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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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もう一度



「生意気だ!! 神の意向に逆らうなんて!!」


 滅びゆく人の足掻きなどどうでもよい、さっさと死ねばよいものをどうしてそうならないのか。神は自分の思い通りに進まないことに苛立ちを露わにする。


「ん? こっちでも!? なんなんだよ本当に!!」


 神の苛々は止まらない。今度は別の映像を睨み、また指を鳴らすとそこに映し出されている音声が再生される。

 それはミストルティンと違った。争う音が一切なく静かであった。だが静寂の中に死の音が含まれていた。

 


「ふふ。空は我々精霊族の領土。神の使いの天使が悠々と飛んでよい場所ではない」


 静かな空間に凛とした声が響く。

 闇色の空に極彩色の羽が並ぶ。緑色の風の刃が舞うと、飛ばされた天使の首の数々も並ぶ。


「さて、この戦いはおそらくあの方々の戦いでしょう。であるならば早々に力にならねばいけません」


 精霊族の代表。風のエアリアは静かにそう告げた。

 空の只中で羽を広げ漂う彼女は、変わらずに美しく、気品がある。 

 エアリアの美しさに導かれるように、天使の軍勢が空を漂う。


「エアリア様。ご命令ください。このサラマン、いかな命令であろうとこれらを消炭にしてやりましょう!!」


「そうね。皆も用意はいいか?」


 エアリアの横に浮かぶ赤い髪が特徴のサラマンが大きな火蜥蜴となり火炎を吐く。それだけで天使に軍勢が炎にのまれていく。

 それを見届けたエアリアは同じように空に浮かぶ精霊に戦いの確認をおこなう。


 精霊達は明確な敵意をもって、世界を、天使を睨む。

 その姿にエアリアは頼もしさを感じ宣言する。


「あの方々が戦っているのです。精霊族を救ってくれた恩を返すには今しかない。皆、私に続け!」

 

 エアリアが天高く叫ぶと一斉に精霊族の面々が、空に蔓延る天使を一掃する為に動き出す。


「こちらは任せてください。ですので、どうかご無事で――」


 数秒ほど精霊神ルミスに祈りを捧げるエアリアは、大規模な魔法を展開し天使の群れを駆逐していく。

 せめて空の脅威を排除し、あの方々の助けになれるようにと暴風を巻き起こす。




 上空では多くの精霊が羽ばたいている。極彩色の翼が数多く広がる様は、さながら満天の銀河にも見える。


「ふん。生意気な――」


 その様子を見て鼻を鳴らす人物がいた。それは地上。


「空で暴れるのは勝手だが我々の上を行き交うのは納得できかねるな」


 亜人帝国の一角である。そう発言したのはバスクード元帥。

 とても老齢とは思えぬ声の張りと若々しい見た目。虎の目は鋭く天を睨む。

 纏う鎧と握る宝剣には天使の残骸がこびり付いており、それを煩わしそうに振るう。


「こんなみょうちくりんな白い生き物など、優秀たる亜神精鋭部隊がいれば事足りるというものだ」


 宝剣を握る手に力が込められていく。逆の手は天使の生首を握っている。


「元帥。精霊族との良好な関係は皇帝が望んでいることですよ。滅多なことを言うもんじゃない」


 窘められたバスクードは再び盛大に鼻を鳴らし、視線を移動させる。


「ふん。分かっておるわ。貴様も言うようになったな――ガリオ」


 バスクードに注意したのはブットルの親友、獅子人ガリオ。

 そして亜人帝国は軍隊だけでなく民間の戦える者達も戦闘に参加している。その中にはティッパの姿がある。


「水王もきっと戦ってる! だから、私たちも戦うよ!」


「「「「「はい! ティッパ先生!」」」」」


 今や多くの門下生を抱える立派な道場となった古巣の姿を見て、ガリオも負けじと戦いの場に赴く。


「ふん! 勇敢なる亜人族よ! 今こそ我らの力を示そうぞ!!」


 バスクードの大声がより、戦いを激しいものへとしていく。



「エアリア――みんな!」


 精霊族の姿を見て、凛は立ち上がる。

 ここで倒れたままの自分では、精霊達に顔向けできないと、傷ついた体を動かす。


「こんな姿、彼奴らにドヤされてしまうな、なにより、師匠に顔向けできん!」


 ブットルもまた強引に立ち上がる。体から流れる血など関係ない、水王の名に恥じぬよう、ガリオとティッパに負けぬよう。なにより師と誓った約束を果たす為に。

 立ち上がった三名を神は胡乱な表情で見つめる。弱者がいくら足掻こうがどうということはないのだが、絶望してくれなければつまらないからである。

 

「ここまで抵抗されるとさぁ、いい加減、ムカついてくるね――」


 神の怒りは如実に積もっていく。圧倒的な絶望を前に屈しない世界、抗い続ける人々。映像の中では徐々に天使を押し切る場面も現れ、煩わしそうに神は指を鳴らす。



「次、二の剣を中心に左側から押さえ込め、この天使の群れは知性が無い。戦略的に押し切るぞ!!」


 それは海国である。

 長い黒髪を翻らせ全体の指揮をとる美しい女剣士とそれに従う愛らしい女剣士が、大勢の憲兵と共に天使を返り討ちにしている場面であった。

 海国軍事の頂点である五剣帝一の剣ナレン・ビデンと二の剣サマリ・ビデンを中心に息の合った連携で天使の侵略を食止めていた。


「訳の分からぬ白い奴らに、新たな海国をヤらせるものか! 私に続け!!」


 不動のナレンが一刀すると、纏めて数十体の天使が土塊に変わる。

 それを合図に一気に攻める憲兵達。


「お姉ちゃん!」


「サマリ! おそらく英雄殿も戦っているだろう。我らは我らのやるべきことをやるぞ!」


「はい!」


 海国は一致団結してこの世界の脅威と争っている。その姿は映像を見る者達に大いなる励みとなる。



「くっくっくっ。私としたことがどうしてこのうような場面で膝をついているのか、これこそ待ち望んだ命を削る戦いではないか」


 生き生きとした海国の剣士の姿に活路を見出したのはサギナである。

 望んでいた死闘に向き合える喜びから、傷や痛みなどを無視して立ち上がる。


 天使の軍勢に争っているのはミストルティン、精霊族、亜人帝国、海国だけではない。

 映像に映し出されている全ての人々が滅亡に争っていた。そこには滅びかかった人族の姿もある。皆、必死に生きようと戦っていた。

 その姿は、神の前で屈する戦士達に活力を与えるには十分過ぎるほどであった。


 一人立ち上がる。そしてまた一人が立ち上がる。

 そうして、負けてなるものか。神の気まぐれで世界を、この世界に暮す人々を葬ることなどあり得ないと、反撃の意思を示すように戦士が立ち上がっていく。

 勇者が立ち上がる。光の王子も立ち上がる。仲間が立ち上がる。騎士が戦士が立ち上がる。もう一度神に挑む為に。


「はぁ? 君たち、なにその顔? 人ってのはもっと絶望が似合うんだよ」


 映像から目を離して周囲を見た神は反逆する人々の姿に限界を超えた怒りを覚えた。

 神を睨む人類と人類を睨む神。

 その拮抗を破ったのは、ティターニの言葉であった。


「綾人。いつまで倒れているの? 早く立ち上がりなさい。あなた以外全員立っているのよ」


 いつものように厳しい口調であった。

 だがそれがティターニの優しさでもある。

 そして言葉通り、綾人以外の皆がもう一度神と戦う為に立ち上がっている中で、綾人だけが唯一倒れたままであった。


「ははっ! 綾人はもう立ち上がれないよ!! この僕が! 神たる僕が徹底的に痛めつけたんだかね!!」


 ティターニの言葉を砕くように意気揚々とベルゼが声を荒げる。

 綾人はこの時、ティターニの声にも、ベルゼの声にも反応せず、ある一点を見つめていた。

 それはベルゼが空に映し出した。現在の世界の映像。



 山中である。

 人が寄り付かぬような深い山。


 その中を一人の少女が走っていた。

 日の光が一切無い山はただでさえ気味が悪い。そんな中を年端もいかない、十代にも満たない少女が裸足で走っている。

 体には古い暴力の傷痕が無数にある。本来であれば可愛らしい少女のはずが、その傷によって痛々しく見える。格好は薄汚れた布切れが一枚。


 少女は奴隷であった。世界が混乱している隙をついて奴隷館から逃げ出した最中で、天使に見つかり山中に逃げ込んだ。背後から迫る天使の数は三。捕まれば一瞬にしてその命は散ってしまうだろう。

 死ぬと分かっているからこそ息を切らせながら、少女は必死に逃げる。涙も鼻水も垂らしながら逃げる。

 だが少女の体力ではいつまでも逃げ切ることはできない。疲労で足がもつれ地面に転んでしまう。

 

 天使はここぞとばかりに距離を詰め、少女を消し去る為に手を伸ばす。

 目の前に迫る恐怖に少女は尿を漏らす。顔が強張りもうダメかと、いっそ自分で楽になる為に舌を噛みちぎろうとした瞬間であった。


 ――赤々とした炎が突如として天使を燃やしていた。


 山あいが灼熱で包まれていく。

 強力な炎によって、三体いた天使は瞬時に灰になって消えていく。

 

 ――カチリ。と納刀の音が響く。少女は自分が助かったと気付くのに少し時間がかかった。

 

 背後に気配を感じた少女は、助けてくれたであろう人物を見上げた。

 隻眼の女であった。

 剣士のような格好であり瞳は赤く、中心は水色。どこか無機質な魚の目を彷彿とさせる。もう片方の目は黒い眼帯によって隠されていた。

 少女は女に見惚れていた。立ち姿から強者の風格が漂うが、どこか気品にも似た何かを感じたからである。


 二人はしばらく見つめ合っていたが、それは空に現れた天使の大群によって終わる。

 その数はおびただしく、闇色の空が白くなるほどの大群であった。 


「ヒィ――」と少女は女剣士の足元にしがみつく。あんな大群どう見てもかなうはずがない。今度こそ自分は死ぬんだと思った。

 そんな少女を他所に女は空をジッと見つめる。

 

 やがて天使の軍団が少女と女剣士に気付き、二人を葬る為に動き出す。


 少女はより一層、女剣士にしがみつく。それを見るともなしに見た女は落ち着き払った深い呼吸のあとに抜刀した。

 燃え盛るような赤い刀が瞬時に引き抜かれると、空一面が紅蓮に変わる。


 まるで天使を焼く地獄の業火であった。炎は赤から白色に変わり、より熱を高めていく。 

 蔓延っていた天使が瞬時に炎に焼かれ消えていく様は、極小の太陽が空に落ちるようであった。


 空を覆っていた天使が一切消えていた。脅威が一瞬にして去った様子を信じられないといったように、空と女剣士を何度も見る少女。

 女剣士は刀を鞘に納め少女に目をやると、僅かな感情の揺らぎが赤い瞳に宿る。


 二人はしばらく見つめ合ったあとに――「あっ、あう――い、あお――」と少女が口を開く。

 言葉を正しく教わっていない為か、お礼の言葉が喋れずに、ペコペコと頭をさげ感謝を伝える。

 それからどうしてよいか分からずに、もじもじとする少女、次には安心と空腹の為が腹の虫が鳴る。

 聞かれたことが恥ずかしそうに腹を抑える少女。

 

 女剣士が少女の純な仕草に顔を綻ばせ、僅かに逡巡した後に少女に向けて手を差し伸べた。

 

 ——良かったら。一緒にご飯をたべませんか?


 差し伸べられた手を少女は花のような笑顔で掴む。

 二人は手を繋ぎながら山あいの中を歩いていく。



 

 綾人が見ていたのはそんな映像であった。

 おそらく誰もその映像は見ていないだろう。皆が再度の戦いを挑もうと神を睨んでいる時であったからだ。

 だから綾人だけが、女剣士と奴隷少女のやりとりを見ていた。



「――はん!」


 綾人の反応は盛大に鼻で笑うというものだった。

 女剣士と少女を映していた映像は切り替わり、別の村が映し出されていた。そこもまた天使に屈しない村人達の姿であった。

 もう一度「――はん!」とこれみよがしに鼻を鳴らし、痛む体を動かし出す。

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