異世界事情は大変ですってね
沸き上がる大歓声が耳をつんざく。
一心不乱に沸く野太い男達の声と、歓喜に狂う女達の声。声の発生源は探すまでもない。
少し離れた場所で一年C組の生徒達を囲うように立つ、大人達の声だ。
クラスの学級委員長でもある、奏真緒は、ずれ落ちそうになる眼鏡に手を添え、セミロングの黒髪を耳にかけた後に声を出した。
「な、ここ、どこ?」
その問いに答えが返って来ることは無い。生徒達全員が同じ気持ちだからだ。
今いる場所が余りにも現実離れし過ぎている。
とにかく広く、開放的な空間。
高い天井には迫力ある絵画や豪奢な装飾が並ぶ。
天井を支える柱一つ一つにも拘りが見え、華やかさを引き立たせる。床や壁は白と金で統一され、何時間でも見入ってしまう美しさがある。
生徒達は座り込んだまま、首をぐるぐると回し、豪華で豪奢な空間に目を奪われる。一般的な価値観から見れば下手をしたら下品にすら見えてしまう空間に見惚れていると。
「ようこそおいでくださいました。勇者様」
鳴り止まない歓喜の声に混じり、聞こえたのは瑞々しく透明な旋律。
声の方向に生徒達が振り向く。
「か、可愛い……」
声に出したのは野々花凛。
無類の可愛い物好きである彼女は、思わずそう呟いてしまった。
可愛いと称賛した女性の年齢は同い年位だろうか。
桃色の豪華なドレスを身に付け、腰まである金色の髪を縦ロールに巻いている。
大きな翡翠色の目を生徒達全員に向けた後、彼女は目が離せなくなるような魅力的な笑顔を作る。
とてつもない破壊力だ。
年頃の男子ならばその笑顔を向けられただけで。
(あれ、あの子……俺のこと好きなんじゃね?)
と勘違いしてしまうほど、彼女の笑顔は人を惹き付ける。
実際に何人かの男子は既にその笑顔の虜になってるようだ。
出迎えの言葉を待っていたように、万雷の拍手が生徒達を出迎える。
呆けながらも生徒達はさらに周囲を観察しだす。
全身を鎧に包んだ強面の男達が拍手をする。
司祭服を身に付けた女達が拍手をする。
フランス革命が起きていた時のような、貴族の格好をした男は腕を組ながら頷いている。
広い室内の奥には豪華さに拍車をかけたスペースがあった。
金色に輝く椅子が二脚。
そこに座っているのは、見るからに偉そうな格好をし、頭に王冠を載せ、丸々と肥った初老の男性。隣の椅子には見目麗しい淑女。
王冠を載せた男性が立ち上がると同時に拍手が止む。
「よくぞこのデンバースに参られた勇者達よ!」
芝居がかった立ち振舞いとその声は、広い室内によく響いた。
「異世界キターーーーーーー!」
と叫ぶ男子生徒を探す人間は何処にもいない。
ーーー
生徒達三十一名と教師二名は、先程の広く豪華な部屋とは違う一室に案内され、状況の説明を聞かせれる所だ。
大きなテーブルを挟み、距離を置くように対峙する生徒達と、デンバースと呼ばれるこの世界の住人達。
王と王妃は椅子に座り、その他の面々、大臣、長官、騎士団の面々、姫やお付きの侍女は立ち、事のなりゆきを見守っている。
生徒達と教師二人は落ち着かず、そわそわとしながらも、今まで座った事のない豪華な椅子に感動しつつ、彼等の声に耳を傾ける。
「このデンバースと呼ばれる世界では、三つの種族が戦争を繰り広げています」
説明をするのは王の隣に立つ人物、外見からはあまり良い印象を受けない小肥りの男性。
説明の度に美桜や凛、真緒といった、クラスの綺麗所を品定めするような視線でチラチラ見るのも、好感を持てない理由の一つだ。
オホン! とわざとらしい咳払いをする小肥りの男の名はバラビット。大臣の職務をこなす男は話を続ける。
「人間族、亜人族、魔人族、この三つの種族が長年戦争を繰り広げています」
と言い出すバラビットは次に種族の説明に入る。
人間族は言うまでもなく我々人間。
知恵と策略を駆使し長年に渡り人、国、村、土地を守るために戦い続けている。
亜人族は耳長族のエルフ。
獣人(外見が人に近い亜人)。
獣族(外見が野性動物に近い亜人)。
ドワーフ、ホビット等の種族を纏めて亜人族と呼ぶ。
亜人族は数の多さから物量で押しきる戦闘方法、増えすぎた亜人族は飢えを凌ぐ為に領土拡大を目指し、戦いを続けている。
魔人族は闇に魅入られた存在、外見は人間族に近いが肌が浅黒く頭部に角が生え、さらには蝙蝠のような羽を持つ。
魔人族は【魔物】という、同種族以外の肉を食らう化け物を使役し戦う。
魔物は日々大量に生み出され、
それらは肉を求めてデンバース中を彷徨っているとの事。
魔人族は戦闘を好み、多種族を捕まえては死んだ方がましだと思う拷問をする種族。
交戦を好む為、戦いを続けている。
説明を続けるバラビットは少し思案した後に。
「精霊族や海人族、地底人と呼ばれる種族もいますが、彼等はこちらから手を出さない限り襲ってくることは無いので、知識として覚えておいてください」
と説明した後、たっぷり間をとって。
「ここから勇者様達を召喚した説明に入ります」
と告げた。
「このデンバースには、天使と悪魔というものが存在します。
天使はデンバースの雲よりも遥か上空の天界に、悪魔は地面の下、地底人が住むと言われる地底国を越え、更に下へと深く深く潜った場所にある魔界に、それぞれ存在すると言われています」
異世界にも天使と悪魔という概念が有ることに、生徒達は小さく相槌を打つ。
「天使と悪魔は基本的にはデンバースに関わらず不干渉です。
ですが最近、何体もの悪魔が地上に出現するようになりました、原因は魔人族です。
ここ何年か魔人族は人間、亜人、精霊、海人、地底人と数多くの人種を拐っていました。
それは悪魔を召喚する為の供物としてです。
我々も必死で抵抗しましたが、魔人族は悪魔召喚の儀式を成功させると悪魔と手を組み、デンバース征服に動き出しました」
生徒達の反応は別れる。
余りにも現実離れした話しについていけず、話を半分聞き流す者。
漫画やゲーム、ラノベ等の予備知識で脳内補正をし、自分の中で都合の良いように解釈する者。
何がどうなっているのか、訳が分からないといった表情をする者。
真面目に話を聞く者。
そんな中、全く違う反応を見せる男がただ一人。
生徒達と教師がバラビットの話しに耳を傾けるなか、熱く疼く右目を掌で押さながら、一枚の絵画を見ている。
三体の天使が一つの林檎に手を触れている絵画。
何枚も壁に飾られている絵画の中の一枚であり、別段不思議な所は無い。だが何故かその絵画を見ると。
(右目が疼くんだよなぁ)
と一人もの思いにふけっている。
そんな生徒達の反応等は省みずに、バラビットは話を続ける。
「今まで均衡を保ってい人間族、亜人族、魔人族のパワーバランスは一気に崩れました。
言うまでもなく悪魔の力を手に入れた魔人族が圧倒的有利な状況になったのです。
凶悪に、醜悪に、残酷に、暴虐に、残虐に、多種族を滅ぼしていく魔人族に危機感を抱いた我々は、各種族に文を出しました。
内容を簡潔に言うならば、共に魔人族を討とうといったものです」
そこでバラビットは拳を深く握り、より一層響く声をだし始める。
「だが、奴等は断りました! 亜人族には人間族に虐げられてきた歴史を忘れることなどできないと言われ。
精霊族、海人族からは人間族は信用出来ないと言われました。
あの時、手を取り合っていれば、出さなくていい犠牲もあったかもしれません……故に我々は今、途方もない危機的状況に陥っております。
このまま魔人族にこの地を蹂躙されるのだけは避けなければならない! そこで血眼になり悪魔討伐の方向を調べました。
すると――」
そこで王冠を載せている初老の男は手で掲げ、バラビットの言葉を止めた。
「ここから私が話す」
王冠を乗せた初老の人物、この国の王。
ドレイク・ミスト・パラディアは重々しく口を開く。
「古代の文献を見ると、勇者召喚、という言葉が発見された。
調べると魔を討伐する光の勇者と、その文献には記されておった。
我々はコレに賭けた! 古代魔法、禁忌魔法、全ての知識と技術を使い召喚したのが貴殿らだ。
もはや察している者もおると思う……勝手な願いではあるが、どうかこのデンバースを救うために力を貸して欲しい」
言い終えた王は目を細め、召喚された三十三名の顔を一人ずつ見つめていく。
「すみません」
重々しい空気の中、立ち上がるのは教師である忍成慎吾。
「そちらの事情はよく分かりました。
力になってあげたいのは山々なんですが……我々はただの一般人です。勇者などではありません。それに日本…と言いますか、召喚される前の世界には家族がいます。
私はこの子達を家族の元にまで返す義務がある。
なのでこの話はお断りさせて頂きます、今すぐに我々を元の世界に帰してください」
先生の発言を聞き、顔を見合わす生徒達。
固まっていた体が幾分か楽になると、自然と緩んだ声が上がる。
「何だよ先生、転生チート知らねぇのかよ?」
「早く、帰してください。お家に帰りたいです」
「ふっ、漸く我が右腕の力が発揮されるか……」
「携帯無いと困るので教室に戻して下さい」
「っつか、誰か今の話はもう一回説明して、ウケる~」
緩んだ生徒達だったが、再び緊張し体を固くする。原因はバラビットが派手に飛ばす怒号だ。
「き、貴様ら! ドレイク王の願いを聞けぬと申すのか! 死罪に値するぞ、騎士団よ前に出ろ!」
バラビットが顔を真っ赤にし、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
だが王が再びバラビットを制止する。
「よい。彼等はこの世界の者ではないのだ。異論はあって当然だ。そなたらの言い分は最もだ。しかし残念ながら貴殿らを元の世界に返す術は我々には無い。古代の文献には召喚する術は記されていたが、送還の術は記されていなかったのだ……」
王の言葉を聞き、「やっぱりか~」と言った男子生徒の声は「異世界キターーーーーー!」と叫んだ人物と同一人物であろう。
だが誰も彼を気にかける者はいない、それよりも。
「す、すいません今なんと?」
と震える声を抑えて、忍成慎吾はドレイク王に聞き返す。
「貴殿らを元の世界に返す術は無い! と言ったのだ」
答えたのはバラビットだ。
日本に帰れない? と忍成先生は素っ頓狂な声が自然と出た。
「は?」
「えっ嘘、帰れないの?」
「だから、この手のパターンでは帰れないんだって」
「おい、ふざけんなよ! 俺は今日の放課後デートがあんだぞ!」
「おいおい、さっきから何なんだよコレは? ドッキリか? 新手のドッキリなのか?」
「ねぇ皆、俺の声聞こえてる? 結構ポイントポイントで重要な言葉を言ってるはずなんだけど、この手のパターンは帰れ――」
生徒達が立ち上がり矢継ぎ早に文句を言い始める。
あわや暴動がといった所だったが、バラビットはその反応は予想していましたよ、とばかりに手を叩き、大きなクラップ音を鳴らす。
「最後まで話は聞いて欲しいな勇者達よ、貴殿らは元の世界に帰れる可能性はある! 先に言っておくべきだったな、すまなかった。
魔人族が使用している悪魔召喚。これは貴殿らを召喚した何百倍ものエネルギーが使用されている、この力を利用する。
魔人族は今も悪魔を召喚し続けている、コレをそっくりそのまま我々人間族が奪い取る。
加えて魔人族には送還の犠なる文献があると聞き及んでいる。
コレも我々が利用する。悪魔召喚のエネルギーは貴殿ら全員を元の世界に返すには、お釣りが返ってくるほど十分にある。つまり……」
「魔人族を滅ぼせば、俺たちは帰れてこの世界も救われる!」
「Win―Winの関係って事か!!」
絶望から希望を与えられた生徒の目は輝き始める。
「質問があります」
手を真っ直ぐ伸ばし挙手したのは、クラス委員長でもある奏真緒だ。
「先生が先程言いましたが。我々は何の力も持たない一般人です。お二人の話を聞く限り、魔人族や悪魔というのは大変な強者のように聞こえました。
一般人の我々は戦いにおいて、足手まといになると思いますが?」
委員長の言葉に、確かに、そうだよ、恐いよ、と同調する者もいる。
「その点は心配ご無用です」
今まで後ろに控えていた王の娘レイ・ミスト・パラディアが前に出る。
彼女が動く度に桃色のドレスと金色の縦ロールが揺れる。ついでにたわわな双丘も揺れる。
笑顔になるレイ姫を見る何人かの男子生徒、彼らはもはや彼女の虜でしかない。
笑顔のレイ姫が説明をする
「皆様にはこれよりジョブについて頂きます。
ジョブというのはこの世界に於ける適正職業の事です。ジョブに付くと通常では得られない力が手に入ります。って言ってもジョブに付いてない私が言っても説得力は無いですよね。
詳しいことは神官長様が話して下さると思いますので」
そこで一旦言葉を区切るレイ姫。
徐に片膝を付き、上目遣いをしながら生徒達(ほぼ男子生徒)を見る。
胸の前で手を組むと立派な双丘が形を崩す。
レイ姫の後ろに立つお付きの侍女達も、同じように片膝を付き頭を下げる。
最早全ての男子生徒の目はレイ姫に釘付けになっているだろう。
「勇者様。どうかデンバースをお救い下さいませ、私達はどんな事でも力になります」
どんな事でも、という言葉に、ゴクリと数人の男子生徒が生唾を飲み込む。その光景を目ていた女生徒が声を出す。
「男って本当に単純だよね~」
「うわっ、あのお姫様あざと過ぎでしょ」
ひそひそと話す女生徒達に近づくのは、簡易の鎧を身に纏う美青年達。
「君達は女性で大変かもしれないが安心してくれ。君達の安全は我等パラディア騎士団が命を懸けて守ってみせる」
いつの間にか女生徒を囲むように騎士団の面々が並び、存分にその甘いマスクで少女達を魅力している。
既に何人かの目の奥がハートになっている。
クラスの殆どが異世界の美男美女に骨抜きになっているなか、空上綾人は右目を押さえながら冷笑を浮かべる。
「何が勇者様だよ、ていの良い二択じゃねぇか」
その呟きを聞いたのはほんの数名だけだった。話が一段落すると。
「本日は勇者様達の為に宴を用意しております、存分に楽しんでくださいませ」
レイ姫に案内される生徒達は、それぞれの思想を抱きながら宴の会場へと向かった。