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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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祝福を始めましょう


「冗談だろ?」


 世界全土に落ちる雷鳴に貝塚翔は唸る様に告げた。誰よりも素直である彼らしい言葉であり。その有り様が言葉では言い表せない。

 勇者一行は絶句している、アルス一行も、ティターニらもである。


 あれだけいた魔物全てが消えていたからだ。

 鳴神(なるかみ)という名の雷は魔物を全て焼き殺した。本当に一瞬である。夥しい数の魔物は雷神の怒りを具現化したような紫電に焼かれ一秒と満たずに砂塵に変わる。

 そして何が一番恐ろしいかといえば、鳴神の攻撃は魔物のみに直撃していたところだ。


 代行者の言葉は「先ずは下賤な魔物を駆逐――」である。その言葉通りに魔物は一瞬にして絶滅。

 マリアンヌは己の手をジツと見ている。それは鳴神を発動させた余韻を感じているのか、それとも溢れ出す力を実感しているのかは分からない。

 誰しもが黙る。当然である。代行者が次は人間達を狙えといわれればそれまでである。

 久々の再開であるティターニやレダでさえ、先ほどの一撃を警戒し言葉を紡げずにいた。全体を恐怖が包む中で意外な人物が沈黙を破る。


「あなた達が天使の使徒なら、六堂飛鷹君を知ってるでしょ!?」


 声は地上から。空に浮く天使の使徒に向けられた。鳴神の一撃で恐怖する己を押し殺してでも、白黒はっきりさせなければならなかった。


「凛!?」

「凛ちゃん?」

「六堂飛鷹ってクラスメイトの——」


 それは野々花凛である。彼女は毅然とした態度で天使の使徒を睨む。

 その様子に仲間達は驚きをみせた。そしてクラスメイトもまた驚きをみせる。六堂飛鷹は大転移の日に飛ばされた行方不明の内の一人だからだ。凛から六堂飛鷹の名が出るとは思っていなかったからだ。


「六堂飛鷹君を知ってるの? 知らないの? 応えなさいよ!!」


 語気が荒く、肩を怒らせている。凛がこれほど明確な怒りを表しているのは珍しく誰もが何も言えないでいた。

 そして天使の使徒の面々は僅かに動揺を表したのち視軸を変える。翼を生やした集団が行き着いた先には褐色の天使となったマリアンヌ。

 視線を受けてか、それとも凛の鬼気迫る剥き出しの感情を受けてか、ようやくマリアンヌは一息吐く。その様子は先ほどまでの人間味を感じさせない様子ではない。


「知っているわ」


 声もまた美しい。銀色の髪を振り払うマリアンヌはようやく凛を見据える。

 見上げる凛は睨み、見下すマリアンヌは無感情である。


「六堂君、死んだよ」


 真っ直ぐな言葉であった。責める様子もない。かといって許す様子もない凛の言葉はただ事実を伝えるという意味合いが見て取れた。


「え?」

「り、凛ちゃん!?」

「マジ、かよ」

「野々花さん? え? え? 今のはどういう意味――」


 クラスメイトと小梅が一気に混乱していく。

 全員を助け出そうとして、救おうとして旅をしてきた。遠くの地に飛ばされた小梅も生徒の無事を祈る優しい人間である。

 そんな事情などお構いなしに突き付けられた現実。クラスメイトの死という言葉に膝が崩れそうになった時――。


「六堂君はあなたの部下だったんでしょう!? どうしてそんなに冷静なの! 悲しくないの! あなたが海国を離れなかったら六堂君は、死ななかったかもしれないのに!」


 責める口調の凛。辛く苦しいというのが拳に表れている。

 その姿をみて勇者一行は崩れる膝を強引に押しとどめる。ここで嘆くのは違う。凛の背中がそれを物語っている。


「飛鷹のことは――」


 マリアンヌがようやく口を開く。言葉の節には滞りが感じられたが、澄んだ瞳には冷酷が伺えた。


「飛鷹のことは仕方がないことだったのよ。お嬢さん」


「し、仕方がない!? それって、どういう意味!?」


 強く反論したが、マリンアヌそれ以降一切答えない。この話はこれで終わりという態度であり、もうあなたにも飛鷹にも関心は無い。

 そういった態度であった。凛は歯が折れそうな程に噛み締める。なによりも悔しかった。


「飛鷹君の、王子の気持ちをなんだと思ってるの!!」

 

 凛は海国での一連を見てはいない。だが詳しく聞いた。そしてどれほど六堂飛鷹が優しい存在であったか、綾人がどれほど深く傷付いたかを知っている。

 悔しさで涙がこみ上げてくる。怒りの感情に全てが包まれそうになった時、ソッと肩に手が置かれた。


「――ティターニ」


「ありがとう凛。そしてごめんなさい。愚妹が不快な思いをさせて、アレに仲間の死という意味を分からせる必要があるわ」


 隣に並んだのはティターニである。凛へと向けた感謝の言葉はきっと様々な感情が込められている。続く言葉も当然同じ。


「責任をもって償わせるわ。だからお願い。私に任せてもらってもいいかしら?」

 

 翡翠の瞳には大きな感情が揺らいでいた。凛はティターニの事情も聞いている。故に安心して全てを任せられる。そう思った。

 

「うん。お願い、ティターニ」


「任されたわ。あのバカをお願いね」 

 

 それだけを言いティターニは進んでいく。翡翠の瞳の端には起き上がる気配のない綾人がいる。

 美桜に抱き抱えられている綾人は一切の反応がない。見ようによっては死んでいるように見える。それでもティターニは前を向き短剣を構える。

 仲間だからこそ、信頼しているからこそ。必ず復活すると思っているからこそ、全力で敵と対峙できる。


「お姉様」


 ようやくマリアンヌは姉の存在を認識する。久々の再開は刃を向けられるというものであったが、マリアンヌは先ほどのようにさして動揺を見せていない。

 姉から視線を外し横に並ぶ代行者を見る。


「ラフィール様」


「そうですね。マリアンヌ。我が愛しい子達。よろしいですか?」


 空にズラリと並ぶ天使の使徒は代行者の言葉に深く頷く。そして己の心臓を捧げだす。

 天使の使徒が手にしていたのは小さな十字型のナイフ。それを一切の躊躇なく心臓に突き立てる。鮮血が空中に舞う。絶命するが肉体が動き出す。それは悪魔が天使となった様に似ていた。膨らみ破裂すると天使が現れる。

 地上にいる天使と同じ、性別も不明であれば生きているのかも分からない天使の造形をした作り物である。大理石の肌は人を拒絶するようにギラリと光る。

 無数にいた天使の使徒は自らの命を捧げ天使を受肉させたのだ。ただ一人マリアンヌを除いては。


「私は思うことがありますので、もう少々先にいたします。よろしいですね?」


「えぇ。勿論ですマリアンヌ。私とあなたの間柄です。あなたが何を考えているかは長い付き合いでよく分かっていますよ」

 

 頷くマリアンヌが地上へと降りていく。向かうは姉の元。様子を見ていた代行者は一度頷き、周囲に聞こえるような明瞭な声で、それこそ全世界に伝えるかのように語り出す。


「神はこの国を生まれ変えようとしています。その第一歩として今からこの地にすまう者全ての魂を解放します」


 ――やはりそうなったか。


 感の良い面々は当然のようにこの展開を読んでいた。


「ですが安心してください。神は慈悲深く贖罪の機会を与えてくださるでしょう。その為にあなた達は肉体から魂を解放してください」


 要は死ねと言っている。自ら命を断てとの言葉に誰も反応しない。

 それもそうである。突如現れた神の代行者と名乗る者に死ねと言われて死ぬ人間など何処にもいない。


「すいません! 一つ質問いいですか?」


「あなたは?」


「はい。この世界に勇者として呼ばれた者で、地球という世界からきました」


 誰しもが発言を躊躇う場で堂々と挙手をして代行者へと質問する。全員が斗真に注視した。

 全てであり。地上にいる天使も、空に浮かぶ天使も。他にもブットルやサギナに凛、アルス一行もである。あまりにも緊迫した場であるにも関わらず斗真の声は実に伸び伸びとしていた。


「うげ! 斗真っち!?」

「斗真?」

「斗真……まさか?」

「やめとこ! 斗真。ここは一旦黙っとこ!」


 その姿に仲間達全員が苦虫を噛みしめた顔で斗真を静止させようとするが、勇者は一向に聞く気がない。

 斗真と旅をして何となく気付いていたことが、先ほどの死闘で確実に分かったことがある。それは青峰斗真は戦いを望んでいるということだ。故にクラスメイトらは必死に止めようとする。だが当然勇者は止まらない。


「青峰君?」


 一体どんな質問をするのだろうか?  同じ転生者であるが斗真の本質を知らない小梅は不思議な顔で勇者一行を見ていた。


「魂を解放するというのは僕達に死ねと言っているんですよね?」


 仲間を振り切り、斗真はどんどんと進みマリアンヌよりラフィールと呼ばれた代行者を見上げるに適した場所に移動した。


「死とは少し違います。あくまでも魂の解放です。体からは離れますが肉体は所詮は器。あなたはそのことをよく分かっていそうですがこの地に舞い降りた勇者」


「えっと。そういうのはいいんです。死にたくないと言ったらあなた達はどうするんですか?」


 斗真の態度は非常に無礼に見て取れる。代行者は斗真の素性を分かった上で歩み寄ろうとしたが、当の勇者がこれを拒否。

 緊迫した空気に重圧が混じるのは明白。代行者も勇者も目を逸らさない。それは妙な光景ともいえた。


「自らの魂の解放を拒むのであれば、致し方ありません。我々が直接手をくだッ――」

 

不浄なる闇に光を(テイルレニア)!」


 ラフィールの言葉途中で白光が四方に爆ぜる。それは魔を穿つ光。

 白光に包まれる最中、人間達の面々が口を大きく開け勇者を見ていた。クラスメイトらは死んだ魚の目で勇者を見る。思うことはただ一つ。


 ——こいつ、やりやがった。



 魔を退ける清浄なる光が周囲を包む。その光はまるで祝福。

 

「あぁ! 消えないということは、やっぱり魔の存在ではなかったんだ」


 光が収束すると同時の斗真の発言。

 不浄なる闇に光を(テイルレニア)は魔を滅ぼす光。白光を受けても天使には一切のダメージが無い。改めて彼らが魔ではなく光の存在であるということが証明された。


「勇者。あなたは自分の行った行為の意味を分かっておりますか?」


「もちろんですよ。神の代行者」


 斗真の行為は無礼を絵に描いたような態度である。

 話し合いという場を蹴り、剰え先に手を出したのだ。これは明らかな挑発である。

 

 ――お前らの言う通りにさせたいんなら力づくでやってみろ。


 改めて人族が召喚した勇者はそういった類の人間であることが証明された。

 だが泡を食うものはほぼ騎士団や地底人、ついでに小梅という面々であった。

 この場にいるのは一騎当千の実力者達。アルス一向に置いては勝手に光の王子を半死させた仇はとる心づもりでいる。ブットル、サギナ、凛も死ぬつもりはさらさら無い。

 そも突如として現れた神の代行者と名乗る存在に神の意思であるから「死んでくれ」と言われて納得して命を断つ者などいない。その行為に及ぶのは神を盲目的に信じる者だけである。

 

 斗真の行為はある意味、この世界で生きた者達の総意であるといえた。

 代行者は非常に残念といった顔をしたのちに大きく口を開く。


「では祝福を始めましょう」またしても世界全土に告げた。


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