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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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戦う者達

 誰しもの鼓膜に音が届く。それは一滴の水滴が水面に落ちる音。


「悪いが俺も死ぬ気は無い。守りたい仲間もいる。神だが何だか知らんがさっさと消えてくれ」


 本人はそ何の気なしに発した言葉だったが、アルスと熾天使ミカイルの話し合いのあとに生まれた奇妙な間ではその声はよく響いた。

 ブットルらしい淡々とした口調。先端に水色の石がはめ込まれた杖が回転すると月草色の弧が描かれる。


「出し惜しみはなしだ。天使だろうが神だろうが、師匠の魔法を使うなら敗北は許されない」


 熾天使が、天使の集団が、騎士団が、勇者一行が、地底人が、上空に展開された魔法陣を見る。

 

「この世界の人の子は、どうしてこうも超えてはいけない領域をあっさり超えてしまうのかね」


 ガイエルの言葉である。端的に言えば――ありえない。と評している。それはラフィールもリエイルも同じである。


「これが人がもつ愛の力なのかもしれませんね。ガイエル」


 最高位の天使ミカイルはそう告げる。


「愛か。ミカイルが言うとそれが真実に聞こえてしまうね。不確かで普遍的だが人を強くするには最も適したもの。とでも評しておこうかな」


 ガイエルが六翼を広げ前進する。

 敵味方関係なくブットルの展開する魔法陣を見つめ続けている。上空に描かれた魔法陣からは竜が這い出る。

 

 水魔法超々極級――双頭ノ(ルージェ)狂水竜の顎メイルストロムゲネイオン


 蛇にも似た大きな体躯が動く度に腹底が軋む感覚に襲われる。今までの狂水竜の倍以上の大きさであり、空から威圧する姿は大仰。曇天のような影が地上に落ちる。

 絡み、かと思えば離れる二又に分かれた首。四つの瞳孔は畏怖を覚えさせ、開かれた口内は短剣と見紛うほどの牙が並び、その奥は仄暗く一度喰われれば全てを絶たれる闇が広がっていた。


 世界全土に響く竜の咆哮は大地を揺らす。ブットルの日々の研鑽により生まれた双頭の狂水竜は、悠然と天使の集団を睨みつける。その姿は大陸の覇者の如き出立である。

 発動の反動からかブットルは鼻血を流す。目からも血が流れている。それを乱暴に拭う——反動はこんなものか、思ったよりも大したことはない——といった態度であった。

 誰しもがたどり着くことのできぬ高みへと至る魔法使いは一呼吸のあとに口を開く。


「いけ」というブットルらしい短い命令と「総員退避!!」というマグタスの怒号は同じであった。

 天使を滅ぼそうとする魔法は味方ですら恐怖を覚え、近くにいては危険と誰しもが分かったが動けずにいた。マグタスが声を張り上げたのは長年命令を出し続けた立場であった習慣の賜物である。


 天使と水竜が衝突を起こす。


 ――――――――――!! 


 双頭が吠えると同時に地上へと暴力の権化が落ちる。

「逃げろ!!」「離れろ!!」「散れ!!」口々に焦りの言葉を発していくのは勿論人間達。

 天使の集団は排除に向かうが何もできずに双頭の(アギト)に喰われ、羽、体の部位、頭部などが無残な残骸として地面に落ちる。


「危険に過ぎます」


 残虐から目を逸らすことなくラフィールが呟く。

 迫る顎を遮るのは天より落ちる巨人の腕。だが水竜との激突は無かった。


「色々と見てきたがお前が一番面白そうだ。女よ、その澄ました顔が苦痛によってどう歪むのか、是非見させてくれ」


 え? ——不意に耳元で囁かれラフィールは何事かと振り返ると笑う悪鬼がそこにいた。

 黒より黒い女が扱う二槍は神への信仰を僅かも感じさせないなんとも愚かな武具であった。人の体を捨ててまで生きるその女に侮蔑の眼差しが送られた。


「くくっ。天使とやらにそのような熱視線を送られてはゾクゾクしてしまうな。羨ましいのならお揃いにしてやろう」


 侮蔑の眼差しには侮蔑の笑みが返された。

 顔を突き合わせるサギナとラフィール。振るわれた二槍は両腕の切断を狙っている。

 近距離はサギナの間合いである。相手に傷を負わせることが目的なら効率よく腹部や足を狙えばよいのだが狙ったのは両腕。

 言葉通りのあざとい行為にラフィールの目に怒りが浮かぶ。サギナは舌舐めずりをしながら意地の悪い笑顔で応える。

 直ぐに天からの巨腕がサギナとラフィールの間に割って入る。俊敏に動くサギナにも巨腕は問題なく攻撃を仕掛けていく。


「くくっ。そうだ! この巨腕だ! 人を簡単に捻り潰す腕に私の力がどこまで通用するのか試したかったのだ!!」


 実にサギナらしい理由だ。人の生き死になどどうでもいい。世界の終わりなど勝手に訪れてしまえばいい——私は強い者と殺し合いができればそれでいい。それが天使だろうが悪魔だろうが関係無い。

 ただただ己の快楽の為に悪鬼は二槍を振るう。その姿勢に、よりラフィールの怒りが募っていく。


百腕御手解像(ヘカトンケイル)! この女を直ぐに潰しなさい!!」


「そう怒ってくれるな天使。せっかくだから楽しもうではないか。安心しろ、私は女もイケル口だ」


 蠱惑であった。唇を舐めるその仕草は神へ掲げる信仰心を汚す行為であるとラフィールは感じ、悪鬼の形相となり応えるように巨腕がサギナに落ちる。


「ぬぅぅぅぅぅぅうぅああああああああああ!!」


 二槍を交差させ天より落ちる巨腕を受け止める。今までのどんな攻撃よりも重い。受けたと同時にサギナの咆哮が上がる。

 一つの拳を受けただけである百腕御手解像(ヘカトンケイル)はその名の通り百本の腕がある。百の巨腕がサギナへと落ちていく度に大地が破壊されていく。

 

「—————」


 やがてサギナの咆哮は巨腕によって消えていく。大地は大きく陥没し百腕御手解像(ヘカトンケイル)の攻撃力がどれほどであるかを示している。


「他愛ない。悪鬼にはお似合いな末路だ」


 見届けていたラフィールは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。悪鬼の生死など確認する必要もない。目の前の惨状を見れば死という言葉以外なにも無い。振り返り再び祝福を始めようとした時だ——。


「どこに行こうというのだ。二人の甘い時間はこれからだろうに」


 悪鬼の声。反射的に振り向き絶句してしまう――そんな、ありえない。


 百腕御手解像(ヘカトンケイル)をまともに受けて生きていられるはずがない。ラフィールはそんな顔をしていた。

 陥没した地面からサギナが現れる。額や頬からは血を流している。纏う簡易な鎧も砕けている。だが硬質な手足と細い二槍は無事であった。


「悪くない攻撃であったが、絶対に殺してやるという怨嗟にも似た泥の感情はまだまだだ。やはりそこは高潔である天使だから、そんな感情は持ち合わせていないのか?」


 ラフィールは衝撃から立ち直れていない。どうしてサギナが生きているのか心底分からないといった顔のまま固まっている。

 

「さて、こちらの番だ。呪いにも似た私の一手一手をしかと受けてくれよ」


 サギナが標的に向かって走る。ラフィールを守るように天使の集団がワラワラと集まり出す。

 二槍の餌食になる天使の集団。純白が黒へと染まる。笑う姿は悪鬼そのものである。



 双頭ノ(ルージェ)狂水竜の顎メイルストロムゲネイオンをガイエルが抑えている。暴れ狂う水竜は天使の集団をあっという間に削っていき人型の天使をも葬っていく。

 立ちはだかる熾天使ガイエルによってようやくその動きを制御される。ガイエルの表情は厳しく。直ぐに排除できないことを悟っている。


 別の場所ではラフィールが百腕御手解像(ヘカトンケイル)を駆使し何者かと争っている。どうやらあちらも苦戦しているようである。

 彫刻のように様になる姿で、どうしたものかとリエイルは考える。最高位の天使、熾天使ミカイルがこの地に顕現したというのに失態が続いている。ミカイルは何もせずにただただ争いを見続けている。

 試されているとリエイルは感じた。これでは面目がない。それ以前に自身の熾天使としての神への信仰が許されない。

 であるならば自身のやるべきことは一つである。


黄金審判鉄槌杭アルドノヴァ

 

 リエイルは六翼を広げ中空へと移動し片手を天へと掲げる。力を込めると黄金の粒子が集まり球状へと変化していく。

 自身の持てる力を使い、この祝福を早々に終わらせる為に行動を開始する。黄金の光が大地に落ちれば多くの人を祝福へ導いていく。黄金が大きく膨らみ、周囲を曉色へと変えていく。


 ——終わりにしよう。


 リエイルが黄金を地に落とそうとした瞬間に風が周囲を包んでいた。風は緑色へと可視化されていく。

 何事からと周囲を見ると、緑色の巨人がそこにいた。濃密な緑の霧を守った巨人は鎧を身につけ、手には業物であろう獲物が握られている。

 その姿はまさに英雄。否——この場合は人ではないから英霊と呼んだほうが辻褄が合う。

 七体の英霊がリエイルをゆっくりと取り囲んでいく。

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