音の鳴るほうへ
「いい加減にしろ。ティターニの言葉は間違っていない、油断するのは禁物だ。その後のふざけた言葉は大いに間違っている、綾人で遊ぶのはそれくらいにしといたらどうだ?」
「そこの亜人さんの言う通りだ! 団長命令だ。お前たち警戒態勢をとれ! ハンクォーは指揮をしろ!」
「はっ! 皆さん。負傷、武器防具を改めて確認してください。傷の深いものは、道具や魔法で順次回復に努めてください」
ブットル、マグタス、ハンクォーが手早く指示を出し一行は警戒態勢を取りながら休憩に入る。
驚異は去ったが、現実と非現実が混じった七色の空である転移結界からは出られていない。ここからの脱出は虹の魔女の力を必要であり、つまりオフィールを人形から元の状態に戻す必要がある。それを可能とする彗は今も気絶している。
一行は十分な回復を済ませたあと彗を目覚めさせ、この状況を打破することを試みる。その休憩の際、皆からハブられ気味の綾人の近くには美桜がいる。二人の間には甘い空気が一切流れていない。
「全部が全部本当じゃないのは分かるけど、それでも綾人君は隙が多過ぎです。ちゃんと自覚して」
「はい。気を付けます。坂下先生」
美桜から説教を受けているといった具合である。綾人の素直な態度に肯く美桜だが、僅かに頬を膨らませて不満を表す。
「それと、私のことは苗字じゃなくて名前で呼ぶ様に、私ばっかり名前で読んでるの、変でしょ?」
「確かに、じゃあ……美桜」
「う、うん。綾人君」
照れたように笑いだす二人。妙な関係のまま別れた二人。
これまでのことを話し合い、労い、痛みを分かち合い、絆が深まる時間がやってくる――という事は無い。敵は敵の都合でいつも現れる。
「良いものを見せてもらいましたッ! もう、最ッ高!!」
観劇の感想のように明瞭な意見だが、どうにも侮蔑の意味合いが含まれている。皆の視線を集めるのは高貴な衣装に身を包んだ女性であり、悪魔であり、混乱に拍車をかける元凶である。
「団長!」
「お前ら構えろ! 方々、あれが話に出た悪魔です!」
「悪魔アモンね」
ハンクォーとマグタスによって再び戦闘の準備を始める。
マグタスから予めの情報を聞いたティターニがその名を口にする。
「楽しい観劇でした。でも、そろそろお開きにしましょうね?」
見た目は王妃である為に所作は優雅である。
勇者一行は動かない。悪魔に攻撃を仕掛けても通じないことは、オフィールの戦闘やティターニ、ブットルの話を聞き重々に承知しているからだ。
「怖い顔をするわね? 私の気まぐれであなた達などいつでも殺せるということを忘れない様に、さて彗と嵐を返してもらいましょうか」
悪魔が指を鳴らすと目を覚ました二人。
彗も嵐も拘束され地に寝かされていたが、悪魔がもう一度指を鳴らすと拘束が解かれ、立ち上がりアモンの元に瞬時に移動。その際に一言も喋らないことが妙におかしく思えた、彗の性格を考えれば愚痴の一つでも漏らしそうなもの、嵐も場違いな笑い声を上げていない。その姿は操られていた魔人族と同じ様に人形のようである。
「じゃあ。楽しませてもらったし、帰らせてもらうわね」
アモンの横に彗と嵐が並び後ろを振り返った悪魔は、まさに油断という言葉を表していた。それもそうである。攻撃を繰り出しても、殺しても死なない悪魔は全ての物事を下に見る。
悪魔の油断は当然であり、それが日常である――だがそこに攻撃が通じるものがいたら話は別。
普通じゃ無い者には普通じゃ無い奴を当てがうだけである。
「帰らせる訳、ねぇだろボケェェェェ!!!」
油断していたアモンへの奇襲は当然に綾人である。
突如として現れた異質な存在。今までのやりとりをみていたアモンの考えとしては、異常であるのは分かっていたが危害を加えられるまでとは思っていない。といった所である。
綾人は一瞬でアモンへと詰め寄った。その速さは相当である。アモンへと迫る龍の拳。彗と嵐が庇おうとするがそれすらも跳ね飛ばす勢いであった。
「――――ッ!!」
龍の拳が悪魔アモンを捉える。
直撃を受けた王女の顔面は当然のように破壊。陥没し骨が剥き出しになる、眼球が飛び出すと顔の形状は残さずに吹き飛んでいく。
見るに耐えない光景だが血が一滴も飛沫しない。改めて王妃が人ではないことを物語る。
「マ、ママ~!」
フッ――と彗と嵐が我に返り、叫びだす。アモンが王妃という肉体を失ったことで我に返ったのだろう、二人は綾人を殺そうと動きだす。
一行が彗と嵐を再び拘束する為に動くが、それよりも早く動いていたものがいた。
「ようやっとチャンスをが巡ってきたよ! みんなの仇だ、死ね! 死ね! 死ね!!」
「おまっ! ウルテア!」
「ア、ハハッ――」
彗と嵐の首が体より離れていた。
首を切断した糸は頭部のない二人の体を拘束。それを実行したのはオフィールによって戦いを遠ざけられていたウルテアである。突然の乱入者に皆の動きが止まる。
「オフィール。私が全てを終わらせて上げる!」
ウルテアは眦を上げ周囲を見る。
その意思と言葉を聞けば、一連の会話を聞いていたことが分かる。
であるならばウルテアの目的は人族の破壊なのかもしれない。激しい攻防を繰り返していた斗真はいつウルテアが敵になってもいいように身構えていた。
「先ずは、お前だ!」
ウルテアが指先を向ける。勇者一行が身構える。ティターニらも同じである。
だが糸が向けられた相手は悪魔アモン。
「勘違いするなよ! 人族は許さない! でもオフィールがお前らを滅ぼさなかったのは何かの理由があるからだ。それを確かめるまでは、お前達を生かしておいてやる!」
ウルテアらしい上からの物言いであるが、性格が垣間見える言葉でもある。
「敵は同じってわけだな! こっちもお前とは戦わないでおいてやるよ!」
ウルテアの瞳が僅かに揺れる。同じ様な傲岸不遜な言葉の綾人を見据えたあと、視界の端でオフィールを捉える。彗や悪魔によって心は奪われ人形と化したが肉体は滅びていない。
それが綾人の甘さなのかは分からないがウルテアが人族と戦わない理由としては十分である。
傀儡士の指が動くとアモンの四肢が切断。胴体が地面に落ちると同時に高らかな笑い声。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! もう最ッ高!!」
悪魔は気が狂ったように笑いだす。
ウルテアは怒りがそのまま攻撃となって現れる。鋼すらも両断する糸が微細に可動しアモンの体は細切れとなり笑い声は止んだ。
「みんな! 悪魔は殺しても死なねぇバケモンだ! どっかにまだいるぞ!」
幾度も悪魔と戦ってきた綾人の叫び。
だが現れる様子が無い。悪魔自体は戦闘をする兆しが見えないが、何かを仕掛けるという得体の知れない怖さがある。
僅かな物音で振り返る一行。石畳の地面が軋んだ音である。
「「ひぃやややややや!!」」
「アスカ!」
突如の絶叫である。
声の主は七海アスカ。何事かと仲間たちが振り返ると分身を出現させたのだろうか?
アスカが二人いた。
「「こいつ偽物だよ!!」」アスカの声が反響する。
――偽物? 二人いるアスカは指を差し合いお互いを偽物だと叫んでいる。
「アスカ! こんな場面でふざけないで! どっちかはあんたの分身なんでしょ!?」
「「違うよ真琴! 分身のスキルは作動させてないもん! なのに隣に自分が現れて、だから叫んだんだよ!!」」
またしても指を差し合い、声が重なり合う。アスカは分身のスキルを作動させていない。であればこんな悪戯めいた事をするのは。
「アスカ! どっちが本物だ? おそらく悪魔が化けてるんだ!!」
「「こっちだよ!!」」
勘の良い樹が事実を告げる。
そう。悪魔アモンの仕業で間違いない。だが今もお互いを偽物だと言い合う二人はどこをどう見てもそっくりである。
戦闘によって疲弊した体、顔は癒えているが微かな傷痕の名残や、服装の擦れ具合も同じ。
「「この偽物め! 私に化けるなんていい度胸だ」」
「アスカ、本当にどっち?」
美桜の疑問と共に、二人のアスカはナイフを逆手に構え刃を合わせる。一手目の攻撃の手筋も足捌きも同じ、これでは本当にどちらが本物かは分からない。
「「みんな! 早くこいつをやっつけちゃって!!」」とアスカが叫ぶがどちらを攻撃していいかが分からない。
「樹! あんたアスカをよく見てるでしょ!? どっちが本物なの?」
「よくは見てねぇよ! っつか真琴こそ、アスカの隣にいつもいるから分かるだろ?」
「ロリが増えても旨味というものが無い」
「同感だ」
「「ぶっ殺すぞ!! ゴリラと猿が!!」」
いつも通りの寛二と翔への怒りも声が揃う。
「この手のパターンは始めてだから、 ど、どうしたものかしら?」
「水魔法で一度二人を閉じ込めて、いや、それだと悪魔の計算かもしれない――先ずは本人しかないクセを仲間達が見抜いた後に攻撃――」
ティターニ、ブットルも逡巡を見せる。
「古来より化け物退治は首を跳ねるというからな。一度首を跳ねてみるというのはどうだ?」
「サギナはちょっと黙ってて」
凛に嗜められしゅんとするサギナ。
「相棒。どっちが悪魔だ?」
「――こっちだ!!」
綾人が右目の疼きに従い行動。
途中で鼻をひくひくと動かし予感が正しい事を確信。短剣で斬り合う二人に瞬時に詰め寄ると、片方のアスカに向かって拳を振り上げる。
「ちょ! 私のほうが本物だから――!!」
振り下ろされる拳の途中でそう叫ぶがもう遅い。拳が顔面に直撃すると砕け、皮膚が弾け、肉が飛び散り、骨が剥き出しになり、眼球が飛ぶ。生身の体で龍の拳を受けると、直視できない悲惨な状態となる。
「お前が本物なら、どうしてそんなに腐った匂いがするんだよ」
頭を消失したアスカが倒れると同時に、乱暴に踏みつけ腰骨を折る。
「うわぁ~空上君。偽物をやっつけてくれてありがとう。でも一切の躊躇なくだね。何だろうこの何とも言えない気持ちは。一切感謝感激が湧き上がってこない。やはり三股王は伊達じゃない~」
地に倒れたアスカがゆっくりと背景と同化し消えていく。これで偽物であると判明。一難去り、綾人がアスカに平謝りをしている途中で今度は斗真の偽物が現れた。
「「こいつ! 今度は俺か!!」」
次には聖剣を合わせる勇者が二人。
やはりアスカの時と同じである。寸分違わぬ動き、ピタリと合う言葉。二人ともどこからどう見ても勇者であり、青峰斗真である。
「綾人君!!」
「任せろ美桜!」
美桜が叫ぶ、その前に綾人はもう動いていた。龍の脚は何者も追いつけぬほどに早い。
「化け物の匂いは直ぐに分かるんだよ! 何遍やっても無駄だぞゴラァァァ!!」
拳が偽物の斗真に当たると、アスカの時と同じく頭部を破壊。斗真はまったく同じ顔が破壊される瞬間をなんともいえない目で見ていた。
「――くく。バケモンはお前だろ? お前の体から悪魔の匂いプンプンとするぞ、外側にじゃない中からだ? 小僧、お前。悪魔を食ったね?」
「口臭いな、歯を磨けよ。うんこ野郎!」
偽物の斗真が消えた瞬間に綾人の真後ろへと現れたアモン。服装などに変わりはないが頭部は王妃の顔ではない。
大きな角が嫌に目立つ鉄仮面であった。目元の穴からは薄緑色の瞳が覗き、口元は歪んだ格子状という仮面。
ドレスには一切合わないその頭部が揺れると、綾人の首筋に近づき匂いを嗅ぎだす。
「捉えたぞ! さっさと殺せ化け物人間!」
ウルテアの糸がアモンを捕らえ、綾人は振り向きざまに拳を打ち込む。今度は間違いなくアモンへの一撃となる。胸部に突き刺さる拳。
一瞬の静寂。致命傷ではあるが悪魔はこれでは死なない。綾人と共に旅をしてきた面々は知っている。
追撃を討とうとした瞬間である、鉄仮面の口元が開かれると悪魔の口元が露わになる。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃ!! こいつは面白い。みんな最高のおもちゃが来たぞ!! みんなで遊ぼう!!」
酷い火膨れをした肌と大きく裂けた口元。覗くのは乱杭歯。見るに耐えない口からは悪魔の歓喜の声が漏れた。
――嫌な予感がする。
綾人をもってそう思わせる狂気がアモンから発せられた。
「バカ! 引きなさい!!」
一瞬身を固めていた綾人にティターニが喝を入れ、綾人は我に返る。
目の前のアモンはまだ笑っている。その姿はどう見ても狂っていた。綾人が離れた瞬間にアモンが再び叫んだ。
「彗! 嵐! さっさと生き返れ! これからみんなを誘ってパーティーだよ!!」
大絶叫のあとは彗と嵐の頭部が動く、頭だけではない体もである。まるで磁石のように首と体が引き合うように動き出す。
「なんだ! 止められない!」
二人の体を拘束していた糸がピンと張り、ウルテアの小さな体が引きづられていく。
咄嗟に真琴が動く、不可視の鎖を使い同じように彗と嵐の体を捉えるが同じように止められなかった。このまま引きづられるのは危険と判断し糸と鎖を解除。
抵抗がなくなった体は頭とくっつく。同時に二人は目を覚ます。
「全く、ママ! もっとスマートに起こしてよ!」
「アハハハハ! 久しぶりに死んじゃったな。でもまた直ぐに生き返った!! アハハッ!」
二人は復活を果たしてしまう。目には増悪を滾らせ敵を見据えだす。
厄介な二人を捕らえようと動くが直ぐに跳躍しアモンの元で着地する。ウルテアが悔しさを滲ませる。糸で再度切断を試みるが彗の分解でそれが敵わない。
「クソッ! もっと力があれば!」
「おいおいおい。魔人族ってのは一度の失敗でヘコ垂れるもんなのか? ダメだったなら何度もやり返せばいいだけだろ!?」
「うるさいオッサンのくせに! 今やろうとしていたんだよ!」
「口は達者なおチビちゃんだ!」
肩を落としかけたウルテアの隣にマグタスが立ち、不器用なエールを送る。
「皆さん! ここが正念場です! 悪魔と二人を止めましょう!」
ハンクォーの指揮に賛同の声を上げる勇者一行。
そのやり取りに高い練度を感じ取りティターニは関心を示す。それはサギナやブットルもそうであり、凛はどこか自慢げに頷く。
ティターニは一度視線をきり荒い呼吸を吐く綾人を見据える。
「綾人。やれる?」
「あぁ。俺らは悪魔をぶっ殺す。この力もようやく使い方が分かってきた所だ」
「よし。連携でいこう。サギナとティターニで撹乱、俺と凛で遠距離支援。最後は綾人、いけるんだな?」
「何度も言わすなブットル。やれるに決まってんだろ!!」
力の反動からか綾人の拳は震えている。それを必死で隠すように綾人は不適な笑みで答える。
ティターニ、ブットル、凛、サギナが肯く。遠くでは戦闘に参加せずにるルードが激を飛ばしている。
こうして再びの戦いが始まろうとした――がそうはならなかった。
「私はパーティーといったはず。さぁ、こんな野暮な場所は抜け出して王城に行きましょう。彗、嵐。準備をしなさい!」
「ママの命令がなければ今頃お前らを八つ裂きにしてるところだよ!!」
アモンの命令を舌打ち混じりに実行する彗と笑いながら行う嵐。
七色の空がグニャリと歪み、ガラスを叩き割るかのような音と共に、オフィールが作り上げた転移結界が破壊されていく。
「人族の領土に戻れた!?」
「それにここは王城内の中庭!?」
不気味であった七色の空が消えると、晴れ渡るような空、雲一つない。まさに快晴である。
空から視線を落とせば王城の敷地内であることが分かった。広大すぎる見慣れた中庭を見てハンクォーとマグタスが叫ぶ。
「転移結界が消えたということは?」
「どうだろうな?」
「油断禁物だね」
ティターニとブットルに凛が答える。
「敵の姿が見当たらんな婿よ」
「あぁ。どっかにいるんだろうよ。油断すんなよ!」
「誰に言っている」
綾人とサギナが周囲を警戒する。
「戻ってこれたよ。頑張ってくれてありがとう。真緒ちゃん」
「美桜! 油断は禁物だぜ! 悪魔ってのは安心させた瞬間に狙ってくるんだからよ」
眠る真緒やレイ姫のそばにいる美桜が安堵する。ルードは警戒するように周囲を旋回。
「戻ってこれた!」と一息つく勇者一行に大勢の声がかかる「マグタス団長!」「ハンクォー副団長!」「勇者殿や皆さんもいるぞ!」それは騎士の面々であった。
「お前達!」と驚くマグタス。大所帯の騎士が合流してもまだ余裕がある中庭である。
一頻りの混乱であるが皆無事であることに安堵していると音楽が耳に届く。
優雅なメロディであった。晴れてはいるが暑くなく、ときおり吹く風が心地良い今にぴったりの旋律。音の発生源は遠くから、こっちにおいでと誘っている。
「行こうか。悪魔が呼んでるぜ」
初めに足を進めたのは綾人。こんな緊迫した状況でこんな事をするのは悪魔である。
そう確信しているからこそ、誰よりも早く足を前に出せた。そして仲間達が続く。勇者一行や騎士団も続き、皆がおいでおいでと音の鳴る方へ歩みだす。




