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ゲーム


 広すぎる中庭の前方から音楽が聞こえる。

 日の光の反射で行く先の状況が分からない。だがそれでも前へと進む。

 妙な緊張感であった。素晴らしい音楽なのだがずっと聞いていられない、どうにも嫌なもどかしさがあると誰もが感じていた。

 先頭の綾人が足を止めると同時に全員が止まる。緊張感が膨れ上がっていく。それは音の発生源に行き着いたからである。

 

「クッキーが焼き上がったわ。良い茶葉も入ったことだし、皆でいただきましょう!」


 アモンの声であった。

 先ほどと同じように鉄仮面にドレスという奇妙な出立ち。アモンが茶会と称したそこは、正にその通りであった。


 庭に並べられたテーブルと椅子は名工であり、そこには派手な服を着飾った者達が優雅なひとときを過ごしていた。

 お茶を飲み楽しそうに談笑する者、クッキーを頬ぼる者、音楽を演奏する者、それに聞き惚れる者、立ちながら談笑する者が時を過ごしていた。煌びやかなドレスの数々。ルネサンス、バロック、ロココ、スーツ、絢爛豪華な茶会であった――ただ一点を除いては。


「こいつら全員悪魔?」


 誰の声かは分からない。

 ともすれば全員の心の声が幻聴となり、それぞれの耳に届いただけなのかもしれない。

 

 身に纏う衣装に反して顔が人の造形では無い。

 それは悪魔と呼んでよいだろう。邪悪を固めたような形相である。獣のような者もいれば、美しい女だが多眼であったりと鉱物であったり、子供かと思えば顔を縦に割ってクッキーを食べる者と、実に多種多様な相貌であり、それは気味が悪いという言葉で説明がついてしまう。あまりの非現実的な光景に慄く一行に楽しげな声。

 

「ようこそ悪魔の茶会へ。歓迎しましょう」


 続けて称賛を上げるよう囃立てる他の悪魔達。

「ようこそ」と拍手に混じり聞こえる悪魔の声。マグタスやハンクォー、加えて騎士団には馴染みのある声であった。


「その声は! 大臣!?」


「それに執事長や女中達の声?」


 勇者達も聞き覚えがある。世話をしてくれたメイドや執事の声であった。呆気にとられるマグタスや勇者らを無視するように悪魔らが盛り上がる。


「今回の賭けは私の勝ち~魂五千個ゲット~」


「くそぅ! 大穴を狙って勇者が世界を救うに賭けたけど外れたか~!」 


「まだいいよ! こっちは超大穴の勇者が魔王になって悪魔()らを虐殺に全賭けしたんだから~魂すっからかんだよ」


「賭け事は手堅く行くのが常識でしょうに、コッチの勝ちの粗利は少ないけど勝ちは勝ち!」


 はしゃぐ悪魔達は現れた人間など無視して盛り上がり始める。


「一体、何を――」


「見て分かんないのかよ? ゲームだよゲーム。ママたちはこの世界と異世界転移した僕らがどうなるかを賭けて、ゲームをしていたんだよ」


 アモンの背後から彗と嵐が現れる。二人は給仕の格好となっていた。


「ゲーム? 賭け?」


 勇者や騎士団の面々は全てに納得がいかない。という顔であったが綾人らは違う。

 散々悪魔に振り回されてきたからか、どこかで納得がいっており。それがまた腹立たしいとばかりに舌打をちする。


 惨めな最後となった宰相バラビットは大きな勘違いをしていた。

 彼は生まれながらに人族の秘密を知り、それを守り、影から世界を操る事に宿命を感じて生きてきた。だが違う。バラビットが生まれる前から、そも世界に人が誕生した時から、この世界は悪魔の遊び場であったのだ。

 故に裏から世界を操っていたのはバラビットではない、そうなるように仕向けていた悪魔ということになる。


「じゃ、じゃあ、この国は始めから――」


「そうだよ。王城内は宰相と国王とあんたら騎士団以外は皆悪魔なんだよ!!」


 動揺するマグタスに彗は留めを刺す。

 流石に豪傑たる男でもこの事実は衝撃であった。それはハンクォーも同じである。

 今まで親しくしていた国の者達は、酒を酌み交わした面々が悪魔である事実に膝を崩す。その姿が面白いのか悪魔達は盛大に盛り上がる。


「そうこれだよこれ! この顔が見たかったんだよ! 人間は本当に良い顔するよな!」

「絶望に絶望を加えて、さらに追い討ちで絶望を与えると、どうして人間ってこんなに面白いんでしょう!!」


 ゲラゲラと笑い合う悪魔達。茶会そっちのけで集まりだし人間達を吟味するように物色しまた笑う。それは誰がどの人間を獲物にするか品定めをしているようにも見える。

 悪魔に見つめられると皆の体が萎縮していく。出会ったことのない恐怖。人間を家畜と見る瞳には一切の慈悲がない。皆が足を下げる。騎士団はこれまでとの別種の恐怖に震えるものもいる。そして勇者一行も動揺を隠せない。

 だが、誰もが雰囲気にのまれている時にこそ前に出る男がいる。


「で!? 話はもういいの? ってかさ、悪魔ってなに? 全員口臭いの? ドブ川の匂い撒き散らすなよ」


 後退する一行に逆らうように足を前に出す綾人は鼻を摘みながら大いに顔を歪めている。さらに一歩前にでる。その姿に悪魔は笑うのをやめた。


「私としたがことがらしくないわね」

「俺もだ」

「同感だな」

「うん」

「行こうか」

ティターニが、ブットルが、サギナ、凛、ルードが綾人の背を見つめながら足を前に出す。

「綾人君」四人に並び前にでたのは美桜。そして他の面々も我に返る。この世界では、否、戦いではのまれれば終わる。だから足を前に出す。

 

「ママ! 早くあいつを殺させてよ。じゃないとやられた俺の気持ちが抑えられないんだよ!」


「黙りなさい彗。どうかなみんな? これ最高に面白い玩具じゃない?」


 悪魔が集まる中心にいるアモンは綾人に指を指す。


「確かに、こいつは面白い! 人間のくせに悪魔の匂いがするぞ!」

「悪魔だけじゃないぞ! 獣のような匂いもするぞ?」

「デタラメだ! デタラメ人間だ!」

 

 盛り上がる多数の悪魔。そんな中で、他の悪魔を押し除けて前に進む悪魔がいた。


「どうしてだ! どうしてお前からアスモデアの匂いがする! あいつはバカだが強い。序列三十二位の大物だ! まさかお前がアスモデアを殺して食ったのか!?」


 綾人の目の前に現れたのは、魚の頭部を何匹も繋ぎ合わせたような悪魔であった。

「答えろ人間!」と凄む様は気の弱い者であれば失神する恐さがある。恫喝をする魚の悪魔は大きく二メートル以上あり恐怖心をより刺激していく。だが見上げる綾人は臆する事なく答える。


「お前の口はドブ川ってよりウンコの匂いだな。臭いから口を閉じてください。って言ってもいっぱい口あるから大変だと思うけど」


 あまりにもふざけた返答である。他の悪魔は笑いだすが魚の悪魔は笑えない。

「生意気だ」と一言呟いたあとには魚は大口を開く。人など簡単にのみ込めそうなほどの大口が綾人に向かう。


天上天下唯我独尊(口を開くなウンコ野郎)!!」


 魚の悪魔は瞬時に綾人を食らおうとしたがそれよりも早く右拳のフルスイング。

 横っ面を殴られた悪魔は口を大きく開けたまま勢いよく真横へと飛んでいく。地面に一回転、二回転とバウンドした後にはピクリとも動かなくなる。その様はまるで死んだように見え、悪魔全員がそれを見てさらに笑いだす。

 通常であれば人間の攻撃に悪魔が傷を負うことはない。

 だが魚の悪魔はあきらかに攻撃が効いており、悪魔特有の攻撃が通じないという条件が破られた故に笑い出したのだ。


「アモンの言う通り確かに面白い!!」と皆が口を揃えてゲラゲラと笑う。


「つうかよ。お前ら悪魔の中にベルゼっているだろ? あいつはどこだよ?」


「ベルゼ? なんだお前あの口先三寸男と知り合いなのか? どうりで口が悪いわけだ」


 綾人の問いに答えた悪魔は盛大に笑い出すと、他の悪魔もつられてゲラゲラ笑いだす。

 

「さて、玩具もそろったことだし茶会を開こう――」

「いい加減あなた達の笑い声には飽きてきたわ。さっさと殺りましょう。援軍も来たようだし」


 アモンの声が半ばで中断された。それはティターニがアモンの首を斬り落としたからである。

 人族の面々はその大胆な行動に目を見張る。確かにこのままいけば悪魔のペースになりかねない。一手を討つなら今がよいタイミングだ。それでも何の迷いもなく相手の首を飛ばす冷酷さと反するような美貌に思わず息をのむ。

 綾人らはさすが戦闘狂という視線を無言で送る。それを当然のように無視するティターニ。


「全く、乱暴なお嬢さんね。あなたは私が直々に可愛がってあげるわ。どんな方法で苦しめてやろうかしら?」


 飛ばされた自らの首をつかまえるアモン。胸元で話す鉄仮面はティターニへの責め苦を考え出す。


「その綺麗な肌は潰したポテトに混ぜてフライにしちゃいましょう。綺麗なお肉はこんがりと焼いて。骨髄や骨から作るスープも美味しそうね。大窯でぐつぐつで煮込んであげる。どんな味になるのか楽しみね。それを首だけにして全部見せてあげるから楽しみにしてね」


「さて戦闘開始ね。あなた達、私の足を引っ張らないように」


 アモンの言葉を華麗に無視するティターニは仲間である全員に視線を向けた。そこには勿論、綾人、ブットル、サギナ、凛も含まれている。

 だが悪魔の攻撃が通じるのは現時点で綾人だけである。

 ティターニは自身の攻撃が悪魔に通じないのは理解している。であるならば何故そのような言葉を発したのか?それは皆が悪魔ばかりに気を取られている中で、唯一援軍の存在に気付いたからである。


「――十の剣 金虎」

 

 それは魔を滅する者達の到着を知らせる、清浄な光。

 茶会の場が黄金色に染まっていく。光の王子と祓魔士の合わせ技による最終奥義。

 地面からは全ての悪を喰らう黄金色の大虎が出現。咆哮を上げ天を轟かす姿は大地の覇者として十分な存在である。


「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ! 体が消えていく~」

「お助けを~」

「悪魔だけど死にたくない~!」と自身の体が光にのまれ消えていくのですら面白いようで、ゲラゲラと笑いながら悪魔が消えていった。


 金虎が天へと疾走し姿を消すと同時に清浄の光もまた消えていく。

 広い中庭一面を包んだ光は多くの悪魔を滅ぼしたが、全てではない。それでもこの状況を優位に進めるには十分な奇襲といえた。 


「すまない! 遅くなった!」


「パイセン!!」


 アルス一行の到着である。

 世界に名を連ねる強者。白竜騎士シルヴァ、賢人ヨーダン、天馬騎士レダ、海巫女ジーナ、黒騎士ホッポウ、亡国の姫ラピスそして――「到着だね!」と祓魔士のカナンが援軍として駆けつけた。


「勇者様達も一緒のようだね? 綾人君たちは知り合いだったのかい?」


「まぁ知り合いっていうか、なんていうか――」


 アルスはいつものように汚れを知らない純な瞳であり、綾人はいつものように軽口を叩こうとした時——。


「マグタス! ハンクォー! ボロボロではないか!? 貴様ら揃いも揃って騎士団の名が泣くぞ!!」


 再びの合流者で場が浮き足立つなか、シルヴァの怒号でそれはピタリと止む。


「シルヴァ元団長!!」と騎士団らは背を正し、人族最強の矛を前に緊張を表す。

 一方で咎められたマグタスとハンクォーは返す言葉が無い。いくら死ぬ思いで戦ったところで結果が全てである。弱き者が死ぬ。

 マグタスもハンクォーも言い訳はしない。鬼神の如き表情で近づくシルヴァから目を離さずにどんな言葉も受け入れる所存であった。


「貴様らに騎士団を預けたのは間違いだったと言わせないでくれ。だが、生きてくれていて嬉しいぞ」


 二人にだけ聞こえるように伝えると背を向けるシルヴァは、騎士団へと言葉を送る。


「皆! よく聞け! この国は悪魔に乗っ取られている。このままいけば奴らの遊び道具として一生を終えるだろう! そんなことあってはならない。そうだろう?」


 問いかけに騎士団は食い入るように聞き入っていた。皆が右手を心臓に当てシルヴァに忠誠の意思を伝える。


「であるならば剣を取れ! 槍を構えろ! 目の前の敵を、悪魔を共に討つぞ!!」


 ――― !!


 多くの者が返答をした「はっ!」この一言である。たったの一言だが、騎士団員が一斉に同じタイミングで放った言葉は膨大な熱量であり大地を軋ませた。


「王子。一言お願いします」


「え!? 僕? ――えっと」


 突然シルヴァに振られたアルスは困惑を示す。柄ではないと自分では分かっているが騎士団やシルヴァ、マグタス、ハンクォーから熱い視線を向けられ、逃げられないとたじろぐ。

「アルス、男を見せなさい!」「王子。不格好でも良いので思いを伝えてくるのです」「がんば~」仲間達からも激を飛ばされアルスはおずおずと言葉を紡ぐ。


「悪魔を滅ぼして、世界を平和にしたい。それが僕の思いだ。それには戦って勝ち取るしかない。激しい戦いになる。でもここには僕がいる、仲間達も、それに勇者様達。だから。みんなの力を、いや、違う――」アルスは腹を括る。この先の戦いはどんな戦いよりも激しくなる。そう思ったからこそ皆に伝えた。


「皆の命を僕にくれ!」


「はっ!」


 再び全騎士団員が傅き返答をする。その光景は圧巻である。

 当然、シルヴァ、マグタス、ハンクォーも傅いている。ラピス姫は満足気味に頷き、ヨーダン、ジーナ、レダ、ホッポウはアルスへ一礼して了承を送る。

 

「熱いじゃんパイセン!」


「綾人君はアルス王子と知り合いなの?」


「知り合いっつうか、なんつうか、パイセンっつうか。それより美桜こそ知り合いなのか?」


「知り合いっていうか、何ていうか命の恩人っていうか」


「お兄ちゃんもお姉ちゃんも会えてよかったね!」


 綾人と美桜がはっきりとしない会話を続けていると天真爛漫の声。そこには二人の側に魔人族の少女カナンが現れる。

「チビっ子!」「カナンちゃん!」二人の呼びかけには応えずにカナンは一度だけ肯くとテテテと走って行く。行き着いた場所は真緒が横たわる場所。


「お姉ちゃんだいぶ無理しちゃだんだね。カナンがどうにかしてあげるね」 真緒の手を両手で包むカナンは祈りを捧げる。


「お前? 人族を助けるのか?」


 それはウルテアの声であった。同じ魔人族同士思うことがあるのだろう。

 真実を知ったウルテアは理解はしている、だが気持ちの面で人族を許すという事ができていない。そんなウルテアだからカナンの行動に困惑を覚えた。


「? うん。きっと良い事があるよ」


「はぁ!?」


 カナンはウルテアに送った言葉はあまりにも唐突過ぎていた。当然理解できない。意図を聞こうにもカナンは直ぐに真緒へと向き直り祈りを捧げ、ウルテアを向く気配は無い。

「よくわかんねぇガキだな」そんな言葉が飛び出ていたが、自分が笑っていることにウルテアは気付いた。

 ――良い事がある。と漠然とした意味だったが、同じ種族の少女から言われた一言に、どうしてか心持ちが軽くなった事を自覚した。


「あわわわわ! なんか凄いことになってない?」

「確かに」


 アスカと真琴があれよあれよとなった状況にようやく息をつき感想をのべる。


「なんか俺らのキャラ薄くね?」

「言うな。我もそう感じていた所だ」


 翔と寛二が薄目で周囲を伺いポツリと呟く。


「斗真、どうするよ?」

「決まってるさ――」


  樹が斗真へと指示を仰ぐ。斗真はいつだって真っ直ぐでありカリスマであり、勇者である。クラスメイトは斗真を見つめる。


「俺らは俺らのなすべき事をするだけさ。先ずはここにいる皆で悪魔達へと対応する。王城にいるクラスメイトや先生がどうなっているかも心配だ。頃合いを見てそっちを探しにいく部隊を作ろう。どうかな?」


 勇者の言葉に全員が頷き「流石は斗真だ!」と皆を代表して樹が応える。


「さて、やろうか」聖剣を握る勇者の顔はどこまでも楽しそうだ。

 

 それぞれが再会を果たし、意思を固め悪魔へと向き直るとマイクをもったアモンが前に立っていた。離れていた首はもう元に戻っている。


「さぁさぁさぁ! 盛り上がってまいりました! 多くの悪魔が消えちゃいましたが大丈夫。こちらにはドン!! 超々大量の魔物と悪魔の増援!!」


 アモンの背後からは獰猛な叫びが幾つも折り重なっていた。

 それは魔物の叫び。今直ぐにでも襲いかかろうとしている魔物の群れ、否群れと呼ぶにはあまりにも大量である。綾人達が海国で遭遇した魔物の群れよりも多く。地上からも空からも溢れる魔物は数の暴力とも呼べる。

 加えてどこからともなく悪魔も現れる。それも尽きる事が無い数は綾人、勇者、光の王子が合流し騎士団を合わせた人数を遥かに凌駕していた。

 

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