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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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それすらも耳には届かず


「み、んな生きてる――?」


 それは勇者一行である奏真緒が声をかけた。彼女はこの状況をもはや別次元のこととして捉えている。

 それこそ人が踏み込んではいけない領域であると。神と名乗る大男はその圧倒的な力で人をねじ伏せていく。

 世界に名を馳せた者達が抗うことができずに屈する姿は、まるで巨悪に屈する戦士そのものだ。


 こうなれば時間を巻き戻そうと結果は同じである。結末は神の裁きによって淘汰されていくのだろう。

 それなら最後は仲間と共に――真緒自身はこのような考えは嫌うのだが、目前で超常の力をこれでもかと見せられればその考えになるのも仕方のないことだと割り切っていた。

 

 真緒の問いかけに弱々しく返答する仲間たちの声。それを聞き――良かった皆はまだ生きていたと安堵する。

 遠くでは教師の小野小梅や騎士団団長のマグタス、光の王子アルスの動く姿が見え、殊更安心した。

 だが、安心しても意味がない。だってこれから私達はきっと――どうにもならない感情に押し潰されそうとした時だった。


「真緒ちゃん! ゆっくり休んでて!」


 その時――全く絶望を感じさせない明るい声で励まされ、キョトンとしてしまう。


「み、美桜?」


 それは坂下美桜である。彼女は綾人以外でただ一人、暴れ回る神の暴力から逃れ無傷でいた。


「これからアイツをやっつけにいくから!」


 美桜のフンスと怒りを表す姿に――何をいっているのだろう? と真緒は単純に思った。

 この状況で、相手は神で、いくら堕天した美桜が世界の理から外れているとはいえ、相手はさらにその上をいく存在だというのが先の暴力で判明されている。

 勝負になどならないのが明白である。


「あ! もちろん私一人でじゃないよ」


 その考えを見透かしたように美桜は微笑み背を向ける。


「超心強い人と一緒だから! じゃ、行ってくるね!」


 去っていく美桜をただただ黙って見送ったあと、真緒は空上綾人の姿を見た。

 この状況のなかで、誰もが倒れて動けぬ中で、ただ一人で神と対峙する彼はさながら英雄譚の主人公であった。


 


「これで君以外は戦闘不能、頼れる仲間はもういない。神に抗うなど人として無理ゲー。それでも君は僕に向かってくるのかい、綾人?」

 

 皆は重傷を負い地面に倒れ何とか動く首と頭を使い、神とそれに対峙する少年を見つめていた。


「ハッ! むしろ好都合だわ。他の奴らを巻き込まずに全集中でお前をブッ殺せるんだからよ!」


 綾人にとってはいつもの喧嘩だ。いや、いつもとは違う。待ち望んでいた喧嘩だ。

 指の骨をこれでもかと鳴らす。睨む。拳を握る。そうしてベルゼの前に立つ。 


「色々言いたいことはあるけどよ。とりあえずよ、一回死んどけや!!」


 大きく振りかぶりベルゼの顔面に目掛け拳を振るう。

 竜となった鉤爪はこれまで幾多の敵を倒してきた絶対の一撃。


「無駄だよ」


 ベルゼは避けることもなくそれを受け入れる。

 顔面へと叩きこまれた拳は本来ならば相手を殺すことに長けた一撃だが、綾人の顔には渋面が貼り付く。

 ――チィ! と舌打ちを一つ。殴ったはずの拳に一切の感触がなく、空気に向けて降り出したような感覚であるからだ。


「僕は神だよ! 全知全能なんだ! そんな僕に攻撃なんか効くはずない! 魔法も! もちろん君の単純なパンチもね!!」


 いくら綾人の拳が龍の力を宿していても当たらないのでは意味がない。

 やみくもに拳を連打するがどれも意味をなしていない。


「さぁ、次は僕から攻撃しよう。耐えて頂戴ね!!」


 綾人の連打に飽きたベルゼが呟く。


「テメェ!! ブッ殺っ――」


 自分の拳が当たらず苛立ちで大声を出した瞬間であった。神が無造作に拳を繰り出す。

 それは綾人が今まで繰り出してきたような単純な右拳。空気を裂き、音を置き去りにするその拳は綾人の顔面に当たる。


 ―――――!!

 

 その一撃はこれまでとは別次元といってよい。一撃で戦闘不能にする確かな威力。

 それを直撃である。脳と体が揺れる。体が粉微塵にならないのが不思議な威力でる。二度と手足が動かなくなってもおかしくはない。並の人間であれば即死である。


「ヘェ~。神の一撃を受けても倒れないなんて、生意気、だ、ぞ」


 綾人は衝撃で体が揺れ、倒れそうになるのをなんとか耐える。

 意外といった雰囲気を出すと嬉しそうにニヤつくベルゼ。


「――ッ、テメェのヘボパンチ、なんて、クソほど余裕――だわ」

 

 龍と人の混じった体は神の一撃を耐えたが今にも崩れそうであった。

 膝が震え、肩が下がる。倒れてしまいそうな体を強引に止め強がりを吐き出す。

 

「あっ、そう? じゃあもう一発」


 緩慢な動作でベルゼが拳を振り上げる。


「調子、こいてんじゃ、ねぇぞ! ゴラァァ!!」


 ベルゼの拳に合わせるように綾人も拳を繰り出す。ボロボロで足元も不安定だがそれでも拳を繰り出した。

 だがそれが神の拳と比べるにはあまりにも脆弱。触れたと同時に腕が潰れ、後方に倒れていく。

 

 強敵の攻撃を幾度も受けた龍の体でも、神の前ではどうすることもできなかった。

 立ち上がろうとするが応えてくれず、ただただ敗北者となりはててしまう。


「ブッ、こ、——っ」呟くことすらもできず、綾人は大の字に倒れる。


 長い時間をかけて追った相手との決着としては、あまりにもあっさりと終わってしまった。

 神と対峙した少年の敗北に周囲で見ていた誰しもが顔を背けた。

 それを見る神は喜び、ニンマリという擬音が張り付く。


「え? え!? ちょっと! 綾人! なに倒れてんのさ!? どんな強敵にでも立ち向かっていく、それが君だろ? たとえ相手が神になった僕でもさ!!」 


「――ッ、う、こ——」


 声にならない声を上げながら綾人はゆっくりと起き上がる。相当な痛手である。


「ふらふらじゃあないか? そんなんで僕と勝負できるのかい?」


 それでも綾人は立ち上がる。両足は揺れ、体もフラついているがベルゼへと向かう。それが空上綾人である。どんなに窮地でも己の体が傷つこうとも立ち上がり敵と対峙する。


「――ブッ、コロ、すっ――」


「あっそ」


 立ち上がった綾人に対してベルゼはまたも容赦なく一撃を放つ。同じように無遠慮な腕の一振り。

 その威力は暴風が迫る勢いのようで直撃をする前の風圧で綾人は倒れかかってしまう。一撃は受けていないが、やっと立っていられる状態の者にはその風圧ですら脅威である。


「――あはははは! あはははははははっ!! はははっひひひひぃっ!!」


 諦めずに立ち向かおうとする綾人。立ち上がれずに転ぶ。弱った体が軋む。それでもこの戦いだけは、このベルゼという存在だけは許してはいけないという執念が綾人を何度も立ち上がらせる。

 だがベルゼにとってはその姿はよほど滑稽らしく、ただただトチ狂ったように笑い出す。

 

 周囲にはその戦いに介入することすら許されない観客と化した者達。

 ティターニが綾人を見つめる。その翡翠の瞳が激しく揺れている。

 ブットルも同じく綾人を見つめる。

 サギナも、凛も、ただ黙って綾人を見つめた。


 仲間たちだけではない。同じ転移者であるクラスメイトと教師。

 青峰斗真、奏真緒、古賀樹、七海アスカ、園羽真琴、貝塚翔、石巻寛二、小野小梅が綾人を見る。

 

 そして他の面々も光の王子アルス、騎士団団長マグタスも、マグタスに支えられながら白竜騎士シルヴァは気配を察しその方角に顔を向ける。

 魔人族の少女ウルテアも固唾を吞んで見つめる。

 多くの騎士団と地底人が綾人に視線を送る。

 送られた視線からは様々な感情がある。だがおおよそは一つの感情に集結されていた。


 ――頼む。あの神という名の悪魔を止めてくれ―― 。

 

 その気持ちを受け取る綾人の背中を苦楽を共にしてきたルードが押す。


「相棒~!! やっちまえ!!」


 皆の気持ちに応えるように綾人は拳を握り繰り出す。

 不格好でも何でも自分にできるのはそれだけだ。神だろうが何だろうが、皆の思いが募った拳で必ずベルゼをぶっ飛ばす。その気迫のみで立ち向かう。


「うぉぉぉぉっぉぉぉぉぉっぉぉ!!」


「―― はははははっ!! はぁ~あ、もう飽きたし、もういいかな?」


 だが思いは届かなかった。


 綾人はただただ神の気まぐれによって生かされただけだった。

 ベルゼの体が大きく膨らむ。それは今から繰り出す一撃が比べ物にならないと語っている。

 それでも綾人は止まることはない。拳を振るうだけである。


「さようなら、綾人――」


 鈍い音と共に綾人の体に神の拳が落ちる。

 空気を裂き、地を割るその一撃によって空上綾人は完全な敗北となった。地に倒れる姿は起き上がる気配すら無い。

 

「じゃあ、これにて終了。お疲れっした!」


 決着後の一言はベルゼのフザケタ一言で締めくくられた。

 それすらも意識を手放した綾人の耳に届くことはなかった。

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