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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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さようなら

終焉齎炎極楽(ロイヤル・ハート)


 ミカイルが天に掲げる両手から炎が溢れ、それが四方に広がり出すと数秒とかからず無限牢獄に広がっていく。 

 炎は赤くはなく、限りなく白に近い。炎は天使と人、大地と空を包んでいく。最高位の天使、熾天使ミカイルが放つ炎は当然ただの炎ではない。


 全てを無にきす炎である。


 炎に焼かれていく人間に痛みは無い。苦痛がないが一筋の涙を流しその体を朽ちさせていく。

 涙に込められた意味は当人しか知ることができない。だが炎に焼かれた人間は、遍く母性を拠り所に極楽に旅立つかのように、晴れやかな顔で焼かれていく。

 

 その光景は異常の一言である。死ぬことを良しとせず争っていた者が、炎に焼かれた瞬間に死を受け入れ笑顔で滅んでいくのだから。

 炎の勢いは止まることなく広範囲に広がり、全てを包み込むように包囲していく。人らは口々に「あの炎に触れてはいけない!!」と叫び白炎から逃げるように行動していく。

 

 どうあってもこの炎は止められない。いくら技を繰り出そうが炎を消すことはできない。水魔法も氷魔法も意味がない。むしろ白炎は魔法を使う術者をのみ込み極楽へと導いていく。

 光の王子が全ての剣技を駆使し炎を止めようとするが、常に白炎にのまれ消えていく。なればとミカイル本人に攻撃を仕掛けても、やはり白炎が壁となり傷一つつけることを許さなかった。


「熾天使ミカイル。これがあなたの、神のやり方か! 無作為に命狩ることを神の祝福と言うのか!」


「光の勇者よ。神の祝福がこの世の心理だ。争わずに祝福を受け入れろ」


 アルスの激昂をミカイルが涼やかな顔で受け流す。

 会話はもはや意味を成していなかった。炎はより激しく、それでいて美しく可憐に、でもやはり炎本来の全てを消し済みにする、恐怖と圧迫感を伴いながらも広がり、無限牢獄全てに広がり、海や空にも白炎が広がり出す。世界の全てが白日のように眩く光る。


 やがて一騎当千の強者にも炎が差し掛かる。いの一番に炎に囲まれるのは光の王子アルス。彼の博愛が——一人でも多くの人を助けたいという気持ちが自らを窮地に追い込む。

 白炎に囲まれ、どう足掻いても、剣の型をいくら変化しようがミカイルの炎からは逃れることはできない。焦燥ばかりがつのりやがて——僕はここまでか——と諦めかけた時に仲間の声が届く。

 

「アルス。後は頼みますよ。この世界はあなたが導くのですよ。下を見る暇は無い、あなたは常に上を見なければならない。それがあなたの役割です。どうか世界に平和を——」


「ジーナ!」


 海巫女とアルスが言葉を交す。それは別れの挨拶であった。

 白炎に囲まれたアルスを救出したのは深傷を負った大海獣とそれを操るジーナである。空を泳ぐ大海獣はアルスを口に加え空中へと放り出す。アルスと入れ替えるジーナと大海獣が白炎に囲まれのまれていく。


「ジーナ!!」


 アルスがもう一度叫ぶとジーナは微笑みを送り、白炎の中で消えていった。


「そんな——ジーナ——」


「しっかりせい王子!! 何のためにジーナがお主を助けたかよう考えるのじゃ!!」


「ヨー、ダン」


 空中に投げ飛ばされたアルスを救ったのは大賢者ヨーダンである。空に蔓延る白炎を躱しながら移動する。

 

「王子よ。ジーナは自らの命を犠牲にお主を助けたことを一切の後悔もないはずじゃ。儂にはそれがよう分かる」


 アルスはヨーダンの言葉に返ができずに悔しさを滲ませる。自分のせいで仲間が犠牲になった事実に、アルスは深く傷ついていた。


「お主はこの世界を導く存在じゃ。だから全てを託すことができる。だから命を捧げられる。お主と旅をする中で儂らは皆そう思っていたぞ」


 大賢者の眼差しがアルスに力を与えていく。家族を奪われた男が拠り所にした場所は、きっと彼らにしか分からない特別な存在であった。

 

「だから、立ち向かえ——お主を生かす為なら儂とて自らの命など些事にすぎん——」


「ヨーダン!!」


 アルスの体が地に落とされる。アルスを掴んでいたヨーダンが手を離したからだ。地面へと着地したアルスはもう一度ヨーダンの名を呼ぶ。

 大賢者の目の前に白炎と幾万の天使が並び、ヨーダンに祝福を授けようと手を伸ばす瞬間であった。


「——後は頼むぞ」


 その言葉と共にヨーダンは天使と白炎へと突貫を仕掛けた後に自らの命を使いおおきな爆発を引き起こす。少しでも地上にいるアルスの手助けになる為に。

 アルスは——あぁと言う言葉を漏らしながら眺めることしかできなかった。


 ジーナとヨーダンの命を犠牲にして生き抜いたアルスはおぼつかない足取りで熾天使ミカイルの元まで向かう。復讐という言葉がアルスの頭の中を占めていた。

 周囲では白炎にのまれ消えていく者たちの声が響く。


 ——今の状況を終わらせなければならない。剣を掲げ、白炎を躱しながら走る。血の涙を流し叫ぶ。

 今のアルスにはミカイルしか見えていない——だからだろう気付くべきはずの背後からの強襲にも一切気が付かずであった。迫っていたのは天使である。

 天使の腕が伸びる。アルスがそれに気付いたのは腕が目の前に迫ったから——ではない。ラピスが身を挺してアルスを守ったからである。


「この、バカアルス。いつも言っているでしょ。自分の立場を正しく、自覚しな、さいって——」


「ラピス、そんな、嘘だ!! ラピス!!」


 天使の腕に体の数カ所を貫かれたラピスはアルスの叫びに苦笑で応える。アルスは直ぐに攻撃を仕掛け天使を殲滅する。力なく倒れるラピスを腕の中で抱き抱える。

 

「ラピス。死なないでくれ。ジーナもヨーダンも僕のせいで、ラピスまで——そんなの——」


 アルスの震える声をラピスは人差し指を当てて止める。体の数カ所からは大量の血が流れ心臓も貫かれている。回復を施すのはラピス自身であり、それはアルスを復活する為に全てを注いだ為魔力は枯渇している。

 それは単純に助からないという意味である。


「アルス。あなたは絶対生きるの、生きて、この世界に平和をもたらすの、それを邪魔するのが天使であろうが悪魔であろうが、関係ない——あなたは——」


「ラピス!!」


 言葉途中でラピスは大量の吐血をする。アルスはラピスを強く抱き抱える。


「こんな——はずじゃなかったんだけど、な——ねぇ、アルス?」


「なんだい? ラピス」


 アルスは幼子のように泣きながら、ラピスの言葉を聞き逃さないように口元に耳を寄せる。


「——すき」


「え?」


 いたずらな笑顔をおくるラピスはそのままアルスへと口付けをした。アルスの唇はラピスの血で赤く光る。

  それを見たラピスはしてやったりという表情をした後に、四肢の力が抜けていくのを感じだ。最後に見るアルス表情に満足げに頷き意識を手放した。


「ラピス!!」


 アルスは叫ぶ。だがその声は白炎と天使の集団の蠢く音によって、直ぐに消されてしまう。




ーーー  




「ホッポウ殿!!」


「シルヴァ! 離れるぞ!! この場所はもう——」


 騎士団や勇者一行は迫る白炎から逃げ続ける。白炎を食い止め続けたのは黒騎士ホッポウである。

 彼は大きな体で仲間の盾となり続けた。白炎にのまれながらも守る姿は鬼神の如きでありホッポウがいたからこそ、騎士団や勇者一行からは一切の犠牲がでていない。

 ジーナ、ヨーダン、ラピスがアルスを守ったように黒騎士ホッポウもまた、仲間を守り白炎にのまれ消えていった。


 両眼が潰されたシルヴァはマグタスに抱えられながら、叫ぶことしかできない己を呪った。勇者一行とウルテアも斗真を保護した後にどうしようもできないこの状況に右往左往するばかりであった。

 それは、ブットル、凛、サギナも同じである。ブットル、凛の魔法も同じく白炎へとのまれ消えていく。サギナは白炎が人智を超えたものであると理解し、一早く回避し仲間たちへと合流した。

「師匠の魔法が——」ブットルは呆然とし、「こんなの、でたらめだよ——」凛は悔しさを滲ませ、「これが最高位の天使の力ということか」サギナは忌々しげに呟く。


 人では決して到達できない力を前に誰しもがある種の覚悟を抱き白炎を見つめ出した。

 その覚悟はある意味で諦めにも似た感情かもしれない——争い切れない力を前になす術なく受け入れろ人間——神からの啓示を誰もが心の中で感じた時。それに抗う者がいた。


「なんだってんだこの炎は!! うざってぇ!! こんなものは俺様が全部喰ってやる!!」


 それは異世界では畏怖の対象であった皇帝邪竜の怒号であった。

 山のように大きいルードである。当然にそこここは白炎にのまれていたが、ルードは消えることが無かった。消えるどころか白炎を煩わしそうに振り払い、剰え口の中に放り込み咀嚼するほどであった。


「「「ルード!!」」」


「俺様に任せておけ!!」


 邪竜は咆哮を上げ仲間に応えると大きな口をさらに大きく開け、大量の空気を吸い込んでいく。

 大質量の竜の吸い込みは人の計算では測り切れない、壮大な吸い込みであった。木々が動き岩も動く、空に蔓る天使も、そして白炎も、全てがルードの口内へと収められていく。

 人など当然に吸い込まれてしまう勢いであるが、不思議と人はその効果を受けずに立ち尽くし、その圧倒的な光景を見やっていた。


 ——轟音——が数秒響渡る。ルードの言葉通り白炎は見事にルードの口内へ収められ、荒地と化した無限牢獄のみがあった。


「ほう――」ミカイルは炎を出現させてから初めて感情らしいものを表す。終焉齎炎極楽(ロイヤル・ハート)を消し去った者への興味かも知れない。

 脅威を消し去ったことで人々は僅かな希望を見出す。白炎を食い尽くしたルードは身悶えしながらも絶叫する。


「ルードが元の姿に!!」

 

 皇帝邪竜としての力を使い果たしたのか、ルードはいつもの黒い幼竜と変わり真っ逆さまに地上に落ちていく。凛は慌てて風魔法を操り空中を落ちるルードを引き寄せ胸に抱く。

「ルード!」「無事か?」ブットルとサギナが声を掛けるとルードは弱々しく返事をする。その姿を見ると休息が必要な事を意味していた。 

 

「我が炎を消すか、世の理から外れた異端の竜よ。だがその姿では——二度目は消せまい」


 人と対峙するように立つミカイルが称賛ともつかない言葉を送ると再び手の平から白炎を出現させる。

 ミカイルの側にラフィール、ガイエル、リエイルが立つ。その背後に天使の集団が控える。

 世界最高峰の実力者を抑え込む熾天使、全てをのみ込む神の怒りを表す白炎。そして白き死神と化した天使の集団。

 

 その光景は僅かな希望を砕き、人に終焉を与えるは十分過ぎる光景であった。

 

「今度こそ終わりだ——さようなら人の子よ——」

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