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大概物事は夜に動き出す。

 奴隷館から夜闇(やあん)を裂く痛々しい鞭の音が響いていた。


 男の荒い呼吸と少女の掠れた声、熱気と音にいちいち反応する室内は、ムンとした空気が隅々にまで広がっている。


 男は笑いながら鞭を叩き込む、男にとっては少女の肌を傷付け、肉を抉り、血を滲ませる行為は性行為よりも興奮した。



 一糸纏わぬ姿でいる男と少女。男は怠惰ゆえの肥満を揺らし鞭を振るう。その姿を表すならば、豚だろう。


 薄い頭髪から大量に汗が流れるが、気にも止めていない。顔を歪ませ股間を膨張させる男は、絶頂のただ中にいる。


 対象的に少女には生が無かった。伽藍堂の目は何もうつさず、痩せ細った体を脱力させ、手足を縛る鎖に身を任せている。見るのも痛々しい傷痕が無数にあり今も増え続ける。


 見た目は死んでいるように見える少女だが、呼吸の度にうすらと肩が上下に動き、口からは呪詛のように。



「~したいよ。~いきたいよ。~あいたいよ」



 と同じ言葉を永遠と繰り返している。


 脂肪を揺らしながら嬉々とした表情で鞭を振っていると、コンコン。と扉を叩く音。



 男は舌打ちをし「何だ!」と荒々しく入室を促す。扉が開き姿を見せるのは仕立ての良い服を着た小人の老人。



「そろそろ時間でございます。準備の方を」



「もうそんな時間か、あと少し可愛がってやりたかったが……仕方ない」



 男は鞭を床に投げ捨て服を着る、口惜しさを表しながら少女を一瞥し部屋を出る。


 部屋に残された少女は壊れた人形のように唇を動かし、永遠と同じ言葉を繰り返していた。




「この奴隷館も大きくなったな」



 男は隣に歩く小人の老人に話しかける。



「全て貴方様のおかげでございます」



 下卑た笑みを浮かべる老人に男は満足げに頷く。ですが、と老人は苦言を呈する。



「私の変身魔法で姿を変えられるとはいえ、あまり無茶な行動はお控え下さい、貴方様には敵が多いのですから。それに今の姿で外になど出たら――」



「貴様に言われずとも分かっているわ。にしても今日であの女をいたぶるのも終いか……名残惜しいな」



「特に熱を上げていましたからね。それよりも明日の式には参加するのですか?」



「あぁ、参加しろと言われたからな。まぁ愛した玩具が皆の前で殺されるのも一興と思えば悪くない」



 老人は満足げに頷く。明確な主従関係が見える二人だが、何か重大な秘密の共有している為か、老人は恐れず男に意見している。



「では手筈通りに動きましょうか。今から女を連れて奴隷館(ここ)を経てば十分に明日の朝までに中央広場に辿り着きます。別件の拉致(・・)の方ですが、段取りは流石と言って良いほど完璧ですので、上手くいくと思います。若い者に女の移動と馬車の準備をやらせています。少々お待ち下さい」



 老人の声に頷く男。だがふと気になる事があった。



「おい、最近亜人帝国では夜になると辻斬りが現れると聞いているぞ。護衛は大丈夫なのか?」



「えぇ。あのお方が兵を手配しておりますのでご安心を。さすがお偉い方は手筈が素早いです……しかし、以外ですな。貴方様が辻斬り程度で臆するなど」



 老人は嫌味の無い笑顔を男に向ける。ふん、と鼻を鳴らし男は答える。



「私は敵が多いからな。用心に越したことはない、例え些細な敵でも形勢と状況次第で首を獲られることもある。この世界の恐いところだ」



「その慎重さと頭の回転こそが貴方様の強みなのでしょうな」



 ふぉふぉ、とわざとらしく笑う老人は、眉間に皺を寄せ考え込む。記憶の中にある辻斬り犯の特徴を男に伝え出す。



「噂の類ですが、辻斬り犯は女らしいですぞ、所詮噂なので信憑性に欠けますが、全身が黒色だとかなんとか」



「女で全身が黒か、それは何とも。ん? あぁ……」



「何か気になる事でも?」



「いや、そんな女が昔いたと思ったが、反抗的なので殺した事を思い出しただけだ」



 左様ですか。と答える老人。やがて移動準備が整うと男と老人は奴隷館を後にする為歩き出す。


 出入口に立つと「さて」と言い。老人が男に向き直る。



「外に出る前に変身魔法をかけましょう。その姿のまま露見されれば騒ぎになりますので。向こうに着いたら奴隷の紋を刻む作業もありますし、忙しくなりそうですな」



 老人に変身魔法をかけられた男はどこにでもいる獣族の姿へと変身する。



「貴様の魔法は便利だが、他人を騙す事にしか使えんな」



「そう生きてきましたので」



 男と老人はもう二言三言交わしながら馬車に乗り込む。



 荷物入れに少女は押し込まれていた。手足を鎖で縛られながら、何も感じていない目は閉じている、だが唇は動き、ぶつぶつと何かを喋り続けていた。




 ーーー




「処刑?」



「あぁ。明日の朝に中央の広場にステージを作ってやるんだとよ。精霊族との戦争前に大罪人を処刑して、士気を上げるんだとさ」



「はっ、そんなの俺ら下っぱ兵には関係無いだろ」



「まぁ、そうなんだけどよ……」



 亜人帝国軍の宿舎内。汚れが目立つ室内に六人の亜人がいる。


 粗末なベッドが六つ並び、そこに寝転び会話をするのは獅子人の青年と、ドワーフの青年。


 獅子人の青年はいつものように眉間に皺を作っている。刺々しい返答にドワーフの青年は困り顔を向ける。



「何だよ、誰が処刑されようが俺には関係無いだろ。もう寝るぞ」



「いや、それがよ……ガリオにも関係あるっぽいんだわ」



「は!?」



「隊長に訓練報告する為に指令室に行ったらよ、いつもと違って綺麗な服着た、何つぅか。いかにもお役所の奴等がいてよ。そいつらが話してるの聞いちまったんだよ」



 ドワーフの青年は、言いづらそうにガリオと呼ぶ獅子人の青年を見る。



「何だよ。勿体ぶらないではっきり言えよ」



「いやな、処刑されるのがよ、二人いるらしいんだわ。一人は人間族の女で、もう一人が……」



「もう一人が?」



「……サクゴウって言う羊人のオッサンらしいんだけど、確かサクゴウってガリオの――」



「おい! 冗談なら笑えねぇぞ」



 ガリオはベッドから飛び起きドワーフの青年に詰め寄る。



「冗談でこんなこと言わねぇよ! 聞き間違いでもないと思う。はっきりと羊人のサクゴウって言ってたから、確かガリオの――」



「その話本当なんだろうな! 嘘だったら承知しねぇぞ!」



 ガリオはドワーフの胸ぐらを掴み激を飛ばす。その様子に室内にいる他四人が集まり出す。



「おいおい! 手を離してやれよガリオ、苦しがってんぞ!」



 声をかけるは相部屋の獣人だがガリオはその言葉を無視する。頭に血が上り他の声などどうでもよくなっている。



「ほ、本当、だ、ちゃ、んと聞いたから」



 何とか声を吐き出すドワーフの青年。



「師匠が処刑だと! ふざけんな! 何でだ! くそ、どうなってんだ!」



 叫びと共に掴んでいた胸ぐらを乱暴に放す。ぐえっ。と声を上げドワーフの青年はベッドに倒れ込む。


 荒い息を吐くガリオに、相部屋の亜人達は困惑顔のまま固まっている。



 獅子人ガリオ。



 茶色い髪はライオンのたてがみを連想させる。乱暴者の雰囲気を与えかねないが、整った顔だち故、どこか相手に好印象を与える。


 ブットル、ティッパと共にサクゴウの元で魔法を習っていたガリオだが、彼の肉体は魔法使いと呼ぶにはあまりにも筋肉が完成されている。


 顔と体を這うようにある傷痕はよく生き延びてたな、と誰しもが思う程酷い有り様だ。


 高い魔法適正を保有するが、訓練一般兵として亜人軍に所属する変わり者として、皆に知られている。


 ガリオは多くを語らない。彼の過去を知るものは仲の良い数人だけだ。その仲の良いドワーフの青年と揉め事を起こしているので、どうしたものか? と他四人は見詰めている。


 無口で無愛想だが頼りになり、部隊が危機的状況の時はなりふり構わず動き、仲間を助け出すガリオ。



 隊の中での信頼は厚い。



 本来なら昇格しても良い程の活躍をしているのに、全くその話が出てこないので、仲間内から不運のガリオ。と呼ばれている。


 普通ならばそんなアダ名など毛嫌いするが、ガリオは受け入れている。一度誰かがガリオに問うた事があった。


 不運なんてアダ名嫌じゃないのか? と。その問いにガリオはこう答えた。



「偉大過ぎる師匠の背中を追うこともできず。優秀すぎる親友にはどんどん先を越される。惚れた女も守れない。そんな俺には不運なんて言葉でも足りない位だよ」



 と返した。聞いた者は訳が分からず首を傾げ、やっぱり変わり者だな。と納得する。



「命の恩人に嘘ついてどうすんだ!」



 佇むガリオに息を戻したドワーフの青年は声を上げる。その言葉で皆は睨み合う二人を見つめる。


 叫ぶドワーフの顔は真剣そのものだ。視線を切り、何かを考え始めるたガリオは軽く頭を下げ、素直に謝罪した。



「すまん。悪かった」



 だが謝った後、清々しい表情をして笑い始めた。急な笑い声に相部屋の皆がさらに困り果てた、だが次のガリオの発言にもっと困り果てた。



「なんかアホらしくなってきたしムカついてきたわ……よし! 今日で軍辞めるわ。皆世話になったな、生きてたらどっかで会おうぜ」



 そう告げるとガリオは自身の荷物を纏め始めた。困惑顔をさらに困らせる相部屋の亜人達。


 ドワーフの青年はガリオに近づき真剣な表情で告げる。



「ガリオ、助けに行くんだろ? お師匠さんを? 俺も連れてってくれ。前の戦争でお前に助けられなかったら終わってた命だ、だったら恩人の為に使いたい。一人よりも二人の方が良いだろ?」


 その言葉を聞きガリオは一瞬呆けた顔をし、その後に大声で笑い出す。



「おい! 何で笑うんだよ! 俺は真剣だぞ!」



「いや、すまんすまん。亜人族もまだまだ捨てたもんじゃないなと思ったんだよ。ありがとよ。気持ちだけもらっとくよ。別に俺は一人で助けようって訳じなねぇよ。三人だ! しかもその中には水王(すいおう)がいるんだぞ。どんな奴でもあいつの水魔法で一発だよ」



 支度を終えたガリオは「上官に辞めるって伝えといてくれ、またな!」



 と言い颯爽と去っていった。皆ポカンとするなか、ドワーフの青年のみ苦笑いで手を振って見送った。



 軍宿舎を脱走したガリオは久々の魔法を使う。魔法を使用することを軍上層部から禁止されたいた為だ。



 ――どうせ豚貴族の差し金だったんだろうな。



 と考えたが今のガリオに縛るのものは何も無い。


 思念魔法を使い、弟子仲間であり親友であるブットルに呼び掛ける。呼び掛けながらガリオはティッパがいる道場まで走る。


 とにかく師匠の現状を二人に伝える。三人で知恵を合わせれば解決の糸口が見付かるかも知れない。


 そう思いひたすら走る。流れる汗を拭うよりも足を前に前に動かす。そこでようやく。



(ガリオか!?)



 ガリオの脳内にブットルの声が響いた。



 ――おぉ! ブットル! 久しぶりだな何年ぶりだ? ってんな事はどうでもいい。今すぐ道場に来てくれ!



(相変わらず騒がしいなお前は、何かあったのか?)



 久々の親友との会話の為かブットルの声はとても穏やかだ。



 ――何かどころじゃねぇぞ! 明日の朝、師匠が処刑されちまう!



(ま、待て、ガリオ。順を追って説明してくれ、師匠が処刑? 何があったんだ?)



 ――俺だってよく分かってねぇよ! でもこれはマジ情報だ! 俺は今ティッパの所に向かってる、お前も早く来い!



(わ、分かった、だがどんなに急いでもすぐには無理だぞ――)



 ――てめぇブットル! しばらく話さねぇうちに何くだらねぇ事言ってんだ! ごちゃごちゃ言ってねぇで早く来い! 俺は軍を辞めたぞ! 軍規違反でお尋ね者だ、だから師匠とティッパを連れてどっかに逃げる! お前も勿論来るだろ? ってか来い! また師匠と俺ら三人で暮らそうぜ!



(………)



 ――おい! ブットル聞こえてんのか!?



(相変わらず強引だな……お前のそういう所にティッパは……)



 語尾が弱なっていくブットルにガリオが叫ぶ!



 ――お~いブットル! 聞こえねぇよ俺今走りながらお前と会話してんだからさ、少しは気を使って大声でしゃ――



(すぐ行くから待ってろ!)



 ――へへっ。ああ! 待ってるからさっさと……。



 ガリオは走っていた足を止める。ブットルとの会話もやめ、荒い呼吸を吐きながら前方に立つ人物を睨みつける。



(ガリオ? どうした?)



 ――わりぃ、ブットル。軍の追っ手か何かが俺に用があるみてぇだわ、一旦思念魔法を解くぞ。



(お、おいガリ――)



 そのやり取りを最後にブットルとガリオの会話は途絶える。


 雲が月を隠している為夜道は妙に暗い、ガリオの行く手を遮るように何者かが立っていた。



 ――相手は一人か。いや二人か? やっぱ一人か? くそっ、戦争ばっかやってたせいで感知の感覚が鈍ってんな。



 目の前に立つのが誰なのか、ガリオは分かっていない。だが何となく敵意を向けられているように感じた。


 軍の追っ手にしては早すぎると思いながら声を出す。



「俺に何か用か? 喧嘩なら後で好きなだけ相手してやるから、そこ退いてくれねぇか?」



 ガリオは道を遮る人物に向かって歩き出す。




 ―――




 ティッパはため息を吐きながら寝床を準備していた。狭いボロ道場だがティッパ一人では寂しく見えてしまう。



「はぁ~」



 本日何度目かのため息。



 ――ブットルに会えたのは嬉しかったが。このまま甘えてばかりでいいのか……いやダメだダメだ! やはり私も仕事をせねば、タウルの息がかかっていない場所を見付けて仕事をしよう! だが道場の管理と師匠の世話があるから余り遠くには行けないとなると……



 そこでティッパはまたため息を吐く。



 ――ダメだ、ここら一帯は全てタウルの手中に収まっている。何か良い案は無いものか……



 思案するティッパ、だが途中でブットルの顔を思い出す。久々に会った弟子仲間は立派な青年になっていた。


 相変わらず言葉が少なく、相手に誤解されやすい性格は直っていないようだ。


 だが本当は誰よりも優しく、相手の事を常に気遣っているのも変わっていなかった。



 不器用にもちゃんと考えている口下手な男。


 ブットルを思い出し少し頬が緩むティッパ。そしてまたため息を吐く。


 ちゃんと周りと上手くやっているのか? 飯は食っているか? 歯を磨いているか? いらぬ世話だが何だか考えてしまうティッパ。


 ブットルを心配した後はガリオの心配が浮かぶ。


 口が悪く、素直じゃない男。だが誰よりも率先して嫌な事を引き受け、大事な物を守るためなら自らを省みない、義理人情に厚い男。


 軍で上手くやっているのか? 飯は食っているか? 歯を磨いているか? またいらぬ世話だなと思い思考を切り替える。


 そして次に師匠の心配を一通り考えた後に一周して金の心配。またブットルの心配をし始める。


 ティッパは基本心配しながら一日を過ごしている。悶々と眠れぬ夜を過ごしていると、道場の扉が叩かれる。



 ――こんな夜中に誰だ?


 ティッパは寝間着の上にローブを羽織る。鍵を開け扉を開くとパリっとした軍服に身を包む帝国軍人がずらりと並んでいた。



「なっ、」



 何事ですかと言おうとしたが、口内に布を突っ込まれ、さらに別の布で口元を塞がれた。あまりの手際の良さにティッパは身を固くし動けないでいる。


 この方法はひどく単純だが詠唱ができなくなる為、魔法使いには有効な手だ。流れるように手足を拘束されるティッパ。状況を理解できないまま、困惑と怒りの視線を軍人に向ける。



「大罪人サクゴウの弟子ティッパ。貴様には生命の大樹ダアトを放火した大罪人サクゴウをほう助した疑いがある。本来なら死刑だが、そんな貴様と話をしてみたいと言っているお優しいお方が現れた。悪いが強制連行させてもらうぞ」



 ティッパに睡眠魔法をかける軍人の顔は明らかにニヤついていた。ティッパは目を見開き他の軍人も確認するが皆ニヤニヤと笑い、しまいには本音をこぼし始める。



「くそ、こんないい女に手出しできねぇのかよ」

「なぁ摘まむ位ならいんじゃねぇか?」

「やめとけ、この女は公爵のお気に入りだ、バレると後が面倒だぞ」



 薄れゆくティッパの意識は、公爵という嫌な言葉だけが脳内でリフレインしていた。

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