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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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人の罪

「おりょりょりょ! 凛ちゃん! 美桜もいる! 無事でよかった」


「アスカ! それに皆! 無事だったんだね!!」


 アスカを戦闘に走り続けた勇者一行と地底人らは凛、ブットル、美桜、綾人らがいる場所にたどり着いた。

 クラスメイト同士で喜びを分かち合うが直ぐに顔を引き締める。四方を敵に囲まれ気を抜けば死が待ち受ける状況では常に緊張感があるからだ。

 天使の軍勢や巨人の腕を避けて移動し続けた結果、ブットルが予想した通り一箇所に集められるような形となり、それぞれが追いやられていく。


「となると、向こう側からは光の王子一行が現れる手筈か」


 ブットルは勇者らが現れた場所とは反対に視線を送る。その言葉通り、騎士団一行が現れそれぞれが無事を確かめ合う。


「お前ら無事だったか!?」


「団長! 良かった!」


 慣れ親しんだ大きな声はマグタスであり、七海アスカや園羽真琴が安堵するが直ぐに異変に気付く。明らかに重症者が多く、そして騎士団の頭脳とも云うべき存在がいないことに。 

 マグタスに詰め寄った勇者一行を代表して樹が尋ねる。


「団長、ハンクォーさんは?」


「樹! 今は訳の分からん連中との戦争中だ、生きることだけを考えろ。何としてでもお前らは死なせん」


 マグタスの言葉はそこで終わった。食い下がろうとするアスカや真琴に背を向け、シルヴァの介抱を団員に頼むと直ぐに前線へと移動する。

 その背中が全てを物語っていた。そういうことだ――ということを。

 

「斗真」


「どうした樹?」


 ハンクォーの死を受けて皆の士気が明らかに下がる。だがいつまでもそうしていられない。

 生き抜かなければならない。何としても。仮にハンクォーが生きていたら、戦場で落ち込んだ顔をするなと叱られてしまうだろう。

 今は戦い抜かなければならない。皆わかっている。悲しみを力に変えなければいけない。それを分かってまっ先に行動に移したのが樹であった。


「勇者ってのはさ、こういうピンチの時どうするんだろうな?」


「そうだね――」


 唐突な質問にも関わらず斗真は飄々とした口調でいつものように考えを始める。

 クラス一行が勇者の応えを待つ。

 教師の小野小梅も待つ。

 側に立つ魔人族ウルテアも待つ。

 騎士団も、地底人も勇者の応えを待つ。皆の視線を受けて勇者がはにかむ。


「分かんないな」


 実にあっさりとした口調であった。

 そして感情の起伏が限りなく()に近い状態の斗真らしい答えであった。


「はぁ~。うちの勇者はこんな大事な場面にも関わらずいつも通りだよ~。何かすいませんね~皆さん」

「確かに、さーせん!」


 アスカと真琴は、勇者らしい解答を待っていた騎士団や地底人の面々に頭を下げ謝罪する。

 

「青峰君は本当にブレないわね。ここは嘘でも俺が道を切り開くとか言うもんよ」


 真緒は辟易としている。


「斗真はこの状況でも斗真だな~」

「然り」

 

 翔と寛二が薄目になり遠くを見る。


「やっぱり、お前は異常だよ勇者」


 ウルテアは大きなため息をしている。


「斗真君!? え? 斗真君って勇者だよね!? こういう時はビシッと決めるもんじゃないの?」


 異世界に来てからの斗真をあまり知らない小梅は、ただただ困惑し地底人や騎士団も同じ反応をする。

 ここで戦士を鼓舞するのが勇者の仕事なのに何言ってんだこいつ。という眼差しが斗真に集中していく。


「いや、だってどうなるかなんて分からないじゃん。まいったな」


 勇者は後頭部をかき、困った表情の後に周囲を見渡しこう告げた。


「でもただでは死なないよ。精一杯抵抗して、神様を困らせようと思っている」


 斗真はよく通る声で集まった皆の耳に届けた。実に子供らしい言葉だが逼迫が続くこの現状ではその言葉が心強く感じた者もいた。

 

「へへっ。さすが斗真だぜ!!」


 親友である樹は斗真の背を強く叩き前線へと走っていく。

 

「斗真っちらしいね~」

「たしかに~」

「ブレない斗真キュン」

「うむ」

 

 クラスメイトもまた勇者の背を叩き前線へと歩いていく。

 

「斗真君、きみって奴は本当にさ。まぁ、私たちだけじゃなくて周りの人も元気でたから結果オーライかな。指示は私がだすからお願いね」

 

 真緒は何か言いたげな顔をしたが最後は笑顔で去っていく。


「勇者様に続け!」騎士団一同が盛り上がり、触発される様に地底人も盛り上がる。


「ふぇぇぇぇぇ! ガウちゃん、興奮しないで~!!」

 

 獣王もまた咆哮を上げ小梅を跳ねさせながら前線へと移動する。


「まいったな」


 周囲が走り去り一人残された勇者の隣に魔人族の少女が並ぶ。


「お前は戦いたいだけの戦闘狂なだけなのに、不思議と皆が盛り上がる。これが勇者ってやつなのか?」


 斗真はどうして皆が盛り上がっているのか分からずに困っていると、ウルテアも同じ様に困惑顔を勇者に向ける。


「言っとくけど私も死ぬ気はない。お前との戦いも途中までだからな。勇者は私が殺す。だからせいぜい生き延びてみろよ」


「なら、死ぬわけにはいかないね」


 複雑で奇妙な関係であった異世界の勇者と魔人族の二人は、いつしか強力な好敵手となり敵へと進んでいく。



「ねぇ、ブットル。私のクラスメイト結構頼もしかったりしない?」


「あぁ。みな胆力がある。師匠が好みそうな面々だ」


 緊張が続く中での斗真の一言は大いに周囲を盛り上げる力となり、流石は勇者だなと関心したようにブットルは苦笑する。

 ――それよりも問題はあっちのほうか。水王の視線が動く。捉えたのは光の王子らの軍勢である。アルスという柱は目を覚まさず、一騎当千である面々が欠けているのが不安を大きくする。

 大賢者、海巫女、天馬騎士の姿が見えず、さらには白竜騎士、黒騎士は深傷を負っている。世界でも名だたる実力者達がいない事は大きな戦力低下を意味していた。


「生きるか死ぬかの瀬戸際だな」


 ブットルは自身に言い聞かせる様に呟くと前方から天使の集団が姿を見せる。

 向かい合う天使と人、人側は円状に陣を組み、重傷者を中心で手当てし回復次第前線に復帰するという戦闘方法をとる。

 天使は円状に展開する人間を囲む様にさらに大きな円をつくりじわじわとにじり寄っていく。


「さて、人の子らよ。これで終わりにしてあげましょう」

 

 天使の集団から一歩前に歩き出したのはラフィール。彼女が立つ真上では巨人の腕が待機しており。左右には熾天使のリエイルとガイエル。

 人と天使が双方にじり寄り今まさに衝突が起きようとした瞬間はラピス姫の声によって中断される。


「アルス! アルス!! 良かった!! 」


 ピント張られた糸のような緊張感であった場によく響いたのは、光の王子の無事を報せる叫び。

 人族はこぞって中心に視線を移動させるとゆっくりではあるが光の王子が体を起こし歩き出し始めていた。歩む方向は誰も邪魔はできずに人波が割れていく。


「ありがとうラピス。君の声はちゃんと届いていたよ。力を貸してくれるかい?」


「うん。もちろん! 行くんでしょ?」

 

 ラピスに肩を貸してもらいながらもアルスは前線へと進んでいく。重傷から復活した今は安静にしてなければならないが、アルスはこの世界で生きる種族の一人として神の代行者に問わなければならなかった。

 

「アルス——生きていたのですね」


「君はもうカナンではないんだね」


 前線まで歩いたアルスはラフィールと向かい合う。アルスを支えるラピスは今にも飛びかかりそうな表情でラフィールを睨んでいた。

 二人の会合は示し合わせたかのように全ての者が視線を送りアルスとラフィールを見続ける。


「神の代行者。カナンはもういないのかい?」 


「えぇ。カナンという魔人族は元々は無限牢獄の封印を解く器でしかありません。それに伴い悪魔を一匹でも駆逐できればと思い。器にカナンに神が祓魔士を与えたに過ぎません」


「無限牢獄に封印されていたのは神の代行者である君自身の魂だった」


「えぇ。私が復活したことであなたの悲願であった悪魔の全滅は果たされましたね」


「悲願は叶ったが、全ての種族を滅ぼすなど僕は望んでいない!! 何故だ? どうして人を殺そうとする!?」


「殺すのではありません。祝福を――」


「同じ事だ!! この世界には罪の無い、争いとは無縁の人もいる!!」


 微笑みを送るラフィールにアルスは激昂する。アルスの後ろに控える幾万の騎士や地底人、勇者一行も同じ思いでラフィールと天使の集団を睨み付ける。

 神の意向でこれまで生きていた人生を、未来を消し去るということ。あまりにも勝手すぎる。人は一人一人に意思があり自由があり生きる権利があるのだから。

 アルスの熱意に呼応するように人側の熱気が高まっていく。応えるようにアルスは声を荒げる。


「神とは善に手を差し伸べる存在ではないのか!? どうして罪のない人々まで祝福という死を与える。神や天使とは悪を討つ存在ではないのか!? 神は善なる人も悪なる人もまとめて滅ぼすのか!!」


 アルスの魂からの叫びであった。天使と対立する人々は呼応するように熱気を上げていく。最もな意見である。人からの当然の疑問である。問われた内容への応えは焦れるほどに遅い。

 天使の軍勢はただ人の激昂を眺めていた。神の代行者であるラフィールが応えなければならないが、彼女は目を閉じ、口と耳を塞いでいるかのようであった。 


 ――応えろ!! という人々の圧力にようやく解が言い渡された。


「そうではい――光の勇者よ」


 アルスへと告げられた応え。それは天上より聞こえ出した。

 人と天使が向かい合う狭間の上空で黄金が生まれた。黄金は火となり火炎となり清浄なる蒼の炎となり無限牢獄に広がっていく。


「善良なる人間と邪悪な人間が在るのではなく、あらゆる人間の心の内に善と悪が等しく存在しているのだ――」


 蒼の炎が四散すると同時に天使の軍勢が傅き、熾天使の三名は一歩後退する。そこに降り立ったのは熾天使と同じ様に左右に三枚ずつ、計六翼を背から生やす熾天使のミカイルが地上に降り立つ。

 飴色の肌に透き通る様な蒼穹の瞳。黄金の長い髪の毛先は紅く火の粉を散らす。他の三名の熾天使と比べ背が低く童顔の為かやや幼く見えてしまう。

 纏う衣服は戦闘に特化したバトルスーツ。最高位の天使である熾天使ミカイルは美と愛らしさを兼ね備えた女性の姿であり、美しさと威厳を持ち合わせた唇が動く。

 

「人とは本来自由意志を持つ良きものとして想像された。しかし人類の始祖が罰を犯したためにその善性は変質し抑制の効かない過分な欲望を抱く様になった、罪とは無意識の集合体。しかし人間の犯した罪は生物としての遺伝レベルで記憶され人類の血脈へと受け継がれてきた、人間の罪は遺伝するのだ!」


 ミカイルはアルスを見つめる。吸い込まれそうな蒼穹の瞳から誰しもが目を離せなくなる。

 

「故に利己的な愛しかもてなくなった汝ら人は血で血を洗う歴史を積み重ねてきた。汝らが戦うのは何故か? もちろん欲望の為であろう。又は正義の為、種族、国、家族、友、愛の為だろう。だが敵も同じく愛の為に戦っているのだ。壊れて狂った愛の為に」


 ミカイルが足を前に出す。人間は動けずにただただ固まったいた。


「故に歪んだ愛は神の祝福で浄化する。それが応えだ光の勇者よ——」


 ミカイルの言葉尻に合わせ傅いていた天使が一斉に立ち上ががり人間を見据える。

 人が積み上げていきた道徳や法、モラルに反することが悪ならば、善悪というものは相対的なものでしかなくなってしまう。人々が口を塞ぐ中で先頭に立つアルスが問いかける。


「皆、神を信じるか?」


 その問いに応えるものは誰一人いない。隣に立つラピスですら何も言えずにいた。無言は肯定である。昨日まで神を信じていなかった者が神の存在を認識した瞬間であった。

 ミカイルに誰もが反論しない。だが一人だけ場違いな男が声を発した。


「いや、そもそも俺は神なんていこの世にいないと思ってるから、どうでも——」


「斗真っち!! お願いだから黙ってよ〜!!」

「斗真黙れ〜! あとでお菓子あげるから黙れ〜!」


 勇者の場違いな言葉にクラスメイトの面々が強引に口を塞ぎ黙らせる。

 背後で感じるバタバタとしたやりとりにアルスは一笑しミカイルを見つめる。


「確かに、異世界の勇者様の言う通りだ。僕の中の信仰はたった今、死んだ」


 光の王子は剣を向ける。


「僕も卑しい人間だからね。死ぬなんてまっぴら御免だ。まだまだやりたいことがある。まだまだ生きていたい」


 アルスの背中が物語っていた——自らの未来を自らの力で勝ち取る為に立ち上がれ戦士達よ。


「神と人との戦争だ」


 人々はアルスの姿と言葉に全力で応えるべく、大喝采を上げ武器を掲げ天使へと走り出す。

 天使もまたミカイルに従い祝福を実行する。

 大規模な戦争の初手は、暴れ狂う狂水竜によって始まった。 

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