終わりの始まり
ミストルティンの街は大いに湧いた。住人達は英雄の凱旋に称賛の嵐を浴びせ、英雄達も手を振りそれに答えた。
冒険者も一般住人も関係無く、参加した者達全てに拍手が降り注ぐ。
魔物の大軍を退けた者達は堂々と歩を進める。だが先頭を歩くルルフはあまり乗り気の顔はしていない。
ルルフは山岳地帯の盆地で交わした言葉を思い出す。
キョロキョロと辺りを見た後に、鼻息を一つ出し、また黙々と歩く。拍手を送る住人の一人が英雄達を見渡したあとに、苦痛から解放されたような笑顔をし。
「冒険者の綾人は死んだのか? ざまぁみろ!」
と声を張り上げた。その声に追随するように別の住人が声を上げる。
「いい気味だ! あんな奴死んで当然だ!」
「そうだそうだ!」
拍手喝采に混じり聞こえてきたのは綾人を非難する様々な声。称賛と非難が混じる花道を歩く英雄達は、互いに顔を見合わせたあとに、落ち着かないように目線を漂わせる。
目線が泳いだ後その終着点はルルフになる。
ルルフは何も語らず黙々と歩く。見習うように皆も引きつった笑顔のまま歩く。
――外凄いな。
ギルド室内に立つ魔人族の受付嬢マテラ・ルトは、外の歓声に思わず目を向ける。だがこの状況を察し瞬時に視線を戻し、落ち着かない様子で辺りを見渡す。
ギルド内には、凱旋パレードに参加せずに集まっている者達がいる。
みな目を細め、睨むような目付きで一人の男を見る。睨まれている男は頭を下げたまま喋りだす。
「今回は俺のせいで大事な家族を失わせて本当にすいませんした。どんな償いでもします。死ねと言われれば死にます! でも今回の黒幕をぶっ殺す時間だけは下さい。ソイツだけは絶対許せないので! なんで俺に時間を下さい」
深々と頭を下げるのは綾人。両隣にはルードとティターニ。ルードは浮かびなから深く頭を下げる。ティターニは目を瞑り浅くではあるが頭を下げる。
綾人達を睨むのは魔物に家族を殺された者達。その光景を見守るように見つめるマテラ。
それと数人のギルド職員。広いギルド内はいたたまれない空気が漂う。
何故このような状況なのか。それは綾人がけじめとして、一言謝りたいと言った事から始まった。
家族の人達に謝りたい。という思いを山岳地帯にいた皆に伝える。時間を掛けて街に帰ってほしいとルルフに伝える。
ルルフは渋面を作り了承はしなかったが、
強引に頷かせる。そこからの行動は早かった。
綾人、ルード、ティターニは、ミストルティンの地下水路から街に侵入しギルドへ向かう。
タイミングを見計らいルルフ一行は、ミストルティンに向かい始める。
ギルドに着いた綾人達は職員に事情を説明し、被害に合った家族の方達を、ギルド内に集めて欲しいと願い出る。
誰よりも早く返事をしたのはマテラ。綾人の願いをギルドマスターへ報告。ギルドマスターから了承の意を得ると、職員総出で行動を開始。
ギルド内を空にするため人を追い出し、リストを確認しながら被害に合った一軒一軒を訪ね、冒険者綾人が一言謝りたいとの意を伝える。
勿論会いたくもないと突っぱねる人達もいた。職員達は強引には誘わなかった。来てくれる人達だけで構わないという、綾人の言葉通りに家々を回る。
だが結局は全ての家族達がギルドに集まり。ルルフらの帰還に街の住人が騒ぎ始め、歓声が最高潮になるなか。この会合は開かれた。
綾人はいの一番に頭を下げ思いを伝える。謝罪と願いを聞き終えた後の反応は様々だった。
無言でギルドを出ていく者。綾人を睨む者。
泣き出す者。複雑な表情で下を向く者。
誰も何も言葉を発しないまま時間だけが過ぎていく。
「殴って悪かったな……」
長い沈黙を破ったのは一人の亜人。頭を下げ続ける綾人に声をかけたのは、全身を茶色の毛が覆う熊族。
ばつが悪そうな顔をしながら綾人に近付き、
頭を上げさせる。
「娘を殺したのは魔物だって事は皆わかってるんだ。全部が全部お前が悪くないのは、落ち着いて考えれば……まぁ分かる事なんだが。あの場じゃあどうしても納得がいかなくてよ。我慢できずに殴っちまった」
すまん。と言いながら頭を下げる熊族。
「皆も分かってるんだ。でも気持ちの整理が追い付かねぇんだ。何故娘が殺されなきゃならねんだってよ……」
綾人の両肩を掴む熊族の手に力が込もる。
「娘はまだ十二歳だったのに……これからいっぱい楽しい事が、あったはずなのに。それなのに……」
嗚咽混じりに言葉を紡ぐ、熊族は綾人の肩から手を離し膝を付く。手で顔を覆い堰を切ったように泣き咽ぶ。触発され被害に合った皆が次々と泣き出した。
家族を殺された怒りや悲しみの声が、静まり返ったギルド内に響く。誰も口を挟めない。泣いている皆が落ち着くまで、長い長い時間がかかった。
その姿を綾人は唇を引き結びじっと見詰める。
「たの、む、何の力も無い俺には娘の仇は討てない。だからお前の言う黒幕って奴を殺してくれ! 頼む! 娘の仇を……たのむ」
熊族の懇願に綾人は目を瞑り答える。
「必ず、この命に変えてもぶっ殺します……」
ミストルティンの住人に嫌われた少年は、住人の為に命を掛けて仇を討つと言った。その言葉に一層の悲しみの声が広がった。
ーーー
「ふぅ」
綾人はギルド内の椅子に腰掛ける。被害者に事細かく説明した後に、どっと疲れが押し寄せた。
西地区の洞窟で悪魔に出会った話。その悪魔が街全体に流れた声の犯人である事。そして黒幕である事。魔人族も関わっている事など、ティターニやルードも交え説明をした。
ギルド内にいた全ての者が真剣に耳を傾ける。そして説明を聞き終えた後、綾人に謝る者達もいた。
「頼む」と力強く手を握る者もいた。それぞれが家族を失った悲しみを抱きながら、家に帰って行く。
今ギルド内には綾人とルード、それと数人のギルド職員しかいない。
「鎧を直してくるわ」
それだけ告げティターニはギルドを出た。ルードは綾人の頭の上に乗り沈黙を決め込む。
綾人はこれまでの事を整理し、次にどう動くか考えていると。
「お疲れ様です。綾人さん」
優しく微笑みながら、どこか悲しげな表情のマテラが声を掛けてきた。
「マテラさん。なんか色々迷惑かけてすいませんした」
「そんな。謝らないで下さい綾人さんは悪くないんですから!」
マテラの語尾が強くなったのは、これ以上責任を感じて欲しくない為。その事を悟った綾人は苦笑をする。その後はどちらからも話すことは無く、気まずい時間が流れる。
「そ、そうだ! 綾人さんを助けると言った冒険者の皆さんには会えましたか?」
マテラが場繋ぎだが漸く話題をふる。
「はい。皆に助けて貰いました感謝っすね。でも中には死んじまった奴等もいるんで、素直に喜べないっつうか……」
「……そう、ですか」
また沈黙が流れる。
「そ、そうだ! 綾人さんを助けるって、いの一番に賛同してくれた三人の冒険者には会えましたか? ルードさんの力説に心打たれたあの三人。ねっルードさん?」
「そういやそんな三人もいたけど、結構な人数だったから見掛けなかったな」
マテラに話を振られたルードは照れくさそうに答える。
「三人?」
「ええ。あっ! でもこのギルドの人達だったのかな? 初めて見た顔だったけど」
綾人の問いにマテラが答えた。三人というフレーズが、綾人の中で何かが引っかかる。
「その三人の特徴教えてもらっていいすか?」
「えっ? はい。え~と確か……」
茶色い髪の若い男。白い司祭服の女。全身甲冑の中年。マテラから特徴を聞き終えた綾人は
なるほどね。と呟き一つの仮説を立てる。
仮説というよりは確証に近い考え。 もしかしたらまだあの山岳にいるかもと思い立ち上がる。
「ちょっと用事できたので行ってきま……ッ」
「綾人さん?」
「お、おい相棒?」
だが一歩足を前に出した瞬間に強烈に体が重くなる。激戦をした綾人の体は既に悲鳴を上げていた。膝を付く綾人の姿にマテラとルードが声を掛ける
「無茶だぜ相棒! 今日はもう休んだ方がいいぞ」
「そうですよ! ルードさんの言うとおりです。仮眠室があるので横になってください」
「いや、でも!」
綾人はそれでも行こうとするが。
「ダメです! 今日はこのまま寝てください、どうしても行くと言うのなら私を倒して行って下さい!」
両手を広げ綾人の前に立つマテラ。彼女の真剣な表情に綾人は何も言えなくなる。
「さぁ、仮眠室行きますよ!」
綾人の腕をとり、ぐいぐいとギルド奥の仮眠室に向かうマテラ。
二の腕に当たる聖母マリアのような二つの優しさに、これはご褒美だなと素直に従うことにした。
ーーー
「ねぇねぇベルゼ様?」
「何だいウルテアちゃん?」
「こんな中途半端な結末で良かったんですか?」
「No problem! 無問題! 全てシナリオ通りさ! 今僕はワクワクしているんだ。早く第2章が始まって欲しいよ! ベルゼ君興奮!」
「う~ん。ウルテアよく分かんないな……まぁベルゼ様が楽しそうだからいいけど」
骸骨マスクを被った悪魔ベルゼと魔人族の少女ウルテアは、何処とも知れない暗闇で話をしている。
全てが暗闇だが、ベルゼとウルテアが見詰めている箇所は違う。
鋸歯状に広がった多きな穴の中心には色があり、人の動きがある。魔人族の女が一人の少年をベッドに寝かし付けようとしている映像
少年の頭の上を幼竜がパタパタと飛んでいる動き。映し出されているのは綾人とマテラ。飛んでいるのはルード。
その光景を愛おしい表情で見詰めるベルゼ。
流し目をしながらベルゼを見るウルテアはため息を吐く。
「よし! ウルテア、次のフェイズに以降するよ!」
「は~い。じゃあこの人形はもう要らないや」
ウルテアが手を上げ指先を動かすと、背後にいた人形と呼ばれた者は、四肢や胴体がバラバラになり、壊れた人形のようにその場に崩れる。
茶色い髪の若い男の人形。
司祭服をきた女の人形。
全身甲冑姿の中年の人形。
人形のようだが生物のようにも見える。生物のようだが人形にも見える。人形達は何も映さない伽藍堂の目で、鋸歯状に広がる穴を見続けていた。




