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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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熾天使


「空気が変わる」


 水魔法を四方に飛ばし天使を駆逐したあとにブットルは攻撃の手を止め呟く。

 人の流れ、攻撃の密度、戦争の空気を何度も経験した男だからこそ分かる機微があった。


「綾人君お願い戻ってきて!!」

「王子には、誰にも近づけさせないんだから!!」


 綾人は変わらずに目を覚ます様子は無い。既に欠損した部位などは完治し見た目は正常に戻っているが目を閉じたままであり、そんな綾人に美桜は諦めることなく回復魔法をかけ続けている。

 凛は二人に天使を近づけさせまいと攻撃魔法を繰り出し続ける。双方は疲弊など微塵も感じさせずに綾人を救う為に全力を出し続ける。


「——何としても守らんとな」


 そんな二人を横目にブットルも迫る天使の猛攻をねじ伏せていく。ブットルは肌で感じている。時期に戦況が変わることを、その為に虎視淡々と魔力と策を巡らしていく。

  



「若者が頑張っているなら老骨に鞭打たねばなるまい」


「私は老骨ではありませんが、もう一踏ん張りする必要がありますね」


 空での戦いもまた激しさを増していく。

 大賢者ヨーダン、海巫女ジーナはたった二人で空に蔓延る多くの天使と戦っていた。


「さて、お前たちの顔は儂には毒でしかない。この炎で安らかに逝け」


 心を荒らす家族の姿をした天使に向けて、大賢者は魔法を放つ。


 創作魔法極級 不動明王・火生三昧(かしょうざんまい)


 ヨーダンの背後に現れたのは忿怒に染まった仏。

 その姿は堂々としており物言わぬ天使らを圧倒していく。見開かれた瞳が大空を睨むと空の色は一瞬で赤へと変わり辺り一面が火の海と化す。

 天使らは炎にのまれ消えていくが、炎には不思議と熱はなく、空をたゆたう大怪獣は火の海を心地良さそうに泳いでいる。炎は熱ではなく煩悩を焼き払う清らかな悟りの智慧であった。

 広がりに広がる炎は空に跋扈する天使全体を焼き尽くしていく。


「さようなら」


 その中には無論ヨーダンの家族の姿もあった。炎に包まれる家族の面々は最後は笑顔をヨーダンに向けていた。家族同士は互いに手を差し出し合うがそれが触れ合うことはなかった。

 大賢者は——ほぅ——と息を吐く。それは全てが片付いた表情であった。


「後片付けは私が努めましょう!」


 火生三味の炎から逃れた天使をジーナと大海獣が襲う。開かれた大口には多くの天使が収められていく。 

 大賢者と海巫女によって空の脅威は沈められていった。




「この世界の人の子は随分と立派ですね」


 人の子の奮闘を我が子の活躍のように見守るのは、一段高い空にいる神の代行者である。

 時には頷き、時には喜びの声を上げる様はまるで観客であり、舞台を見るかのように見守っていた。

 空の脅威が去れば手を打って称賛し、陸地での勇者や騎士の活躍に自愛の表情を送っていた。どこまでも余裕の態度であった代行者だったが、ある出来事を切っ掛けにそれが終わる。

 

「——え!?」


 その出来事は代行者の中であってはならない事であった。


「そんな——ありえません! どうして!!」


 声を荒げるがそれに反応するものは誰もいない。


「マリアンヌ——どうして。私の可愛いマリアンヌ——」


 代行者の情緒は酷く不安定になっていく。

 最愛の者を失った人にようである。髪を振り乱し両手で自身の胸を締め付けていく。まるで半身を失ったような痛みが代行者を襲う。

 やがて全ての増悪を従え怨嗟の言葉を吐き出していく。

 

「世界を想い行動してくれたマリアンヌを葬るのがこの世界のやり方であるのなら。もう手段は選んでいられません。神の意向を速やかに実行します」


 代行者は呪いの言葉を吐き出す。全てを憎む表情で世界を見下ろす。先程の自愛に満ちた表情は微塵もない。

 空気が変わる。張り詰めた空気がより密度を濃くし、鋭く濃密な絶望が広がっていく。空が変わる。終焉を表すかのような仄暗い闇へと誘われる。


熾天使(セラフ)よ。この地に舞い降り、神の意向を実行いたしましょう!」


 大気がうねり黄金が世界を包む。純度が高く神々しい光が発生すると、代行者の側に二名の天使が出現した。


「よく来てくださいました。リエイル。ガイエル」


 代行者に名を呼ばれた両名は男神のように美しさと気高さを持ち合わせた天使であった。


「久しぶりだね。ラフィール。熾天使三名が顔を合わすなんて随分と珍しい」


「お久しぶりですガイエル。どれくらいぶりでしょうか? あなたと会えて嬉しく思います」


 代行者——ラフィールに気さくげに話しかけたのは顎髭を蓄えた男の天使。匂い立つような色気があり野性味があり、性を感じさせる天使であった。

 白の法衣を着崩し、背から生える天使の翼は左右に三つの計六つ、その数と汚れのない純白から位の高さが垣間見える。


「くだらん挨拶など不要だ。ラフィール。貴様も含めて最高位の熾天使三名もいるのだ。さっさと神の意向を遂行するまでだ」


「リエイルの仰る通りです。直ぐにこの世界を祝福へと導きましょう」


 もう一人の天使は彫刻画にでも出てきそうなほどに、完成された美しさをもつ男であった。こちらは触れてはならない美を感じさせる。別の意味での魅力があった。

 ガイエルとは対照的に法衣を正しく着こなし、細部は鎧のような形状で守られており、さながら神の意向を体現するかのような規律と実直さを表していた。


「おいおいリエイル。相変わらず固いね。もっと気楽に行こうぜ、先ずその眉間のシワを取ってくれよ」


 ガイエルがリエイルに気安く話しかける。確かにリエイルは眉間にシワを寄せ堅苦しさを如実に表している。その様が可笑しくラフィールは微笑む。


「貴様と喋っても何もならん。ラフィールよこの世界に祝福を与える。それが神の意向でよいのか?」


「はい。その通りですリエイル。私の最愛の子が天へと召されました。本来ならそんなことなどありえないのです。でもありえてはならない事がありえてしまった。この世界の子らは危険です。徹底的にやるべく熾天使であるあなた方を呼びました。やがてミカイルも参ります。彼女の炎で全てを払いましょう。ですがその前に――」

 

 簡易的なラフィールの説明にも関わらず、リエイルとガイエルは全てを見聞きしたように理解していた。最高位の熾天使同士での共感なのかもしれない。


「我らは我らのやるべきことを、ってね」


 ガイエルが鷹揚な喋りで結ばれると熾天使三名は手を胸に当て目を閉じる。


「すべては神の御心のままに——」


 言い終えると同時に三条の光となり、それぞれが散っていく。それは世界に鉄槌を降りそそぐ光であった。



 


「なんじゃ? 空が——」


 空の天使を駆逐し続けていたヨーダンの言葉であった。

 闇にのまれた直後に尊厳を集めたかのような光が収束し世界を僅かに照らす。その様は不気味でありこれから何かが起こる事を予兆しており、現にそれは直ぐに起きた。


「ヨーダン!!」


 海巫女が叫ぶ。大海獣を操り大賢者へと近づいていく。

 ——ジーナよ。何をそんなに慌てておる? ——そう問いかけようとした時であった。空を見つめていた時間はほんの数秒。

 その数秒の間にヨーダンは背後をとられていた。


「その力は人の領域を超えている」


「なっ——貴様、何者じゃ!?」


 ヨーダンが振り返るとそこには光の鉄槌である熾天使リエイルがいた。六翼を広げる姿は美しく雄大。そこから感じる力の本流はヨーダンをのみこんでいく。

 大賢者は振り返りつつ返した言葉はありきたりであったが、リエイルの存在感がそれほどまでに特殊である為にそう発するしかなかったのだ。

 

 ——不味い。大賢者の直感が告げていた。——攻撃せねばやられてしまう。攻撃せねば——。


 だがヨーダンとリエイルの戦いはもう終わっていた。

 魔法を行使しようとした瞬間に大賢者は大量の吐血と共に杖から転げ落ちる。魔力を失った小さな体は真っ逆さまに地上へと落ちていく。


「ヨーダン!!」


 海巫女が叫ぶ。大海獣がその大きな体を忙しなく動かしヨーダンの元へと泳ぐ。

 すれ違ったリエイルの手にはヨーダンの心臓が握られていたことを横目で確認した——その瞬間であった。


「その力も同じく危険だ。その海の獣はいつしか天まで届き神の逆鱗に触れてしまうだろう」


 ジーナの耳に届いたリエイルの声は感情というものが一切感じられなかった。

 大海獣の鳴き声が天まで届く。その巨体が両断されていた。それをジーナは見ることしか出来なかった。何故ならジーナの体もまた両断されていたからだ。

 




「苦戦しているようだね」


 地上での激戦の場で揚々とした声が響き渡る。戦いをしていた全ての天使が一斉に傅く。その光景に動揺し嫌な予感がすると距離を置くシルヴァ、ホッポウ、ハンクォー。

 悠々と歩き躊躇いなく戦場の中心に立つのは熾天使ガイエル。

 

「言葉を、喋った」


 ハンクォーは驚きを隠せない。対峙していた天使の面々はどれも言葉が通じなくただただ殺戮を繰り返す生物であったからだ。

 先ほどまで対峙していた男女の天使も同じで知性を感じたが意志の疎通などはありえないといった様であった。その出で立ちと言葉を喋ることに驚きを隠せないのは当然にハンクォーだけではない。シルヴァやホッポウもである。

 

「我が名はハンクォー。そこの天使のお方よ。どうして我々に危害を加えるのですが? 神の裁きというにはあまりにも理不尽——」


「止せ! ハンクォー!」


 ハンクォーがガイエルに詰め寄ろうとした瞬間にシルヴァが静止をかける。白竜騎士はこれまでにないほどの重圧感をガイエルから感じ取った為である。

 黒騎士がシルヴァとハンクォーを守る為に前に出た。


「ホッポウ殿!」


 次の瞬間にホッポウは地面に膝をついていた。腹部の鎧が砕け、腹を裂かれ内臓が外へと飛び出していた。ガイエルが何かをやったのであろうが、見極めることができなかった。

 ホッポウはそれでも立ち上がろうとするがまた何かをやられたのだろう、大の字となって地面に倒れてしまう。


「あれ? 頑丈だね。じゃあもう一度」


 それでも一命を取り留めているホッポウにガイエルは意外そうに呟くと、もう一度何らかの攻撃をしようと手を掲げる。させまいと白竜騎士はホッポウの前に飛び出し最大級(グリジーナ)の技を繰り出す。


「あらら、こりゃ凄い。完全に人の力を超えている」


 再び空間に亀裂が生じ原初の竜が世界へと顕現していく。直視するガイエルは呑気な感想を送った。七大竜守護神破邪(グリジーナ)を待ち構えていた美丈夫の天使が前に出ようとしたがガイエルはソレを阻止。


「下がっていなさい。アレはこの世の間接から外れている。なるほど、あの金色の瞳が呼び出す鍵となっているのか——そんな危険な力は人の子が持つべきではい」


「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ガイエルが言い終わると同時にシルヴァが絶叫し両膝を崩す。直ぐにハンクォーが駆けつけるとシルヴァの両眼からは血が滴っていた。

 

「姉上!!」


「ハンクォー、何も見えんぞ! どうなっている!?」


 ハンクォーが恐る恐るガイエルを見ると金色に輝くシルヴァの両眼があった。

 原初の竜を呼び出す両眼——鍵を失った白竜騎士。鍵がなければ当然に竜は世界へと顕現することはない。空間の亀裂が消失すると同時に原竜も消えていく。

 シルヴァとホッポウを守ろうとハンクォーが前に立つが到底どうにかなるものではない。攻めて一矢報いようと攻撃を繰り出すがそれは届くことが無かった。





「さて、リエイルとガイエルばかりに頼るのもいけませんね。私も手を下しましょう」


 神の代行者であり熾天使ラフィールは大地に降り立つ。

 そこは多くの騎士、地底人がいるいわば守りの本拠地である。直ぐ近くで勇者とウルテアが老人の天使と戦闘を繰り広げている。先の方では勇者一行の連携が冴え渡り天使の数を徐々に減らしている。

 

「神の代行者だ!!」

「その首もらった〜!!」

「ウォォォォッォォ〜!!」


 突如として現れた大将首に騎士や地底人が沸き一斉に襲いかかる。その数は膨大であった。敵地のど真ん中にたった一人で降り立ったラフィールは、怒涛のように攻めてくる人らに哀れな眼差しを向けた。


「その魂を解放して差し上げます。百腕御手解像(ヘカトンケイル)


 ラフィールへと襲い掛かった騎士や地底人は一瞬にして肉体から魂を解放されてしまう。それは天より降りる巨人の腕によってだ。

 樹齢千年の巨木のような腕が一度だけではなく、十でもなく百回降り注いだからだ。巨腕の一撃に巻き込まれたら人などあっという間に捻り潰されてしまう。

 ラフィールが地面に降り立った僅か数秒で多くの死が広がっていった。

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