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大悪魔様


「みんな!! 今から我ら悪魔の真祖たる大悪魔様をこの世界に呼び出し、この世界をもっとめちゃめちゃにしてやろうと思う!!」


 それはベルゼの声であった。

 いつものように、舞台で独白するような喋り口調。語った内容もまた突飛。大悪魔様という全く聞き慣れない言葉。これがベルゼの企んでいた計画なのだろうか?

 舌が回る男、二手三手と相手の行動を読み必要な嫌がらせをおこなうベルゼにしては少々単純な目的な気もしてくるが、大悪魔様を復活させて世界をめちゃくちゃにする。というのもまた悪魔らしい考えであり、結局は一番楽しくなる。という行動を常にとる生き物が悪魔である。


「大悪魔様~!! なんだそれ~!?」

「大悪魔様万歳~!! で? 大悪魔様って誰?」

「大悪魔様を知らないのか~? 時代遅れだなお前ら~。誰か俺に大悪魔様を教えてくれ~!」

「俺は知ってるぞか大悪魔様! とにかく凄い人だぞ! 本当は知らないけど」


 悪魔一行は大いに盛り上がる。そこここから大悪魔様という単語が飛び交い揶揄するようにギャハギャハという汚い笑い声が発生。

 応戦する騎士達にももちろん大悪魔様という単語は聞こえており、悪魔の盛り上がりに比例するように混乱が生まれる。すぐに大悪魔様! 大悪魔様! という悪魔の一斉唱和が無限牢獄全体に響く。


「供物がここにいる人間たちだ! みな好き勝手殺してまえ!!」


 ベルゼの締めの言葉で悪魔達はより盛り上がる。魔物の数も増え続けやがて数で押し切られ始めていく。

 騎士団の悲鳴が上がる。魔物に食われ、または悪魔に食われていく者が増えていく。大悪魔という言葉に敵方の士気が一気に上がっていた。

 

「どけ!」


 ティターニの短剣が魔物を切り裂く。続くようにサギナの槍が敵を貫く。後方では美桜と凛、ルードが続く。

 あと数歩で綾人に、そしてベルゼへとたどり着く瞬間であったが大きな巨岩の悪魔がそれを阻む。側には壁のように聳える大柄な悪魔が数体いた。


「こいつらを止めればもっと面白くなるのか?」


「あぁ。暴力エルフは手に負えないからね。頼むよ。皆も頼むよ! 全ては大悪魔様の為に~!」


 巨岩に返答するベルゼはまたも大悪魔という言葉を使う。すると「大悪魔様の為に~!!」と揃えたように大合唱が響く。


「「邪魔をするな!!」」


 攻撃に特化したサギナの突きを受け滅びる悪魔もいる。ティターニの短剣で切り刻まれる悪魔もいるが、それでも数が多く前に進めない。

 方々で激しくぶつかり合う戦闘音。大悪魔復活に向けて踊り出す悪魔の姿もある。それを楽しむかのようにベルゼは肯く。


「さて、いよいよ大詰めだ」


 ベルゼは綾人を見る。胸部に開いた穴は塞がっている。目立つ外傷はないが、意識はいまだに無く白い石の上でだらりとしている。

 供物にしていた物が徐々に回復の兆しを見せており、それでは目的を達成することはできない。ならば――。


「供物が足りないのか? もっと魂が必要だ。それならば一工夫。この時の為に用意(・・)しておいたんだから」


 ベルゼは指を鳴らす。またしても乾いた良い音がなる。 

 数秒も経たずにある方向から何らかの集団が現れた。


「嘘だろ! みんな!!」


 叫んだのはルードである。

 ルードが最も恐れていたことが現実となった。戦闘が繰り広げられる方々。その一角からぞろぞろと現れる姿があった。

 それはこの世界へと転移し暮らしていた異世界人の数々。エイリアンとも言える姿やロボット、ともすれば空に浮く三角形、手足のある布など実に多種多様な容姿の者達である。それは紛れなもなくルードがこの島で共に暮らしてきた家族である。


「みんな! 逃げろ! 俺だルードだ! こっちにきちゃダメだ!!」


 ルードは大声で叫ぶが家族であった者達には届いていない。直接止めようと移動するが小さな体ではこの大混戦の中で素早く移動するのは難しい。

 異世界人の面々は久々のルードとの再会にどうとういう反応を示さず、ゆったりとした歩調で混戦へと歩み寄っていく。その様は意思の無い人形に見える。


「俺様が分からないのか? ルードだ! みんな聞いてくれ! 相棒! 早く起きろ! みんなが殺されちまう! ッ、やめろ~!!」


 そうこうしている間であった。ものの数秒で先頭を歩く者が悪魔に喰われてしまう。


「相棒! 起きろ! はやく! みんなを助けに!!」


 綾人の反応はない。途中で戦闘の余波に巻き込まれたルードの叫びも掻き消えてしまう。そうして悲劇はどんどんと広がっていく。

 悪魔が殺戮を広めていく。対抗するが断末魔が響き屍が増えていく。それは正に地獄絵図であった。血が飛び交う。臓物が散る。生首が増えそれをくらう魔物に悪魔、魂の抜けた体は大悪魔復活の儀式と表し弄ばれていく。


 その光景を満足そうに肯くのはベルゼ。そして「さぁ。いよいよだ――」と誰にいうわけでもなく呟く。


「君の役目はこれで終わりだよ、綾人。今までご苦労様」


 白い石の上に横たわる綾人をベルゼは乱暴に押し除ける。地面へと落ちる綾人の反応は無い。そのまま手足をだらりとさせ寝そべり続けている。 

 ベルゼは白い石に付着した血痕に指を這わすと呼応するように石が光っていく、それは大悪魔という名称に相応しく無いほどの清い光であった。


「さぁ。供物は揃った。奇跡のはじまりだ」


 その言葉を皮切りに無限牢獄の特徴ともいえるものが消えていく。

 空を突き破るほど高く聳えていた塀である。壁は光の粒子となり消えていく。遮蔽物がなくなった無限牢獄。周囲は海に囲まれていた。マグタスが読む手記通りであればここは世界の中心。


「アルス! 嫌な予感がするわ!」


 それはラピス姫の声である。天馬騎士と共に空に蔓延る敵を討伐していた彼女は一早くこの状況に気づく。

 地上に降り立ちアルスへと報告。丁度一体の悪魔を仕留めていた光の王子はこの状況に混乱を覚える。カナンのいう何かが発動しているのが分かる。だがそれは大悪魔とやらの復活ではないと睨む。


「その根拠は?」


 ラピスは空を見る。


「空が綺麗すぎる」


 言葉通り。世界に混沌を招く大悪魔の復活にしては空は蒼穹と呼ぶに相応しかった。 

 


「斗真!」


「まいったな。震えが止まらないよ」


 激戦が繰り広げられる最中で唐突に青峰斗真は立ち尽くし空を仰ぐ。その行動に仲間が怒りにも似た疑問を込め名前を呼ぶ。

 それは勇者にしか分からない予言めいた何かが起こった。


 ——何かがくる。


 勇者であるからこそ、世界の機微に敏感であるのかもしれない。

 普通であれば、十全な警戒を然るべきだが斗真は違う。


 歓喜の渦が彼を包んでいた。

 これよりももっと僕に生きていると実感させてくれる何かがあるのか!? 強い激情は銀河のような輝きとなっていく。



 無限牢獄の塀が消えた。

 この世界で初めての出来事だ。

 といってもその事実を知るものは誰もいない。

 ベルゼがいう大悪魔の復活を考えれば、まるでこの無限牢獄は墓場であるとも考えられる。そうなると高すぎた塀は墓標であると見立てられる。そしてこの島に転移した者は眠る者を復活に捧げる生贄。

 大混戦が続く。生え渡る空。全てを引き起こした者は大きく高らかな声で叫んだ。


「みな協力をありがとう!! これにて世界は祝福を受ける!!」


 抑揚の効いたベルゼらしい大声。両腕を広げ拍手喝采を求めるが誰も応じない。誰しもが戦闘で手一杯となりベルゼを見る者などいないからである。


 そんな大混戦がふと止まる。

 示し合わせたようにピタリと止まる。


 微風が血臭を僅かに流してくれた。それが認識できるほどの静寂が流れる。 

 敵も味方も理性のない魔物すらも関係なく空を見ていた。

 それは一種の縛りのようでもある。

 

 空は先ほどまでの晴れ渡った様子とは違う。

 灰色と化していた。空全体がである。つまり今この世界全てが灰色の空であるということ。


 灰色を割るように、世界の中心である無限牢獄の側に黒く野太いモノが上空より現れる。

 それは大きな黒い棺であった。大きさは例えようがなく大きい。底の部分は海面のつくすれすれで浮いており、上部分は灰色の空まであるからどんな物体よりも大きい。

 天を貫くように現れた黒い棺。

 

 誰しもが。無言で見続ける。突如として世界を割るかのように現れた棺。

 戦闘を止め、見続けるのは当然といえる。

 

 誰もが口を紡ぐ。動けない。どうなっている? 悪魔ですら、知性のない魔物もただただ黒い棺を見る。

 

 重い音がなるそれは棺が開くと音。この世の絶望を集めたような、嫌な音であり聞く者の脳に畏怖を覚えさせた。


 ゆっくりと開かれる扉。


 僅かに開いた箇所は暗く中が確認できない。できないが何かがいる。そのような感覚には襲われた。


 扉が半分ほど開く、中はまだ暗い。言葉にできない感覚が無偏牢獄を包む。

 

 綾人を救う為に悪魔と戦っていたティターニ、サギナ、ブットル、後方に控えていた美桜、凛も棺を見ていた。


 勇者一行も同じである。斗真、樹、翔、寛二、アスカ、真琴、そして小梅、獣王も棺を見る。


 騎士団も地底人の皆もマグタスもハンクォー、シルヴァにホッポウもである。躍起になっていたウルテアですら、そして対峙する悪魔の面々と彗と嵐も。


 もちろんアルス一行もである、ラピス、ジーナ、ヨーダン、レダも全員が棺を見ていた。


 唯一ベルゼだけは見ていない。そんな一行を見渡し口角を上げる。

 

 時間をかけて重い音と同時に扉が完全に開く————————。


 同時に――羽根が舞う。


 それは白く、汚れのない純白の羽根。


 黒い棺より現れたのは真白な羽根に包まれた存在であった。


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