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亜人帝国

 青一色に染まる空、太陽が嫌に仕事をする今日は、石畳を歩く者達の顔に疲労が滲む。


 亜人帝国中心に(そび)える大きすぎる城の一室。


 広い室内から外を見下ろすのは、豚族のタルウ公爵。窓越しに見えるのは訓練に励む兵士達。戦争前による最終調整の為か、訓練にも熱が入っている。


 魔法で適正温度を保つ室内には、公爵の他にもう一人、兎族の女性がいる。


 兵士達を眺める公爵は馬鹿馬鹿しいとばかりに、視線を切り兎族の女を見る。全身を白い毛が覆う兎族の女は毛と同じ白い服に身を包んでいる。


 女は亜人帝国の現状を報告している。報告を終えたあと、最後に。と最も重要な案件を伝える。



「ガロクが死んだ?」



「はい。胴体を真横から切断された状態で――」



「状態などどうでもいいわ! 誰がやった!?」



「不明です。現在調査中との事ですが。恐らく連日の辻斬り犯と同一人物かと思われます」



 ふん。と皮肉げに鼻息を漏らし頬杖をつくタルウ。


 装飾華美な机の上には重要な書類の他に、タルウの趣味である高価なアンティークが並んでいる。


 腰掛ける椅子も派手な装飾が施されおり。さらに部屋全体に並ぶ高価な調度品は、その一つ一つが存在を主張し豪華さに拍車をかける。


 嫌味のように部屋同様、豪華なロココに身を包むタルウ公爵。部屋と服装からでもその性格が窺える。



「亜人精鋭隊が聞いて呆れるな、さっさと犯人を見つけ出せ!」



「はい、直ちに」



「精霊族との戦争前に亜人三英雄の一人を失うとはな……軍の質も落ちたものだ」



「返す言葉もございません」



 兎族の女は恭しく頭を下げる。



「早急に新しい駒を見付けておけ! ガロクめ、目をかけてやった恩を返さず死んだか。せめて私の役に立ってから死ねば良いものを……所詮は剣を振るうしか脳の無い混じり子だったか……使えぬ、使えぬ者ばかりだこの国は!」



 怒鳴るタルウは鼻息を荒げて机を叩く。女は頭を下げ



「まもなく首脳会議ですので、ご準備の方を――」



「貴様に言われずとも分かっとるわ!」



 タルウ公爵が言葉をぶつけながら立ち上がる。女に、見てくれだけ有能になりおって。と皮肉を言い、会議場へと歩を進める。


 付き従う女は三歩後ろを歩き、公爵の邪魔にならないよう細心の注意を払う。



 タルウ公爵は長い廊下を歩き会議場へと到着する。兎族の女は会議場に入らず、凛とした表情のまま頭を下げ公爵を見送った。


 大きなコの字型の机が真ん中に置かれ他には椅子が七脚のみ、会議場はこじんまりとした空間になっている。公爵の一室のような豪華さは欠片も無い。


 会議場の隅には一人の亜人が立ち、コの字の両横には五人の亜人が座っている。



 獅子族の老人は大柄の体に鎧を纏わせ腕を組んでいる。


 小人族(ホビット)の老婆はニヤニヤと笑っている。


 ドワーフの男は眉間に皺を寄せタルウ公爵を横目で見る。


 エルフの男は目を瞑り座っている


 蜥蜴と蠍の混じり子は緊張した面持ちで席に座っている。


 首脳陣は揃っており、タルウ公爵は遅れた詫びの為、部屋に入る前に一礼をしたあと自らの席に座る。



「タルウ公爵、随分と遅い登場だな。戦争前だという事を分かっておいでか?」



 嫌味を言うのは獅子族の老人。軍部門総司令官、バスクード元帥。七十歳という高齢だが狩猟と戦で鍛え上げられた体は尚若く感じさせる。



「申し訳ない、つい先程ガロクの事を知った為、らしくもなく気が滅入ってしまった故です。御許し下さい」



「……そうか。ガロクは貴殿の養子の一人だったな。無礼な発言であった。許してほしい」



 深く頭を下げるバスクード元帥に、お気になさらず。と言いタルウ公爵は浅く頭を下げる。



「皆様、マルシェ皇帝がお出でになられました。一同起立!」



 会議場隅に立つ亜人が張りのある若々しい声で叫ぶ、会議場に座る六名の亜人は席を立ち深々と頭を下げる。


 軽い足取りど部屋に入ってきた皇帝は、頭を下げる皆を見た後、これまた軽い足取りで歩き、入口から一番遠くの席に座る。



「頭を上げて」



 声変わりもしていない声が会議場に響くと、六名の亜人は頭を上げる。



「じゃあ会議やろっか、座って」



 屈託無く笑う少年の言葉を聞き、亜人帝国の首脳陣は再び席に座る。堂々と座る少年は、亜人族の頂上に君臨する者。


 亜人帝国第九十八代皇帝。

 名はマルシェ・デミ・カイザーという。


 様々な容姿が存在する亜人族でただ一人の竜人(ドラーク)である。マルシェは十二歳という若さでこの国を率いる立場にある。


 それは前皇帝と王妃。マルシェの父と母が突然の病で一年前にこの世を去ったためだ。


 亜人族の皇帝は竜人がなるとの決め事がある為、例に漏れずマルシェが皇帝になった。



 普通の十二歳ならば親を亡くした直後に国の命運を託されるというのは余りにも酷なはずだ。


 だがマルシェを見る限りはそのような気配は無い。


 何故ならば父親のように頼れる存在でもあり、母親のように愛情を向けてくれる人物が常にマルシェの味方をしているからだ。


 その者はどんな事があっても自分を裏切らない。何の根拠かマルシェはそう信じている。


 何故かその者の言葉はどんな無理難題でも簡単な様に聞こえてしまう。故に国の命運を決める選択は全てその者に任せている。


 マルシェは絶対の信頼を寄せる者に笑顔を向ける。その者は優しい笑顔で頷く。それだけでマルシェは嬉しくなってしまう。



 年相応の笑顔を浮かべるマルシェは「初めよっか」と言うと首脳会議は開始された。



 隅に立つ進行役が、本日の会議内容を淡々と説明する。


 主な内容は亜人三英雄の一人が死亡した為の今後の措置と、精霊族との戦争をどう効率的に勝つかによる戦略・戦術の確認となっている。



 説明をするのはバスクード元帥。緻密に練られた策を発表しマルシェ皇帝へ勝利を誓う。


 作戦説明を聞いた皇帝は、ん~? と難しい顔をした後。



「結局どういう事なのタルウ?」



 とまん丸の目を近くに座るタルウ公爵に向ける。マルシェの可愛らしい顔は少女のようにも見える。



「そうですね。簡潔に言うならばバスクード元帥は皇帝に勝利を捧げると言っております」



「へ~そうなんだ! バスクードなら勝って当たり前だもんねタルウ?」



「はい。勿論でございます」



 肯定を聞くと、マルシェは鱗が混じる手をバスクードに向け期待してるよ! と笑顔を向ける。



「はっ! 必ずや亜人帝国に勝利を!」



 実直なバスクードは一礼をし席に座る。



「では次に、大罪人である人間族の処刑日ですが。予定通り明日の朝でよろしいでしょうか?」



 進行役の亜人が声を出す。意義無し。の声が都合五つ上がる、何かを考えるように目を瞑っていたタルウ公爵はたっぷり間を取っ手から、意義無しと答える。



「一同可決致しました。最終判断をお願い致します」



 進行役がマルシェに向き頭を下げる。



「ん~よく分かんないけど。その人間族の女は何をしたから処刑になっちゃうの?」



「はい。 人間族は魔人族討伐と銘討ち、禁忌魔法を駆使し別の世界の住人。言うならば異世界から勇者を召喚しました。ですが浅ましい人間族の事です。きっと勇者を使いデンバース(この世界)を手中に収める目論見があると我々は考えております。勇者の牙が亜人族に向く前に、一人でも多くの勇者を亡き者にしようという結論に至りました。勇者を滅ぼせば亜人族が平和に一歩近づくと考えれば、やむを得ない事と思いますが」



 進行役の言葉を聞いたマルシェは「そっか……」と暗い声音で呟き、信頼する者にそっと視線を向ける。


 タルウが頷いているのを確認するマルシェ。



「まぁ。可哀想だけど亜人族の為ならしょうがないね」



 了承するマルシェ。一礼した進行役は



「では、予定通り明日の朝に処刑を開始します。処刑場所は帝国中央の広場に会場を設けます。此方も予定通り兵士、一般人にこの処刑を見せ、戦争前の士気向上を図った後に、精霊族との戦争に向け進軍予定となりますので、皆様はご参加の方お願い致します」



 次が最後の案件です。と言い話を続ける。



「十年前に焼かれた生命の大樹ダアトの案件です。皆様ご存知かと思いますが説明させて頂きます」



 進行役の言葉を聞いた首脳陣は皆眉根を寄せる。



「十年前、亜人帝国後方に聳える生命の大樹ダアトが何者かに焼き払われるという事件がありました。生命の大樹ダアトは古くから亜人等の魂が生命にかえる源の木と伝えられており。大樹ダアトの成長と共に我々亜人族も――」



「大樹ダアトの重要性はここにいる面々ならば誰しも分かってる! 重要な部分のみを話せ!」



 怒号をとばすバスクード元帥、進行役はその圧力に押されながら、畏まりました。と返答する。



「大樹ダアトに火を付けた者を探したのですが、今日まで見付ける事が出来ませんでした。ですがタルウ公爵のお力をお借りして細かな調査を再開した所。犯人を特定するに至る事ができました」



 進行役の言葉で一同は皆唸りを上げた。大樹ダアトは亜人族にとってそれほど重要な樹だったと言える。



「犯人は羊人の男、名はサクゴウと言う人物です。サクゴウは帝国の南側に小さな道場を持つ魔法士です。調べると十年前から精神をやられ病床建物にて治療中となっております。恐らく精神をやられたのは大樹ダアトの呪いではないかと推測されます」



 説明を聞く皆は口を開け。場にそぐわない間抜けた面構えになる。


 それもそのはず。何故今まで分からなかった放火犯がタルウ公爵の力添えが加わった瞬間に分かったのか。渦中の人物に皆がゆっくりと視線を送る。


 タルウ公爵もまた、ゆっくりと手を上げ発言の許可を求める。マルシェは当然のように頷き発言を許可した。



「以前から、あの道場の評判は良いものではありませんでした。身寄りのない戦争孤児を集め魔法を教える。これだけ聞けば美談ですが。一部の噂ではサクゴウは亜人帝国に反逆する為に子供を集めていたと言われています。何より決定的なのは十年前の大樹ダアトが焼かれた日。サクゴウたる人物は付近を彷徨いていたとの証言も浮上しました。変わり者と噂があった男です。犯人である可能性は十分に高い」



「しかし、それだけでは余りにも不充分な――」



「マルシェ皇帝。ここは一つ人間族の大罪人と同じく、サクゴウたる人物も処刑するべきだとタルウは思っております。大樹ダアトを焼き払った罪人は生かしておくべきではありません」



 首脳陣の一人が否定する言葉を呟くが、かき消すようにマルシェに願いでるタルウ。



「いいよ。タルウが言うんだもん。間違いないよね。じゃあそのサクゴウっていう奴も処刑しよっか」



「はい、このタルウ。皇帝のお言葉をしかと遂行致します」



 慇懃無礼な態度で頭を下げるタルウ公爵。バスクード元帥は「忙しくなるな」と不適に笑う。


 他四人の首脳陣は沈痛な面持ちを顔に張り付ける。


 小人の老婆、ドワーフの男、エルフの男、蜥蜴と蠍の混じり子は四人のみで目配せしこの状況を受け入れる事に同意する。



 意味深な目配せに理由がある。マルシェ殿下はタルウ公爵の傀儡である。バスクードを除いた首脳陣の認識である。


 先代皇帝の死と同時に成り上がり始めたタルウ公爵。大した実績も無い男だが、何故か皇帝は公爵の言葉を全て鵜呑みにする。


 今の亜人帝国はタルウが黒と言えば、どんな清廉潔白の白でもそれは黒になる。タルウ公爵の思いのまま動いている。



 これが今の亜人帝国の現状だ。



 そもそも精霊族に攻撃を仕掛けたのも、ほぼタルウ公爵の独断。



「領土拡大の為に精霊族に攻め込むべき」



 と最もらしい方便を垂れ軍を動かした。武人であるバスクード元帥は、戦だ! と喜んではいたが他四人は無闇に攻撃を仕掛けるべきでは無いと皇帝へ進言したが、



「タルウが戦争した方が良いっていうから戦争はやるよ。それともお前達は僕に逆らうの?」



 と子供ではない顔を四人それぞれに向けた。


 小人の老婆が再度目配せし三人を見る。エルフ、ドワーフ、混じり子は了承の意を返す。



 空模様が急に変わり出す。晴天だった空は太陽を隠すように雲が現れ、曇り空に変わる。


 灰色となった空はまるでこの会議場のように、様々な暗雲が立ち込める。




 ーーー




 会議が終わり。再び派手な部屋に戻ったタルウ公爵は深く椅子にもたれ掛かる。



「忙しくなる前に少し休む。部屋から出て行け」



 命令を受けた兎族の女は一礼し部屋を出る。


 ふぅ。と浅いため息を吐くと自然と頬が上がる。



「金もいいが、そろそろ花を愛でなければぁ……」



 手の中で蝙蝠をモチーフにしたアンティークをもて遊ぶ。意中の人物を脳内で凌辱し始める。



「あとは、あの奴隷商人と打ち合わせて……か」



 タルウ公爵がシナリオを完成させるべく思案していると。



「タルウ公爵。その様子だと先ず先ずの成果が得られたようですね」



 タルウ以外の声が部屋に響く。部屋中央の空間が歪み螺旋を描く。派手な部屋に似合わない灰色と黒の螺旋から一人の男が現れる。



「おお、これはこれはソネット殿。いやはや、相変わらず魔人族の転移魔法には驚かされるな」



 ソネットと呼ばれた男はタルウ公爵に歩み寄る。浅黒い肌をしたひょろ長い男は肌と同じ灰色のローブを身に纏っている。


 ローブから除く手足は病的なまでに細い。魔人族特有の角も左右の額に小さく二つあるのみ。ボソボソと小声で喋る為、うっかり聞き逃してしまいそうになる。


 全体的に頼りない印象を受ける魔人族のソネットは無表情のまま喋り出す。



「驚かせたなら謝罪しましょうか?」



「いやいや、それには及ばん。計画は順調に進んでいる。明日の正午には亜人族と精霊族は戦争になる段取りは組んだ。ソネット殿の上役に伝えてほしい。それと、是非お顔を一度拝見したいとお伝え願う」



「はいはい。レヴィ様に伝えておきます。では報酬はどうしますか?」



 ソネットの声を聞いたタルウ公爵はニヤリと笑う。



「勿論、いつも通りで頼む」



「はいはい、レヴィ様にはその様にお伝え致します」



 では明日。と告げソネットは空間を歪ませ姿を消す。一人になったタルウはこれからの事を考えふける。



「豚貴族の成り上がりか……悪くない言葉だな」



 笑った後に外を見下ろす。訓練に励む兵士達は何も知らないまま明日命を失うかもしれない。そう思ったタルウは目を閉じ



「可愛くて哀れな駒だ……」



 と笑いながら呟いた。



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