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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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恐怖と勇敢


 ――あれ? 俺、どうなったんだっけ?


 意識がまどろむ中で空上綾人はそう思考する。

 ぼやける視界ではなにがどうなっているかも認識ができない。それでもやんわりと記憶が戻っていくと、己の状況に気付く。


 ―― 確か、ベルゼと、そうだ! 俺は! ベルゼに負けて――


 ハタと気付くと同時に視界と思考がゆっくりと明瞭になっていく。

 

 己が倒れていることに直ぐに気付く。起き上がろうとしても一切の力が入らない。

 視界を動かすと、遠くの方では同じように倒れる騎士団やクラスメイトの姿が見えた。空は相変わらず闇色を深めていた。

 耳がようやく機能し始めた時に「綾人!」と叫ぶ仲間の声が聞こえた。 


 ベルゼに負けてから、それほど時間が経過していないことが分かった。

 何故なら宿敵が直ぐ側で楽しそうに鼻歌を奏でていた。

 因縁ともいえる相手であるベルゼとの決着が、あまりにも不甲斐ない結果に終わり自分への腹立たしさが込み上げてくる。


 ――ブッ殺す! 


 激情と共に強引に動かぬ体で立ち上がろうと試みる。

 だが――「あれ?」――体は動いてくれなかった。それどころか僅かに震え、動くことを拒み続けた。


 ――おい! どうしたんだよ! 動けよ俺の体!!


 関係無いとばかりに動かそうとするが、それでも体はピクリとも動かなかった。

 焦りが綾人の心根を蝕んでいく。

 追い続けてきたベルゼが目の前にいる。奴を倒そうとこの異世界で足掻いてきた。今がそのチャンスだというのに、体がいうことをきかない。


 神による一撃はそれほどまでの威力であった。

 だが、これまでの綾人であれば立ち向かえただろう、現に死ぬ間際の事だって何度もあった。それがどうして立ち上がれないのか。


 答えは神となったベルゼを直視した瞬間に理解できた。

 動く目だけを使い宿敵を睨み付ける。その瞬間であった。


 ――あぁ、マジ、かよ。この俺が――。


 綾人は震える唇を噛むしめる。

 忙しなく動く心臓の鼓動が、よりその事態を大きく認識させていく。


 ――この俺が――。

 

 今直ぐにでも大声だし自分に喝を入れ立ち上がりたい。だが細胞がそれを拒絶している。


 ――この俺が、ビビってんのかよ


 綾人はベルゼに恐怖を抱いていた。

 今までどれほどの強敵にも屈せず立ち向かった空上綾人が抱いてしまった感情である。

 腕を斬り落とされても、足を切断されても、内臓を潰されても、果ては首を斬り落とされても、敵に立ち向かった男が恐怖した。


 心外であった。綾人自信が信じられなかった。

 いつものようにどんな強敵だとうと捻じ伏せるはずが、そう思ってはいるのだが、体が全く動かない。

 本人ですら知覚できない、心の奥の奥の真の気持ちの部分でベルゼの神たる存在、神たる一撃に恐怖を覚え立ち上がれなくなっていた。


 それほどまでにベルゼの強さは圧倒的であった。

 全ての力を超えた存在を前に、がむしゃらに向かう綾人の精神は酷く摩耗し弱りきっていた。

 自分の弱さに吐き気がしてきた。のまれれば負けだと綾人は分かっているがそれでも、体が拒否をしていた。

 

 圧倒的な力で綾人を下した神は楽しそうに小躍りをする。

 思い出がある玩具を、自らの手で壊せたことに満足しているようであった。


「さてさて、そろそろこの世界の終わりを迎えようかね~。世界の様子はどうでしょうか? 中継先の天使ちゃん達~」


 ベルゼはもう綾人に一瞥もくれていない。

 興味を無くした玩具は一切の執着が無く、空に映し出された映像に視線を向ける。

 それは悪魔時代のベルゼと何ら変わらない。


 綾人は意識だけはベルゼに反撃しようとするがどうにもならなかった。

 ただただ、倒れたまま空を見続ける。空に映し出される映像はあいも変わらずに天使が非道を尽くしていた。


 ――ちくしょう。


 唇から血が滲む。拳を強く握る。

 綾人は不甲斐なさで己を殺したくなるほど憎んだ。




 ベルゼはすっかり上機嫌であった。

 神を殺し、神となった瞬間に彼の悲願は達成したのだ。

 

 無限牢獄に眠る天使を解放し神へと続く道を切り開く。

 それには多くの魂の犠牲が必要であった。

 大いなる計画を企て、世界を騙し、欺き、侍らせて計画を実行した。


 ベルゼがどうして神になろうとしたのか。

 何故そのような事を企てたのか、今となってはベルゼしか分からない。 

 それは綾人を徹底的に負かせ、小躍りするベルゼの雰囲気からは全く読み取れない。

 

 いや、そもそもベルゼの浮かれ具合を見ると、どうしてそんな計画を作り実行したのかを忘れている節がある。

 それほど、楽しそうであった。


 空に映し出された様子をフザケタ様子で確認する神。

 そこには予想だにしない映像が映し出されていた。


「って、あれ!? ちょっとちょっと!! どゆこと~!?」


 神は自分が思い描いていた未来予想図とかけ離れた映像に、思わずオネエ言葉となった。

 天使による人類への攻撃は通常通りである。多くの者が天使に命を刈り取られていた。

 

 だが、それだけではなかった。


「こいつら何なの!! 生意気~!!」


 映像を指差した神は二度目のオネエを発する。

 そこには、天使に対抗する人類の姿が映し出されていた。

 天使に剣を向け、弱気を助け、連携し、国を、街を、村を守る勇敢な戦士の姿があった。

 神はプンスカと怒りながら戦いが激しい映像の一つをマジマジと見やり――パチリ――と指を鳴らすと音声が再生された。


 戦の音色が一斉に無限牢獄に響く。命のやりとり。怒号、叫び、断末魔。爆撃音、魔法が発動する音。戦争の音だ。


「いけ~! この連中にミストルティンギルドの底力を見せてやれ~!!」


「おぉ~!!」


 その中で、一際大きな声で激を飛ばす声とそれに応える声が四方に響く。

 戦いは苛烈であった。天使はその圧倒的な数で制圧にかかろうとするが、人類側は息の合った連携でそれを阻止する。 

 その場所は綾人、ティターニ、ルードにとっては馴染みのある場所、ミストルティンである。

 天使を迎え討つのはもちろんミストルティンギルドの面々。

 

 先ほどの仲間を鼓舞する激は、いまやミストルティンギルドの顔役である海人族のルルフ。

 ルルフの指揮により一期団結となったギルドの面々は、圧倒的な天使の量にも怯まずに向かっていく。


「オラオラ!! ミストルティンの恐ろしさを白い羽虫共に教えてやれ!!」

「こんなもんあの時の魔物の大群に比べたら屁でもねぇぜ!!」

「そうだそうだ! あん時に比べりゃこんな羽虫共カスだカス!!」

「あ~ん! お前あの魔物の大群の時、真っ先に逃げただろうが!」

「そういうお前だって、美味しいところで戻ってきて、大して活躍してねぇだろうが!!」

「なんだと!!」

「あぁ! やんのかゴラァ!!」


 仲間内で鼓舞していた筈がどうしてか互いの悪口に変わり、それが大きくなり仲間内でガヤガヤと粗野な野次が飛び交う場面は、非常にミストルティンらしいといえばらしい。


「こら~そこ! 仲間割れしてないで、ちゃんと敵を倒してください!!」


 仲間内でのやり合いが激しくなる前に後方から指導が入る。

 そこにはギルドの職員マテラ・ルトの姿があった。

 彼女は安全帽を被りながら後方で戦う者の支援をしていた。

 マテラだけではなくギルドの職員が、ミストルティンの街全体が連携し、この窮地を乗り切ろうとしていた。


「うひ~! マテラちゃんに怒られちまった。最近彼氏ができたから大人しくなったかと思ったのによ」 

「それな。子供みたいにキャッキャッ言ってな。いい歳した女がバカみたいだったけど、昔は可愛げがあったのによ~」

「確か彼氏ってあれだよな? ギルドの——」


「そこ!! いい加減無駄な話はやめてとっとといけ!! 皆でこの街を守るんでしょ~が!」


 マテラの憤怒にギルドの面々は「へいへい」とこれ以上は藪蛇にならぬよう武器を掲げスタコラと戦場に向かっていく。

 ――フン。と盛大に鼻息を出すマテラはあの頃よりも伸びた髪を払う。その仕草はどことなく暴蘭の女王を彷彿とさせた。


「そうだ! 若い兄ちゃんに守ってもらった街だ。そうそうにやらせるかってんだよ!!」


 再びルルフが大声を張り上げ天使を威嚇する。手にする得物で次々と群れを駆逐していく。


 その映像をただ黙って見つめていた人物が「立派ね――」ポツリと呟いた。

 ティターニである。長らく住んでいた街の住人が戦っている。

 なのにどうして自分は倒れているのか。

 ――情けない――ティターニは痛む体を無視して立ち上がる。そしてマテラがそうしたように颯爽と髪をかき上げ、神を睨む。

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