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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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第三の壁を越えたもの


「これも、クソベルゼの計算だとしたら——」


 周囲が喧騒に包まれる中で空上綾人は思考する。

 確証はないが確信はできた。この状況は、この誰しもが混乱で正常な考えに至らない今の瞬間こそがベルゼが最も好むものだと。


「サンキュー美桜! おかげで頭スッキリしたわ。あの状況で俺にタックルって、やっぱお前って根性あんな!?」


「へへっ。どういたしまして」


 美桜は満開な笑顔で綾人に応える。それは私だって役に立つでしょ? と言わんばかりの表情であり、綾人はそれに大活躍だ。といった笑顔で返す。

 

「王子! 美桜! どうしたの?」


 綾人と美桜の元に仲間達が駆け寄り、凛が代表して二人に問う。

 仲間達は一刻も早く光の柱の中に飛び込み、天使達を追い込まなければならない。と考えている。だが動こうとしない二人を見て、ティターニ、ブットル、サギナらは一様に渋面を貼りつかけ綾人を見る。

 

「ベルゼが来る。多分、あのでけぇ光から」


 仲間からの視線を受けた綾人は、光の柱を見ながら告げた。

 天と地上を繋ぐ昇降機を連想させる光の柱は神々しく発光し続けており、今も天使達が天界へ戻る為に上昇している。

 光の柱が当たる地面では、地上に残った天使らが人間の進行を食い止めていた。


「ベルゼ、ね。——なるほど。この状況で現れるなんて、アイツの考えそうなことだわ。よく気が付いたわね」


「確かによく気付いたな」

 

 ベルゼという言葉を聞いたティターニが直ぐに反応し、綾人と同じように光の柱を見つめる。ティターニの言葉にブットルも同じように反応した。

 

「気付いたのは俺じゃなくて、美桜だよ」


 不意に名前を呼ばれた美桜は「ヒエッ!」だが「ヒィヤァ!」といった類の奇声を発した。

 それは歴戦の強者であるティターニ、ブットル、サギナにまじまじと見つめられたからである。


「お嬢さん。このバカを止めるなんてなかなか見所があるわね。日本というのは綾人以外の人間はまともであることが証明されたわ。これは大きな発見ね」

「美桜よ。私の名はサギナだ。見るところ美桜も脈ありとみたが正妻は私であるからな」

「こんな可憐なお嬢さんに詰め寄ってどうするんだ二人とも」

「ブットルの言う通りだよ。美桜が困ってるじゃん!」


 ティターニとサギナに詰め寄られ、ブットルと凛にフォローされる美桜はたじたじとなっていき、辛うじて「よろしくです」と返すのみであった。


「っしゃ!! あの光からベルゼがくることは間違いねぇ! とりあえず近場にいる人達を非難させっ——」


 今後の出方を綾人は叫ぶ。天使らが昇っていく光の柱を使用して、ベルゼが何かを仕掛けてくる以上は綾人の判断は正しいと言える。

 柱付近で戦闘を繰り広げている人間達を非難させ、不測の事態に備え体制を立て直すことが被害を最小限に抑えられるだろう。


 ——ただその判断はもう遅すぎた。


 叫ぶ途中で綾人の語尾が弱々しくなっていく。それは仲間達の視線が綾人ではなくその先にある光の柱を見つめていたからだ。

 ハタと気付き綾人も後ろを見る。そこにはもう神々しく光る柱の姿は無かった。



 それは本当に一瞬であった。何の前触れもなく。光は闇へ、白光から漆黒へと、神々しさから禍々しさへと色、形、雰囲気を変えていた。

 


 闇は空の色を黒く変え、漆黒は大地の養分を吸い辺りに不快と不安を広げていく。禍々しく変わった光の柱は苛むように、蝕むように、光を消失させ闇と変えていく。

 光が消えると同時に、世界が暗闇に包まれていく。

 

「綾人」


「あぁ、あの女、死んでやがる」


 ティターニの指差す先を見て綾人が苦々しげに応えた。あの女とは熾天使ミカイルのことである。

 空の只中で体を闇に喰われていた。その表情は何が起きたのか理解できないといった顔で固まっていた。

 残った半身もやがて闇にのまれ消えていくだろう。苛烈なほどに綾人を見つめていた瞳は、今は虚となり一切の光が無い。


「他の天使達も消えていくよ」


 凛の言う通りにミカイルだけではなく、数多くの天使も闇にのまれその姿を消失させていた。

 さながら蜘蛛の糸を掴もうとする罪人かのように、必死に光の柱に縋るがそれも闇と変わったいま天使らに救いは現れない。


「何してる! 早く逃げやがれ!!」


 ようやく綾人は叫ぶことができた。

 それは光の柱を追っていた者達にである。騎士や地底人といった者達。彼らは光から闇に変わる状況をただただ呆けたように見ていたが、綾人の大声でようやく我に返り危険であると察知し逃げ出していく。


 ——だが、それももう遅かった。


「ここも危険よ、早く非難するわよ!!」


 光の柱全てが闇へと変わると、今度は地上へと闇が伸びる。争う天使と人間達は闇にのまれ消えていく。ティターニが叫び皆を誘導するように走り出すと同時に闇が収束していく。

 まるで目的を果たしたかのように。広がっていた闇がある一箇所に集まり出す。逃げる構えを取っていた一行だが綾人だけは収束した闇の一点をただ見つめ呟く。


「くるぞ——」


 世界は闇色のまま静寂に包まれる。天使が消え、人も多く消えた。多くの戦いが繰り広げられ、多くの者が命を落とした。

 それら全てを喰らうかのような闇が現れ、世界をのみ込むと暗褐色と化す世界で、天より白い光が照らされる。


 闇の世界で現れる光に今度は神でも現れたのかと生き残った人間達が空を見上げる。

 光はどこまでも清らかに見える。だが見えるだけだ。実際は闇にのまれた天使の命を無理やり光に変えているのだ。よくよく耳をすませば光からは天使の断末魔が聞こえてくる。


 実に悪趣味な登場である。全ての注目を集めるような演出だ。

 こんなことをやるのは一人しかいない。


「出てこいよクソベルゼ、ここでブッ殺してやるよ!!」


 龍の咆哮が空を震わせ、それに応えるように、奴が——ベルゼが姿を現した。


 あいも変わらずの骸骨マスクである。


 あいも変わらずの大男である。


 いつもと違うのは格好である。


 ベルゼは天使の姿となっていた。


 熾天使ミカイルのように左右に三翼、計六翼を背から生やしている。


 格好もまたお伽話に出てくる天使のようなローブを纏い、新約聖書に出てきしそうな救世主のような格好であった。


 光に照らし出されながら上空より現れた悪魔ベルゼ。


 だが今のベルゼは悪魔ではなく天使と呼んでも差し支えがない。


「あぁ。最高の気分だ。さながら第三の壁を越えた者にしか与えられない快楽とでも言おうか。今この瞬間、僕は神になったんだ! この世界を作り上げる劇作家そのものだ!」


 ベルゼは声高らかに叫んだ。ありったけの歓喜が込められていた。

 世界が観客であり、演者はベルゼのみ。全ての視線を受けたベルゼは鼻歌を歌いながら地上に降り立つ。

 演者は観客を見渡す。この状況では誰もが動けずにただベルゼを見つめる。


「テメェが神だと!? 気色悪りぃこと言ってんじゃねぇぞクソ野郎が!!」


 闇に染まる世界で光に照らしながら地上に降り立つベルゼはまさに神と呼んでもよい。そんな神の前に空上綾人が立つ。

 綾人はこれでもかと睨みながら無遠慮にベルゼに近づく。


「あれ?」


 綾人を見つめるベルゼは意外といったあとに辟易しながら告げる。


「君はまだ生きてたのかい綾人? 演者を降りた君はもう舞台から撤退しなくちゃいけない。第三の壁を越えてまで舞台に居続けるなんて観客を愚弄しているよ」


 いつものベルゼであった。天使の羽を生やし、神のような尊厳を纏っていても、そこにいるのは大仰で芝居がかった仕草で相手を侮辱するベルゼであった。


「第三の壁だぁ? 知らねぇよそんなもん!! こっちはようやくテメェを正面からボコれんだよ。さっさと俺さに殺され——」


 直ぐにでもベルゼを殺しかかりそうな綾人の言葉を遮ったのは一条の矢であった。


「綾人。会話する必要なんて無いわ。ただ殺すのみ。それだけよ」


 それはティターニである。ベルゼが現れた瞬間に弓を引き、矢を放つ。放たれた矢は真っ直ぐにベルゼの額を貫いた。


「ハハッ! 変わらずの暴力エルフかい? 君もこれまで世界を盛り上げてくれてありがとう! エルフ大虐殺の真相も知れて、最後は妹との一騎討ち。実に滑稽であった——」


 額に矢が刺さったまま、楽しげに告げるベルゼの言葉を遮ったのはブットルと凛の魔法。そしてサギナの槍である。


「お前を倒せばこの馬鹿げた状況も元に戻るのか?」


 水の剣が生成されると同時に猛スピードで移動しベルゼの体に突き刺さる。ブットルは休む間もなく攻撃し続ける。


「戻るとも」

 

 体を串刺しにされながらも闇色となった世界の天をベルゼが指差す。


「神となった僕を殺せればの話だけどねっ——」


 ベルゼの下顎が細切れになる。それはサギナの連撃と凛の風魔法。


「貴様が神であるならば、丁度良い。神という者と一度は戦ってみたかったのだ」

「あんたが王子に酷いことしてたの知ってんだからね!!」


「俺も混ぜろや!! 先ずは一回死んでおけ!!」


 よろけるベルゼにトドメをさす為に綾人が動く。一瞬でベルゼに詰め寄り盛大に拳を振るう。その一撃はベルゼの胸に穴を開ける。

 立つことすらも無理なほどに、ベルゼの体はいくつもの傷を負わされた、だが神となる男は倒れることはなかった。


「僕と戦おうだなんて、愚かだよ君たち。演者でも無い君たちはの出番なんてもう無いんだよ」


 数々の傷は一瞬で回復していく。

 ティターニ、ブットル、サギナ、凛の攻撃も、熾天使を一撃で倒した綾人の拳でさえベルゼはどうということはない。といったばかりにニヤリと笑みを称えた。


「さぁ、終劇といこうか」


 ベルゼがゆっくり天を見上げる。世界の闇は一段と深い色合いへと染まっていく。

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