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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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さようなら


「ここは例によって例の場所か?」


 空上綾人は意識を取り戻したが、例によって例の如く、あたり一面が暗い空間の中にいた。

 左右を見渡しても黒が広がるばかり。


「こうなった時は、だいたい爺かルードのどちらかだと予想をする」


 異世界に転移されて以来。何もない空間の中で一人佇むという場面をよくよく経験している綾人の持論。

 歩くこともなく、立ち尽くし周囲を見る。暗闇の只中にいても慣れたもので堂々としていた。


「謎に重苦しい声が聞こえないってことは爺だろ? 出てこいスケベ爺!!」


 意気揚々と声を張り上げたものの返答は無い。漫画的擬音で表すならば「シーン」である。

 綾人は首を振りアレ? と辺りを見渡すがいつもの調子で空上ジンが出てくる気配はない。

 異世界転移した頃よりことあるごとに綾人に助言をするお助けマン(ジン本人が思っているだけ)として登場していたのだ。この場面など正にジンが好みそうだが出てこない。

 であるならばルードの方かと名を呼ぶがそれすらも反応がない。どうしたものかと考えていると背後に人の気配を感じ振り向いた。


「ってなんだよ! やっぱ爺ちゃんじゃねぇかよ!! なんだよいるならいるって言ってくれよ」


「綾人はいつも元気じゃの」


 何度呼んでも現れなかった空上ジンがいたが、いつもの高いテンションではなくどこか疲れた様子であった。


「どした爺ちゃん? 疲れてんのか?」


「ん、まあの〜。今回は綾人の意識に割り込むのは相当に難儀じゃたわ」


 ジンは肩を揉み無理して笑うが疲れの為かどうにもぎこちない、その僅かな機微に綾人は反応する。


「あぁ~。もしかしてアレか? 爺ちゃんと会えるのはこれが最後ってところか?」


「か~全く、どうしてお前はそういう所に目敏いんじゃ綾人。情緒も何もあったもんじゃないわ」


「爺に情緒なんて求めてないから安心しろ。というか死んだ人間がいつまでも気安く会いに来てんじゃねぇよ」


 綾人とジンのいつものやりとりである。言い終えた綾人は何らかの反応がくると身構えていたが、ジンからはいつものおちゃらけた雰囲気はなかった。


「確かにそうじゃな――死んだ人間がいつまでも孫に会うなんてのはおかしな話だ」


「あのさ、爺ちゃん――」


 核心に触れることを避けている節がジンに見られた為、綾人は自ら切り出すことにした。それを悟ってかジンも大仰に呼吸し疲れを吐き出す。


「爺ちゃんってこの世界に来たことあるんだろ?」


「ん? まぁ。そうじゃな――ちいとばかし昔にな。儂も異世界転移という類でこの世界に来た」


 確信とまではいかないが綾人には予感はあった。おそらくジンはこの世界に何らかの形で召喚されたのだろうということが。


「え? まさかとは思うけど、え? なに? 爺ちゃんも勇者候補とかで召喚されたの?」


「おい綾人よ。何をニヤニヤしとる。ええじゃろ別に、爺が勇者候補でもカッコええじゃろが。歳くってる分色々と機転が効いてピンチとかすり抜ける感じだよ爺ちゃん」


「まぁ、そこはどうでもいいんだけどさ。ってことはやっぱアレなんか? 爺ちゃんって自殺じゃなくて――」


「昔のことじゃけ、忘れてもうたわ」


 ニカッと豪快に笑うジンを見て綾人もまた笑う。

 いつも通りの二人の空気感となった時にジンはおずおずと口を開く。


「どうしてかの~。まさか孫までこの世界に来るなんて、これはある意味、儂の罰なのかもしれん――」


 罰という言葉を綾人は言及しない。この世界でジンがどう生きたかを敢えて聞くことはなかった。


「綾人――」


 そんな孫の思いやりをジンは噛み締めゆっくりと頭を下げた。


「すまん。この通りじゃ。奴をとめてくれ。これは儂のわがままじゃ。奴のせいで綾人がどんな思いをしたかは重々に承知しとる。だが――それでも儂は奴に――」

 

 ジンは言葉に詰まる。彼の心根はいま激情が巡っている。綾人は肯定も否定もせずただジンを見つめ続ける。

 どこかでは気付いていたことだ。どうして奴が自分に執着するのか。それと同じ頃から祖父と語れるようになったのは偶然と片付けるにはでき過ぎている。

 であるならば考えられることはただ一つ。思考を巡らせる綾人を待たずにジンは言葉を続けていく。


「奴がああなってしまったのは、全部が儂の責任なんじゃ。儂自身の手でケジメをつけたかったんじゃが――それは叶わんかった。楽にも死なせてもらえん。それがこの老いぼれに与えられた罪と罰なのかもしれん」


 ジンは肝心なことに触れていない。意図して触れようとしない。それはジンの中にある僅かな後悔がそうさせている。

 核心に触れずとも綾人には見当がついていた。天使と悪魔。人族の歴史。世界の歪み。そして綾人が追い続ける者のこと。空上ジンはそのどれにも関わっていたということが。

  勘の良い綾人ならば分かっているだろうとジンは予想していた。

 孫に全てを託すにはあまりにも酷であると分かっていながらも、綾人にしか頼ることのできな不甲斐なさもある。ジンは己の自尊心などをかなぐり捨てて頭を下げ続ける。


「頼む綾人――この通りじゃ――頼む!」


「爺ちゃん」


 頭を下げ続けるジンはとうとう土下座まで始めてしまう。綾人は顔を顰めてジンへと寄り添う。


「綾人」


 頭を下げ続けるジンの両肩に綾人の手が乗る。

 祖父は顔を上げ孫を見る。綾人の顔を見たジンは後悔と絶望が胸に広がっていくのを感じた。

 孫は、拒絶という言葉がよく似合う表情をしていた。

 

 ――そりゃそうじゃ。とジンは自分に言い聞かせた。


 あまりにも都合が良い話である。

 自分がしてきた罪を孫に拭わせようというのだから。身勝手極まりない話だ。

 ましてや綾人はジンを尊敬していた。尊敬していた人物の悪の部分など知りたくない、聞きたくないのは当然である。

 尊敬を抱いてくれていた孫を失望させてしまった。悔しさと悲しさが胸に広がることにジン自身が驚いた。死んでもまだ、己に人の感情が残っていたこと、死んでもまだ、孫の前では英雄であろうとしていた自分に驚いた。


「爺ちゃん――」


 俯いたジンに綾人の震える声が降り注ぐ。

 いつもであれば――なんじゃ。と軽快に応えるがそうも言えない。

 二人の関係はたったいま壊れたとジンは感じ取った。懊悩するジンに綾人は言葉を続ける。


「ちょっと、歯食いしばれや」


「へ?」


 綾人から発せられた言葉はジンにとっては全く予期せぬ言葉であった。


天上天下(なにヒヨってんだ)唯我独尊(クソハゲ爺)!!」


 ――ぶべらぁぁぁぁぁぁぁぁ!! と豪快な悲鳴を上げジンは空を舞った。着地の際に「ヒデブ!!」と叫ぶ辺りにセンスの高さが伺える。


「キモッ! 爺のしみったれた顔マジできキモッ!! キモ過ぎて俺まで辛気臭い顔になっちまったよ!!」


「あ、あ、ああ、綾人キュン?」


 這いつくばるジンはさながら芋虫のようである。綾人の罵声は余計に酷さをましていく。


「爺このクソハゲ野郎が!! 動きもキモいとなると救いようがねぇぞ!! 先ずは毛根からやり直せ!!」


「このアホ孫が!! なんじゃ毛根からやり直せって!? 意味不明じゃわ!! ってかなんで殴った!? すごいしんみりムードじゃったのになんで殴った? え? 分かんない分かんないお爺ちゃん全然分かんない!? 孫の考えがお爺ちゃん全然分かんないですけど~!!」


「うるせぇクソ爺!! 捨て犬みてぇな顔でこっち見やがって、てめぇはそんなんじゃねぇだろ! 賢狼って言われてた面影が一ミリもねぇぞ! 今の爺は去勢されたマルチーズだ!」


「誰が去勢されたマルチーズじゃ!! 言いたい放題言いおって、だいたいな――」


その後もギャアギャアとお互いの悪口を言い合う祖父と孫。最終的にはお互いの胸ぐらを掴みあい激しく罵声を浴びせ続けていく。


「だいたい出てくる時は下ネタしか言わねぇクソ爺が! 初めから真面目な話してたらこんな回りくどくならなかったんだよ!! 頭のなか女のことしか考えてねぇのかよ!!」


「アホ~!! 人生において色は必要じゃろうが!! そんなんだからいまだに女の肌をしらんのじゃ貴様は!! 儂がお前ぐらいの歳の時はもうバンバンやったぞ!!」


「はいそれ嘘~。初体験は二十四で相手は婆ちゃんだってこっちは知ってんだからな~」


「なっ!! お前、どうしてソレを――」


「婆ちゃんが爺の悪口言う時言ってたんだよ! モテるフリてるけど爺は私以外の女を知らんって、いつも言ってたぞ!!」


「あんの婆~!! 孫に何教えとんのじゃ~!!」


 ああ言えばこう言う。こう言えばああ言う。まるで子供のようなやりとりを繰り広げていく二人。取っ組み合いにまで発展したバカ二人の喧嘩は綾人の一言で終わりを迎える。


「久々に出てきたと思ったらシケた(つら)してグチグチとよ! くだらねぇぜ、マジでくだらねぇぜ!!」


「な、何がくだらないんじゃ!! 儂は事の重大さを鑑みて、綾人に全てを託すのはあまりにも――」


「それがくだらねぇって言ってんだよ!!」


「な、なに?」


 綾人はジンを強引に投げ飛ばす。ジンは尻餅をつくと同時に直ぐに胸ぐらを掴まれ強引に体を起こされた。


「家族だろうが! 迷惑かけて当たり前だろうが! 爺がやりきれなかった事は孫の俺がケジメをつける。こんなの普通のことだろうがよ!!」


「――綾人」


「ただ一言、頼んだ! って言えばいいだけなんだよ!!」


 またも投げ飛ばされるジン。直ぐには立ち上がれなかった。

 ジンが考えているよりも綾人は人として成長していた。この異世界での経験がそうさせたのだ。分かっていたつもりでも、その考えを軽々と凌駕する成長を遂げていた。


「逆の立場だったらどうすんだよ!! 爺は俺がやらかしたことを見てみぬフリすんのかよ!? できねぇだろ! 爺ちゃんならどんなことがあっても俺を救おうとしてくれるだろうがよ!! 同じだよ、爺の失敗を俺がケジメをつける! それだけの事だろうが!」


「——あぁ」とジンの口からは魂がぬけるような声が出た。

 ――何とも頼もしい。呆けたあとに自らを責めるように笑う。信じていたが信じ切っていなかったのは自分であったと自らを責める。

 空上綾人はもう立派に成長していた。

 その姿はまさに勇者である。闇を切り裂き、光を与えるという類の勇者ではない。


 ただ純粋に目の前の困った人を助ける。それが勇者、空上綾人である。


 ――もう伝えられることは何も無い。きっと綾人ならば――ジンは自重気味に笑い綾人を見る。

 

「綾人よ」


「んだよ!」 


 勇者は信用してもらえなかった怒りが収まらないようで、興奮気味に肩を上下させ、荒い呼吸をしていた。こういう所は年相応であるとジンはまたも笑う。


「お前のジョブ——特別にしたのは儂じゃぞ。中々に渋いチョイスじゃろ!?」


「ああ!? ジョブ? そうなの? って、ざけんな爺!! このジョブのせいで俺はクラスの連中からハブられたんだぞ!!」


 ジョブを与えられた日。一人だけ異質なジョブに誰もが困惑し誰もが気味悪がり、綾人に近づこうとしなかった。それをネチネチと根にもつ辺りが実に綾人らしいといえばらしい。


「それでも多くの窮地を覆してきたじゃろうが。天上天下唯我独尊。その名に恥じぬ立派な戦いじゃったぞ!」


「は? べ、別に、爺いに褒められても嬉しくねぇからな!」


 ――チョロい。我が孫ながらチョロ過ぎて心配になってくるわい。

 とりなすようなジンの言葉に綾人は満更でもない態度で応え、これまでの冒険を語っていく。ジンは要所要所で相槌をうち冒険譚を大いに盛り上げた。


「爺ちゃん。一つだけ聞かせてくれ?」


「なんじゃ?」


 喧嘩したことなどまるで無かったかのように元の雰囲気へと戻っていた二人。

 やるべきことが決まった。であるならばもう別れは近いだろう。故に綾人はジンに問うた。


「俺やクラスメイトたちがこの世界に来たのは、決まっていたことなのか?」


 綾人の表情は真剣である。応えるジンも当然に真剣である。

 冒険譚の中で綾人は己の罪を語れなかった。もしも綾人を狙った転移であったとしたら、綾人はきっと――。


「いや、偶然じゃよ。嘘偽りなく偶然じゃ。偶然と奇跡が重なった結果、綾人やクラスの皆がこの世界にきた」


「そっか」


 綾人は大きく息をする。気休めでしか無いが今はこれでよいと己を鎮める。


「こればかりは儂も驚いたわ。どうにかしたかったがの、だがとうに死んでいた身体ではどうすることもできん。できることがあったとしたら、奴に交換条件をつきつけて、ナイスジョブをお前に託すことくらいじゃった」


 ――ナイスジョブかはともかく、なるほどね——綾人の中で点と点が線で繋がった。


「奴の悪趣味に付き合わされて魂を監禁されて、綾人。お前に植え付けられたんじゃ。だからお前とこうして何度も会うことができた」


「爺ちゃんの魂を俺に植え付けた理由は、聞くまでもないか」


「そうじゃな。ただ面白そうだから。それだけが理由じゃろうて。奴の行動理由は全てがそんなもんじゃ。だがようやくお役御免じゃ。これで儂は本当に死ねる――」


 ジンが言葉を言い切ると同時に左胸に手を当てた。ジンの左胸は空洞となっていた。

 

 ――あぁ、そういう事かと綾人は理解した。

 現実で心臓を抜き取られた記憶まではあった。その先は記憶に無い。

 ――最後まで守ってくれてありがとうな爺ちゃん。

 その言葉は言わずに不敵な笑みで返す。ジンも同じように綾人に不敵な笑みを送る。


 感謝の言葉を伝えてしまえば二人らしくないやりとりになって、らしくもない別れ方になるだろう。それが分かっているから。二人は笑い合う。


「じゃあ、もう行くわ! 早いとこ戻ってあのクソ野郎をブッ飛ばしてやらねぇとよ!」


「頼もしい孫じゃな、お前は」


 ジンに背を向ける綾人。暗闇の中だが歩む方向はなんとなく分かっていた。それはジンからの最後の贈り物だろう。


「綾人! 頼んだ!」


 振り返るとジンはもういなかった。


「オウ!」


 いつものように太々しく返事をする。

 ――これでいい。そうだろ爺ちゃん! 

 声に出す事はなく綾人は前を見据え走り出す。もう一度振り向こうかと思ったがそれは止めた。それがジンへの誠意であった。

 暗闇の中をひた走る。


 もう間もなく現実に戻っていくだろう。その予感があった。


「――やってやるよ。見てろよ爺ちゃん!」


 言葉を置き去りにし、綾人はどこまでも闇を駆けていく。

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