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目的

 

 ギュ! っと緑を踏み締める音が妙に耳に届くとブットルは感じた。


「自分の心に正直になれよ!」


 悪魔ベルゼの熱量は徐々に上がり、言葉一つが真実味を増長させていく。また足を一歩前にだし近づく悪魔。ブットルは悪魔を見続ける。

 

「本当はティッパと一緒に暮らしたい! 本当の仲間であるガリオと共に歩きたい! そうだろう!? だから僕は嫌われるように、あえてきみのことを嘘つき(・・・・)と呼んだんだ!」


「ち、違う、お、俺は――」


 ブットルの言葉はベルゼに届く前に地に落ちる。それほど弱い否定であった。


「だから本当は綾人が死ねば、君はきみ自身にかけた制約から解き放たれるんだよ。綾人がいなくなれば師匠との約束は無効になる。つまり君は自由になる。自由なきみは当然帰る場所がある。そうだろ?」


 ――本当は綾人に死んでほしい。そう思っているんだよ。きみは――。


 ベルゼの言葉にまたもブットルは衝撃を受ける。自身すら知らなかった気持ちに向き合わされた。そんな感覚である。

 動揺は拭えない、頭も体も思うように動かない。身を固くしているとベルゼが近づいてくる。


「分かってくれたんだね。僕は嬉しいよ。さぁ、きみの自由の為に綾人を渡しておくれ。決して悪いようにはしないから」


 ごくり――耳に張り付いた音は実に不快であった。周りは妙に静である。森の静寂。木漏れ日がこの空間をより幻想的な光景へと昇華させている。一歩一歩近づいてくる悪魔。そして立ち尽くす自分。俯瞰でその場面を見ているような奇妙な感覚。


「さぁ――」


 ベルゼはさらに近づいてきた。

 腕を突き出し綾人をこちらに渡せという仕草を取る。――それで君は本当の自由になる――という言葉が付け加えられた。


 臆したわけではないが後退していたことに気付いた。

 後退した場所には綾人が横たわっている。回復の兆しが見えない。もう死んでいるのかもしれない。その可能性も十分にある。それならば必死に回復を施しても無意味なのではないか?もしも本当に綾人が死んでいるのならば、師匠との約束は潰える。そうなれば――。

 ベルゼが目の前にいた。悪魔は仕掛けてくる様子がない。自分の意思で決めれば良い。そんな態度であった。


 ――もしそうなれば、俺は、俺の願いは――。


「――ッ!!」


 ハッと息をのみブットルはさらに身を固くした。


 ――綾人!!


 声には出さずに心で叫んだ。

 意識がないはずである。呼吸もしていないはずである。どこをどう見ても動けない状態である。にも関わらず。綾人はブットルの足首を掴んでいた。

 どうやって? いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。綾人が動いたということは十分に蘇る可能性があるということだ。先ほどまで身を包んでいた黒い感情が消えていた。思考が明瞭になり、体も動く。


「――さぁ」


 目の前には悪魔ベルゼ。ブットルは呼吸を整え微笑んだ。


「一つ聞いてもいいか?」

 

「僕に応えられることなら」


「どうしてお前がティッパとガリオの名を知っている!? いや、そもそもどうして俺達のことにそこまで詳しいんだ?」


 想定していた言葉と違っていたのだろう。ベルゼは少しばかりポカンとしたあと、大きくため息をはきだした。 


「そりゃ、あの悪巧みに僕も一枚噛んでいたからね。悪魔の好物は必死に生きる奴が苦しむ顔を見ること。これは万物共通――」


 水神流 無刀の太刀 凪


 言い終わるのを待たずにブットルの杖がベルゼの首を跳ねる。

 それは本当に一瞬であり、音もなく、全てが静まり返るほどの一振りであった。

 

「悪魔の言葉に惑わされるなんて、俺もまだまだだな。奴らに聞かれたら怒られそうだ」


 ブットルの云う奴らとはティッパやガリオは勿論だが、ティターニ、ルード、サギナ、凛が加えられている。


「だがお前の言葉というのは思考を鈍らす効力があるようだ。なるほどね。よく舌が回る悪魔と言われる理由がわかったよ」


 杖を剣のように振るうと首のないベルゼのからだが細切れとなる。水神流 無刀の太刀 細雪でこれでもかと斬り刻む。

 足首を握られたブットルは正常な思考を取り戻し、綾人の行動に意味を見出した。


 ――ブットルの好きにしてくれ。亜人帝国に戻って惚れた女と暮らすのなら俺は喜んで見送るよ。でもそのきっかけがベルゼの言葉っつうのは無しだ。あいつは平気で嘘を吐く。呼吸するように嘘を吐くクソ野郎だ。だから思い返してほしい。惚れた女や親友や師匠がお前をどう思うかを? っつか俺はもうお前のことガチガチの仲間だと思ってっから!!


 もし綾人が隣にいたらこう言うのではないか? というブットルの想像である。実に綾人らしい言葉が正気に戻させた。最後がどうしてか半ばキレ気味であり、それは照れを隠すということも分かっている。だからこそブットルは微笑んだ。

 

「命の恩人であり、亜人帝国の英雄をここで見捨てたら、それこそ彼奴らになんて言われるか。縁を切られるのは間違いないな」


 無表情の男が笑う。もし悪魔の口車にのって行動したとしたら、烈火の怒りをぶつけられ、縁を切られることが想像つく。

 そんな簡単なことすら気付かなくなる。ベルゼの弁舌はそういう類である。


「ちぇっ!! 上手くいくと思ったのにな~」


 悪びれずにまたも現れる悪魔。

「なるほど」とブットルが呟く。カナンの祝福である悪魔を滅する効力を持ってしてもベルゼは死ぬことはなかった。奴が言った「その攻撃は僕には通じない」というのは存外嘘では無いことが判明する。

 嘘つきの男が嘘を言わない。その矛盾にブットルは辟易とし思わず声に漏れてしまった。


「さて、どうしたものか?」


「蛙君。きみは少し誤解をしているようだね?」


「誤解?」


 何度体をバラバラにしても復活する悪魔がブットルへと歩み寄る。当然に体の損傷は見当たらない。


「悪魔は殺してもしなないだけで、戦う力は弱いと思っていないかい?」


 ベルゼの問いにブットルは水神流で答える。杖の先端が紺碧色に輝くとそれは剣に変わる。


「ところがどっこい! そんなことはないんだよ。戦おうとしないのは君たちが必死に悪魔を殺そうともがく様が滑稽でつい見入っちゃうだけなんだよ。悪魔ってば本当はめちゃ強いんだよね~!」


 抜刀の構えを取っていたブットルは、突如目眩のような感覚に襲われる。それはベルゼの仕業であることは間違いない。それでも迫る悪魔に向けて杖を振るう。


 水神流 無刀の太刀 細雪

 ベルゼの体を二度細切れにした技を発動。そのまま悪魔の体を斬り刻み一旦は時間を稼ぐ。とブットルは考えた。


「何度も何度も効くはわけないでしょ!」


 細雪はベルゼに直撃するが体が細切れになることはなく。そのまま通り抜け後方の木々をなぎ倒すだけであった。

 驚愕するブットルを他所にベルゼが目前まで迫る。腕を掲げそのまま殴ろうかという構え。ブットルは回避しようにも激しい目眩で立つことすらできず膝をつく。


「ここで君を殴れば僕の問題は解決するんだけどね~。さっきも言ったように僕ってば普通の悪魔と違う(・・・・・・・・)からさ。君をやっつけるのは魔物達に任せよう」


 握っていた拳を開く悪魔は指を鳴らすと周囲にはそれ相応の魔物の群れが現れる。

 魔物に囲まれながらも、目眩に争いながらもブットルは綾人を守ろうとなんとか立ち上がる。その様子を見るベルゼは実に楽しそうであった。

 合図があったわけではないが、魔物達が一斉に襲いかかる。


「さて、綾人は返してもらうよ」


「くそ! 邪魔だ!!」


 ブットルが激昂する。それは彼の性格を考えれば極めて珍しく、裏を返せばそれほど逼迫した状況といえる。

 魔物を迎え撃つが万全の状態ではない。魔法が使えれば、せめてこの目眩さえなければ状況は変わるかもしれない。だがそれは所詮はないモノねだりであり、綾人の体は再びベルゼによって連れ去られてしまう。

 

「綾人!!」


 圧倒的に手が足りない。綾人を追うが壁となった魔物がそれを阻む。

 このままでは本当に綾人が死んでしまう。不味い。と焦るがこの場にいるのはブットルただ一人。状況を覆すには仲間が必要である。

 綾人の体は再度白い石の上に置かれた。

 ベルゼは何かやるつもりだ。それだけは避けなければならない。


「どけぇぇぇぇぇぇ!!」


 ブットルは大量の魔物に向かう。手足が千切れてもかまわない。何としてもベルゼを止めなければ綾人が死ぬ。そして何か(・・)が起きてしまう。

 数々の戦を戦い抜いた男の直感がそう物語っている。

 白い石が光り出した。それはベルゼが待ちに待った何かの瞬間。ブットルの目が血走っていく。魔物を蹴散らし、体に傷を追ってもベルゼの企みを阻止する為に手を伸ばす。


 逼迫と緊張が混じり合った瞬間に突如人影が現れる。


「あらら!? 面白いことやってるね~」

「消えろ悪魔!!」

「アルス! 深追いは禁物よ!」


 一体の悪魔と光の王子アルス。そして亡国の姫ラピスである。

 木々をなぎ倒しながら現れたアルスと悪魔は交戦していたことが窺える。アルスの形相に比べ悪魔はどこか面白がる雰囲気である。

 アルスが熱くなりすぎないようにラピスが支援をしていた。


「およよ!? 蛙君。きみの作戦は見事に功を奏したようだね。この場所にどんどんと人が集まってきてるよ」


 ブットルの策とは水柱のことだろう。仲間に向けた合図だが奇しくもそれが多くの者を集める結果となった。


「ブットル!」

 

 それはティターニの声。ブットルはほんの僅かに安堵する。聡いエルフならばこの状況を一目見てどう行動するかを察してくれるはずだから。


「相棒!」

「綾人くん!」

「王子!」

「婿よ!」


 続けて聞こえた仲間の声。そこに美桜を加えた一行が直ぐに魔物を蹴散らしながらブットルの元へと近づいていく。


「俺はいい! 先に綾人を救出してくれ!!」


「あらら。こりゃまた厄介な邪魔者だな~」


 ブットルの叫びに仲間達が応え魔物の数を次々と減らす。迫る一行にベルゼが難色を示していると背後から声がかかる。


「これは、どういう状況なんだい?」


 ベルゼは振り返り、過剰ともいえる挙動で説明を開始した。

 巨岩のような大きな体躯をした悪魔がベルゼと会話を始める。悪魔二人の視線の先には勇者一行が現れる。それぞれがアルスと同じように魔物や悪魔と交戦しながらであり、また別の方角からは騎士団や地底人が混戦しながらもここに導かれるように集まり出す。


「これから最高のパーティーを開こうと思うんだ。その為には人間達が少し邪魔だね。ほら、また集まってきた」 


「このパーティーの主催者はアモンだ。あいつはどこにいった?」


「アモンなら今からくるよ。ほら、そこ」


 ベルゼが指を差す場所にアモンは現れる。豪奢なドレスは見る影もない程に傷付いている。


「しつこい! お前は本当にしつこい! さっさと死ね! 彗! 嵐! 早くこいつを殺せ!」


「お前が死ね!! 何遍でも殺してやるよクソ悪魔!!」


 そこには傷つきながらもアモンを決して逃さないと表情で語るウルテアの姿があった。傀儡と化した二体の勇者を使い必要以上にアモンに迫る。

 一方のアモンはなにかを試みようとするが、ウルテアに何度も邪魔をされる。

 アモンと共に嵐と彗がウルテアを仕留めようとするがそこには黒騎士ホッポウとマグタス、白竜騎士とハンクォーが迎撃に当たっている。


「なんだこいつ! これだから脳筋タイプは嫌なんだよ!!」


「貴様は随分とチグハグだな魔人族の少年! 強いが全く型が無い。急に強くなって体が受け入れていないように見えるぞ? そんな攻撃では人族最強の矛と言われた私の首は取れんぞ!!」


「姉上! 彼は頭の回転が速い。やられたフリをして反撃を加えるタイプです」


「ほぅ! 騎士の風上にも置けない輩だ!」


「彼は騎士ではなくただの敵です!」


 白竜騎士と華剣士剣に阻まれ彗は防戦一方であり、反撃を試みても剣が飛び、策を練ろうとしても華が邪魔だてしており手も足も出ない状況である。それは嵐も同じである。


「ヤバイ! ヤバイ! なんなんだよこいつ!!」


 嵐はあの手この手でホッポウとマグタスに攻撃を向けるが黒騎士と騎士団団長はそれらを尽く破壊。

 黄金髑髏、百鬼夜行を双方の巨大な大剣でなぎ払う。その姿はまさに不動であり後方に控えるカナンや真緒に一切の被害を出さない。


「お姉ちゃん。大丈夫?」

「えぇ。まだ少し頭は痛いけど平気よ」


 後方に控えるカナンと真緒。

 顔色は少し悪いが、それでも立って歩けるようになった真緒は周囲を見渡したあと空を見る。

 そこにも大量の魔物、そして悪魔の姿。対峙するのは大賢者ヨーダン、天馬騎士レダ、海巫女ジーナ。どこを見ても戦闘ばかりが繰り広げられている。全ての面子がこの場に集まった状態となった。


「大乱闘だわ。お願いみんな、無事でいて」


 真緒は祈るように呟く。大地も空も魔物が人が悪魔が入り乱れている。この状況では真緒の強みである先を見越した戦い方をそれぞれに指示するのは不可能である。



 

「あっ! 奇跡が始まる(・・・・・)




「奇跡?」


 突然のカナンの言葉に真緒が返答するがカナンはそのまま黙り込んでしまう。

 ――奇跡? その言葉がどうにも真緒の中では引っかかりを感じた時、大乱闘となった無限牢獄に大きな声がめいめいに響く。


「よし、みんな!! 僕は今から我ら悪魔の真祖たる大悪魔様をこの世界に呼び出し、この世界をもっとめちゃめちゃにしてやろうと思う!!」


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