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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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寄り道


「倒したのか?」


 そう誰かが呟いた。

 返答するものはいなかった。決着がついたのかは誰も分からないからだ。


 神と名乗り、傍若無人をつくした男は陥没した地面にへばりつくように倒れ、起き上がる気配は無い。

 その神を倒した少年は、一切の体の自由が効かず、地面に大の字で倒れている。龍の体から人へと変身していく様は、もうこれ以上の力を出せないことを証明している。

 僅かな時間、誰もが動けずにいた。神を倒し、この長い戦いの終止符がうたれたと思うと緊張から皆が顔と体を硬らせる。


 ジリとも動かない両者を見て痺れを切らしたのは綾人と共に旅をしてきた面々であった。

「相棒!」「綾人!」「王子!」「婿よ!」ルードを先頭にブットル、凛、サギナが綾人へと駆け寄る

 駆け寄ったはいいものの、それぞれは何と声をかけてよいか分からずにいた。

 神の顔が綾人と似ていること、何かを感じ取った綾人の態度。それらを安易に聞いてもよいものかと逡巡している。

 

「終わったの?」


 仲間達の様子を歯牙にも掛けない様子でティターニが綾人の近くに立ち、労う様子もなく淡々と問う。

 それが「言いたくなったら自分から言うでしょ?」といった実にティターニらしい態度であった。


「——たぶん」


 綾人はティターニを見ることなく応える。「そう」返答を聞いたティターニは短く返す。

 いつものやりとりがどこか心地よく、綾人は大の字のまま空を見続ける。


 次には耳が裂けるほどの歓声が上がる。

 世界が歓喜の声を上げていた。

 その場に居合わせた騎士団らは叫び、抱き合い、泣き出し、喜び合い、今度こそ世界が救われた無事を祈る。

 

 伝達魔法で滅亡の回避を知った世界の皆も、大きな歓声を上げる。

 ベルゼが倒されたと同時に世界を襲っていた数多の天使が土塊へと変わる様が、より今を生きていけるという現実へと変えていく。


「怖かったよ~、なんかよく分かんないけどうちの生徒は凄いんだね~!!」

「梅ちゃん、先生泣かないで~!!」


 獣王ガウちゃんの上で終始震えていた小梅は安堵と共に盛大に泣き出し、それを七海アスカが慰めるが、つられて泣き始める。


「斗真! 勇者としてラスボスと戦えなくて残念だったな」

「まいったな。本当の勇者は彼だったかもね。まぁ、俺は楽しく戦えればそれでいいよ」


 古賀樹が青峰斗真に呼びかける。斗真の視線の先には激戦をくぐり抜けた魔人族の少女ウルテアの姿があった。

 ベルゼに仕えていたウルテアは、何をどうすることもなくベルゼが倒れている場所に視線を向けていた。


「ってか俺らよく生きてるよな!」

「然り、本当に死ぬかと思った」

「それでも、犠牲者はいる――」

「生き残った私たちがしっかりとこれからの役目を果たしていきましょう」


 貝塚翔、石巻寛二が己の無事に一息つく。

 園羽真琴が思い人であった騎士団副団長のハンクォーを想い涙する。

 奏真緒が優しく真琴を胸に抱き寄せる。

 

「終わったのか? マグタス――」

「あぁ、とんでも兄ちゃんが世界をすくったぞ。シルヴァ」


 二人は寄り添い、無事を確かめ合う。最愛の弟であり、最良の副団長を失った二人は、どこかやりきれない想いでその歓声に身を委ねた。

 同じように、世界は救われたが、やりきれない想いをした者はいる。

 この戦いでは多くの犠牲の上に勝利が成り立っている。

 共に戦う戦士である仲間を殺されすぎてしまった。


「やったよ。みんな――世界を救えたよ」


 光の王子アルスもまた、仲間を失った悲しみで膝を崩しそうになったが、それをとどめた。

 きっと今の姿を見たら、皆にしっかりしろと叱咤されるだろうから。だからアルスは胸を張り空を見つめ、遠くに旅立った仲間達に報告を告げた。


 だが世界の歓喜は数秒で終わる。

 それは、空があいも変わらずに闇色に包まれているからだ。

 また、何か起きてしまうのではないか? そう感じさせるような嫌な空色である。


 闇色を作り出した神は大きな体を横たえたまま動く気配がない。

 いっそ体ごと消えてくれれば殊更喜ぶことができるのにと、口に出し、神を断罪しようと動こうとした瞬間であった。


 ——「おい! アレなんだ!?」と誰もが口にし、動き出した足を止めた。

 

 神の体から光の球体がゆっくりと浮かび上がっていた。

 両手で抱えられそうな直径三十センチほどの球体は、厳粛な白光を放ちつつベルゼの体から離れ空に浮かび始める。


「なんじゃ? コレ?」


 それを間近で見ていた綾人が痛む体を起こし触れようとする。

 光球は綾人に触れられる前に、ふわりと動き、そのまま天へと登っていく。するすると上る光を誰もが見つめる。


「空が――」

「青色に――」

「俺たちの空だ!!!!」

 

 皆の声であり、直ぐ様に一際大きな歓声が上がっていく。闇色の空に光体がのまれると同時に、空色が元に戻っていった。

 闇は青に変わり蒼穹へと変わる。まるで、何事もなかったかのように世界はいつも通りの姿へと戻っていく。

 天使も悪魔もいない。ただ生を与えられた人類が生きる世界。

 

 抜けるような青空とそれを包む日の光、時折なびく風が心地よく、踏み締めた大地の感触は生きていることを強く実感させていく。


 世界に光が満ちる。そして人々は大きな喝采を世界に送る。

 光体はきっと、天地創造である神の姿なのかもしれない。

 神が天に戻った証拠として世界に光が満ちた。

 そして神を救ってくれたこの世界を、神は尊いものだと敬意を与えるように大いなる光が世界に贈られた。


 世界が本当の意味での祝福を受けている。

 それは滅びではなく、生の謳歌を祝う祝福。

 天から降り注ぐ尊い光は、どこまでも人々を照らし、人々も天を仰ぐ。


 これで戦いは終わった。

 世界が滅亡することは無い。この旅路の終着点が光という形で締めくくられた。

 

 誰しもが喜んでいる。世界中の人々はもちろん、転移した勇者一行も、共に戦ってきた騎士団員も、アルス王子も、マグタスもシルヴァも気配を感じ顔を上げる。

「綺麗だね」と凛が発すると「そうだな」とサギナが応え。二人の魅力には叶わないよと天然ジゴロのブットルが褒め称える。

 ティターニとルードも空を見ていた。長い戦いが終わったと胸を撫で下ろしていた時に、何度も窮地を救ってくれた美桜が空から降りてくる。


 ——彼女がいなければとっくに死んでいただろう。とティターニは感じている。それほど美桜の回復魔法が秀でていた。

 ティターニが美桜に感謝の言葉を伝えてようと口を開こうとした時であった。


 何か違和感に気付いた。それは美桜の表情である。

 酷く焦っていた。切羽詰まるという言葉が当てはまるように急いでいた。 


 世界が救われ、神となった不届き者を倒し、拍手万歳であるというのに、どうしたというのだ?

 美桜が地上に下り、こちらに近付いてくる。それと同時に声をかけようとしたティターニは美桜と視線が合わないと感じた。その視線はティターニの後ろ側に向けられていた。


「――綾人くん!!」


 美桜は叫びティターニの横を通り過ぎた。

 ザワリと全身の毛が逆立つのをティターニは感じ直ぐに振り返り、そして叫ぶ。


「綾人!!」


 そこには痛む体を引きづりながらも地を這う空上綾人の姿があった。

 そして綾人が進む方向にはあの男がいた。


「アハハハハハッハハハハハハハハ!! バレちゃったか〜!!」


 そこには悪戯がバレ、それでも悪びれる様子のないベルゼの姿があった。

 神の力を失った男は、純白の羽根も無ければ、清廉な白のローブも纏っていない。

 悪魔時代のように、緑色のパーカーに、ハーフのチノパンという姿であった。いつもの姿と違うといえば骸骨マスクを付けておらず、腫れ上がった綾人に似た顔で笑っているくらいであった。


 この男の行動原理は変わらない。人々が喜べば喜ぶほど、絶望を与え、絶望すればするほど希望を見出させ、やがて絶望させる。それを最も好む男である。

 

 ベルゼは皆が天の祝福に気を取られている間に、一人逃げようとしていた。

 己の体から光体が抜け出し、皆が空を見上げた瞬間に動き出す。戦いの場より離れた場所で空間を歪曲させ、そこから切れ目を出現させる。

 

 ベルゼの近くのみが、別世界になったように、酷く歪む。

 それは綾人がベルゼと初めてあった時と同じ、切れ目であり、その先は黒黒としどこへ繋がっているか分からないような異質なモノであった。


 その行動にいち早く気付いた綾人は、大歓声に包まれる中で一人、ベルゼだけを睨み、声を荒げ、地を這って近付いていく。

 綾人の叫びは歓声にのまれ誰の耳にも届かない。

 その様子を見て、ベルゼはニタリと笑いながら、空間の切れ目に入り込むのを止め、綾人を始末しようと動くが、美桜の叫びによってそれは阻止される。


 ティターニは己の愚かさに舌打ちした、綾人と共にベルゼを追ってきた自分にとって、ベルゼの行動など安易に予想できたのだ。

 安心という時にこそベルゼは動くと。挽回するように直ぐに短剣を引き抜きベルゼに襲い掛かろうとする。


 美桜は直ぐに綾人へと駆け寄り回復魔法を施す。それは瞬時であり。

 綾人が立ち上がるのと、ティターニが短剣を抜くのは同時であった。


「こっちには来ない方が君らの為だよ!!」綾人とティターニが駆けようとした瞬間にベルゼが叫んだ。

 綾人の始末を諦めたベルゼは空間の切れ目に半身を埋めた状態であった。


「これはね、次元の裂け目だ。ここを通ったら僕でさえどこに行き着くか分からない。いわば小さいブラックホールってわけさ。ここに入ったら最後、二度と同じ地を踏むことはできない。言っとくけどこれは本当だよ。嘘ばかりついてきた僕だけど、これは本当だ。僕はね、僕を倒した綾人や、この世界を高く評価したんだ。尊敬したよ、絶対の神にも向かっていく勇気。本当に感動したよ。だからこの世界を君たちに返却したんだ」


 ベルゼの滑らかな言葉は続く。


「だから生かしてあげるよ。その権利を君達は勝ち取ったんだ。この次元の切れ目に体を入れたら、せっかく勝ち取った権利が水の泡だ。だってこの切れ目を通ったら、生きられるかの保証なんて無い! どこの世界に降り立つかも分からない。その場で死ぬかもしれない。これは嘘ではなく本当だ。僕が悪魔だから耐えられているだけだ。並の人間なんかが入れば一瞬で消えてしまうよ」


 ベルゼは体を切れ目にのみ込ませていく。綾人とティターニは拳と短剣を下げる。どんな超速度でもベルゼに肉薄し一撃をいれることは不可能であると考えたからだ。

 それらの様子にブットル、凛、サギナが気付く。


「これで君たちの冒険は終わりだ。お疲れ様。僕は次のステージに行かせてもらうよ」


 ベルゼは既に体全体を空間の切れ目に入れており、頭部のみが残っている。

 そのまま行こうとしたベルゼは何かに気付いた様子で動きを止める。


「あ! そうそう、知ってるかい綾人。——僕が、元人間だったってこと?」


 ベルゼは何事もないかのように問うてきた。これは本当か嘘か、誰にも分からない。それを知ってか知らずか綾人が応える。


「アホか! そんなもんとっくに気付いてるよ。クソカスが!!」


「ははは! あくまで僕を人と、一個人とみなすのかい? やっぱり良いね綾人は、この戦い君の勝ちだ。だからこそこのまま生きていてほしいよ君には。じゃあ、アディオス~!」


 世界を翻弄し続けた男は実にあっさりと消えていく。

 今、走ればベルゼが消えた空間の切れ目へと潜り込めるだろう。だが、潜り込んだ先で、入り込んだ先が本当に何があるか分からない。


 視認できるのは、ただただ黒が広がるばかりの空間だ。


 ベルゼの言う通りに本当に死ぬかもしれない。どこかの世界に飛ばされるかもしれない。二度と故郷の地を踏めなくなるかもしれない。

 誰もが直ぐに飛び込むことを躊躇う場面である。

 

 ベルゼを逃せばまたこの地に戻り悪逆非道を繰り返すかもしれない。であれば空間の切れ目に飛び込み追いかけた方が良い。

 だが、世界を救った救世主にそんなことまで望むのは酷である。

 綾人らが押し黙る中でも、歓声がやむことはない。空間の切れ目が徐々に小さくなっていく。

 

 それぞれの顔に悔しさが滲む。美桜は堕天を解き、努めて明るい声で綾人に話かけようとした時であった――。


「うし! じゃあサクッと行って、ブッ飛ばしてくるかな!」


 綾人は何事もないかのように、まるで散歩にでも行くように足を進める。

「え!?」と美桜が動揺した次には「そうね」とティターニが続き「どこまでも共に行くさ」とブットルも後を追う。


「ちょっと、待っ――」そう止めようとした時には――「いくぞ皇帝邪竜のルード様についてこい!」とルードが叫び、「この機会を逃すべきでないよね!」何の疑いもなく凛が続き「全く綾人はどこまでも私の好奇心を刺激してくれる、最高の婿だな」とサギナが続いた。


 美桜から見れば異常とも言える行動であった。

 命が惜しくないのか? 死ぬのが怖く無いのか? どうしてそんなにあっさりと危険へと足を進められるのか?

 綾人も、ティターニも、ルードも、ブットルも、凛も、サギナも、誰もが笑い、軽口を叩きながら歩を進めて行く。

「待ってよ!!」あまりにも事の重さが分かっていない綾人達の行動に、美桜は動揺と激昂が混ざったよく分からない感情で叫んだ。


「どうして行くの? もう帰ってこれないかもしれないんだよ? あそこの、黒い空間に入ったら、死んじゃうかもしれないんだよ! みんなは凄い戦ったよ。アイツを逃しても誰も文句言わないよ! だからもう休もう。お願い行かないで!!」


 美桜は叫ぶ。力の限りに叫んだ。共に戦った者を労うように、博愛の彼女らしくこれ以上の犠牲は望まない。

 だからここに残ってほしいと叫んだ。願いを受けた綾人はいつものヘラヘラした態度を引っ込め、真剣な表情で美桜を見返す。


「美桜、悪りぃ。それはできねぇよ、あいつはどんなことがあっても俺がケジメつけなきゃならねぇからよ。だから俺は――いや、俺らは行くよ」


 その言葉は美桜にとっては胸が張り裂けそうなほどに苦しい言葉だった。

 綾人の言葉は真剣であり、自分の行動に仲間たちが同行すると分かっているからこその発言であった。それを受けて仲間の皆は満足げに肯き「先に行くわ」と告げ黒黒とした空間の裂け目へと歩んでいく。


「よかったら、一緒にくるか? ちょっと先の見えない旅になりそうだけどよ」


 綾人は美桜に手を差し出す。その手は本当に軽いノリであった。

 この先どんなことがあっても、俺らはブッ潰すだけだからよ。そんな学生の軽いノリの面持ちで綾人は美桜を見つめる。

 美桜は泣き出しそうな顔となる。その手を掴もうとおずおずと手をだすが、どうしても綾人の手を掴めずにいた。でも一緒に行きたい。

 隣で戦いたい、でも――怖い。という思いが綾人の手を掴めずにいた。


「綾人!!」


 ティターニの叫ぶ声で美桜は身を固くし、中途半端に差し出した手を引っ込めてしまう。

 空間の裂け目は徐々に閉じ切っていく。その直ぐ横でルード、ティターニ、ブットル、凛、サギナが待機していた。

 美桜が手を下げたということはそういう事である。綾人は笑顔でそれを受ける。


「あ! そうだ、もし日本に帰れたら、莉乃に――俺の妹に伝言頼むは、ちょっと寄り道して帰るって。じゃあな美桜! 元気でな!!」


 綾人は美桜に背を向け走り出す。

 美桜は手を伸ばすが、綾人を掴むことはできなかった。


「綾人君!!」


 背中に呼びかけると綾人は照れ臭そうに手を上げた後、仲間達と共に、空間の切れ目に飛び込み姿を消した。


 ——本当に飛び込んだ。美桜が最後に縋ろうとした希望を、綾人はあっさりと蹴飛ばした。

 

 その直後に空間の切れ目も消えると、そこにはただの風景が広がっていく。

 美桜の耳には世界が救われた歓声が届く。

 そこでようやく――世界を救った救世主がいなくなったのに気付いたのは自分だけなんだ――という事実に気付く。

  

「カッコつけすぎだよ――バカッ」


 その声と涙は誰にも届くことなく、地面に落ちた。

次が最終話です。

これまで読んでくださった方、アザマルです!!

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