表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
一章~その男巻き込まれ体質につき~
18/188

しっかりガードです。

「幸運とはまさに今この場をもって然るべき言葉だ」


 レットは袖口で鼻血を拭いゆっくりと歩き出す。仕立ての良い上衣を脱ぎ捨て、鍛え上げられた筋肉を外気に晒す。


 筋肉が脈動し生き物のように動き始める首、鎖骨、肩口の筋肉が大きく隆起し、まるで鎧のような形を作る。


 同じく胸部腹部も鎧を連想させる形状へと変わっていく。


 再び綾人の目の前に立つレットは、浅黒い鎧を纏った戦士へと変貌を遂げた。その姿を見た綾人の顔が引きつる。



 ――キ、キモい。



「先程の一撃は良い一撃であった。だがあれ程度では私は倒せんぞ」



「あっそ――」



 再び電光石火の拳がレットに迫る。重い風切り音に乗せた渾身の一撃、だが顔に当たる数センチ手前であっさりと止まる。止めたのはレットの掌。



「今のお前が私を倒すには少々の工夫が必要だな」



「何故受け止めた拳を撫で回す。お前マジでキモッ――」



 腹部への痛烈な一撃が、綾人にそれ以上の言葉を喋らせなかった。鉄の塊で殴られたような重い攻撃。

 

 拳を掌で包まれたまま体がくの字に折れる。あまりの痛みに胃の中身が吐瀉物として地面広がる。



「私の名前はレットだ。その魂にしかと刻め、これからお前が永遠と繰り返し叫ぶ名だ!」



 言葉尻に合わせ、もう一度レットは綾人の腹部に拳をめり込ませる。



「がっッ――」



 大槌でフルスイングされたような衝撃に思わず声が上がる。たった二回の攻撃により綾人の四肢には力が入らなくなり、手足をだらりとさせる。


 拳を掴まれたまま綾人の体を上へと引き上げるレット。大事な宝石を見るかのような目で綾人の顔を覗き込む。



「どうした? もう降参か。もっと楽しませっ……」



 ぴちゃという音がレットの頬から聞こえる。レットは目だけ動かし頬に飛ばされた唾を見る。ぬっ。と舌を伸ばし唾の一部を舐めとる。



「うわっキモっ! キモい、から離せよ、カス!」



 右足でレットの股間を蹴り上げ、次に左肘で顎先を振り抜く、両膝を上げ勢いよく足裏でレットの腹部を蹴りつける。


 掴まれていた右拳の拘束が解かれると同時に地面に着地し、拳の嵐を腹部に叩き込む。



「死ね! キモ男が!」



 連打を全て受けたレットの足が一歩後退する。ダメージがある事が確認した綾人は、もう一度拳を大きく振りかぶり頬に叩き込む。



「荒削りだが素養はある」



「くっそッが!」



 全力の拳はレットの頬に当たるが、 重心がやや後ろに移動したのみ。



「拳を相手に叩き込むには明確な意志が必要だ」



 レットが拳を大きく振りかぶる。咄嗟に両腕でガードするが腕ごと腹部を突き上げられる。体が衝撃に耐えきれず一メートル程宙に浮く。



「明確な意思とは例えば、相手を征服する為に絶対的な力を示す必要性だ」



 レットの言葉は宙に浮く綾人には聞こえない。そしてレットは。



「肉体への連撃とはこうやるものだ!」



 鳩尾、顔面、鳩尾、顔面、左太腿、右脇腹、左鎖骨、顔面、鳩尾、顔面。流れるような連撃が綾人の体から力を奪う。連撃の終わりは無造作に髪を掴み引き寄せられこう囁かれる。



「さすがにやり過ぎたか。では楽しもうか」



「あっ、がッ……」



 髪を掴まれたままズルズルと引き摺られる綾人。 レットが向かうのは豪奢なテント。これからの行為を思うレットの顔は、子供のように純粋でキラキラとしている。



「ッ……おいっ。くそ、キモ野郎っ」


 引き摺られながらも綾人は声を出す。レットが振り向くと。



 ぽふっ



 と綾人が履いていたブーツが顔に当たる。



「キモいから離して下さい」



 レットは手首を捻られるが離さない。予想済みの綾人は小指と人差し指を強引に掴み、曲げてはいけない方向に押し曲げる。


 レットの顔は一瞬歪み思わず手を離す。その隙に立ち上がり距離を取る綾人。レットは折れた指を見詰めながら再び笑う。



「じゃじゃ馬を馴らすにしては加減が過ぎたか」



「いや~。やっぱあれだな、やられながら休憩するもんじゃねぇな。休めたけど痛かったからプラマイゼロだな」



 強がりを言う綾人だが状況はあまり良くない。



 ――やべぇ~な……こっちの攻撃は効いてないようだし。なんかずっと勃起してるし、キモ男の一撃は重いし、なんか人のことキラキラした目で見てくるし。



 そこでようやくある事に気付く。



「おいキモ男! お前俺を何処に連れてこうとした」


 声を掛けられたレットは真顔のまま答える。



「寵愛をくれてやる場所だ」



「寵愛?」



「我が性を受けとれる事を誇りに思え。貴様が壊れるその時まで私が愛してやる」



 下なめずりをするレット。その姿に今までは生きてきた中で一番の鳥肌が立つ。



 ――こいつ、ガチじゃねぇか。



 退くことを知らない綾人は初めて一歩後退る。



「さて戦士にはそれ相応の対応をしなくてはな」



 レットが筋肉と股間を昂らせ綾人に一歩近付く。綾人は生まれて初めてタイマン勝負において「助けて」と願った。


 恐怖には恐怖だが全く質の違う恐怖に初めて弱音が芽生えた。



「いたぞ~! 魔物の大軍だ~!」



 だが弱音はその荒々しい叫び声と、次々と小高い山から此方の盆地へと走る、冒険者の姿によって消え失せる。



「おらおらおら! よそ者に街守ってもらうほど俺等は腐ってねぇ~んだよ!」



「行くぞ~! 金の為なら魔物の大軍なんざクソくらえじゃ~!」



「ガキ一人に任せるようなミストルティンギルドじゃねぇぞ魔物共!」



「うおおおおおおおおお! 死ね! 魔物共! 娘の仇だ!」



 冒険者の波が一斉に押し寄せ魔物の大軍と対峙していく。


 ある者は「金」。

 ある者は「守る」。

 ある者は「誇り」。

 をある者は「復讐」を口々に叫ぶ。


 更には冒険者では無い街の住人達もいた。彼等は盆地には降りず、小高い山から手投げ用の槍や手斧を魔物の大軍に投げ付ける。


 投げ付けられた武器に一瞬でも注意が反れた魔物に冒険者が迫り、武器を突き立て砂塵に変えていく。


 連携と呼ぶには余りに辿々しいが、それでも魔物を確実に仕留めていく。



「ブットル! 邪魔者を排除せよ!」



 激を飛ばすレットの真後ろの地面にじんわりと水溜まりが現れる。水溜まりから顔を出すのは蛙族ブットル。



「仰せのままに」



 それだけ言うともう一度水溜まりの中に沈み込む。ふと視線を感じブットルは綾人を見る。


 ブットルは綾人と目を会わせたまま、水溜まりの中に消えると、水溜まりもまた消えた。



「うおおおおおおおおお!」



 耳が張り裂ける程の怒号がレットと綾人の身を固くする。レットに影がかかる。


 次の瞬間には地面が深く削れる野蛮な音。地面を深く削ったのは大きな銛、瞬時に後退したレットは襲撃を躱す。



「構えろ! お前もミストルティンギルドの一員だろ。だったら根性を見せろ」



 土煙が舞う中で姿を現したのは鯨人のルルフ。縦にも横にも大きい海人族の鯨は、地面に突き刺さった銛を引き抜き堂々と構えに入る。



「鯨パイセン……」



 綾人は照れくさい表情でルルフを見る。主に脇部分を見る。


 大きな銅鎧を身に付けるルルフ。だが彼の防具には明らかに後付けされたような部位が一ヶ所目立つ。


 肩口周り正確には脇を包む様に取り付けられた箇所は、銅鎧と比べて妙に豪華だ。


 脇の下部分に至っては金色の合成繊維が何重にも重ねられ、何かを漏らさないように厳重に封印されている。



「俺の思い届いたんすね。鯨パイセン」



「ルルフと呼べ小僧。これはあれだ、たまたま防具屋で安売りセールしてたから買っただけだから。決して大枚叩いて特注で作らせたわけじゃないから。たまたまだから。本当にたまたまだから……」



「いやそんな必死に言われると逆に何も言えなくなるわ」



 綾人は首を動かし魔物達と戦う冒険者や、山から応戦する街の住人を見る。



「別にクソガキ一人を助ける訳じゃねぇ。金と復讐の為、それから街を守る為に戦ってるんだ。勘違いすんなよ」



 ルルフの言いぐさに思わず綾人は苦笑する。



「別に頼んでねぇし、もうちょっとでコイツら全員殺せる所だったし」



 綾人の減らず口を聞くルルフもまた苦笑する。


「相棒~! 無事か~!」



「ルード!」



 ルードは小さい羽を動かしながら綾人に近付き頭の上に乗る。


「この野郎! 心配させやがってボロボロじゃねぇか」



 ルードは小さい手で綾人の頭をペチペチと叩く。



「いてぇよルード、話は後だ! まだ敵の大将が目の前にいんだから!」



「あれ? ティターニはとご行った真っ先に向かった筈なのに?」



「聞けよ愛玩邪龍! 早く離れろって!」



「おめぇら無駄話はそこまでた」



 ルルフが前を睨む、土煙が完全に去るとレットは此方を睨み短く呟く。



「演出にしては少々過ぎるな」



 次には暴力の塊が綾人とルルフに迫る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ