絆
周囲全てを焼き尽くし紫電が収まっていく。
「流石に大技に過ぎましたね。仕留めるまでにはいきませんでしたか」
焼けた匂いが鼻腔を刺激する。辺り一面が焼け焦げた中心地に立つマリアンヌが前方を見据える。そこには互いに守りながら立つレダとティターニの姿。
自身も深い傷を追っているがティターニは回復魔法をレダへと向ける。
「レダお姉様――」
ティターニは直ぐにレダへと回復魔法を施す。自分よりも明らかに傷が深い。それはティターニを守るようにした結果であった。
「ちょっと、お姉ちゃんらしく妹を守ってあげたくなっちゃった」
「その腕――」
傷の回復もままならないがそれよりもレダの右腕は肘から先が消失していた。
おそらく回復魔法を寄せ付けないのは呪いの格式が高い故、破提宇子が規格外であることを物語っている。
「ティターニ。ありがとう。でもこの腕はもうダメだよ。回復魔法を止めて――」
レダは痛みで顔を歪めながらも強引に立ち上がり左腕で槍を握る。
欠損はないが同じく深い傷を負っているティターニも立ち上がり前方を見据える。マリアンヌは悠然と歩いていた。獲物をじっくりと追い込むように焼けた大地を踏み締める。
「このままやってもダメだね。ティターニ、なにか策はある?」
「試してみたいことが一つあります。ですが少々時間がかかります。レダお姉様は策はありますか?」
「うん。マリアンヌの為だけに用意したとっておきのやつが一つ。接近して放ちたい感じ。援護お願いできる?」
「勿論です。ですが――」
「分かってる! 無茶はしないよ――」
言葉を置き去りにしレダは懸けていく。傷だらけの体に鞭打ち左腕で槍を操る。マリアンヌは一切の躊躇なく短剣を振るう。
直ぐ様ティターニによる魔法の援護。氷の剣、炎の矢、土の隆起、風の刃でレダを援護していく、左腕一本であるが、レダの鬼気迫る槍捌きが冴える。ティターニの援護もあいまり僅かに押されていくマリアンヌ。
槍の突きが迫る。マリアンヌはそれを受けようとするがティターニの魔法によって足場が揺れバランスを崩す。不利な態勢にも関わらずテスラ・カルマで何とか槍の一撃を受け止める。
「変わらないねマリアンヌ。防御よりも攻撃が好きな所!」
一瞬過ぎる家族との思い出。盤上の駒遊びで幼いマリアンヌはいつも兄や姉に負けその度に泣きじゃくりいつもティターニが慰めていた場面が回想される。マリアンヌは一笑したあと反撃に転じる。
「レダお姉様も変わりませんよ、無謀に攻める所」
短剣の一撃を槍で払われるとマリアンヌの両腕が上がり腹部がガラ空きとなる。
それは初めて掴んだ好機でありレダは逃すまいと刺突を繰り出す。ティターニもまた同じく攻めの一手の攻撃魔法を繰り出す。
初めてマリアンヌの眉根が寄る。だがその一撃を捌けないようでは世界最強、又は天才とは言われない。
「――鳴きなさい」
迫る一撃を尻目にマリアンヌが呟くとテスラ・カルマが鳴く。まるでエルフの悲哀を込めたように大量の紫電が発生。一瞬で形成が逆転する。
大量の紫電はティターニが繰り出した魔法を全てのみ込み、レダの体を強張らせる。その隙に腕を下方に振り下ろし刺突の一撃を地に落とす。マリアンヌはそれだけでは止まらず足を踏み込みレダの目前に移動。
「素敵な時間でした、レダお姉様」
「マリ――アンヌ――」
抱き合うほどに近づいた両者。マリアンヌは微笑みを送り、レダは口から血を流す。レダの腹部からはテスラ・カルマが突き刺さり刃先が貫通していた。
「レダお姉様!!」
ティターニは叫び瞬時に駆ける。それを見つめるマリアンヌの瞳は冷酷であった。短剣が躊躇なく引き抜かれると腹部と口内から鮮血が迸る。
マリアンヌは頬にかけられた潜血を舐めとるとレダと目を合わせる。瞳孔が開き事切れる寸前であった。
揺らめくレダは必死に立ち続けた、力が入らずに槍を落とし。そしてゆるゆると腕を掲げ近づくティターニに止まるように手の平を突き出す。
「マリ――アンヌ」
「はい。何でしょうかレダお姉様?」
見つめ合う姉妹。この状況で先に笑ったのはレダであった。
「私の目――見たよね?」
レダの瞳が暗褐色に染まっていく。それを見つめるマリアンヌは戦闘となってから初めて恐怖という感情に苛まれた。
「これは古代付与、レダお姉様」
ただただ見つめることしかできないティターニの呟きは二人に届くことはない、ティターニは足を止めた。止めざるを得なかった。見つめ合うレダとマリアンヌの周囲は空間が歪み闇が覆い始めていく。
黒を超え、闇を超え、漆黒と化した空間内で抱き合うほどに近い姉妹の周囲は触れるもの全てを死へと誘う。仄暗く底が見えない闇がマリアンヌを襲う。
「これはね、マリアンヌの為だけに用意したとっておきだよ」
いつもの気怠げな声とは違う、無機質な声。だが発しているのはレダ本人。まるで誰かに操られるかのように首が直角に曲がりマリアンヌへと抱きつくレダ。
「レダお姉様! あなた——」
「そう、私の命を媒介に禁忌の呪いを発動したの、古代付与の呪いは強力だからね」
――レダの涼しげであった目は漆黒へと変わり背後に呪いの正体が現れる。
無垢なる子供が一人、二人、三人と徐々に現れる。どの子供も目は漆黒であり肌は灰色で仄暗い。レダを掴み、マリアンヌにまで手を伸ばす赤子の数は止まることなく増えていく。
「罪は一緒に償ってあげる。だって私達は家族だから」
耳元で囁かれたマリアンヌは二度目の恐怖を味わう。足元、軽装の鎧、羽根、頬、髪と無垢な手に掴まれる。その数は無限。
強張った意識を強引に切り替え紫電の嵐を巻き起こす。
「無駄だよ――」
耳元でまたも囁かれる。古代付与の呪いからは絶対に逃げ切ることができない。
「天使の力を得た私に呪いなど効きません! レダお姉様! 今直ぐに呪いを止めなさい! でなければ呪いに全てをもっていかれますよ、そうなれば二度と家族の元に――」
マリアンヌは強気に叱責するが途中で言葉が止まる。
それはレダの背後に現れたモノに見つめられたからだ。
――大きな一つ目が、闇の只中に浮いている。レダや赤子のように黒々とした瞳はマリアンヌを捉えて離さない。
「レダ、お姉、さ、ま、無駄なこと、は、いま直ぐやめ――め、め、あぁ、あっ――ああああああああああああああああ!!」
突如として金切り声を上げ体を硬直させマリアンヌは動くことを禁じられた。口から魂が飛び出そうなほどの絶叫。美しい相貌からは聞こえてはならない獣の叫びが続く。
「レダお姉様! マリアンヌ!」
周囲に広がる闇の衣が何人たりとも侵入を許さない。
ティターニは何度も闇へと手を伸ばす、爪が剥がれるがそれでも呪いを止めようと懸命に足掻く。その様を感じ取るレダだが振り返ることな無い。ティターニを巻き込まずにマリアンヌと共に呪いへとのまれる覚悟があった。
――あの日、家族が殺された日に側にいてやれなかったことを罪とした。贖罪を自身の手で与えていく。
「レダお姉様!!」
叫ぶティターニを無視し決意を新たにマリアンヌを見つめ直した瞬間であった。
腹から腸が溢れ、血が滴っていた。次には視線が下がる。顔と顔で向かい合っていたはずがマリアンヌを見上げるようになっていた。
テスラ・カルマが再び腹部に刺さり、左右に振られレダの動体を切断していた。古代付与の呪いによって動きを封じたにも関わらず、どうしてかマリアンヌは動けていた。
「――あ、ああああっ、あ――あ、あ、だか、ら無駄と、言いましたよレダお姉様。神の呪いに道具ごときの呪いが敵うはずありません」
拘束を解かれたマリアンヌの周囲には紫電が迸っていた。瞬き一つの間に異界の神である破提宇子を顕現させ古代付与の呪いを相殺させていた。
レダの命が尽きかけていく、比例するように大きな漆黒の一つ目も無数の無垢なる赤子も消えかけていく。
再度ティターニが叫ぶがレダには届いていない。「あ」とか「う」と言葉を漏らした後に意識を手放しかける。
「さようなら」
静寂の中でマリアンヌの声だけは鮮明にレダに届く。傷一つない雷蘭の姫から一撃が振り下ろされる。
その瞬間――死の宣告とは別の音が届いた。
――あれ? ちょっとちょっと。どうしてきちゃうかな? 離れてろって、行けって言ったよね。
レダの霞んだ視界には見慣れた姿があった。
――命令違反するなんて悪い子。あれ? 私の命令を聞かなかったのはこれが初めてだっけ?
それは天馬の嗎。上空より一直線にレダとマリアンヌの元に白い軌道が描かれていく。
「メーベェ!!」
ティターニは叫び強引に体を闇へと侵入させる。手足が引きちぎれても二人を助け出すために在らん限りの力を使い攻撃魔法を発生させた。
「――メーベェ。あなたも共に送ってあげるわ」
飛来する天馬に向けるマリアンヌの目は家族であった愛馬に向けるソレではなかった。
不意を突いたメーベェの突進は、マリアンヌにはあっさりと回避されテスラ・カルマが振り落とされる。容赦のない斬撃で胴体を斬り落とされた天馬が地に転がる。
「あぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」
全身全霊で叫ぶのはレダ。愛馬を、家族を手にかけた妹に一矢報いる為に全てを投げ出し突進する。
「いい加減にしろ!!」
雷蘭の激昂が形となって現れる。それは蜘蛛の巣状に轟雷が落ちメーベェとレダを焼き焦がし立ち上がることもさせない。ティターニがなんとか時間稼ぎの為に発動させた幾多の攻撃魔法をものみ込んでいく。
慈悲のない白純の翼が広がり轟雷がやみ、代わりに死の一撃が振り落とされた。
テスラ・カルマが上方より一直線にレダの首元に落とされる――「メーベェ!!」そう叫んだのはティターニであった。
攻防の中心地ではなく少し離れた場所にいたからこそよく見えたのだ。胴体を真っ二つに斬られ、全身を焼かれ首のみとなったがメーベェは動いていた。必死に主人を守ろうと這いあまつさえマリアンヌの首元に噛みついたのだ。
――一瞬でよかった。その隙を長年連れ添った愛馬が作ってくれた。だったら後はやるだけだ。
「この! 離れっ――」
噛み付いた天馬を引き剥がし雷を落とす。そのままレダにもトドメをさそうとした瞬間であった。足首を掴む赤子の手に視線を奪われた。
「もう、絶対に逃さないよ」
即座に異界の神を召喚したが手遅れであった。口を、耳を、鼻を赤子の手が這い自由を奪っていた、やがて手足の動きも奪われ最後に目が閉ざされていく。
マリアンヌは叫ぼうとしたがそれは叶わなかった。最後に見たのはレダの憤怒にそまる表情と背後にある大きな一つ目の闇。
闇が広がりティターニはまたも弾き出される。姉の名を呼ぶが周囲の闇は一際色濃くなり、家族達がのまれていく。仄暗い闇が全てをのみ込むと現世と呪いの輪郭を曖昧にしゆっくりと消えていく。
――ごめんね。
僅かに振り返ったレダの口元がほんの少し動いた。
「レダお姉様! メーベェ!!」
ティターニが叫ぶと同時に闇は消える、先ほどまでいた家族の場所はただただ荒れ果てた地が広がるのみであった。




