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剣とか魔法とかチートとか関係ねぇ男なら拳で語れ  作者: 木村テニス
最終章――天使と悪魔と神々と――
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代行者

 黒い棺が開け放たれると同時に純白で清廉な羽根が世界中――人族、精霊族、亜人帝国、海人族の領土の上空に――天使の羽が舞う。

 複合街ミストルティンでは、多くの冒険者が空を見つめていた。正確には空にたゆたう白い羽根である。その面子の中にはギルドの職員マテラ・ルトの姿もあった。

 森と共に生きる精霊族。代表を務める風の精霊エアリアは舞う天使の羽根を見上げていた。

 亜人族も同様である。道場で子供に魔法を教えていたティッパ。軍の訓練中のガリオが空を見る。バスクード元帥、ホローロ枢機卿、セルロス議員もしかりである。

 海人族では五剣帝・一の剣。ナレン・ビデンの手の平に天使の羽が落ちる。ナレンの実妹二の剣。サマリ・ビデンは不思議な顔で地面に落ちた羽根を拾う。


 滅びた人族の中で千姫が呟いた「誰か奇跡を止めてくれ」と悔しさを滲ませた。

 それぞれの領土からでも黒い棺が見えるようになる。開かれた黒棺に光が差す。

 現れたのは――天使の姿をしていた。

 大きく強大な天使。男か女かも分からない。何故なら全てが白く造形のようであるからだ。作り物のような、大理石でできた体と言われれば、そう信じてしまえるほどに生命を感じない。


「なんだアレは?」


 誰かが言った。そうとしか言い表せない。

 世界が静まり返る。誰もが口を開くことが許されない緊張感が世界を包んでいた。

 大理石の口がゆっくりと動く。



「私は神の代行者です」


 

 天使の造形をしたソレは唐突にそう切り出した。世界全土に響く声である。声もまた男なのか女なのか判断がつかない。

 ベルゼが儀式で召喚したのは大悪魔と呼んでいたが現れた存在は悪という気配が微塵もない。



「神は嘆いています」



 無限牢獄にいる誰もが動けずに神の代行者を見上げる。


「この世界は酷く歪んでいます。生きる者は、争いを繰り返す愚かな生き物であることが証明されました」


 世界から注目を集める天使は黒棺から体を出す。そうしてまた淡々と告げていく。


「他世界に干渉は禁忌です。あまつさえ人を呼び出すのは愚の骨頂。いつか悔い改めると信じた神でしたが、それはとうとう叶うことはありませんでした。神は救いの手を何度も差し伸べたが何度も拒否をした。この世界はもう救うに値しないと判断されました。故に――」

 

 神の代行者の目に光が宿り出す。不浄を正すその光はどこまでも神々しい。この声は世界中に轟いている。

 人族、亜人族、海人族、精霊族、全ての者が代行者を見つめて、その言葉の続きを待った。

 

「この世界を一度破壊し新たな世界を作り直します」


 代行者の眼光が再度光る。強く直視できなほどに神々しくもあり、目を見つめれば焼けてしまう太陽のような眼光。

 翼が焼けるイカロスの如くその身を悶えさせる者達がいた。


「ギィィィィィィィ! 体が――嫌だ嫌だ嫌だ!」


 一人の悪魔が唐突に叫び出す。

 鳥の頭にアンバランスなほどに筋肉が主張する悪魔。それは大悪魔を復活の為に踊っていた者であった。


「嫌だ嫌だ嫌だ!」鳥の悪魔が永遠と叫ぶ。

 体が風船のように膨れ上がる。筋肉は裂け、桃色の肉が覗く。身体中の肉と血管が裂け四方に血が吹き飛んでいく。骨が飛び出し、頭も膨れそれは大型の風船ほどの大きさになった途端に一気に弾ける。

 体が弾けたが、血や内臓が飛び出た様子はない。

 破裂した悪魔の内側から天使が現れた。代行者と同じようなどこか作り物めいた天使。無機質であり肌は大理石を思わせる。一切が黄色く光る目は大きく鼻がない。口元は付属品のようであり。やはり顔つきもどこか人工物である。


 今の状況は悪魔の肉体を食って現れた天使といえば一連がイメージできる。中から食われてくという表現が適切かもしれない。

 だがあまりにも矛盾がある。そもそもベルゼが復活を目論んでいたのは世界に混乱を招く大悪魔である。それがどうして神の代行者が現れたのか。

 

 代行者が片手を上げる。

 全員が身構える。その様子に作り物めいたはずであ大理石の顔にどこかうんざりしたような陰りがみえる。


「ギャァァァッァァっァァァ!!」

「どうして俺が~!!」

「嫌だ~天使なんかになりたくない~!!」


 そう叫ぶのは全ての悪魔。

 溢れんばかりの数であった悪魔は次々と同じように大きく膨らみ破裂。

 肉が食われ皮のみの萎んだ姿で地面に落ちる。萎んだ皮を踏みつけるのはすべからず天使である。大理石でできた性別も何を考えているかも分からない天使の群れ。


「いや! いや! いや! 助けて彗! 嵐!」


「マ、ママ!――」

「ママ!」


 彗がスキルを作動しても、悪魔アモンは一向に元に戻る様子はない。焦る彗と笑わない嵐。あと一歩で破裂するという所で——動く者がいた。


「お前らを殺すのは!! 私だ~!!」


 傀儡士である魔人族の少女ウルテアである。硬質の糸が操るのはオフィールとレットとソネットの三名。人形と化した者を傀儡士が操るのは実に理にかなっているが事情を知るもはそれが物悲しく見えてしまう。

 アモン、彗、嵐の首にオフィール、レット、ソネットが噛みつき肉を抉る。

 ごっそりと欠けた首肉は致命傷でありウルテアは口角を上げる。その一連が終わった瞬間に悪魔アモンは爆ぜる。それまでの悪魔と違い随分と派手でありウルテアを巻き込んでいた。


 中から天使が現れる様子は無い。

 そして余波に巻き込まれたウルテアはダメージが見て取れたがなんとか立ち上がる。

 無事だったのは人形となった三体が守ってくれたからである。意図して操ったわけではない勝手にそうなったのだ。


「ありがとう。仇はとったよ」


 朽ちてく人形に言葉を向ける。人形は風化し消えていった。


「そ、そんな、俺は、死にたくない、死に、たく——」


「アハハ、アハハ、ハハッ——」


 突如として異世界に連れてこられた2人の少年は喉元を押さえながら徐々に意識を手放していく。

 目前に迫る死を受け入れまいと抵抗を試みるが、それは¡魔人族の少女が許さない。

 最後の最後で彼らがクラスメイトである一行を探した。それは何か心の中で訴えるものがあったからなのかもしれない。同郷であるクラスメイトに助けを求めたのかも知れない。

 だが、見渡すかぎり誰の姿もなかった。


 ――最悪だ。


 そうして二人の少年は目を閉じていった。




ーーー




「どうなっているの?」


「分からん?」 


 先ほどまで巨岩の悪魔と戦っていたティターニとサギナは混乱していた。二人だけではない。悪魔や魔物と戦っていた全員が混乱していた。

 代行者は「この世界を一度破壊し新たな世界を作り直します」といった。それは破壊の権化である悪魔を滅するという意味だったのだろうか? カナンの云う何かと千姫が云った奇跡というのはこのことであったのだろうか?


「悪魔は天使が従肉するための存在なんだ」


 沈黙が守られた場所で幼い声が響く。それは祓魔士である。


「カナン!?」


 アルスはいつもと様子の違う少女に歩み寄る。

 彼の目的は全ての悪の権化たる悪魔を根絶やしにすること。それを考えれば目的は達成できたといってよい。よいのだがどうにも妙な状況である。悪魔をくらい突如現れた大量の天使達。彼らは何も言わずにじつと人間達を見ている。そして代行者は先ほどから沈黙をしたままだ。


 この緊張感を破ったのがカナンである。


「カナン、これはどういうことなんだい!? 悪魔は天使を従肉する為の存在? それなら僕の戦いはもう終わったということなのかい?」 

 

「アルス。あなたはよく頑張りました。神に変わりお礼を申し上げます。あなたを特別扱いしたいのですが、神の決定には逆らえません」


 それはカナンの口から発せられた言葉だが代行者の声であった。

 大きく作り物めいた大理石の天使たる代行者の体が突如発光していく。不浄な光で魔を払う神々しい光が全世界に広がる。

 収束と同時に代行者の姿は消えていた。代わりに君臨していたのは光の玉であった。


 真っ白な、まるで太陽の輝きを集めたような光。それは急激な勢いでカナンに向かう。アルスですら視認が困難な速度で光はカナンの体内へと収まっていく。


「え!? カナ――」


「ありがとうアルス。そしてさようなら。器といえどこの子に愛を注いだあなたの魂は、とても清らかで尊いものです。どうか来世も優しいあなたのままでいてください」


 何が起きたのだろうか?

 近距離で話し合っていたカナンとアルス。

 光る球状となりカナンの体に飛び込んだ瞬間にアルスの体はぐらりと揺れそのまま地に倒れてしまう。


「アルス!!」

「王子!!」


 ラピスとシルヴァがアルスの駆け寄る、マグタスもハンクォーもである。

 仰向けに倒れたアルスの胸部左に大きく穴が開き血が飛び散っていたからだ。吐血するアルスは意識を失いかけた時にカナンの――代行者の声が聞こえた。


「人間ですが好ましく思っていました」


 その言葉を最後にアルスは意識を失う。

 カナンの手にはアルスの心臓が握られている。仲間達からの怒号が飛ぶ。「カナン、何をやっている!」「カナン貴様!」などの増悪を固めた叫び。

 それをカナンは不思議な顔で見つめだす。この人たちはどうしてそれほどまに怒っているのか? 心底分からない。そういった類の顔だ。


「さぁ。この世界を祝福しましょう。幸いにも頼もしい味方もいます」 


 カナンは向けられた言葉を全て無視し、倒れたアルスに見向きもせずに空へと浮かび出す。

 灰色の空が消えていくと、空は蒼く、白く、清々しいほどの燦々とした色合いへと変わっていく。まるでこの世界全てが祝福されているかのように。

 

 大空まで上昇するカナンの容姿もまた変わっていく。子供から大人の姿へと変化する。

 褐色の肌は変わらない。人を導く強い意志がある瞳。真白くそれでも金色に見える長い髪。ワンピースであった衣服は消え、白と黒の甲冑へと変わっていたがどこか女性らしさが溢れる鎧である。背中から生える翼は計六つ。

 その姿になった瞬間に無限牢獄にいる多くの天使は傅き頭を下げる。うすらと後光が差すその姿は正に神と呼んでよい。


「アルス!! お願い起きて!!」

「王子!!」

「アルス様!!」


 倒れたアルスへと旅をしてきた一行が歩み寄る。アルスは瀕死であった。懸命に回復を施す面々を他所に大人の姿となったカナンは心臓を天へと掲げる。


「さぁ。おいでなさい。私の可愛い子供達」


 アルスの心臓がゆっくりと輝くと、空と同化し心臓が消えていく。

 カナンの周囲に多くの天使が現れる。言葉通り多くである。一人二人では無い。数百、数千、数万である。それはこの世界の多くの人種であった。人族、亜人族、精霊族、海人族、魔人族と数多くが現れ、皆一様に白い衣装をまとい背中からはあるべきではない天使の羽根が生えている。 


「マリアンヌ!!」


「雷蘭の姫。じゃあこいつら全員、天使の使徒か!?」


 カナンの側に一際美しいダークエルフが空に浮かんでいた。

 全てを見透かすような瞳と銀色の長い髪。褐色の肌。それは紛れもなくティターニ・Lの妹であり、ブットルが海国で出会った天使の使徒の代表でもある。

 雷蘭の姫の二つ名をもつその者にも背中からあるはずのない天使の羽根が生えていた。マリアンヌはティターニを見ていない。視線はこの世界全土を見渡している。


「先ずは下賤な魔物を駆逐いたしましょう。お願いできますか、マリアンヌ」


「勿論です」


 代行者とマリアンヌは実に簡素な会話であった。

 それは師弟のようであり親友のようである。二人の間には長年連れ添った雰囲気が見て取れる。

 マリアンヌは指先を天に向ける。その行為だけで分かる者には分かる。これから死が降り注ぐということが誰しもが感じた。


「なけ、鳴雷神(なるかみ)」雷蘭の姫がそう呟いた瞬間であった。


 —————(ごう)——————。


 耳の感覚が麻痺するほどの爆音と共に雷が落ちる。無限牢獄だけではない。世界全土に落雷が落とされた。

 雷神の怒りの如く、憤怒を表すように紫電と化した電光は太く、幾重にも広がり世界を包んでいく。


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