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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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喜び


「先ずは魔法対決から致しましょう」


 どこか楽しむような口調のマリアンヌは、ゆったりした口調で一歩前に踏み出す。

 その言葉に乗るつもりはティターニには毛頭無い。だが牽制の意味も込めて距離をとりつつ魔法を発動していく。短剣を構えたまま後方に跳躍と同時に多重の魔法を展開していく。


 マリアンヌを襲ったのは無数の光の矢。乳白色に光り輪郭がぼんやりと黄金に輝く矢が幾重にもティターニの背後に展開される。マリアンヌがもう一歩足を踏み出すと同時に、音を置き去りにする速さで光の矢が迫る。


「素敵ですわ。お姉様」


 圧倒的な質量にも関わらずマリアンヌの余裕は崩れることはない。それどころか、これくらいやってくれなくては——合格点はあげられない。という態度であった。

 マリアンヌもまた魔法を展開。発生したのは紅蓮。赤よりも青に近い炎が地上より現れると炎壁となり光の矢を焼いていく。


 次にティターニが仕掛けようとした瞬間に、マリアンヌは攻撃魔法の発動が完了していた。色とりどりの鉱石がマリアンヌの周囲を囲む。赤、朱、青、蒼、緑、碧、黄、無骨な形だがどれも美しく輝いている、だが中心に立つマリアンヌの美貌を引き立たせるにすぎない。鉱石がグニャリと形を歪めると様々な武器の形へと変化していく。剣、槍、斧の形となったが美しい色合いはそのままであり、宝石でできた武器のようである。

 

「いきなさい」


 瞬時に紅蓮の壁が消え、鉱石がティターニへと向かう。途中にある光の矢は輝く武器によって次々と砕かれていく。

 赤、黄、青が迫るがティターニはさして焦った様子を見せない。何故ならももう対処は完了しているからだ。鉱石はティターニに目前でドロリと溶けて消えた。


「お姉様が腐敗魔法を使うのは少々意外ですね」


 ティターニは応えずに短剣を構える。


「魔法の精度は互角という所でしょうか? 次は得物でのやり合いといたしましょうか」


 マリアンヌは引き続き楽しむ調子である。ティターニは油断なく短剣を構え斬りかかろうとした瞬間に足が止まる。

 突如として言いようのない不安にかられたからだ。その様子を見てマリアンヌは満足げに頷き、ひどく緩慢に己の得物を手にする。


「あ、あなた、それは――そ、それは——」


 ティターニが言葉につまり、か細い呼吸を繰り返す。その様は気の弱い少女が大量の血をみるかの様子に酷似しており、ティターニの表情からは血の気が引いている。

 マリアンヌは問いかけには応えずに得物を掲げる。それは姉と同じく白と黒の二振りの短剣であった。


「やはり同族ですと分かってしまうのですね」


 少し憂いを帯びた表情でマリアンヌは二振りの短剣に愛おしげに視線を送る。

 頭の天辺から爪先までが美であるマリアンヌが持つには少々場違いな短剣であった。

 ひどく無骨な短剣である。洗練された細工などがなく荒々しく野蛮な種族がもっていても納得してしまうような印象を受ける


「偶然にもお姉様と同じ二振りの短剣が私の得物です。これには名前がございまして――テスラ・カルマ(夜泣くエルフ)といいます」


「あ、あなた、それ、エ、エ、エルフの――」

 

 ティターニは膝から崩れ落ちそうになるのを何とか留めた。

 マリアンヌの持つ短剣から目を逸らすことができない。それは同じエルフという種族がそうさせている。短剣が泣いているように見えてしまう。それが余計にティターニを苦しめていく。

 

「はい。お姉様のお考えどうりです。この短剣はエルフの一族全ての髪、皮膚、血、肉、骨でできております」


「なんてことをッ!」


 ティターニの顔は一瞬だけ幼子のように変わり、次には憤怒にそまる。

 

 死したエルフの皮を剥ぎ、肉を削ぎ、骨をくだき、髪を煮詰め、熱を入れ形成した武器である。

 マリアンヌの一族への愛情が形となった二振りの短剣。皆は常に私といると言ったマリアンヌの言葉は比喩でもなんでもなくただの事実であった。

 

 歪んだ愛の形を前にティターニは駆けていた。当然冷静ではいられない。だが熱くなれば周りが見えなくなり危険である。

 何せ相手は最強と呼んで良い存在。少しの油断が命を断たれることは安易に想像がつく。それでも理性では抑えきれない激情を抱え短剣を操る。その結果またもマリアンヌの言葉通り得物でのやり合いとなった。


 瞬時にマリアンヌの懐に潜り込み、左右に短剣を振るうとテスラ・カルマが閃き一撃を止める。ガチリと重なり合う刃の音は酷く歪に響く。

 ティターニはすぐ様体を捻り、回転を加えてマリアンヌの得物を弾き勢いのまま水平の軌道を描く。マリアンヌが一歩後退しそれを回避、逃げ遅れたのは僅かな銀髪だけ。

 再度距離を詰め逃さないと言わんばかりの縦横斜めの連撃を繰り出す。

 

 ティターニの短剣の腕は言わずもがなである。多くの窮地を切り抜け、また切り開いてきた。そして本人にも自信あったが五月雨のような連撃はことごとく弾かれていき、少し苛立ちがつのる。

 またしてもマリアンヌが一歩後退し、ティターニが距離を詰める。

 だがそれは理性を欠いた故の安直な判断であった。当然マリアンヌは見逃さない。ほんの僅かな綻びを待っていたように後退させていた足を直ぐに蹴り付け前進。


 突如として迫られたティターニは己が理性を欠いていたことを自覚した。

 マリアンヌが迫るが攻撃を繰り出す素振りはない。姉妹の顔が急接近し近距離で見つめ合う。動揺するティターニと()むマリアンヌの瞳が敵であり家族を映し出す。


 ――今度はこちらの番ですよ。お姉様。


 声には出ていないが、瞳で語っていた。テスラ・カルマの斬撃は酷く重い。上方から振り下ろされた一撃を受け止めた直後に両手に僅かな痺れが襲う。

 

 ――よく防ぎました。


 またも瞳が告げていた。

 煽っているかの態度にのることは無い。思考が明瞭に戻ることが自覚していく。同じ失敗をしないのがティターニである。

 続け様に繰り出されるマリアンヌの連撃をティターニが受ける。

 横薙ぎを受け流し、突きを躱す。上下からの一撃は体を捻り回避。左右からの攻撃を受け止め勢いをつけ反撃。マリアンヌは必要最低限の動きで躱し再びの連撃を繰り出す。それをティターニが受けつつも反撃に転じていく。


 両者の短剣の応酬は無駄がなく美しいの一言で表せられる。

 必要最低限の動き、互いに数手先の読み合い、そこからのどの手が最善であるかの模索。相手の反撃を加味して実行という達人級の二人であるからこその美であり極地が続いていく。

 

「どうやら、得物でも決着はつかないようですね」


 時間にして六十秒ほど、短剣の斬り合いが千手を超えたあたりでマリアンヌが先に降りる。

 最後に大振りの一撃でティターニを押しやり自身も後方へ跳躍し距離を取っていく。


「斬り合いも互角となりますと、次は――スキルで勝負と致しましょうか?」


 一呼吸置いた次の瞬間、マリアンヌの周囲に紫電が発生。構えるティターニもスキルを発動していく。

 鳴雷神(なるかみ)のような大規模スキルを扱う雷蘭の姫に通用するのは一つしかない。


 ティターニの周囲に剛風が吹き荒れ、肘から先の両肘が黒へと変化する。周囲の大気を唸らせ大技を繰り出す。

 羅刹と神威の重ねがけは何度も窮地を救い。数多の戦いを勝利へと導いてきたティターニの最強の一手。

 その威力は大規模であり超高度高温密度のエネルギーがぶつかり膨張、低温低密度に変化した後に凄まじい大爆発が発生し破壊という名をその場に刻む必殺の一撃。向けられた相手は圧倒的な威力の前になす術なくのまれ、消えていく。

 剛風を従え、力の質量が人知の及ばぬ到達点へと達した為に現れる黒く変色した両腕が掲げられ、一気に上空から下方へと振り下ろされると、白と黒の光がぶつかり合い、混ざり合い、螺旋を描きながら一条の光となり飛んでいく。


「素晴らしいです——」


 向けられた相手は笑っていた。否、超常を超えた必殺を前に歓喜していた。打ち震えていた。喜びで満ち満ちていた。

 目の前に迫る必中よりも、尊敬し、敬愛し、嫉妬を抱く姉が想像を超えた領域に足を踏み入れていたことに誰よりも感動し胸が締め付けられていた。


「それでこそです。それでこそ私のお姉様です」


 納得した口ぶりでマリアンヌは迫る螺旋に向け手を掲げる。

 

「であるからこそ。私も、私自身も知らない本当の実力を出せるというものです」


 ゆっくりと語る口調の終わりはこのような言葉で締められた。


「顕現なさい——破提宇子(ハデウス)

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