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素直じゃないのはお互い様

 腰を落とし力を込め、拳を固く、硬く握る。綾人の姿を見るティターニは息を呑む。



 ――綾人は自分の状態に気付いていない? もしこの状態で呪いの名を口にしたら、どうなってしまうのかしら……



「よっしゃあ、いくぞ! サラミン! 気合い入れて受けろよ!」



 ティターニの不安をよそに、綾人の叫びは非常に嬉々している。



「くるがよい小さき者よ! だが名前が違うぞ、私の名前はサラマ――」



しるかボケェェェ!(天上天下唯我独尊)



 サラマンの叫びを無視し、渾身の右拳が炎を纏う肉体にぶつかる。


 瞬間に両者の間を割るように突風が発生した。虚をつかれた綾人は思わず目をつぶってしまう。綾人は一秒と経たない内に目を開くと、先程まで目の前にいたサラマンが少し離れた場所にいる。



 あら? と首を傾げる綾人。



 サラマンではなく自分が移動した事に気付く。それはサラマンは変わらずにエアリアの横におり。自分がティターニとルードの近くに立っていたからだ。



「もうお止め下さいませ。争う力は凛と同胞の為に使って頂きたいと願います。サラマンの非礼は私が変わりにお詫び致します。どうかお許し下さい」



 頭を下げながらも手を上げ下げし風を操るエアリア。何の予備動作も無く現れた突風。ティターニはその風一つで、やはりエアリアは強い。と予想を確信に変えた。



「サラマン。試すような素振りはもう必要無いのでは? 少々特殊ではありましたが十分に力を知れたと思いますが?」



「お手を煩わせてしまい、このサラマン深く反省いたします。確かに妙な力です。その力量は確認できませんでしたが……内から溢れる狂気は確かな力。人間族の者よ名を教えてほしい。私も今一度、名乗らせて頂こう。

我が名はサラマン。四大精霊の一柱であり。精霊族の中では何よりも猛る武勇の花との自負がある、誇って良いぞこの私を――」



「だから話長いよお前! 綾人君です、よろしく」



 サラマンは力を弛緩した後、するすると精霊の姿に戻っていく。綾人も戦意が削がれた為、力を緩める。龍の眼と黒色の鱗は非常に名残惜しげに消え、通常の目と拳に戻っていく。



「あまり人の話を遮るのは感心しないな。その耳に片隅でも信頼という種があるのなら、是非それを芽吹かせる事を進める。話は聞く者、喋る者にとっては絶対の剣だ、話を遮るというのは名工な剣に錆びた油を塗るようなもの、にしてもあの姿……小さき者綾人よ先程の姿は――」


「それよりも、こそこそと隠れていないで出てきて欲しいわね。それとも精霊族というのは、隠れて人を観察するのが趣味なのかしら?」



 次にサラマンの言葉を遮ったのはティターニ。サラマンは何とも言えない顔を向ける。


 サラマンの言葉を借りて説明するならば、葬儀の陽気と結婚の悲哀を混ぜ合わせたような顔。といった具合だ。



「凛を助け出すお三方に礼を言いたい者は、前に出てきなさい」



 気高く響くエアリアの声に反応し、木々の隙間から精霊達が姿を現す。


 おどおどしながらも近付く精霊達。身の丈はほぼ同じだが、容姿や年齢は様々だ。姿を見せたには見せたが、遠くもなく、近くもない距離を保ち綾人達に近寄ろうとはしない。



「ここに居るのは凛を救って欲しいと願う同胞達です。距離があるのはどう接していいか分からず困っているのですよ。我が一族はあなた様の言葉を借りるならば、しゃいなあんちくしょうが多いもので、お許し下さい」



 エアリアの説明には手のかかる子供を慈しむ優しさがある、綾人は首を前に出しおどけた表情をしていると「ねぇ」と後ろから声をかけられた。



「人間族のお兄ちゃん……凛と、私のお兄ちゃんと、皆を、助けてくれるの?」



 振り向くと、決死の表情で訴える小さな精霊がいた。他の精霊よりも一回り小さい少女は、自らの衣服を弄らしく握り綾人を見上げている。


 綾人が怖いのか、捕らわれた者達の心配の為か、震えながら再度「助けてくれるの?」と声を出した。


 任せろ! と叫ぼうとした綾人だが、脳内によぎったトラウマが思い出され、口をつぐんだ。


 それはミストルティンの街で体験したトラウマという名の罪。


 その罪は綾人を強くもしたが脆くもした。もし軽く任せろと口にした後、既に手遅れの状態だったら……少女との約束は破られ、きっと自分を恨むだろう。



 また、あの目で見られてしまうのか。



 そう思うと上手く言葉が出てこなかった。心根がさまよい、その答えを模索していると、頭の上に重みがのる。



「任せろ嬢ちゃん! 俺と相棒できっちりと皆を助けてやるからよ!」



 ルードはわざとらしい程の声を出し、少女に笑顔を向ける。



「おい! ルード、てめぇ。いい加減な事言うなよ! もし手遅れなっ――」



「ちょっとルード、私も入るのだから忘れてもらっては困るわ。現状どう考えても、私がこの中で一番役に立つはずだと思うけれど」



 綾人に全てを言わさずに、自信を露にするティターニ。聞こえるように大袈裟にため息をつくと、いつもの美し過ぎる無表情で綾人を横目に見る。



「普段のバカが付く程の強気はどこにいったのかしら? こんな儚げな少女を不安にする趣味にでも目覚めたのかしら? だとしたら貴方とはここでお別れになるわね。バカみたいに隅っこの方で蹲りながら余生を過ごすことね。それともただの弱虫君にでも成り下がったのかしら? だとしたらほとほと、この状況では足手まとい意外の何者でもないわね。勝手にどこかに行って、勝手に死んでなさい。お疲れ様弱虫君」



「っ、てめっ。喧嘩うってんのかよ!」



 綾人は地面をけり上げ、土を飛ばすが、難なく躱され音も無い足取りでティターニに迫られる。



「あなたは、私にあんなに啖呵を切っといて子供一人救えないと言うの? とんだ見込み違いだったわね、どんな罠もろともぶっ潰す。だったかしら? 貴方は私にそう言ったのよ。手遅れだろうが何だろうがバカみたいに真正面から突っ込んでなりふり構わず助ける。それが貴方の唯一の長所じゃないのかしら? そんな弱気じゃあ誰も助けられないわよ、この子のお兄さんも、凛という人間も。やめるなら今の内よ……まぁ、私は話を聞いたから最後まで精霊族に協力するから、もう貴方はいなくていいわよ。それとも来るの? 半端な覚悟なら今すぐ消えた方が良いと思うけど?」



 凄む綾人を真っ向から睨むティターニ。二人の圧力に当てられ、誰も口を挟めず数秒が過ぎ去る。口を開いたのは苦楽を共にした幼竜だった。



「あ~……相棒。まぁ。ティターニの口の悪さは横に置いといてだな。ティターニはあれだぞ、らしくねぇ。って言ってんだぜ。

魔物の大軍に一人で向かってく度胸があんのに、子供一人助ける約束すんのに躊躇するなんて矛盾しまくりだろ。ティターニが言ったように、手遅れだろうが何だろうが、なりふり構わず助け出す! しかも真っ正直から! それが相棒だろ? まぁ何で言葉につまったのかは大体の予想がつくけどよ……でも、俺らに言ったじゃねぇか。

「俺みたいな半端者に助けを求めてんだ、助けに行く理由はそれだけで十分だろ」だったか?

正直、何かっこつけてんだって思ったけどよ。

ルード様はあの言葉に痺れたんだぜ。あの島から抜け出す時を思い出せよ。

相棒は俺様すらも昂らせる勢いがあったんだからよ。ビビんなよ。一人助けるも、百人助けるのも同じだろ? それによ、相棒には俺らがついてるじゃねぇか」



 ルードの言葉を聞き終えた綾人はばつが視線を迷わせたあと下を向く。何か思うところがあるのか、唇が動きぶつぶつと言っている。



「まぁ、あれだなティターニなりの不器用な激励ってやつなんじゃないか?」



「ちょっとルード、それだとまるで私が誰かさんを気にかけてるみたいじゃない、やめてほしいわ。大体――」



 ティターニは言葉を止める。これ以上はさすかに意地がわるいか、と思い。金色の髪を耳にかけ、俯く綾人を眺める。



「……まぁ。綾人は何も考えずに突っ走ればいいんじゃないのかしら? どうせ私とルードがその後をフォローするんでしょうから。えぇ、きっとそうなるでしょうね。全く今から考えるだけで煩わしいわね。だから……貴方は貴方の思うまま突き進んでみたらどうなの? それが私を巻き込んだ綾人の罪なのだから」



 ティターニとルードは綾人の反応を待つ。

数秒の沈黙が続いたが、その時間は決して長くはなかった。



「ルード……お前がやる俺の真似、全然似てねぇよ! しかも、何かっこつけてんだって思ってたのかよ。以外と傷付いたぞ俺」



 綾人の声はほんの少しだが震えと熱がこもっていた。



「ティターニ、お前はほんと、何つぅか、アレだ、アレ、その……」



 上手く言葉がでない綾人は正面を向く、目が合う二人。ゴキュッ、となる音。自分の拳で倒れる綾人。



「俺のパンチって痛てぇんだな……」



 間抜けた発言をした後、立ち上がり様に口を開き、二言、三言、何かを喋った。


 その言葉はティターニしか聞こえておらず、受け取った本人は金色の髪を触りながら「そう」と返した。その顔には少しばかりの笑みが浮かんでいた。



「みんなのことは死んでも助ける、だから待っててくれ、必ず連れて帰って来るから!」



 スッ、と出した右手は握られていたが小指のみが立っていた。言葉をかけられた少女は、目をさ迷わせ、いったり来たりとさせながらも、その小指の先を両手で包んだ。


 強引な笑顔に少女は少し困った顔をしたが、どこか安心でき信用にたる笑顔と判断すると、少女もまた笑った。



「あなた様、その子も精霊族の一員なので、戦争に参加しますよ。ですのでここでは待たずに明日には亜人帝国に転移する予定です」



「えっ? あ、そう。そうなの? えっと……」



 空気を読まないエアリアもエアリアだが、決まらないのが綾人らしいといえばらしい。しょうもない返事しか返せない姿を見るティターニとルードは、顔を合わせ、薄く微笑むだけに止めておいた。



「では行きましょうかお三方。時間は有限です。凛と同胞達を救うのに時の支配者は待ったをかけてはくれませんので。それと転移した後は、なるべく亜人族に会わないように心掛けて下さいませ、あの場所は本来違う種族が立ち入る事を許してはいません」



 高らかに叫ぶエアリアに、同意の意思を示しティターニは頷く。



「ティターニ様は問題ありませんが、我々の存在が知れると必ず騒ぎになります。そうなると、奴隷館に辿り着くのが困難になるやも知れませんので」



「そうね、エアリアは上手くできそうだけど、バカ二人は気を付けるように」



 エアリアの言葉に合いの手が入ると、バカと呼ばれた二人はお互いを指差し、俺は違うけどね。と主張する。



「エアリア。亜人帝国の広さは理解している? 何処に転移するかで動きが変わってくるわ。奴隷館という場所は私は知らないけども、近くに転移するのかしら?」



 緊張感が漂うなかでティターニの声音も固くなりだす。エアリアは頷き説明を始める。



「転移場所は協力者(・・・)が示した場所に転移します。生命の反応が感じられるのならば、奴隷館に直接転移できるのですが、今は凛や同胞達の反応をくみ取る事ができません。

おそらく奴隷館の周辺には何者かがレジストをかけているのでしょう。転移は繊細な魔法故に、少しでも抵抗や、目的地が狂うと皆がバラバラの、それこそ海の中や山の中といった、想定外の場所に飛ばされてしまいます。なので大事をとり、奴隷館周辺一~三キロ程の場所に転移します。転移後は直接向かう形になりますが、よろしいでしょうか?」



「……了解したわ」



 答えるティターニだが、転移の場所よりも気になる言葉に考えを巡らせる。ティターニの反応を見る綾人は鼻息を出し顔を引き締める。



「ては参りましょう、準備の方はよろしいですか?」



 その言葉を聞き、綾人は新調した腰袋の中身を確認し、うっし! と気合いの言葉を出す。


 ティターニは大きな荷から、必要な物を吟味し、肩から下がるポーチに収納していく。

大きな荷を居残る精霊に預けた後、瞑目し計算を始める。


 ルードもまた何かを考えている。


 中空を浮くエアリアの真下、律儀に並ぶ草花を透けて、銀色の魔方陣が現れる。


 おおよそ三メートルはある円の内側に、二人と一匹が収まる。周囲にいた精霊は離れ、転移の準備が完了する。



「小さき強者達よエアリア様に失礼のないように。エアリア様、これよりの指揮はこのサラマンにお任せ下さいませ」



 エアリアは頷き、目を閉じると魔方陣が光り、内側にいた者達は消えていった。見届けた精霊達は手を繋ぎ、深々と精霊神ルミスに祈りを捧げる。




―――




 亜人帝国の夜はただただ静かだった。


 戦争前の緊張の為か、はたまた何かを危惧しているのか、通りを埋める石畳には、人が行き交う気配は無く。石造りの家々からも、なるべく音を立てずに過ごす習わしでもあるかのように、静まり返っている。


 暗闇を押さえる月と星には雲がはたらき、通りを暗くさせている。



「妙に静ね」



 転移を終えた一行は建物と建物の間に、姿を忍んでいる。ティターニが顔だけを往来に出し、そう呟いた。


 戦争前とはいえ、おかしいと彼女は眉をひそめる。



「なんだか、妙ね……いくら戦争前だからといっても、いえ、戦争前だからこそバカみたいに騒ぐ兵や、荒くれる傭兵何かが普通は通りにいるものだけど、何なのかしらこの静けさは……」



「確かに、気味の悪さは感じますが、これは私達にとっては幸運です。無意味な接触はせずに奴隷館まで辿り着けるやもしれません」



「それは、そうだけれど……」



 エアリアは幸運と言ったが、ティターニにはどうにも釈然としなかった。


 本来のティターニならばこのまま行動するのは、避けていただろう。だが何十年かぶりに訪れた亜人帝国に、少なからず心が揺れ、胸の内を焦がしたからか、判断能力が鈍り、行動を妨げる言葉は出てこなかった。



「さっさと行こうぜ」



 と言う綾人の言葉にも流され、ティターニは辺りを警戒しつつ往来に歩を進めた。



「エアリア先生、奴隷館っつうのはどこにあんだ?」



「ルード様。先生はいりません。エアリアと呼んでください。情報通りなら、奴隷館は亜人帝国の南側、人通りが激しい場所だと聞いております」



「オッケ! で南側ってどっちだ? このまま真っ直ぐ進めばいいのか?」



「はい、このまま進んで下さい。おおよその位置は把握してるので、間違いは無いかと」



 宙を移動する二人の会話を聞き、よっしゃ! と声を上げ一人突っ走る綾人は、どうにも気持ちが急いているように見える。


 己の弱味を悟られた恥からか、発破をかけられたからか、純に助けたいと願う気持ちからか、それとも別の何か。行動を共にする者達の声を置き去りにしていく。


 亜人一人として見当たらぬ往来だったが、一人独走する綾人は前方から日との気配を感じ、足を止めた。


 分厚い雲がさらに夜を暗くさせる。距離にして五メール程の場所に立つ者もこちらに気付き、警戒しているようだ。


 後ろを振り返ると、まだ皆は来ていないようだ。



 ――やっべ、どうしよ。誰にも会わないようにって言われたのにもう会っちまった。



 反省もそこそこに考えを巡らすが、特に良い案は浮かばない。



 ――今から隠れても逆に怪しいしな、普通に道を譲れば見逃してくれるか? いやいや、後ろにはエアリアがいるから俺だけやり過ごしても意味無いな。逆に、首トンとかして意識失わせるとか? やったことないけど。



 身構える綾人に、向こうも明らかに敵意を向ける。牽制し合いながら過ごした時間はほんの数秒。



「俺に何か用か? 喧嘩なら後で好きなだけ相手してやるから、そこ退いてくれねぇか?」



 威勢の良い声が綾人の耳に届き、一歩二歩と近付く声の主。どうしたもんか。と呟く綾人は拳を固く握った。

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