感謝は素直に伝えよう
「っていう事があってさ……あれ? 何その目?」
綾人、ティターニ、散歩から帰って来たルードは、ギルドの仮眠室で話し合いをしていた。
精霊族のエアリアと話した内容を伝える。といった話し合いだったが、説明を終えた後のティターニとルードの目が……何故か冷たい。
「精霊族と亜人族が戦争ね……」
目を瞑るティターニが呟く。
「う~ん」
唸るルード。伝えた大まかな内容はこうだ。
①元クラスメイト野々花凛がなんやかんやで精霊族に再度転移。
②精霊族の領土に亜人族が攻め混んできた、さぁ大変。
③野々花凛と沢山の精霊族が亜人族に捕まった、さぁ大変。
④精霊族は亜人族にケンカ売るのに忙しいので、綾人君、凛を助けて。
⑤オッケー。
と非常にバカっぽい綾人の説明だったが、聞き終えた二人の反応は思わしくない。あれ~? と首を傾げる綾人。ティターニは綾人の名を呼び、真剣な表情で告げる。
「その戦争に参加したら、貴方は確実に死ぬわよ」
「えっ、マジで?」
「ええ、マジで」
ややふざけた態度の綾人。真剣に見据えるティターニ。その目に再度首を傾げる、
「でもあれだぞ、戦争には参加しないぞ? ドンパチやってる間に亜人の領土に忍び込んで、同じ日本人の子を助けるだけだぞ」
「種族同士の戦争を知らないから、そんな事を軽々言えるのね」
ため息を吐くティターニ。
「種族間の戦争は貴方が考えているより数倍、数百倍、数千倍は過酷で悲惨で痛烈よ。話を聞く限りかなり大規模化な戦争になりそうだし……精霊族の四大精霊。噂でしか聞いたことは無いけれど、かなりの強者として有名よ。当然亜人族もそれ相応の手勢を用意しているはず、確実と言っていい程壮絶な殺し合いになるわ」
綾人の返事を待たずにティターニは続ける。
「大多数の死者が出るでしようね。連鎖して疫病が流行るのも想定できるわ。そんな戦争の一端に巻き込まれるのは命を捨てるようなものよ。そもそもどうして亜人族が精霊族を攻め込んだのかしら? なんだか……」
「なんだかキナ臭い匂いがするぞ、相棒」
ティターニの言葉尻に合わせて、今まで黙り混んでいたルードは喋りだす。
「俺様はどうにも府に落ちないぞ。戦争に巻き込まれる事もそうだけどよ。その同じ日本人の子を助けるってのは分かるが、別にドンパチ中じゃなくても普通に行って助け出せばいいんじゃねぇか?」
「ルードは亜人族を知らないのね、あの領土はとても閉鎖的よ。亜人族は他種族を嫌い決して受け入れない、ミストルティンと違って亜人帝国の領土は亜人しか住まうのを許さない場所なの。そこに人間族の綾人が一人忍び込んでも格好の的になるだけよ」
「随分詳しいんだな」と言うルードに「昔住んでただけよ」と返すティターニだが。その顔はどこか寂しげだ。
「ドンパチ中に捕らえられている子を助けるのは分かったけどよ、何で相棒なんだ? ルード様はどうもそこが納得いかねぇぞ?」
「それは、私も疑問に思う事の一つだわ、何かの意図のように綾人を狙っている、まるで……」
「まるでこの街の時と同じように、だろ?」
ルードとティターニの考えは綾人も思い至っている。
「ルードとティターニの言いたいことは分かるぜ。今回も骸骨マスクのクソベルゼが絡んでるんじゃねぇか、って事だろ? んで同じような罠があるかも……だろ?」
ルードとティターニの懸念は最もだ。筋道を考えれば誰でも思い付く事。
魔物の大軍、魔人族レットとの戦いは偶然と運、そして多くの冒険者に助けられ、何とか生き延びたに過ぎない。一歩間違えれば綾人は今こうして話をしてはいない。
「自分でも良く生きてんなって思うよ。正直くそベルゼの策は圧倒的に斜め上過ぎる。言っちまうと俺だってビビってるよ」
でもと、目に力をこめる。
「ミストルティンの人達と約束しちまったしな。ベルゼの首を持ってくるって。アイツが何処に入るのか今の所見当もつかねぇ、でもベルゼは言ったんだよ【次に合うのは亜人帝国かな】って。だったら確実に出てくるであろう亜人帝国に乗り込んで、ぶち殺すのが一番手っ取り早いじゃねぇか」
意志の強さに押し黙るルードとティターニ。
「罠もろともぶっ潰す、それだけだ」
場に沈黙が訪れる。しばらくした後。鋭い眼差しでティターニが綾人を見据える。
「意志の強さは買うけど……それで今回死にかけたのは何処の誰かしら?」
「っヅ……それを言われちゃ。何というか」
「大体貴方は準備が足りないのよ、回復魔法も使えないくせにポーションも持たない、武器も防具も持たない。作戦は真正面から力でねじ伏せる、魔物相手には通用したけど次は意志のある亜人よ? どうするの?」
正論にぐうの音も出ない綾人。叱られている子供のように押し黙る。
「バカみたいに正面から向かって死ぬのが目に見えてるわ。戦争での知略戦をなめない方がいいわよ」
イキッた後に正されるという、最も恥ずかしい状態になる。
「それに、あまり言いたくは無いけれど、精霊族が敵に回る可能性も視野に入れてるの? 綾人に語りかけた女の声が嘘を言っている可能性だって……ゼロとは言いきれない。転移した先で矛を向けられたらどうするの? また力でねじ伏せる? 精霊族の高度な魔法には、絶対に抗えないはずよ! 魔物の時のようにはいかないわ。シンプルに物事を考えるのは美点だと思うけれど、もう少し慎重を重ねた方がいいわよ。戦闘を生業にしている者の大抵が油断と準備不足で死んで行くのだから……」
「確かに……」
と小さく頷くルード。珍しく熱くなっていた自分に気付き、一呼吸入れるティターニ。何が彼女をそうさせるのかは本人も気付いてはいない。
「それでも行くの?」
冷静になったティターニは、綾人に問いかける。その声色はとても憂いを帯びていた。仮眠室はまた沈黙の時間が流れる。
「ティターニの言ってる事は……全部正論だよ」
何かを決心するように綾人は口を開く。
「何にも間違って無い、俺だって分かってるよ。でも例え嘘でも、同じ世界から来た奴が困っているんなら、俺は助けてやりてぇ! それにベルゼのクソを追い続ければ、今度こそ本当に死ぬかも、だけどよ……それでも俺は行くよ! 俺みたいな半端者に助けを求めてんだ、助けに行く理由なんて。それだけで、十分だろ」
お人好し過ぎる綾人の考え。ティターニは険しい顔のまま立ち上がる。
「付き合ってられないわね」
と告げ仮眠室の扉に手を掛ける。その行動に別れを感じた綾人は口ごもりながらも、羞恥と戦いながらも、慣れていない感謝の言葉を送る。
「ティターニ、その、今まで、っつうか。何回も助けてくれて、ありがとな……まぁ正直スゲー感謝してるよ! 本当にありがとう。あと、あれだ。お前もうちょっと素の部分だした方が可愛いげがあるぞ」
バタンと扉が閉まる。返答をせずに、ティターニは仮眠室から姿を消した。
「……相棒」
何時も騒がしい幼竜は尻尾と羽をペタんと下げ、綾人を見詰めていた。
「ルードはどうする? 強制じゃねぇからよ、無理に俺について来なくていいんだぜ」
ルードはキョトンとした後、綾人の頭の上に乗る。
「へへっ。変な気を使うなよ相棒! 俺等あの島から抜け出した時、ある意味一緒に死んだ仲だろ! 水くせぇぞ。俺はこの世界で特にやりたい事もないし、元の世界に返ろうとも思ってねぇよ、何にも無くて暇だからよ……相棒の手伝いさせてくれよ。まぁこんな姿だから大した力には慣れないけどよ」
照れくさそうに笑うルード。張り詰めた気持ちがほぐれるのを感じる綾人。素直な気持ちで
「助かる」
と短く告げたあとルードと拳を合わせる。無限牢獄を経て、魔物の大軍を経て、二人の絆は確かな物になっていた。
ーーー
(三時間後に貴方様を転移させます。なるべく人目に付かない場所で待機していて下さい、他者を巻き込んでの転移は危険ですので)
――あぁ、分かった。俺の仲間も一緒に転移させて欲しいんだけど大丈夫かな?
(問題ありませんよ。転移の際しっかりと手を握って頂ければ、同時に転移させる事が可能です)
――了解! じゃあ三時間後に。
(では転移準備の為一度通信は切らせて頂きます。時間になり次第また連絡をしまので、準備の方をお願いしますね)
エアリアとの通信が終わる。三時間という時間をどう使うか悩んだが、コレが一番だなと腰を上げる。
「顔は、一応隠すか」
仮眠室に合った手近な布を一枚失敬し。ルードと共に街に繰り出す。布で顔を隠し向かう場所は道具屋。ティターニの指摘を生かしポーションを買いに行く。
魔物の大軍討伐に参加した綾人は、ギルドから金貨百枚を支給されている。日本円に置き換えると百万円だ。
空間魔法付きの洒落た腰袋とポーション×三十本を購入。合計九十八万円
黒色に白いラインの入った、洒落た腰袋の値段が九十五万円。細長い試験管に入った青色の飲み物が一本千円。ポーションにもランクがあるが、とりあえず一番安い物を購入する。
スキル:言語共通のおかげで何なく会計を済ませ、道具屋を出ていく。
歩きながら腰袋をベルトに通し、装備完了と一人ほくそ笑む。
空間魔法付きの腰袋。内側に空間魔法が常時発動している為、中は別空間に繋がっている。形状に関係無くかなりの物量が入り、どんなに物でも出し入れ可能な便利アイテム。
ティターニが持っていた空間魔法付きのポーチを見て以降、実はずっと欲しかった便利アイテムを手に入れ。ニヤニヤしながら腰袋を眺める綾人。
それから左膝から先がダメになった為、新しくズボンを新しく購入する。買った場所はティターニと訪れたあの店。
「ん?」
綾人の登場で店主であるドワーフは髭もじゃの顔を歪めた。同じズボンを購入する会計時に「金は必要ねぇよ」と言われた。
「街を救ってくれた英雄から金は貰えねぇよ」
と愛想無く告げる店主。はて? と首を傾げる綾人。話を聞くと、どうやらティターニが色々動いてくれていたらしい。
「この街であの女の言葉は絶対だ。まぁムカつく女だが、礼くらい言っとくんだな」
ぶっきらぼうに店主が告げた。自嘲の笑いをした後に「もう伝えたよ」と返す綾人はそのまま店を出る。
ギルドへ帰るついでに、屋台で買い食いをする。初めてこの街に来たときに訪れた、屋台が軒を連ねる広場に到着。
広場に訪れた時に景気よく綾人に声を掛けた、焼き鳥を売る青い鳥人を探すが、どこにも見当たらない。ジャンボウインナーを売っていた屋台の人間に鳥人の事を聞いてみる。
「あ~、あの調子の良い野郎なら、消えちまったよ。ほら、あの魔物騒動でよ! 逃げたか、魔物にでも食われちまったのかもな……」
その言葉を聞き。綾人は顔を顰める。顔見知り程度ではあるが――話したことのある奴が自分のせいで――と思う綾人は少年らしい健気な面持ちになる。
「なんだ、兄ちゃんはあのクソ鳥の知り合いなのか? だったら貸した金返せって言っといてくれ! って、もう死んでるかもしれんが……でもあのクソ鳥はろくな死に方してねぇだろうな、ざまぁみろだ!」
話を聞くと、どうやら鳥人はろくでもない奴のようだ。嘘、窃盗、強盗、強姦、殺人etc、etcと、犯罪のオンパレードをやり、この街でかなり肩身の狭い思いをしていたらしい。
「兄ちゃん! あんな奴死んで当然なんだよ、気にしたら負けだぞ。このはきだめはそういう奴がゴロゴロいるんだからよ!」
笑うオッサン。
「そういうオッサンは何やらかしたんだ?」
と聞いたらオッサンはピタリと笑いを止め。
「色々だな」
とチンピラ映画に出てきそうな、悪い笑顔をしていた。
夕陽が沈み薄闇が空を覆う。ジャンボウインナーを食べながら、街をプラプラする綾人とルード。魔物の大軍騒動が合ったと思えない程、ミストルティンの街は変わらずに世話しない。
様々な種族が街を行き交う。喧騒がそこかしこから聞こえる。馬車が慌ただしく綾人の横を通りすぎる。
救ったようで救われた街は。今日も今日とてはきだめという名に相応しい街並みだった。




