り出し、十数名の小隊と戦闘を開始した。


 綾人に並んだティターニは、無表情を崩し、これでもかと綾人を睨む。エアリアとルードは綾人の姿に一息つき、状況を確認した。



「バカの処遇は一旦置いといて、亜人族同士で戦ってるのは何故かしら? いえ、それより今は隠れましょ――」


「隊長! 人間族と精霊族、それと宙に浮く生き物がおります!」



 小隊の何者かが一行を見つけ声を張り上げる。隊長と呼ばれた者は多種族に気付くと、隊に向かって指示を出した。



「貴様達! あれらを捕らえよ! 噂の辻斬りやもしれん! ガリオ共々牢屋にぶちこっ――」



 その指示は通常であれば妥当な指示である、だが相手が悪かった。指示の途中で飛ぶ隊長の首、風の刃は指示者の首を飛ばした後に、他の亜人に襲いかかる。


 死神の鎌と同等な風の刃は、難なく亜人達を屍に変えた。エアリアの魔法を意識しつつ、ティターニはポーチから弓矢を取りだし、兵士達を片付けていく。


 必中の矢は、急所をあえて外し戦闘不能の状態に止めている。因みに綾人は何もしていない。駆け出そうと身構えると「邪魔」とティターニに言われ。何ともいえない顔をしているうちに戦闘が終わった。


 兵達はその場に倒れ、屍と傷に呻く者のみとなり、獅子人ガリオは風の刃が自身に迫る前に



「助かった!」



 と叫び、両手を上げ綾人達に近付いて行く。

その言葉と行為は、自分は兵とは違い騒ぎを起こすつもりは無いと主張していた。


 エアリアはガリオに向けていた魔法を止め、様子を伺う事にした。それはガリオの言葉だけでは無く「あいつは違うかもよ」と言う綾人の言葉も要因の一つである。



「あんたらもしかして、明日の処刑に関係ある人達か? 人間族の女も処刑されるって聞いてるからよ……それか? だったら目的は同じだ、俺も処刑を止めに、っつうかぶっ潰し行くんだ、無駄な戦闘はしたくねぇ」



 近づきなから、ガリオは確信をつく言い様をした。余りの直球な言い方に戸惑う一行は、どう答えたものかと思案をしていると、



「処刑の事知ってんのか? 俺らは処刑をぶっ潰す……っつうか助けに来たんだよ」



 迷い無く答える綾人。ティターニとルードは慣れた者だがエアリアは戸惑った。



「あなた様! そう簡単に答えてはこうしている意味が無くなります。この亜人は手早く口封じをして先を急ぎましょう」



「えっ? ライオンの兄ちゃんは悪い奴じゃ無いっぽいから、話してもいんじゃないか? 兄ちゃん奴隷館の場所って知ってる? 俺らそこに行くんだけどさ」



「あなた様!」



 やはり、と確信するガリオ。先程の戦闘の手早さから一行を強者だと認識し



 ――こいつらと連携すれば、助けられる確立が上がりそうだな。



 と考えを巡らせる。



「奴隷館ならすぐそこだ。あんたら処刑を邪魔しに来たんだろ? なんで奴隷館に行くんだ? 処刑は中央広場だぞ」



「処刑される前に助け出すんだよ、情報通りなら奴隷館に捕まってるらしいからよ」



「なるほどな……」



 綾人の言葉に短く答えるガリオ。だかこの瞬間にガリオの不運が一つ働いた。


 綾人の言葉を良いように捉えてしまったのだ。それは、師匠のサクゴウも奴隷館にいるのではと捉えてしまった事。


 直感型のガリオは深く考えずに感覚で物事を判断する。綾人は何も処刑される二人が奴隷館にいる。とは言ってないが、ガリオは勝手に二人が奴隷館にいると思い込む。



 ここら辺が不運のガリオと呼ばれる所以だが、今は置いておこう。



 ガリオは何の根拠も無い、自分の予想を疑わない。気が急ぐあまり仲間二人にも伝えずに、綾人達と行動を共にすることを選ぶ。こうして歯車は別の方向に回りだした。



 概ね事の成り行きを共有した一行。エアリアはあまり良い顔をしていないが、ガリオが精霊族に攻め込んでいない事を確認できた後は、不承不承で共に行動する事を許した。




ーーー




「あれが奴隷館か……」



「ああ、で、どうすんだ? 作戦とかあるなら聞かせてくれ」



「ん? もちろん正面突破だ」



「はっ?」



 綾人とガリオの会話だが、最後はガリオの間抜けた返答で終わる。


 往来の突き当たりにある奴隷館。他の建物よりも横にも縦にも大きく、妙に清潔な印象を受ける。白い外壁は、汚れが無く清廉潔白さを表しており、動揺に周りを囲む高い柵も純白に塗られている。


 やっている商売を考えれば、鼻で笑ってしまうものだ。


 とくに隠れる事もせずに奴隷館を見上げたあと、堂々と歩く綾人に「おもしれぇ」と笑うガリオは横に並んで歩き出す。


 どうにもこの二人は似ているようだ。


「バカが増えたわね」と嘆息するティターニも後をついていく。


 疲労を蝋で固めて、全身に塗ったような顔をしているエアリアを、ルードは哀れみの表情を向ける。


 嫌に大きな門扉の前に立つ綾人とガリオ。

門扉の奥には正面扉を挟んで立つ二人の亜人、おそらく門番の役割をはたしているであろう。

その亜人は綾人の姿に気付き声を出そうとしたが、



「っっしゃおららぁぁぁ!!」



 との掛け声で半壊される門扉、豪快に蹴りを入れた綾人を見て。



「やるじゃねぇか人間!」



 と叫ぶガリオは魔法を拳にのせ、豪快に殴りつけ門扉を破壊した。唖然としたあと正気を取りもだした亜人二人は大声で綾人とガリオに詰め寄るが、



「うぜぇぇぇぇぇ!」

「邪魔だボケぇ!」



 と同じような叫びで亜人二人を地面に叩きつける。やはりこの二人は似ているようだ。


 顔を合わせニヤリと笑うバカとバカは暴れ回る。正面扉を壊し、中に侵入し、次々と迫る亜人達を一撃で床に沈めていく。


 奴隷館の内装は外観同様に場違いな程に清潔な印象を与え、箇所ヶ所には豪華な装飾が飾られている。そんな凝った造りなど気にもせず。



「はははははは! かかってこいよザコ共がぁ!」

「師匠~! 今行きます!」



 わざと声を張り上げ闊歩する綾人とガリオ。

先を行く二人を無視し、ティターニ、エアリア、ルードは捕らわれている精霊族を探しに行く。


 騒ぎに騒ぎ。縦横無尽に奴隷以外の全ての者達に、暴力の嵐をお見舞いしていく二人。


 従業員や客は何が起きたのかも理解できずに、白目を向き倒れていく。思念魔法によるエアリアの呼び掛けに気付いたのは、しばらくしてからだった。



「先生? こっちはあらかたぶっ飛ばしといたけど、そっちはどう?」



(あなた様! 同胞達を見つけましだが凛がおりません! 直ぐに地下に来てくださいませ)



 エアリアの切迫した声に胸を焦がしながら、走り出す。数分後に地下へと辿り着くと綾人とガリオは息をのむ


 酷く寒い地下空間には大小様々な牢が設えていた。清潔な外観や内装に比べこの地下牢は気味が悪い。


 まず目につく鉄製の牢は、奴隷達の生気を吸っているかのように健康的な光沢が嫌に不愉快にさせる。


 周りの石壁は、牢に捕らわれている者達の怨念でも固めたような無機質な色をしており。長時間眺めていると吐き気が催してくる具合となっていた。


 その中で一際大きな牢に百名以上の精霊が押し込められていた。皆痩せ、粗末なボロ布からは骨と皮ばかりになっている手足をのぞかせている。


 擦り傷、切り傷以外にも、火傷や、皮膚が捲れている者、中には部位が欠損している者達もおり。


 言葉に表さなくとも、そこには拷問による責苦の後が見えた。皆、目は虚ろになり、生命の意思は希薄。


 他の牢には人間族、魔人族、海人族などがおり。精霊達と同じように、痩せ、目が虚ろな状態で蹲っていた。死臭漂う地下牢は目を背けたくなる異質な空気が広がっていた。



 一通り地下の光景を見た後、皆と合流した綾人とガリオ。綾人は眉間に深い皺を作り、唇が小さく震えている。ガリオは動かない綾人をチラリと見た。



「……許せねぇな」



 その怒気の固まりを間近で聞いたガリオもまた眉間に皺を寄せる。だがそれは地下空間ではなく綾人に対してだ。


 数々の修羅場をくぐった彼は、綾人の迫力に圧倒されたのだ。数秒綾人を見つめいたがは、思考を切り替え大声を上げる。



「師匠! いたら返事をしてください! あっ……返事できないだろうけど、なんとか返事をしてください!」



 ガリオは通路を慌ただしく走りながら目的の人物を探す。



「みな私が分からないのか? 気をしっかりと持つんだ!」



 エアリアの声に反応しない精霊族。牢を破壊し出るように促すが、誰も聞いてはくれない。皆肩を寄せ合いエアリアを見ようともしない。



「無駄よエアリア。胸元を見なさい奴隷紋が刻まれているわ」




 魂を鎖で縛る。


 そんな言葉がイメージできる刺青が精霊達の胸元に存在していた。


 奴隷紋とは契約した主人に、己の全てを捧げることを誓う、呪いに近い契約書変わりの印。


 奴隷紋が胸元にある場合は借り契約の状態。


 借り契約の場合、虚ろな意識で自我が薄く、奴隷紋を施した者の言葉のみ聞く状態となっている。


 借り契約から本契約に至るには、買い手となる主が自身の血を奴隷紋に塗り、奴隷紋を施した者が主を変更する事により、本契約は終了する。


 本契約後は、意識もはっきりとし、契約前同様の自我を取り戻す。だが、思考の基準は全て血を塗った主が基準となる。




「主契約はしていないようね。さぁ、奴隷紋を施しているのは誰か答えなさい? 答えなければ死ぬだけだから早めに答えて頂戴」



 ティターニは座り込む一人の亜人に短剣を押し当てる。奴隷館の従業員だろうその亜人は、顔が悲惨な程に腫れている。


 おそらくティターニとエアリアに掴まり、派手にやられたのであろう。


 奴隷紋は排除する事ができる。だがそれは紋を施した者だけだ。外部から強制的に排除しようとすると奴隷紋は暴走し刻まれている肉体は死に至る。故に呪いに近い誓約書なのだ。



「し、知らねぇよ、で、でも代表なら知ってるかも……」



「代表という人物はどこにいるの? さっさと答えて頂戴」



 押し当てる箇所から血が一筋流れ、歪んだ顔をさらに歪ませて勢いよく喋り出す。



「小人族の旦那なら、人間族の女を連れて中央広場に行ったはずだ! 処刑の準備とか言ってたぞ、言ったぞ、だからもう勘弁してくれ!」



「知ってる事はそれだけか? きさまら獣は嘘がうまいからな、その代表の容姿をこと細かに言いなさい」



 エアリアの声は静かに、したたかに怒りが含まれている。身震いする亜人は奴隷館の代表である人物の容姿を詳細を伝えた。


 小人族の老人、それ以外には大した特徴は無いとの事だが、どこか人を食ったような人物との事。



「知ってる事は全部話した、だから助けっ――」



 それ以上亜人の口が開く事はなかった。落とされた首はコロコロと転がり、地下牢には静寂が訪れる。



「同胞への罪滅ぼしに、獣の首一つでは足りませんね」



 エアリアは同胞に向けていた慈愛など欠片も無く、首を失った亜人を見下ろしていた。


「どうやら、凜は中央広場なる場所に連れていかれたようですね。私は一度同胞達を別の場所に移してから、中央広場たる場所に向かおうかと思います。如何致しますか? 予想するに大勢の敵がいると思われます。戦闘は必須……無理強いをするつもりはございません。ここからはお三方の意思に任せます」



 風の刃を収めながら、エアリアはこれ以上は危険との意思を向ける、だが――



「先生さっさと行こうぜ、一人で行くなんて無しだぜ」



「そうね……ここまで予定が狂ったんだもの、もうやるしか無いわね」



「よっしゃ! でも無闇につっこんでも危険だから作戦を練ろうぜ! ルード様もやってやっからよ!」



 間髪入れずに答えた二人と一匹。エアリアは「感謝します」と伝えた声には深い感動が込められていた。



「中央広場に行くのか! 師匠はここには居なかったのか……よし、俺は助っ人を連れてから向かう。あんたらどうすんだ? 先に行くのか? 分かった、無理すんなよ! 中央広場の場所は分かるか? オッケ、じゃあ向こうで会おう!」



 話に割り込んだガリオは、一人納得し、勘違いしたまま自己解決し、走って行った。



「あいつ絶対バカだよ、なぁ?」



 と皆の同意を求めた綾人だったが、全員から半目で見られ、それ以上は口を開かないでおいた。


 種族関係無く捕らわれていた奴隷を全て解放し、一度転移で皆を別の場所に移動させた頃には夜の顔が身を潜め、薄らと辺りが白くなり始めていた。


 凛を助ける。ガリオの師匠なる人物もついでに助ける。奴隷紋を施した者を捕まえ、解除させる。等の大まかな決め後をした後に、中央広場まで走り出す一行。


 頭上には丁度、朝日が登り始めていた。




ーーー




 一方のガリオは道場に着いた後に。


「ティッパがいない! ブットルもいない! どうなってんだ!」


 と叫んだ後、ちくしょ~! と悔やみながら中央広場に走り出した。

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