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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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揺れる瞳

「なんだ貴様は?」


 現れた不可解な存在にミカイルが眉根を潜める。

 ルードと同じく白炎を喰らった男は、どうにも天使達を小馬鹿にしたような立ち振る舞いであり、それがミカイルの語尾に怒りの成分を滲ませた。

 男——空上綾人にめいめいの視線がおくられる中、当人はどこ吹く風で大仰な口調で告げた。


「なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け——」


 幾万という天使の集団が目の前に広がるがこの男には関係なく、一切臆すことなく足を進める。


「世界の破壊を防ぐため、世界の平和を守るため、愛と正義の悪を貫く——」


 異世界の人々にとって聞き慣れぬ妙な口上を述べながら、まるで自分がこの世界の代表者であるが如く天使と対峙していく。

 

「ラブリーチャーミーな仇役、空上、綾人、銀河をかける俺様には——」


 だが実際には、今この場面においては空上綾人が世界の代表にも見えるだろう。綾人の目の前には天使の集団、背後には戦いに疲弊した人間達。

 人間達を守るように自らを壁とするように一歩一歩と天使へと近づいていく。歩く姿はどこまでも不遜であり、志に高潔を掲げる天使らの怒りを募らせる。


「ホワイトホール白い明日が待ってっ——」


「このバカは本当にうるさいわね。さっきまで寝てた男がイキるな。先ずヤニにをとってから物を言いなさい」


「おまっ——! いま、ちょうど決めようと思ってたのにどうして邪魔すんだよ! にゃーんてにゃ!! までが一連の流れなのによ! これだから空気が読めないエルフは嫌なんだよ」


 空上綾人だけではない。彼の隣には共に死戦を潜り抜けてきた美しいエルフがいる。


「お二人さんよ、敵さんがどえらい形相でこっちを睨んでるぜ。とりあえずルード様は離れるからよ」

「牽制は俺と凛でやろう、行けるか凛」

「もちろん! ブットルこそ行けんの?」

「問題ないさ」

「ならば、私は婿の道を切り開こう。狙っていた獲物はどうにもティターニにご執心らしいしな、そら、今も睨まれているぞ」

「ちょっとヤメてよサギナ。私は神の代行者っていう頭の悪そうな名乗りをする奴に恨まれる覚えはないわ」


 一行のいつもの軽口である。

 幾万の天使に歯向かうには圧倒的に数が足りない。なにせたった五人だから。先ほどまで騎士団や地底人、勇者一行と光の王子アルスの仲間達という、万の軍勢で戦っていたのが、たった五人で立ち向かおうというのだから無茶としか言いようがない。

 にも関わらずこの五人は、天気が良いから散歩に出かける。といった具体の気軽さで立ち向かおうというのだから滑稽以外の何者でもない。


 現に歩き出す綾人一行を見て、彼らはどうしてそこまで平然としているのかを多くの人間達は理解できずにただ呆然と見つめていた。

 それは天使達も同じであり、無限とも言える純白の軍勢にたった五名で挑もうとする人の子は奇異以外の何者でもなかった。

 そんな視線を集める綾人達だが、彼らにとってはこれが普通である。今までもそうだ。どんな巨大な敵であろうが、どんなに数が多い魔物だろうが立ち向かっていく。そこに理由を付けるとしたら——自分のなすべき事をする——という至極単純な理由である。


「美桜。ちょっと今から無茶するからよ、背中は任せた」


「——うん! 任せて綾人君!」


 否、五人ではなく六人である。綾人の視線に応える美桜は力強く肯く。綾人だけではなく、ティターニ、ブットル、凛、サギナも美桜に激励の眼差しを送る。

 美桜はそれに応える為に天使の集団を睨む。だが口元はほんの僅かに笑っていた。


 ——やっとだ。やっと守ってもらうじゃなく、一緒に戦えるようになったんだ。


 坂下美桜は杖を掲げ戦闘体勢をとる。その様になりすぎている姿に綾人は頼もしさ以上の感情を受け取り再び前を向く。


「——行け」


 その瞬間であった。

 綾人が前を向くと同時に最高位の天使から単純な命令が下された。

 それは部下達にあの者達を早々に祝福しろという命令である。 

 白の軍勢が一斉に先頭を歩く綾人に襲いかかる。その様は白い巨山が動くような、圧倒的な質量であった。  

 後方に控える騎士らや勇者一行など、誰しもが顔を顰める。山にも見える天使の集団が襲いかかってくるのだ。一秒と満たない間に死が迫る重圧とも呼んでいいい。


「——はっ」


 だがそれを目の前で見ている綾人は鼻で笑う。嘲笑ともいってよい。おかしいことである。

 周囲が絶望の表情を浮かべる中で、それを受けている当人がなめきった態度であるのだ。

 感情が見えない大理石の肌をした天使らに怒りが表れだすと、白の山はより一層激しく動き、標的を祝福する為に数を増やす。


 それでも綾人は平然と歩き続ける。拳を握るでもなく、ただ歩いている。直ぐに天使の攻撃が届こうかという瞬間でもお構いなく平然と歩く。

 何故なら道はもうできているから。

 綾人に襲い掛かる瞬間であった天使が二振りの短剣によって両断される。その後方に控える天使の集団は二槍によって細切れとなり、さらに後方にいる天使らは風と水の魔法によって滅びていく。


 綾人は何もしていない。ただ真っ直ぐ歩いているだけだ。それをティターニの短剣、サギナの槍、凛とブットルの魔法が、次から次へと現れる天使の軍勢を駆逐していく。

 道は仲間達が作ってくれている。綾人はただ真っ直ぐ歩き、敵の親玉に拳をぶち込むだけである。仲間達は傷つきながらも応戦するが直ぐに傷は癒えていく。それは後方に控える美桜が大きな支えとなっているからだ。


「さぁ! さぁ! さぁ! ブッ殺されてぇ奴から前に出ろ!! いつでもやってやんぞごらぁぁぁぁ!!」


 龍の咆哮が轟くと大地が軋む。悠然と歩く姿はやがて黒龍の鱗を纏い、龍の力をその身に宿す。


「あの男は危険だ」


 並の天使では綾人に攻撃すら与えることができない。そして異常性の塊ともとれる姿に熾天使リエイルが動く。

 高潔な彼の目には綾人の存在は不快意外の何者でもない。神の意思に逆らい、世の断りから外れ過ぎている力を持つ男、まして天使という存在そのものを小馬鹿にするような態度。

 リエイルにとっては、綾人という人間は祝福という行為をおこなうことすら憚られるほどに嫌な存在にうつる。

 

 その身を裂き、脳髄に聖書を入れ込み、何億回もの洗礼を受けさせる。歯向かうのなら体に痛みを刻み、それがお前の罪である——と教え込む必要があるとリエイルは判断した。

 故に動く。大賢者や海巫女を一瞬で負かした熾天使の実力は言うまでもない。


 いくら綾人が世の断りから外れているとはいえ、リエイルならば安易に押さえ込むことができるだろう——と最高位の天使ミカイルは判断した。それは他の熾天使ガイエル、ラフィールもそうである。 

 だから他の熾天使が動くことは無かった。熾天使一人が動けば反乱する人の子など簡単に無力化できると、リエイル本人もそう思っていた。

 

「人の子よ——直ぐに神に謝罪しろ。その魂の洗礼は私が行ってやる」


「あぁ! なんだこのスカした色男は! 俺はお前みたいな(ツラ)が良い男は大っ嫌いなんだよ!!」


 リエイルは神へ服従する機会を与えたが、当然にそんなものは屁の突っ張りにもならないとばかりに綾人は唾を吐き出す。

 その行為に全身が怒りに満ちたリエイルは綾人へと攻撃を仕掛ける。


黄金審判鉄槌杭(アルドノヴァ)


「——天上天下唯我独尊(顔が良い男ほどクズ説)(ただの嫉妬)」


 いつものように綾人は拳を握り繰り出す。この世界にきてから変わらずに繰り返した攻撃方法。

 黒鱗を纏った右拳が空気を切り裂く。リエイルもまた同じように黄金の鉄槌と化した拳を繰り出していた、それは単純な拳同士のぶつかり合いであった。

 

 黄金の一撃は綾人を貫く——ことなど無かった。拳がかち合い、拮抗することなく綾人はリエイルの拳をいとも簡単に砕く。

 その事実に誰よりも驚愕したのはリエイルだ。自身の拳が砕かれていくなどつゆと考えなかったのだから。


「そら、もう一発だ! これはお前にやられた人の分だバカ野郎!!」


 驚愕しているリエイルを他所に、綾人はもう一度拳を硬く握る。腰を落とし、両足で大地を踏み締める。体を捻りもう一度叫び、拳を振るう。


「――天上天下唯我独尊(お前ら全員ぶっ殺す)!!」


 必中の拳であり、必殺の拳がリエイルの胸を貫く。人の拳が最高位の天使を貫くなどあってはならない。それこそ天変地異である。

 だがそれを可能にするのが数々のあり得ないを起こしてきた空上綾人である。

 最高位の天使を仕留める光景に全ての者の視線が釘付けとなった。


 必殺をうけたリエイルは理解できないといった表情のまま固まっていた。

 己の体を貫く拳。神の寵愛を受け、完成された肉体を人間如きが葬っていいはずがない。


 ——なにがどうなっているんだ? という顔をしたままリエイルの体は光の粒子となり消えていく。

 熾天使リエイルが最後に見たものは、自身が消える事をつまらなそうに見ている綾人の顔であった。


「さて、どんどんと死んでいこうか天使ちゃん達! 悪党上等。必死こいて争ってみろや!!」


 再び龍の咆哮が轟くと世界は揺れた。天使の集団はあまりの事態に引かざるおえなくなり、やむなくミカイルの背後へと後退していく。

 見つめ合う最高位の天使と龍の瞳は、どちらも怒りという感情で揺れていた。

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