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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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心臓の音


「そんなに見つめられても、神は困っちゃうな~」


 骸骨マスクが外れた神の顔は、空上綾人によく似ている。

 瓜二つというわけでは無い。若干の部分などは異なるが、初見で見た瞬間は瓜二つと見間違うほどそっくりであった。


「綾人」

「相棒」


 仲間達の困惑した声が届く。

 綾人はそれを全て無視していた。

 感の良い男であるが故に、頭の回転が早い男故に、いく筋もある選択肢から最も可能性の高いものを選び言葉を発する。


「爺の体は使い心地がいいかよ、クソベルゼ!?」


 その言葉は第三者からすると全くもって要領を得ない。

 聡明であるティターニやブットルでさえ綾人の発言には何もとっかかりを見出せない。

 分かっているのは綾人とベルゼのみ。

 綾人の言葉にベルゼは特段表情を変えるなどの行為はなかった。ただいつものように応える。

 

「想像に任せるよ。綾人キュン」


 似た顔のものが見つめ合う。二人の会話はそれだけであった。

 綾人から発せられた爺という言葉で深読みをする者もいれば、思考を投げ出す者と様々であった。

 

 動揺が広がっていくのは誰が見ても感じられた。

 神に抗う少年は実は神の手先なのではないか? と勘ぐる者も現れ始める。

 だが綾人がやることは変わらない。周囲の動揺など関係ないとばかりに大声で叫んだ。


「みんな頼む! 俺一人じゃこいつをブッ殺せないからよ、俺がこいつに勝てるように、また力貸してくれや!!」


 その言葉と共に綾人は神に向かって走り出す。

 

「多くを語らないのはキミの美徳かもしれないね、綾人。だがどうだい。そんな言葉一つで疑心は晴れるのかね?」


 ベルゼの言葉は的確である。ティターニやルードといった仲間たちは疑う余地なく綾人に想いを託していく。

 同じく異世界召喚されたクラスメイトも同じく想いを託す。マグタスが光の王子が、教師の小野小梅が綾人と馴染みのあるそれぞれが想いを託す。

 だが、神と同じ顔を持つ男の不信感は拭えていない。生き残った騎士団員は迷い、想いを託せないでいた。


 皆の応戦が得られないまま綾人は神へと挑む。

 駆ける勢いをそのままに拳を繰り出す。神は回避せずに受ける。

 拳は頬にめり込むが、先のように吹き飛ぶまでには至らない。

 

 それを受けて神はいやらしい笑みを浮かべ、綾人へと反撃する。

 神の攻撃は至ってシンプルである、ただただ腕を振るうだけだ。前段階の動きもなく、ただデタラメな一撃。それでも受ければ戦闘不能と避けられない。

 それが神が神たる所以の一撃。


 神の腕の一振りを綾人を屈んで回避。しっかりと大地を踏み締めたまま、ガラ空きの左脇腹に渾身の一撃を叩き込む。

「ハハハハハッ!!」と神の笑いが響く。 ダメージは与えられていない。まだまだ綾人へ託す想いが足りていない。

 綾人はギリと歯噛みしさらに拳を叩きつけていく。


「いや、全く恐れいるよ。そのしつこさは本当にそっくりだよ!!」


「そりゃどうも! しつこさと変な女に引っかかるのが空上家男子の特徴なんだよ!!」


 神の拳が綾人の肩口に直撃する。人の体では直ぐに吹き飛んでしまうが龍の鱗がそれを阻止、だが肩口が大きく抉れてしまう。

 衝撃と痛みで足元がよろけてしまう。直ぐに神は追撃の一手を繰り出す。

 顔面に迫る一撃を受ければ顔が吹き飛ぶのは明白。何とか回避しようとするが間に合わない。


 あと一歩で直撃という所で抉られた肩口が瞬時に回復。体の動きを取り戻した綾人は神の拳を仰け反って回避。

 体を逸らした状態で空を一瞬だけ見る。

 そこには綾人の体に超回復を施す美桜の姿があった。二人は目配せして一瞬だけ笑い合い。直ぐに戦闘に戻る。

 

「テメェが爺とどういう関係かなんてどうでもいいけどよ! 爺のケジメは俺がつけてやんよ!!」


 空上ジンによって託された想い。複合街ミストルティンで家族を殺された者達の想いが拳に宿る。

「オラァァァ!!」綾人は腰を下ろし。右足を踏ん張る。肩を入れ、前腕を勢いよく前に出す。全身に入れられた力ではなく、拳が当たる瞬間に全ての力と想いを込める。

 ベルゼはまたも防御を無視して拳をくらう。顎に直撃した一撃は膝を崩す。


 直ぐに距離を詰め、ベルゼの頭部を掴み下に引っ張る。と同時に素早く膝を上空に突き出す。

 綺麗に決まった膝蹴りでベルゼは鼻を潰される。

 そのまま仰反っていく体に拳の連打を放つ。顔、肩、胸、腹部とあらゆる箇所に拳を入れていく。 


「流石にちょっと痛くなってきたよ。無駄だと分かってても向かってくるその姿勢も、賢狼(・・)にそのものだ!!」


 綾人の連打は神が阻止する。強力な腕の一振りが腹部に直撃する。内臓が潰れ、骨が折れる痛みが綾人を襲う。さらにもう一撃が加えられ、腹部には大きな穴が開いてしまう。

 いくら龍の体とはいえ、美桜の回復があるとはいえ、痛みはある。

 体には穴が開くという痛みは並の精神では耐えられない。そのまま倒れても何ら不思議はない。


「――そりゃ俺は爺の血を継いでっからな! んなことよりさっさと死ねや!!」


 空上綾人は倒れない。自身の傷よりも痛みよりも皆に託された想いの全てを拳にのせ、神を倒さなければならない。

 激しい咆哮を上げる。そして神もまた咆哮を上げ始める。それは与えられる痛みが徐々に強くなっているからだ。

 

 理由は簡単である。

 

 綾人の必死な姿が、自身を犠牲にしてでも神を討つその姿は見ている者の心を動かしているからだ。 

 戦いを見守る誰もが綾人へと祈っていく。神を倒せと想いを託していく。

 

「ははッ――結局、僕は、どこまでいっても、こういう役回りってわけかい――」


 綾人から繰り出される痛みはとどまることをしらない。徐々に痛みが募っていく。

 それは最初に一撃をくらい吹き飛んだ比では無い。これもまた理由は明確であった。


 ベルゼは視線を空に向ける。何を見たのか? それは空に映し出された映像である。

 天使の襲撃によって混乱した世界。抗う為に武器を掲げる世界。それらを映し出していた映像は、今は別の様子で溢れていた。


 ――この世界の全てがキミの味方なんてズル過ぎないかい、綾人?


 世界中の人の全てが、綾人へ想いを託す為に祈っていた。人族も亜人族も精霊族も海人族も地底人も。異世界転移したクラスメイトも、生き残った魔人も全てが綾人へと祈りを捧げていた。

 この戦いを見守る者たちが綾人へに祈るようにと、神を倒す為に力を貸してくれと、伝達魔法を使い世界中に呼びかけていた。魔法という不確かなモノを使えない綾人がを魔法によって助けられていく。 

 

 人類の希望が綾人の背中を押し、拳を握らせる。

 笑んだあとにベルゼは視線をきり再び綾人を見つめ直す。


「神に抵抗するなんて! 悪い奴らだ、全員殺してやる!!」

「さっさとくたばれ!!」


 殴り、殴られ、掴み合い、また殴り、殴られる。そして互いに怒号を飛ばし合う。

 技も魔法も無い。単純な殴り合い。それは十代の少年の殴り合いに見える。それこそ不良同士の殴り合いに見えてくる。

 一撃、一撃が双方にとって大きな痛みと傷を伴う。

 両者は僅かに距離をとり、両の足で踏ん張り、ボロボロの体で見つめ合う。ベルゼも綾人も満身創痍であった。


 互いが直感的に感じた。次の一撃で最後になると、いくら体が回復するといってもそれは永久ではない。

 綾人の体もベルゼの体も既にその限界を超えている。世界の理を外れた者同士の攻撃とは時に理論を超えていく。


 綾人は拳を握り駆けていく。ベルゼも同じように駆ける。

「相棒!」「綾人!」「王子!」「婿!」「空上君!」「英雄!」「世界を救ってくれ救世主!」

 

 仲間達からの声援を力に変え、世界中の託された想いを拳にのせ渾身の一撃を放つ。

 ベルゼも拳を繰り出す。自分の存在を肯定するように叫ぶ。何故自分という存在がいるのか? 

 何故世界を滅ぼそうと思ったのか、何故神になろうとしたのか? ベルゼ自信でも解のでない問は拳に迷いを生じさせる。


 拳同士はかち合い、大きな衝撃が大気を震わせ、地を揺らす。

 

「アァァッァァァァァァァァァ!!」


 綾人は叫ぶ。喉が張り裂けばんばかりに叫ぶ。体は軋み。油断すれば神の圧力によって膝を崩してしまいそうになる。

 ベルゼによって押された拳を負けじと押し返していく。自分の傷などどうでもいい、託された想いでこいつを倒す。その執念が具現化していく。


「神の僕が押し負けるなんて、あってはんならないよ!!」


「うるせぇ!! ボケェ!!」


 綾人の拳が徐々に神の拳を押していく。神の形相は必死となる。神の敗北などあってはならないと、力を込めるが綾人の拳はびくともしない。


「|これが俺らみんなの力だ《天上天下唯我独尊》!!」


 叫びと共に綾人の拳が神に届く。多くの強者を屈服させた拳が神に届いた。

 神は奇声を上げながら直撃を受けると、大きな体を回転させながら地面に叩き込まれる。地面が陥没しても綾人は拳を引かない。叫びと共に何度も神に拳を叩き込む。二度、三度、四度、と何度も。

 

 何度目かもわからない程に拳を叩き込んだあと、ようやく綾人は力を抜き立ち上がり、神を見下ろす。

 綾人の拳はひしゃげ、血がしたたる。親指と小指以外の指は原型を無くしていた。数カ所から骨が飛び出ている。


 それほどの威力で叩きつけた相手は立ち上がる気配は無い。

 純白であった白い羽根は汚れ、顔の原型はほぼ無い。体も肘などは曲がってはいけない方向に捻れている。体はピクリとも動く気配が無い。


 人類が神に勝利した瞬間が訪れた。


 シンと静まり返る中で綾人は荒い呼吸を繰り返す。

 自分の心臓の鼓動がうるさい。耳の鼓膜がイカれたと思えるほどに自分が生きている実感の音が煩わしかった。

 動かないベルゼを見て、ようやく綾人は大の字に倒れる。


「やったよ。みんな。爺ちゃん」

 

 そう呟いた自分の声すらも今の綾人には煩わしく感じた。

 

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