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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
一章~その男巻き込まれ体質につき~
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レットという男

 東地区の山岳は、山岳と呼ぶには物足りない山の連なりが並んており。その小ぶりな山を一つ二つと越えて行くと盆地が見えてくる。


 小山の上から盆地を見下ろす綾人。街を出てからずっと握っていた拳を開く。


 小さな羽を使って空に浮かぶ、卵形をした一つ目の魔物が役目を終えると同時に、牙が並ぶ口を現し大口を開け喉元に噛みつく。


 牙が食い込んだ皮膚からは血が流れ、噛み千切れない事に苛立つ一つ目の魔物は、身体を左右に振り牙を食い込ませる。冷えた目で眺めてた牙を突き立てられた本人は、まるで痛くないといった素振りで口を開いた。



「あ~良かった。やっぱお前も魔物なんだな。妙な友情が芽生えたらどうしようかと思ったけど……」



 言葉尻に合わせて手を伸ばし片手で魔物を掴む。片手では掴みきれないが指を食い込ませ無理矢理に力を込める。


 魔物は握力から逃げられず軋む頭部に魔物らしい悲鳴を上げる。みしみしと音が聴こえてきそうな程歪む頭部。


 掴んだまま地面に叩き付け一切躊躇せずに踏み潰す。


 断末魔を叫びながら一つ目の魔物が砂塵に姿を変えていく。



 一つの作業を終え再度盆地を見下ろす。魔物の大群と呼ぶにはお誂え向きの群が、今か今かとまるで命令を待つように威嚇をしてくる。



 綾人はふと、爺ちゃんの言葉を思い出す。



【必ずしも正義が勝つとは限らない】



 自分が正義を名乗るつもりは無いが、余りにも今の状況を表しているようで、ふっ。と笑ってしまう。



「うああああぁぁぁぁぁぁぁあ!!」



 咆哮を上げ盆地へと走り出す。魔物の群れも咆哮を上げ走り出す。



 一対百、いや一対千それとも、一対万だろうか。


 物語の主人公ならば伝説の剣を振るい、強力な魔法で魔物の群れを駆逐する。


 また異世界に召喚された英雄ならば、チートを使ってこの状況を切り開く。


 だが綾人には剣も魔法も無い。チートと呼ぶに程遠いい片寄ったスキルのみ。


 武器は己の身一つ。それでも綾人は魔物の群に向かって行く。



【剣? 魔法? チート? そんなもん関係ない。男なら拳一つで逆境に立ち向かえ】



 まるで爺ちゃんが親指を立て、豪快に笑いかけながら言っているようだ。


 叫ぶ綾人と前列に並ぶ魔物達が殺し合いを始める。




 ーーー




 ルーペを使い戦況を確認する一人の男。



「若いな……」



 綾人と魔物が殺し合いをするはるか後方。魔物の群れを指揮する魔人族の色男レットが、綾人を見た一言がまずこの言葉だ



「ふふっ……なんだやはりベルゼ様は分かってらっしゃるな。何故私が人間族一人に出張らなければと思っていたが。おい、あの獲物は殺すな殺さずに私の前に連れてこい」



 人骨で作った椅子にゆったりと座るレット。横にいる亜人は重々しく頷く。


 魔導師のような格好をしているがその見た目は蛙。亜人である蛙族(グルヌイユ)は全身が薄い透明な粘膜で覆われている。


 蛙族は魔物全てに伝達魔法、脳内操作(テレキス)でレットの意を脳に直接送り込む。


 一仕事終えた蛙族にレットは、子供のように心底楽しそうな笑顔を向ける。



「伝えたか」



「はい。生け捕りにせよと」



「よし! あの若い人間族の名は確か綾人だったか……ブットルよ綾人は一体どんな声で鳴くと思う?」



 問われた蛙族ブットルは、レットの言葉に無理矢理な笑顔で答える。



「きっとレット様好みの声で鳴くと思われますよ」



「あぁ……楽しみだベルゼ様に差し出す前に私の寵愛を受ける綾人は幸せ者だな」


 目をキラキラと輝かせながら語るレット。


「たまらんな……抑えられん! ブットルこの場は任せたぞ」


 返事を待たずに立ち上がるレット。人骨椅子の直ぐ後ろには高級感が溢れだす豪華なテント。

 入り口の幕を開くと中には手錠と首輪で拘束されている。様々な種族の美少年達。

 幕が閉じると同時に魔物のように吼えるレットと、泣き叫ぶ少年達の声。ブットルは長いため息を吐き出し。



「仕事辞めよっかな」



 と一人ごちた。




 ーーー




 灰色の大型狼の牙が体に食い込む。緑色をした一つ目の大鬼が太い棍棒で頭部を殴る。紫色の太く長い蛇が体に巻き付き、骨を折ろうと圧力をかけてくる。



「おらおら! もっと来いよくそ共よ~!!」



 体に噛みつく上下の顎を掴み力ずくで引き離す。そこで終わらずに口を上下に広げていく。


 口元が裂け、頬肉が裂け、首元まで裂けるが止まらずに引き離し続けると、上顎と下顎から二つに分かれた大型狼が砂塵になる。


 一つ目の大鬼の口内に腕を突っ込み中を掻き回す。ぐちゃぐちゃと気持ちの悪い音と共に目から血を流す大鬼。口から入れた腕が内側から目を突き破り、こんにちわをしてきた。


 自分の腕にこんにちわを返した綾人は、ある意味繋がった上体のまま、力任せに大鬼の死体を遠くに投げる。大鬼は空中で砂塵変わる。


 巻き付いてきた蛇の頭を両手で掴み、口を開けれないようにする。綾人は口を目一杯に広げそのまま蛇の先端部分に噛みつく。


 グリグリと力を入れると、蛇も負けずに綾人の体を絞める。



 が――。



 ぶちっ! という音と共に蛇の鼻から先が綾人の口内に納められる。力を失い地面を這う蛇に、ペッ、と吐き出し先端の部位を返却した後に踏み潰す。


 蛇が砂塵に変わると叫び声。半人半蛇(ラミア)の怪物が槍を片手に綾人に迫る。上半身は人間の女だが下半身は蛇の怪物は目に涙を流しながら綾人を殺そうと槍を構える。



「何? もしかしてさっきの蛇の身内とか?」



 半人半蛇が槍を突き刺すと同時に、炎を纏う蛇と口から氷柱を出す蛇が襲いかかってくる。


 槍の突きを躱し、おまけのように攻撃してきた魔物を砂塵に変える。半人半蛇は再度攻撃の為に槍を構え直すが、開かれた五指の指が女の顔を掴む。ラミアは強引に引き寄せられ耳元で囁かれる。



「お前の身内? かなり不味かったよ御馳走様」



 綾人の言葉を理解しているかは別口だが、その口振りから侮辱を感じた半人半蛇は、奇声を上げながら槍を振り下ろす。



「うぜぇよカス」



 頭部を地面に叩き付けられ最後に見た光景は靴底。半人半蛇は頭を踏み潰され砂塵に変わらずに絶命する。


 砂塵に変わらなかった怪物を見る綾人は、興味無しとばかりに次の魔物に走り出し、魔物を狩る或いは魔物の駆逐を開始する。



「身内を殺されて泣くくらいならな!」



 自身の傷も顧みず拳を振るう。



「始めっから突っ掛かってくんじゃねぇよ!!」



 叫ぶが綾人の言葉を魔物達は理解をしない。脳内に流れる命令を遂行する為に、目の前の獲物を弱らせていく。




 ーーー




 レットは艶々とした表情でテントから出る。



「ん?」



 あれから数時間が経った筈だが……新な玩具がまだ目の前に居ないことに訝む。



「おいブットル綾人はどうした? まだ捕らえていないのか?」



 蛙族ブットルは振り返り内心で舌を出しながら、笑顔でレットの質問に答える。



「レット様。あの人間族はなかなか骨がありますね。全体の二割程を一人で倒してるようです。ですが目に見えて動きが悪くなってますので、そろそろかと」



「そんな事はどうでもいい! くれぐれも殺すなよ先程の寵愛で玩具が壊れてしまった。この猛りは綾人にぶつけねばならん」



 それは急がねばなりません。と全く興味は無いが言葉と愛想笑いをレットに向ける。



「貴様の醜い笑顔なぞ誰も望んどらん、こちらを見るな下衆が」



「これは失礼しました」



 ブットルは心の中で中指を立てながら前に向き直る。本来ならこの後ネチネチと心の中でレットを殺すのだが。



 それよりも……。

 ――あの人間凄いな。


 綾人の動きを見る方が楽しかった。



 ――また叫んだ、と思ったら笑った。そんでまた叫んだ。魔物や怪物が庇いあったり助け合うのを見ると笑ったり叫んだりするんだな。



 ブットルは魔人族では無く亜人族。だが彼は魔人族に強力する。それは単純に金の為。高い魔法の能力を持つブットルは、レットに高い金で雇われているただの傭兵。


 金で繋がるレットとブットルの関係は言うまでも無い。



 ――あの人間を使えば、レットに一泡吹かせる事が出来そうだな……さて、どうしたもんか。



 ブットルは脳内で計算をはじめる。




 ーーー




 あれから何時間経っただろうか。ミストルティンギルド前にあった死体は既に無く。


 多くの冒険者がギルド内で時を過ごす。


 だが誰一人として話すものはいない。ほとんどの者が椅子に座り何かを考えるように黙っている。


 沈黙以外に聴こえるのはギルド職員が慌ただしく働く音のみ。



 ティターニは椅子に座り。ルードはテーブルに座る。


 腕と足を組み目を瞑るティターニ。人差し指が世話しなく自らの二の腕を叩く。ルードは小さく唸るのみ。



「なぁあいつどうなったかな……」



 ティターニとルードから離れた場所に座る冒険者が、何の考えもなく隣の仲間に声を掛ける。その一言に全ての冒険者が反応し、声を出した男をそれとなく睨む


 仲間からも窮屈な視線を向けられた男は。


「あっ、いやっ、俺は……」


 と尻込みし体を小さく丸める。また訪れる沈黙。場の空気は変わらずに刻一刻と時間が過ぎる。と思われたが。



「やはり納得がいかないわね……」



 この場を唯一変える事ができる人物が、ようやく上げた声は怒りに満ちていた。



「この私にタコと言った事は万死に値する程の大罪だわ。魔物に殺される位なら私が殺したいわね」



 立ち上がり装備の確認を始めるティターニ。この行動で暴欄の女王が冒険者綾人の元に行くと。誰しもが分かった。



「待ってくれティターニさん! 今行ったら魔物の大軍はミストルティンの街に攻めてくるんじゃないか? あの声は一人で来いって言っていたから、その……」



 ティターニに睨まれるのは駆け出しの冒険者の一人。彼はあの声の約束を破って誰か一人でも綾人を助けに行けば、たちまちにこの街は魔物の大軍に襲われるのでは。


 と考えていた。そう考えているのは彼一人ではない、多くの者がそう考えている。



「だから何?」



 と告げ武器の手入れを再開する。



「だから何って。魔物の大軍なんて冒険者全員で止められる訳無い、ミストルティンに住む全員が死ぬことになるかもしれない。そうなればここは終わりだ!」



 駆け出し冒険者の言葉を聞きながら、ティターニは武器の手入れを終わらせる。



「そんなの全部砂塵に変えればいいだけでしょ」



 そう告げるたティターニは、ギルドの出入口に向かって歩き出す。



「襲ってくる魔物は全部倒す。それだけじゃない、ちょっと難しく考えすぎてたわ。たまにはあのバカのようにストレートに物事を考えるのも悪くはないわね」



 あのバカがどのバカを指しているのかは、冒険者達は理解していないそんな事よりも。



「倒すだけって……あんた自分が強いからって他の奴は死んでもいいのかよ!」



 食って掛かる冒険者に嘆息を吐き出すと。



「私も連れていって下さい! 綾人さんの力になりたいです!」



 受付嬢のマテラが挙手をしてティターニに迫る。その光景に誰もが開いた口が塞がらなかった。


 街を守るのが義務のギルド職員が、街を危険に晒そうというのだから。だがティターニは受付嬢を一目みたあと微笑んだ。



「あら。こんなに可愛い受付嬢が戦うと言ってるのにめそめそと愚痴る貴方は何なのかしら? 少なくとも彼女の方が冒険者に向いてるわね。残念だけれど貴女には街を守って欲しいの。それがギルド職員の使命でしょ?」



 ティターニの言葉に奥歯を噛む冒険者と、がっくりと肩を落とすマテラ。



「私は言ったわよ。全部倒すって。全部倒したら魔物の大軍なんて無くなるでしょ? それだけよ」



 言い終えるとティターニは出入口の扉に手をかけ振り返る。



「先に行くわ」



 とテーブルに座る幼竜に告げギルドから出ていった。数秒後にはギルド内がざわつき出す。



「どうする?」

「逃げるか?」

「暴欄の女王がいるなら、いや、でも」

「くそっ勝手な事しやがるなあのクソビッチ」

「おい、今から荷物纏めて逃げようぜ」

「バカここで逃げてミストルティンが無事だったら他に噂広まって冒険者やれなくなるぞ」

「くそが! あの冒険者が全部悪いんだ」



 逃げ腰の冒険者達の相談と綾人を非難する声に、職員やギルド内に居た一般人が困惑しだす。


 そんな冒険者達に一人の、いや一匹の幼竜が叫んだ。



「やいやいやいやい! 何だってんだてめぇらわ! それでも武器を手に取る者達なのか! 強者を屠る快感を知らねぇのか! 絶対的な窮地を抜け出す時の興奮を知らねぇのか! 何のためにその武器を持ってんだ。自分を守る為か? 違うだろ大事な物を守るためだろ!」



 騒ぐ幼竜にギルド内全ての視線が集まる。



「相棒はお前らを守る為に一人で向かったと思うか? 違うぞ相棒はんな玉じゃねぇ。自分の信念の為に一人で向かったんだ。それはてめぇらみたいな情けねぇ奴等を守る為じゃねぇ! 殺された人達の仇を討つっていう曲げちゃいけない信念が相棒を動かしてるんだ! 死ぬと分かってても。てめぇのケツをてめぇで拭いてるだけだ! 自分可愛さに何もできねぇ奴が相棒を悪く言うんじゃねぇ! てめぇらはただのクソゴミ野郎だ、いやそれ以下だ!」



 ルードの言葉に冒険者達は己を振り返り反省……する事は無かった。



「んだとクソが! だったらお前が助けに行ってこい!」

「自分が可愛くて何が悪いだよ信念なんて知るかボケ!」



 元犯罪者が多いミストルティンギルドは、ルードの言葉では動かない。勿論ルードも冒険者達を向かわせようとして言った訳ではない。


 だが。



「俺は行くぞ冒険者綾人を助ける!」



 一人の男が声を上げながら立ち上がる。



「そうね。私も自分の信念を守る戦いをするわ」



 男に続いて女が立ち上がる。



「武器を取れ自分達の街は自分達で守る。それが冒険者の有り様だろ」



 中年の男も立ち上がる。


 三人の冒険者が立ち上がる、魔物の大軍に挑もうとする姿に、他の冒険者達は信じられないといった顔で眺める。


 武器の手入れを始める三人。始めに立ち上がった男は自身のショートソードを確認する。


 次に立ち上がった女は白い司祭服と杖を手に取る。


 中年の男は全身を包む鎧に不備が無いか点検をする。


 三人の動きを見ていた一人がゆっくりと立ち上がり、声を出す。



「確かにあんな小僧に守られたんじゃあ、ミストルティンギルドの名が廃るってもんだな」



 その声はミストルティンギルドの顔役冒険者の一人、鯨の海人族ルルフ



「魔物の大軍を退けたらギルドから報酬とかあるんだろ?」



 問われたギルド職員の一人が声を出す。



「はい。先程この案件は正式にギルドからの依頼になりました。魔物の大軍討伐に参加したものは最低でも金貨十枚が至急されます。実際に討伐されたかたに関しては最高で金貨百~三百枚まで至急可能となりました!」



「聞いたか野郎共! 祭りの時間だぞ武器を取れ!金が欲しい奴は東地区の山岳に向かえ!」



 その声は半ば強制的ではあるが、ルルフは金の力を使い冒険者達を戦場へと導き出す。


 しばしの間はあったものの、次々と声が上がり我先にとギルドを飛び出る冒険者達。ルードも負けじと小さい羽を動かしギルドを飛び出す。


 各々決意を口にしギルド内は大いに沸き上がる。だが一人怪訝な顔付きをするマテラがいた。



 ――あの三人ってミストルティンの冒険者なのかな?初めて見る顔だけど。



 マテラが見つめるのはルードの声に反応し、

 一早く立ち上がった三人。



 茶色髪の男。司祭服に身を包む女。全身鎧を身に付ける男。


 三人は今だに武器と防具の手入れをしている。視線に気付いた三人は一斉にマテラに顔を向ける。


 同時に動く三つの首と顔。見つめられたマテラは肩をびくりとさせたあとに「うっ」と小さく唸り目を背ける。三人の動きが決められた予定調和のように感じられ。



 ――なんか気持ち悪いな。



 と心のなかで呟いた。

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