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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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追い求めていた姿


「お久しぶりです。お姉様」


 弾んだ声がティターニの耳朶に届く。

 それには応えずに顔を背け派手な戦闘音がする前方を見据える。遠目に天使と人が争っており、そちらを向いたままティターニが応える。


「そうね。マリアンヌ」


「あら、お姉様。こちらを向いてくださらないのですか?」


 マリアンヌの雰囲気は弾んでいる。長年の願いが叶った為か気分が高揚していることが窺えた。

 遠くで繰り広げられている戦闘とは離れた場所で二人は対峙している。マリアンヌが誘うように移動をしティターニが追う。

 そこはマリアンヌの操る雷によって木々が倒れ、見通しが良い場所。


 ――ここで決着をつけましょう。その態度から正面でぶつかることを決意したティターニ。

 

「随分と離れてしまったわね」妹には届かない声量で呟いた後に正面を見据える。


「マリアンヌ。その背中から生えている気色悪いものは今すぐやめた方がいいわよ」


「お姉様、ご冗談が下手ですわ。これは天使様からいただいた寵愛の証ですよ」


 マリアンヌの応えが全てを物語っている。背から生える純白の羽根を手の平で愛で始める。

 自分は代行者側であり、決して世界を救う側ではないということを発言と態度で示す。

 向かい合う両者の眼光は鋭い。両者が地を蹴り付ければ互いの間合いまで届くのに十分な距離である。だが始めるにはまだ早い、何年も費やして探してきた妹が目の前にいる。聞かなければいけないことはたくさん有る。それでもこの状況下での開口は決まっている。

 

「一応聞いておいてあげるわ。世界の祝福だったかしら? この世界中の人々を殺すつもり?」


「それは違います。殺すわけではありません。魂の解放です。この世界の罪を救うのです。皆の魂はより良い形で次の段階へと昇華されていくのです」


「都合の良いように言ってるけど殺すことと変わらないじゃないの」


「お姉様には分からないでしょうね。でも大丈夫です。お姉様は私が責任をもって導いてあげます。それにお姉様だけではありません、我がエルフの一族全ての魂を祝福しようと考えております。一人ではございませんので寂しくはありませんよ」


 ティーターニの眉根が寄り美姫たる顔が歪んでいく。

 

「それはお父様やお母様、兄妹も含まれているのかしら?」


「ええ。当然です。だって皆は常に私と一緒(・・・・)にいますから」

 

 睨むティターニに対してマリアンヌは微笑みを崩さない。引っ掛かりを感じたティターニは僅かに逡巡する。言及をする前にパン! という小気味良いクラップ音をマリアンヌが発生させた。


「私とても良い考えが浮かびました。お姉様、私と一緒に天使になりましょう! これは凄く良い考えだわ」


 またしても声が弾む。妖艶という言葉が似合うダークエルフは子供のような無邪気な笑顔となる。


「お姉様が私と共に一緒に動いてくださればこれほど心強いことはありません! この世界が滅びても、次の世界でもまたお姉様と一緒にいられるなんて、なんて素敵なことでしょう!」


「ま、待ちなさい! 次の世界? あなた何を言っているの?」


 はしゃぐマリアンヌに対してティターには冷静である。代行者の言葉、そしてマリアンヌの言葉一つ一つを余さず捉え咀嚼していく。

 この世界の人々を祝福もしくは魂の解放という名目で滅びさせた後に次という新たな世界に行くということなのだろうか? ティターニが行き着いた答えは表情に出ておりマリアンヌは満足げに肯定する。


「流石ですね、お姉様。そのお考えで問題ないですよ。厳密にいうならば人々の魂を矯正させ次の世界へと移送する。それが天使の仕事であり、そのお手伝いをするのが我々天使の使徒でございます。その報酬が先ほどお姉様が貶されたこの羽根でございます」


「それで、私にその手伝いを?」


「ええ、ええ! これは聡明なお姉様ならば考えるまでも——ありませんわよね」


 羽根を撫でるマリアンヌの顔からは無邪気が消え雷蘭の姫の顔となっている。それは断れば姉であろうと命を断つと告げている。

 ジリと生毛が逆立つ感覚に襲われた。表情一つでティターニに深刻な面持ちをさせる実力が窺える。


「それに、お姉様はもっと一緒にいるべき者を選ぶべきですよ。下等な人族、ましてやこの世界に召喚されたという得体の知れない者と行動にするなどあってはなりません。阿呆といると阿呆になるのですよ。お姉様はもっと気高く美しく、もっともっと――孤独でいるべきです」


 マリアンヌが圧力を放っていく――あなたは下賤な者などといるべきでない、私といるべきだ――という意図が込められていた。それを一身に受けるティターニの全神経が拒絶していく。

 先に足を前にだしたのはマリアンヌ。反応がない姉に焦れたようにゆっくりと足を前に出す。

 

「そうです。そうなんです。お姉様は私が最も尊敬し敬愛、そして葛藤するお人です。あなたの隣に立てる存在は私しかいないはず。美しくも儚いお姉様。私、常にお姉様のことを考えていたんですよ。今頃どうされているのか? とか、今日も私を探してくださっているのかな? とか、上げ始めればキリがありません。探し求めていたマリアンヌはここにいますよ。さぁ、私の手をお取りになって――お姉様」


 マリアンヌはどんどんと距離を詰めてくる。伸ばされた細く美しい妹の指先をティターニはジツと見つめる。どこか憂をおびおり、まるでマリアンヌこそがティターニを求めていたような口調であった。

 探し求めていた妹が一日も欠かさずに自分を思っていた。という何とも行き違いがある心情にティターニが混乱していく。

 あれだけ探した妹が目の前にいる。聞きたいことは山とあるのにどうしてか言葉がでてこない——差し出された手を取れば悩みなど些事と思えますよ。言葉にはせずともマリアンヌは表情で語る。


「手をとらないのですかお姉様?」 


 マリアンヌはティターニの目前まで移動していた。

 両者が一歩詰めよれば互いの指先が届く距離で妹はあえて立ち止まり、足を進めて自らの意思で手を取ってもらえる位置で立ち止まる。


「聡明たるお姉様ならば考えるまでもないとは思いましたが、私の手をとらない理由、躊躇う何かがあるのですね? もしかして、私と行動するより一緒にいた者達を選ぶのですか? であるならばその者達の魂の解放を――いえ、お姉様を拐かすような輩はいっそ殺してしまいましょう」


 ティターニへと差し伸べていた手をゆっくりと天へと向ける。それは先程の全世界をのみ込んだ紫電の雷が想像できた。


「一つ聞かせて!」


 ティターニが叫ぶ。どこか焦燥に駆られた叫びにマリアンヌの動きが止まる。


「はい。なんなりと」


「家族や同胞は、あなたが殺したの?」


 マリアンヌの瞳が一瞬だけ無垢な輝きを放つ。問われた言葉はいつか聞かれるだろうと思っていたが、ティターニからこれほどまでに直接的に問われることはないと思っていた。その様が可笑しくありマリアンヌは僅かに笑った。 


「お姉様! ふふっ。笑わせないでください。聡明なお姉様がそんなストレートな言い方をするなんて、クスクス。全然柄じゃございません。やはり変わってしまわれたようですね」


「応えなさい!」


「殺したからどうだというのです」


「あ、あなた――」


 マリアンヌからは冷酷が窺えた。家族という名はマリアンヌにとってはただの添え物である。そう物語っていた。


 違うと言って欲しかった。自分でもそれはあり得ない。都合が良すぎるとティターニ自身も分かっていた。だがティターニが知った現実はやはり変わることは無かった。唇を噛む。それが悔しさなのかは分からない。


「家族や同胞の死など些細なことに過ぎないのですよ、お姉様。私は一族を正しい未来に導くべく、天使様のお力をお借りしたまで。そして次はお姉様の番です」


 褐色の指先に紫電が迸る。途端に上空に分厚い暗褐色の雲がのっぺりと広がり出す。


「私が正しい方向へと導いてさしあげます。先ずはお姉様を惑わす不届き者達を始末いたしましょう」


 雷蘭の姫が狙うのは綾人一行。当然にそれはさせまいと暴蘭の女王が動く。


「マリアンヌ!」


 咄嗟に叫んだ。裏切られたと感じたからか、追い続けた妹が本当に自分の知る存在とは変わってしまったからか、いや違う。仲間に向けられた攻撃を阻止する為に叫んだのだ。


 ティターニは手の平を瞬時に突き出し魔法を発動。土が隆起すると同時に巨岩が現れマリアンヌを襲う。

 土魔法はティターニらしく堅実な一手である。足場を荒らすことでバランスを崩し発動をしていた紫電を止める。それが結果として仲間達の一命を取り止める行為となる。

 正しい一手である、さらに暴蘭の女王の魔法となれば並ではない。先ほどマリアンヌが立っていた足場はまるで巨大迷路のように土が盛り上がり標的を囲い出す。そのまま土砂と巨岩が崩れればマリアンヌの細い体など一溜りも無い。


 クス――とマリアンヌが()む音がティターニの耳朶をなめる。

 相手が並であれば、土魔法の一手で勝負がつく。だが相手は世界最高峰の実力者、加えて天使の力を宿したことでその力は未知数となっている。

 土魔法に飲まれながらも余裕の態度を崩さない。見えてはいないがティターニにははっきりとその姿は想像でき、現にそうなる。


「酷いですねお姉様。私でなければ死んでいますよ」


 それは本当に一瞬であった――シンという音のみが周囲を包む。

 直後に目に見える全てが氷結していた。

 巨大迷路さながらに膨れた土の隆起、巨岩が全てが一瞬で氷漬けとなっていた。  

 純度の高い氷壁に、長い銀髪をはらうマリアンヌの姿は映る。


 ―― トン。氷結の中心地でその音が響く。爪先で地面を叩く音。次には氷壁にのまれた土魔法は砕け四方へと散り、一瞬だけ霜を残しすぐにそれも消えた。

 遮るものが消失し、再び姉妹は見つめ合う形となる。

 

「まず一つ訂正するわ」

 

 先に口を開いたのはティターニである。

 

「私の仲間は阿呆ではなくバカよ。人としてどうかと思う部分が色々とあるし挙げればキリがないほどにバカよ。でも――」


 ティターニの口から発せられる悪態にマリアンヌは意外な表情を見せた。きれいな言葉を操る姉しかしらないからこその表情といえた。


「あなたよりはバカじゃないわよマリアンヌ。天使などという仕様もない存在を鵜呑みにして家族を手に掛けることなど絶対に無い。それに仲間がいたから私はこうしてあなたと対峙できている。私があいつらを悪く言うのはいいけどあなたが言うのは酷く不快だわ。私の仲間を侮辱した罪、家族や同胞をその手にかけた罪は相当に重いわ」


「稚拙な存在を仲間ですか。お姉様は本当に変わってしまわれましたね。いいのですか? 私と共に歩めば次の世界でもお姉様はお姉様として生きられるのですよ? 天使様は我々の――」


「そんなものほとほと興味がないわ」


 ティターニが腰に差す二振りの短剣に手をかける。


「あなたには色々と言いたいことがあったけどもうどうでもいいわ。やることはたった一つよ。この考えに至っただけでも私としては十分ね」


 マリアンヌにあったら言いたいことは色々とあった。伝えたい想いもあった。だがそんなことは全て些事となった。

 ティターニはシンプルに物事を考えた。昔であればマリアンヌの顔を見ることすら憚られたであろう。想いによってティターニは押しつぶされていただろう。 

 だが今は違う、良くも悪くも仲間と出逢えた事で変われた。それを正しく自覚している。


 ――もうやるだけよ。セルロスお兄様と交わした約束を果たすだけ。

 

 決意と共に白と黒、二振りの短剣を鞘から引き抜き、弱く迷う自分と決別した。

 ここまで変われた自分に微苦笑を称える。おそらくティターニの中には一人の人物が思い描かれておりその人物には決して届くことのない感謝を伝え前方を見据える。


「そう、ですか」


 敵意を向けられたマリアンヌはさも煩わしいとばかりにため息を吐き出す。


「お姉様には矯正の必要がありますね。一度殺しますが恨まないでくださいね」


 その声音は妹が姉に甘えるような響きを含んでいた。 


「マリアンヌ、あなた。性格悪いから友達一人もいないでしょ?」


「それは、お姉様もでしょ?」


 こうして姉妹の戦いは唐突に始まっていく。

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