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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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新たな旅


「そうですか。では、兄はとうぶん帰ってこない。ということですね」


 空上莉乃は理知的なお嬢さんといった印象であった。そのお嬢さん然とした佇まいや所作はどうしても兄である空上綾人とは似ても似つかないといった具合である。


「もっと早くに伝えられればよかったんだけど、ごめんなさい」


 莉乃に頭を下げるのは坂下美桜。

 場所は莉乃が暮らす古びたアパートの一室。綾人が帰らぬ事情を伝える為に美桜は空上家に訪れた。

 兄妹二人で暮らす家は少々手狭である。


「兄のことですから、きっと色々と抱え込んでいるのかもしれませんが、頼りになるお仲間がいるなら安心ですね」


 美桜から異世界転移の顛末を一通り聞いた莉乃は、テーブルに置かれた茶を一口飲む。

 向かい合う形で座る美桜もその動作につられて、差し出された茶を飲んだ。


 美桜が莉乃に抱いた感想は――とても落ち着いている少女であった。それは初見で感じたお嬢さん然とした雰囲気と合わせるとより空上莉乃という女性が不思議な魅力をもっていることが分かる。

 そもそもが、クラス全体が異世界に転移したという話であるにも関わらず、莉乃の反応は淡々としたものであった。

 第一声が「とても興味深いですね」である。


 空上綾人が久方ぶりに学校に登校して直ぐに起こった異世界転移は事件と称してもよい。

 だが事件と呼んでいるのは転移した者達だけである。

 

 何故? かというと、白い光に包まれて異世界に転移した一年C組の生徒達。彼ら彼女ら転移者が再び元の世界に戻った時には、現実世界では僅か一刻程度しか経過していないからだ。

 つまりは異世界で過ごした膨大な時間は、現実の日本では僅かな時間しか経過していなかった。


 これには異世界から戻ってきた皆は驚いた。

 戻ってきた場所は、転移が開始された場所と同じく一年C組の教室。 


 日本に戻れた実感が湧かなかった一年C組の生徒達だったが、徐々に戻れたことへの喜びを露わにし、叫び、泣き出し、騒ぎに騒いでいると、一年C組の教室のドアが豪快に開かれた。

 騒いでいる一同が何が起こるのかと身を固くしていると 「うるさい!!」と見覚えのある教師——隣のクラスの担任——が一喝し去っていった。


「久々に戻った俺らに何だよあの態度!! 俺の槍技でブッ刺すぞ!!」

「然り! 我の戦斧で叩き斬ってやる」

「バカとアホは物騒だっての、ここは私の鎖で締め上げるのが一番だって」

「縛るより燃やしたほうが早いだろ」

「あんたら大概だわ。ここは暗殺者の私がスッとヤるのが常識だけど、ここは日本だからね。音便に梅ちゃん先生にビシッと言ってきてもらいましょ」

「え! やだ。私あの先生苦手だし。ここは忍成先生に任せましょう」


 久々に戻った自分達に対して反応が冷たすぎると、生徒達が怒りを感じた瞬間に一人の生徒が異変に気付いた。

  

「――転移してから、時間が経過していない?」


 聡明であり異世界では戦闘を指揮していた彼女らしい気付きであった。

 よくよく見れば、転移した当初に置いてきた荷物はそのまま。生徒達は覚えていないが、三時限目終了から時計の針は僅かしか動いておらず、転移した時と同じ天候でもある。


 教室を飛び出すと隣のクラスの生徒が「よぉ」と気軽く声をかけてきたことで、時間が経過していない説は有効になった。

 これには多くの生徒が動揺した。あの命を擦り減らすような日々がまるで清流のように流れて行く感覚に襲われたからだ。

 丁度、始業開始のチャイムが流れ、より現実に引き戻されて行く。

 隣のクラスは何も変わらずに授業をしており、様子を見に行った一年C組の生徒等は自分たちが過ごした時間は幻だったのではないか? そう感じるほどだ。


 それに拍車を掛けたのは、異世界で使えた魔法やスキルが一切使えなくなっていることも大きい。

 いくら力を込めようが技は出ないし、魔法も使えない。この現実もまた異世界で過ごした日々が幻であると思わせる要因だった。


 だが、異世界に転移したのは紛れもなく本物である。   

 現に教室を見渡すが何名かの姿がいない。

 それは、異世界で死亡した者、死亡扱いになった者、異世界に留まった者、そして神と名乗った者を追いかけた者が教室にいなかったからだ。





 

「大変だったのですね――」


 莉乃がしみじみとした様子で美桜に労いの言葉をかけ深々と頭を下げる。つられて美桜も頭を下げる。

 本当に大変だったな――頭を下げる美桜はあの時のことを思い出す。


 ――神を退けた世界。あの異世界から日本に戻れたのはかなりの時間が経過していた。

 世界を救った英雄は姿を消し、世界が彼の功績を称え、異世界転移者である英雄のクラスメイトを元の世界に戻すという形で世界が動いた。

 多くの技術者、魔法研究者、学者などが異世界転移を研究し、文献を読み解き、無限牢獄から放たれる微粒な神の力を使用し、異世界転移した者達は元の世界に帰ることができた。


 だが全ての者が日本に戻ったわけではない。

 自ら望んで異世界に留まった者もいる。残る理由としては非現実の世界で生きていきたい、という戦うことに生きる価値を見出した者である。

 そんな中で最後まで消息が掴めずに死亡扱いになった生徒もいる。

 美桜は日本に戻るか、留まるかの選択に悩んだが、綾人から託された――妹によろしく――という言葉を伝えなければという想いから、日本に帰ることを決断した。


 異世界転移を通じてあの世界は変わった。

 異なる種族が手に手を取り合い。協力し、時には熱い議論をぶつけ、時には肩を抱き合い。そうして互いが互いを称賛し合う仲になっていった。

 当然に種族間での戦争は根絶され、平和な時代が訪れていた。


 これも見ようによっては、かの神から世界を救った英雄がもたらした影響である。と彼をよく知る人物達は語る。






「美桜さん?」


「あっ!? ごめんなさい――考え事をしちゃって」


 思い悩んでいた美桜を案じて莉乃が声をかけたことで、美桜の意識は再び今という現実に引き戻された。

 異世界に残った数名が、どのように過ごしているのかを少し考えた美桜。残った者達が無事であることを祈るばかりである。

 

 一年C組の生徒達は、殆どの者が日本に帰ることを選んでいる。

 美桜が異世界に残るかどうかを躊躇ったのは空上綾人の存在が大きい。彼のことだからフラッとあの世界に戻るのではないか? と考えたからだ。




「お茶が冷めてしまいましたね。新しく入れますね」


「莉乃ちゃん――」




 異世界を経験した者達はかの出来事を口外しない方向で話が纏まっている。

 返ってこない生徒達の親にはなるべく真実を伝えたが、けんもほろろ状態が続いたからだ。

 納得がいかない家族の者達は、今も警察に相談したり、街中で行方不明であることが記載されたビラ配りをしている。その報告を聞くと生徒達はやりきれない想いをしていた。

 

 そんな中で高校生に戻る時間は過ぎて行く。


 空上家に事情を伝える役目は美桜が引き受けた。だがなかなか訪れることができずに時間ばかりが経過していき、これではダメだと空上家に尋ね、事情を話したのが――莉乃の態度はどうにも普通である。

 兄がしばらくは帰らない。もしかしたら二度と帰ってこないかもしれない。というのにどうしてか淡々としている。別れる時に涙した美桜とは大違いである。


「莉乃ちゃんは、心配じゃないの、綾人君のこと――」


 だからふいにそんな言葉が出た。

 莉乃の気持ちを確かめたくて、思わず聞いてしまった。


「心配、じゃないですよ」


 応える莉乃は本当に心配などしていないといった表情で応えた。

 ――どうして? と美桜の目が聞いていたので莉乃は少し考えてから口を開いた。


「兄はだらしなくて、直ぐにトラブルを起こすし、ダメでバカで、どうしようもない兄でしたけど――」


 そこで言葉を区切り、莉乃は笑った。


「それでも、約束だけは絶対守る人でしたから。その兄が帰るといったのならいつか帰ってくると思います。だから、心配はしてないです」


 その言葉に呆気にとられた美桜。

 確かにそういう人かもね。という心がほぐれていくのを感じながら返事をした。


「そうだね」


 二人は笑い合いながら、遠くにいった空上綾人の話で盛り上がった。






「あれから、もう二年もたったのか――」

 

 一人物思いにふける美桜は己の吐き出す白い息を見つめている。

 莉乃と初めて会い、仲良くなり頻繁に家に通うようになった美桜も今では高校三年生となっていた。


 言葉通り、異世界から戻ってきて二年の月日が流れている。


 大学受験を控える傍ら、その美しさに磨きがかかっていた。空上莉乃と共に歩けば、必ずといってよいほど軟派な男に声をかけられる。

 美しい美桜と可愛らしい莉乃では声をかけなければ。と思えてしまう二人だからだ。


 その都度、莉乃は軟派な男を撃退している。

 顔を凄ませ、大股で近寄り相手の胸ぐらを掴むその男顔負けの仕草は、可愛らしい容姿からは想像がつかない

 だがそれは、彼女が空上綾人の妹であることを安易に語っているのかもしれない。


「今日も兄は帰ってきませんでしたね」


「みたいだね」


 仲の良い姉妹のように会話を弾ませる美桜と莉乃は互いに笑いながら歩み、同じ高校の門を潜り、廊下で別れ、それぞれの教室に入って行く。

 馴染みのクラスメイトや友達と談笑をし、始業ベルと同時に学問に勤しむ。

 

 一時限目、二時限目の授業を受け、三限目に突入した時に美桜は——あぁ——とふと思い出したようにタメ息をつく。

 ――あれから、もう二年もたったのか――という言葉を発したからか、ふと異世界での日々が思い出されていく。


 仲間と共に旅をし、好きな人の背中を追いかけ、生きることに必死だったあの頃。

 絶体絶命の時に助けてくれた背中、共に強敵に立ち向かった横顔、差し出された手を掴めなかった自分。

 あの手を掴んでいれば、今頃私はどうなっていたのだろうか?


 そんな妄想をしていく美桜の耳には、教師の声は入ってこない。

 必死に争った神との戦い。自分の存在が少しでも周りの、綾人の助けになっていたことに心が躍る。

 あの胸が張り裂けそうなドキドキは、もう経験できないのかと思うと。一縷の寂しさが募る。


 寂しさの中に、やはり後悔がある。

 もっと一緒に旅をしてみたかった。綾人が差し出した手を迷わずにとればよかった。

 そうしたら、もっと――。


 気付けば美桜の目からは涙が溢れていた。

 周囲に気付かれないように机に突っ伏し、涙を流す。


「会いたいな、綾人君――」とこの二年間に抱え込んでいた気持ちが言葉となって現れる。



 ――言葉に現れた瞬間に——。


 大きな音が発生する。

 

 鼓膜が拒絶するほどの大きな音。


 美桜の言葉はその大きな音に消されてしまう。


 音は窓ガラスが割れた音。派手で大きな音によってクラスメイト等が耳を塞ぎ、困惑の表情をしていく。

 野球ボールが窓ガラスを割ったという可愛いものではない。ハンマーで力一杯窓ガラスを割る音。


 何か大きなモノが外から窓ガラスを割り、教室に入り込んだのだ。

「なに!?」涙目の美桜は音の発生源に顔を向ける。


 ガラスの破片で怪我をしている生徒はいない。

 誰しもが唖然とした様子で外から侵入してきたモノに視線を送る。


「イッテェ~。あの野郎、ぜって~移動座標間違えやがったよ!!」


 外から窓ガラスを破壊し侵入してきたのはモノではなく、人であった。

 その人物は乱暴な口調と共に立ち上がり、周囲を見渡す。


「え? あ――」


 誰もが開いた口が塞がらない状態であったが、唯一美桜が声を発した。

 戸惑いながらも、先ほどまで思っていた人物が現実に現れたことにまだ理解が追いついていないが、何とか言葉を発する。


「あ、綾人君!!」


「お~!! 美桜!! いたいた、無事発見だぜ!!」


 それは空上綾人である。いつものように全身黒色の服装で頭は金色。

 ヘラヘラした様子で美桜に近づく様は何ら変わらない。


「久しぶりだな美桜。何か小さくなってね?」


「綾人君の背が、大きくなったんだよ」


 綾人が美桜と向かい合う。あの当時は同じ視線の高さだったが、今は差がついている。

 ガラスを破り、机をひっちゃかめっちゃかにし、生徒達や教師を唖然とさせる様子は正に空上綾人らしい行動といってよい。


「んなことより大変なんだよ美桜! ベルゼを追いかけてよ、いい感じだったけど、結局逃してよ、んで今チョーピンチなんだよ!!」


「へ?」


 美桜は綾人が突然現れた事にも驚きっぱなしだが、そんなことはお構いなしとばかりに、綾人は矢継ぎ早に言葉を放って行く。


「今さ、妙な王国にいてさ、んでその王国の中の洞窟があって、そこで凛とサギナが王国の兵に捕まっちまったんだよ。まぁ、あの二人のことだから何か理由があるのかもしれないけどよ。でもこっちはそのせいで動きを封じられてさ。それにブットルが二人を救出しようとしたら! その王国の妙な力で魔法が使えなくなって、あげくただの蛙に変わる呪いにかかっちゃんだよ。そんでもってこれが極め付けだけど、ティターニのアホタレが――私が全て解決するわ――とか言ってたくせにあっさりとどっかの牢獄に閉じ込められちゃったんだよ! もう俺以外全員役立たずなボンクラでさ――」


 身振り手振りで説明をする綾人だが、要領を得ているようで得ていない。

 美桜はそれでも懸命に理解するようにし、時には相槌をうち綾人の話が終わるのを待つ。


「俺一人じゃ、どうしようもできなくてよ。だからさ――美桜」


 綾人はスッと手を差し伸べる。あの日の、神を倒した時のように。


「力、貸してくれねぇか?」


 浮かべていた涙はとうに引っ込んでいた。差し伸べられた手は美桜には眩しく尊いものに感じた。

 口端を上げて笑う綾人は、あの時と同じように何事もないかのような、これから散歩にでもいこうかと誘っている。


「―― ッ、うん! うん!!」


 美桜は精一杯に綾人の手を握り返した。

 満面の笑みで、今度こそしっかりと手を握る。その姿に綾人も満面の笑みで応えた。


「よっしゃ!! そうと決まれば早速行こうぜ!!」


「え!? 綾人君、え!? ちょっ――」


 綾人は美桜をお姫様抱っこで抱え、窓辺に向かって走り出す。


「綾人君! ここ、六階――」


 自ら割った窓ガラスから外に飛び出す綾人。

 美桜が言うように教室の場所は六階である。飛べば普通は大怪我をしてしまう。

 落下する綾人と美桜。美桜が悲鳴を上げると同時に綾人が叫ぶ。


「来い! カグツチ!!」


 綾人がそう叫んだ瞬間に、炎を纏う鳥が瞬時に現れる。身の丈三、四メートルほどの炎鳥は綾人と美桜を背に載せ上空へと飛んでいく。

 炎の鳥の背は居心地がよく、美桜は呆気にとられていると。


「カグツチっていうんだ。俺らの仲間」 


 綾人は悪戯っぽい笑みで応えた。

 カグツチはどんどんと高度を上げ、やがて雲を越していく。広がる壮大な光景など美桜は見ている暇は無い。

 空に上り続ける恐怖からか美桜は綾人に抱きついたままである。

 一向に横移動する気配がなく上昇するカグツチに――どこに行くのだろうか? と美桜はその疑問を綾人にぶつける。


「綾人君、どこに向かってるの?」


 それを聞いた綾人はニヤリと口端を上げて応えた。


「ブラックホールの向こう側」


「え?」

無事完結しました。

第一話が2017年の8月というブッ飛んだ感じですが、無事完結できてよかったです。

これも、見てくださった方々がいたからこそだと思います。

本当にありがとうございました。

綾人の旅はまだまだ続くでしょうが、無事を祈るばかりです。

それでは、また!

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