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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
一章~その男巻き込まれ体質につき~
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冒険者の覚悟

 魔法陣から這い出る黒い靄は一層淀み始める。盆地一帯が黒く染まり空気がベタつき、ザラつき、離しても掴む迷い子のように体を重くさせる。



「たぎる! 滾る! なんだこの力の本流はこれが悪魔の力なのか」



 黒い魔法陣の上に立ち高笑いを上げるレット。彼の浅黒い体よりも一段深い黒色の靄が体に吸収される、吸収と同様に上半身に黒い痣が浮かび上がる。


 まるでトライバルタトゥーのような悪魔を模した痣。レットは己自身に力を込めさらに強さを要求する為に吼える。


 だがそれを待つ程綾人はお人好しではない。

 吼えるレットに肉薄し黒い靄など気にせず喉を掴む。



「さっきからうるせんだよ」



 指に力を込める綾人。黒い鱗は肘の辺りにまで現れている。強引に五指を食い込ませる、指は喉の肉に沈むだけに終わらず、浅黒い皮膚を突き破り肉を潰していく。


 ぐちゅり。という不快な音とレットの絶叫が辺りに響くが綾人には関係が無い。気持ちの悪い感触を無視して第一間接、第二間接まで指を捩じ込む。


 レットは自分の喉よりも、力を求める事に全神経を注いでいく。


 喉の肉を抉りとった綾人が次に狙いをつけたのは目、親指と人差し指中指でコの形を作り、素早く右目に突き入れる。



「お前の目ハイパーキモいから」



 レットはう~う~、と唸り続ける。絶叫をしているのだろが、喉にできた穴から血と空気が漏れだすだけで、声は上がらない。


 右目を潰した所で綾人とレットの間に、直径一メートル程の赤い魔法陣が現れる。正確には綾人の方を向いた魔法陣が目の前に現れた。


 綾人の頭の中で警告の鐘が鳴る、本能に従いレットから離れ魔法陣の斜線上からも外れる。


 赤い魔法陣が一度光ると、七つの炎の束が重なり合いながら、綾人のいた方向の空間を焼きつくす。


 七匹の太い炎蛇にも見える炎は何処までも水平に伸び、触れる物全てを焼きながら山肌にぶつかった後は、四散していく。炎の蛇に食われた山肌はドロドロと溶けだし、一部が溶岩と化した。



「っつ、いッてぇぇえ!!」



 激痛に耐え兼ね絶叫する。左足は避けきれず膝から先が炭化し本来の機能を失う。


 転がりながら地面に尻餅をつく、今度は目が異様に熱くなり脳内の警告も一段と強くなる。


 綾人が虫の知らせのように下を見る。手を付き座る地面には、先程現れた赤い魔法陣と同じ大きさの水色の魔法陣が現れる。


 動かない左足を放ってでも、この魔法陣の外に出なくてはならないと本能が綾人に告げた。


 手足を動かし体を転がす。みっともないなど言ってられない。水色の魔法陣が一度光り現れたのは、人一人など簡単にのみ込んでしまう程の巨大な右手。



 巨大な右手は透明と水色が混ざった水。右手の形をした水の塊。水塊(すいかい)は五指を広げながら肘まで現れ、獲物を掴む様に力を込め掌に指を食い込ませる。


 だが獲物であった綾人を逃がし事を残念がるように項垂れ、水色の魔法陣へと帰っていく。



「なっ……」



 綾人の顔に水飛沫が飛び散る。まるでテーマパーク内で最高級のショウタイムでも見せられたような、大質量の魔法に言葉を失う。



「あら残念。生け捕りにできたらよかったのに」



 空中から現れたのはふふっ。と笑いながらレットの側に降り立つ妖艶な女。


 浅黒い肌に性欲を掻き立てる際どい服装。手に持つ十字架のような杖が光ると、レットの目と喉に白い光が集まり傷を癒していく。


 妖艶な女はレットの傷を癒しながら肩を上下に動かし、荒い息を吐く。


 際どいと思っていた服は不自然な程ボロボロに破れている、特に胸の辺りが激しくボロボロだ。


 にっこりと綾人に笑顔を向けるが、過度に疲労しているのが分かる。



「初めまして綾人さん私。魔人族のオフィールと申します」



 綾人は自分の左足の痛みよりも―なんだこの痴女? と目の前に現れたオフィールに目が離せなくなる。


 刺激的な格好故に目が離せなくった、というのは多少あるがそれよりも。


 龍の目が熱くなっていたからだ。それはオフィールが危険だと告げている様に。



「あら素敵な目ですわね。そんな目で見られたら私――」



「何をしに来たオフィール」



 抉れた喉の穴が塞がり、声帯が戻ったレットがオフィールに凄む。



「そんなに怒らないでレット。撤退命令よ」



「なっ! このタイミングでか!」



 レットはオフィールの言葉をうまくのみ込めず綾人を睨む。



「しかし……」



「命令を確実に遂行する。貴方が掲げる戦士としての誇りでしょ?」



「くっ……分かった」



 オフィールに諭されるレット。その光景はまるで思春期の姉弟のようだ。レットが苦虫を噛み潰した顔で再度綾人を睨む。



「お前を殺すのは私だ覚えておけ綾人!」



 信念いや執念にも近いレットの思い。だが向けた相手はそんな思いをへし折るかのように、ニヤニヤと笑っていた。そのにやけ面に腹底のマグマが噴火し怒りをぶつける。



「貴様! 何故笑う!」



「吼えるなよ変態勃起野郎。殺すのは私だとか寝言言ってんじゃねぇぞボケ! 今殺してみろよ今。左足が無いから雑魚のお前でも倒せるだろ? 折角ハンデくれてやったんだからさっさと掛かってこいよカス」



 綾人は片足の為うまく立ち上がれない。普通であるならば自分の負傷を憂う筈だが、綾人は挑発した。


 ――うまいわねこの子。その言動にオフィールは感心するように目を細める。



「貴様!」



「レット。落ち着きなさい」



 オフィールはレットの足元にある黒い魔法陣を杖の石突で叩く。すると黒い魔法陣の色が銀色へと変化する。銀色の魔法陣が一度光ると、手品の様にレットの姿が消えた。


 「けっ」と侮蔑の気持ちをあからさまに表した後、レットが消えた方角に中指を立てる。綾人は目線を動かしオフィールを見る。



「おい! 垂れ乳ババア、人の喧嘩邪魔しやがって、てめぇも俺の殺すリストに入ってるから覚悟しとけ」



 中指を立て凄む綾人、だがオフィールは妖しい笑顔ではなく慈愛の目を向ける。テストで満点を取った子供を大事に眺める、母にも似た母性がオフィールから発せられる。



「ふふっ。レットを挑発したのは私達が引くと分かってあえてやったのかしら?」



 オフィールの言葉に綾人の眉根が僅かに動く。



「はて何の事でしょ?」



「ふざけたりおどけたりするのは、思考を読まれないようにする為かしら?」



 舌打ちが一つ。綾人とオフィールどちらのかは一目瞭然だ。



「レットを挑発することで増悪を全て自分自身に向ける。猪突猛進のレットは復讐を果たすまできっと貴方に執着する。自分に執着させることによって他へ目が行かないように、被害を出させないようにする為かしら……もしくはミストルティンの街にこれ以上の被害を出させない為に全てを自分が――」



「黙れ……」



 綾人の口から出たのは低くくぐもった声。



「黙れババア、殺すぞ」



「ふふっ。殺してみて。楽しみにしてるわ。それと私は垂れて無いわよ。今度確かめさせてあげる」



 色気たっぷりのウィンクをした後、翳した杖が光る。銀色の魔法陣がオフィールの足元に現れると、レット同様まるで手品のように姿を消すオフィール。



 タイミングを図ったように黒い靄は消え失せ、空気が軽くなる。視界がクリアになり景色が輪郭を現す。


 盆地一帯が元の景色に戻るまで時間は掛からなかった。黒い靄から逃げる様に立ち去った魔物の姿は無い。遠くの方では綾人と同じように茫然と辺りを見渡す冒険者達の姿。


 視線を上げると、小高い山の上から加勢していたミストルティンの住人達もキョロキョロとし、しばらくの間があってから。



「うぉ~~~!!」

「魔物の大軍を退けだぞ~!」

「助かった助かったんだ~」

「今日は祝いだ! 死ぬまで飲むぞ!」

「仇はうったぞ~!」



 鳴り止まない歓喜が東地区の山岳に響き渡る。冒険者達は武器を捨て笑い声を上げながら、ドロップアイテムを拾いだす者や、泣きながら抱き合う者、自分の武勇伝を他者に自慢する者と様々だ。


 山の上に立つ住人達も同様に、声を張り上げお互いの無事を確認し合いながら。泣き、笑いと様々な感情が溢れている。


 その光景を眺める綾人は苦笑する。いつの間にか目の熱は引いている。綾人の目は龍の目から人間の目に戻る。両腕に所々生まれた黒い鱗は抜け落ち、地面に落ちる前に砂へと変わっていった。



「う、うるせ、え、な」



 意識しなければ聞き逃してしまうほど、弱々しく声を出したのは腹部に大怪我を負ったルルフ。立ち上がれずに重い体をなんとか転がし仰向けになる。


 誰か助けろと叫ぶルルフを見て笑う綾人。だが直ぐ側にある死体が目に飛び込み、沈痛な面持ちを浮かべる目を瞑り冥福を祈る。



「何をやっているのかしら?」と気品ある清潔な声。



「ティター、ニ?」



「貴方は直ぐにボロボロになるわね」



 言い終えた後にわざとらしいため息を漏らすと綾人の左足。炭化した膝から下に白い魔法陣が浮かぶ。筋肉繊維、骨、血管、神経、脂肪等が再生されていく。ありがとうと素直に言おうとするが、それよりも別の言葉が口をついた。



「なんでお前ボロボロなの?」



「……別に」



「あっ、そ……」



 綾人の疑問は最もと言えるほどティターニはボロボロだ。上質な絹糸のような長い金髪は煤や焦げ後が目立つ。美しすぎる顔は火傷に加え切り傷擦り傷が多数、それに大量の汗。


 すらりと伸びる手足もまた同様。新調した簡易の鎧に至っては所々が破れ、砕けており妙なフェティシズム煽る程だ。


 短く告げたあと下を向き己の姿が確認するティターニ。綾人は大方の予想は付いていたがあえて口にはしなかった。


 本人が別にと言った以上深く詮索するのは不粋と感じた為だ。



「ルード……」



 顔を上げポツリと呟くティターニ。その言葉を聞き綾人はうつむき己の拳を地面に叩きつける。



「くそっ!」



 一度、二度、三度。レットを殴り続けた拳は肉が裂け血が流れている。傍目から見ても使い物にならなくなった拳だが、そんな傷はお構い無しとばかりに綾人は拳を叩きつける。



「あ、綾人?」



 突然の行動にティターニが困惑するが、それでも綾人は構わずに殴り続ける。気が済むまで殴ったあと四つん這いになり喉を詰まらせた。



「くそ、くそ! 俺が弱いばっかりに。ルード、ごめん。ルード……」



 寂寥が吐露されていく。



「せっ、かく……折角また会えたのに……」



「……相棒」



「助けてやれなかった……相棒の俺が……ルード。ごめん」



 思いが溢れ込み上げてくる。



「この世界で、もっと一緒に……」



「もっと一緒に? なんだ相棒?」



「もっと一緒に、いっ………ん?」



「何だよ早く言えよ!」



 聞き覚えのある騒がしい声に顔を上げる綾人。



「へ?」



「ん?」



「二人のバカみたいな掛け合いは見馴れたけれども、何かあったの?」



 ティターニの声に反応せずに固まる綾人。目の前に浮かぶ黒い幼竜を見上げながら、口をパクパクと開閉させる。



「何だ相棒そのアホ面は! 折角敵を追っ払ったんだからビシッとしろい!」



「ルード? ……な、なんで生きてんの?」



「なんでって。死の淵からGのように何度でも蘇る相棒が俺に言った言葉じゃねぇか。それが皇帝邪龍の強さの秘訣だろ」



「……でも手足ぐったりして息して無かったよ? 動かなくなったから死んだんじゃないの?」



「まぁ俺心臓何個もあるし、大体の傷は回復するんだよ」



 細かい事は気にすんなと笑うルード。



「それよりよぉ。ぷぷっ。泣くなよ相棒」



「な、泣いてねぇわ! 何だよ! 生きてるんならそう言えよ! 返せ、俺のこの思い返せ!」



「うぅ、ルードごめん……ぷぷっ。相棒は気持ち悪いがツンデレだな本当に」



「泣き虫な男ね、私のこの姿に情欲して泣き虫って、綾人は男として何か良いところがあるのかしら? 本当に気持ち悪いわね」



「うるせぇ! うるせぇ! お前らあっち行け! っつかなんだその気持ち悪い押しは!」



 左足が元の形状に戻った為スッと立ち上がり歩きだす綾人。ルードとティターニをシッシッと手で追い払う姿に、幼竜とエルフは笑い合う。



 だが死んだ者達もいる。その事を割り切れる程綾人は大人ではない。勇敢に戦った者達に近付き手を合わせる。そのあとに土葬した方がいいのかと考えていると。



「おい小僧。こいつらの死に同情なんてすんじゃねぇぞ。冒険者は常に死と隣合わせだ、覚悟はしていた筈だ、だからそんな顔すんじゃねえ」



 上半身を起こしたルルフが綾人を諭す。冒険者としての心構えを説くルルフの顔は静観だがら。どこか寂しげだ。仲間であった彼等を順繰りに見た後、鼻を鳴らしたルルフは上半身を地面に沈め。



「もう行け。こいつらは俺が供養する」



 その言葉を最後にルルフは沈黙する。



「これからどうするの?」



 佇む綾人にティターニが問い掛ける。



「けじめつけてくる」



 冒険者達を見つめながらティターニに返事をする綾人。生き延びた者もいれば死んだ者もいる。しっかりと目に焼き付けた後、綾人は目を閉じもう一度冥福を祈った。

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