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仲間


「ハハハッ! 良い良い良い! 良いぞ! 魔人族よ!」


 鬼姫が笑う。顔や体には己の鮮血と相手の赤黒い血飛沫が付着している。

 硬質である黒の手足は撃ち合いの質量により軋み出すが鬼姫には関係がない。例え腕が砕かれようが、足をへし折られようが、ただ殺し合いを続けるだけ。


「そら! どうした。貴様にもっと私を見せてくれ!!」


 戦闘の最中であるにも関わらず鬼姫の舌はよく回る。物言わぬ相手であろうが関係がない。

 長槍と拳がぶつかるが、互いに引く事がない。

 弾かれ合うこともない。ぶつかり合っている力点がずれお互いが前のめりになる。よろめく体を強引に踏みしめ体勢を立て直し、もう一度槍と拳をぶつけ合う。

 これの繰り返しである。お互いに譲る気のない殺し合い。いかに己の力で相手を屈服させられるかを近距離で打ち合っている。

 槍がレットに傷を負わせる。同様に拳がサギナに傷を負わせる。互いの血が顔に塗られ血化粧を施していた。


「ぬぅぅぅぅっぁぁぁあああああああああ!!」


「――」


 サギナの咆哮と同時に槍の一撃。

 レットも叫ぶような雰囲気を出すが所詮は人形となり果ては存在。声は出せずにただ与えられた命令をこなす為に拳を振るう。

 その結果が現れ始めた。徐々にではあるがサギナの二振りがレットを押していく。


「信じられん」

 

 その戦いを見ていたマグタスの声。

 レットの力を知っている彼からすればサギナの細槍でレットの拳と打ち合うこと自体がありえないのに、それを押し勝つからますます理解に苦しむ状況であった。


「サギナ!」


「心配いらんぞルード! 直ぐに終わる!」


 壮絶な打ち合い故にルードが叫ぶが鬼姫は笑って返す。

 双方が距離をとり荒い呼吸を吐き出す。

 先に動いたのはレット。拳を掲げ近づいていく。


「残念だ。名も聞けぬ魔人族の男よ。貴様とは全力(・・)でやり合いたかったな。さて、いくぞフルカス!」

 

 戦いを観戦していた皆、勇者一行、マグタスやハンクォーにも戦慄がはしる。

 短槍より、ゲル状のドス黒いものがこぼれ落ちる。それが現れた瞬間に全員が目をそむけた。


 ――見てはいけない何かだ――まるで頭の中でもう一人の自分にそう語られている感覚。その声は一切の感情がなく。ただ平坦な声を出していた。


 目の前の戦闘から視線を反らしたが、なにか気味の悪いモノが背中にツゥーと指を這わし、首元を撫でている。非常に好意的だが分かる。そちらを向いたら最後である。ということが。


「フルカス! 標的は彼らではないぞ。確かに人形相手ではつまらぬかもしれんが、婿の旧友にちょっかいを掛けるな!」


 フルカスの呪いは一級品である。

 いままで対峙していた綾人、ブットルがおかしいだけで、本来ならば最大限の畏怖の対象。

 大きな一つ目に魅入られれば仄暗い世界に引き込まれ、二度と地上の光を拝む事はできない。

 連れ去られた精神はフルカスの玩具となりはて、死ぬことすら許されない責め苦が永遠と続く。


「さて、終わりにしようか?」


 レットの拳がサギナの目前で止まる。

 短槍を回転させると、フルカスがレットの背後より現れる。大きな一つ目の中には七色の小さな瞳が忙しなく動く。

 レットの体はフルカスの触手によって絡めとられている。動こうとするが動けずにレットの体が小刻みに揺れる。


「さようなら魔人族の戦士よ。せめて名くらいは聞いておきたかった――せめて全力の貴様とやり合ってみたかった」


 ズブリと長槍がレットの心臓に突き刺さる。胸部からは赤い鮮血が溢れるが長槍テイバイがどんどんと吸い上げていく。

 フルカスも負けじと触手の数を増やしレットの体に巻きつき始める。そうして数秒後に長槍が抜かれていく。

 

「さて、向こうも終わった頃かな? いこうかルード。それと婿の旧友の皆よ」


 サギナはさも何事もなかったように告げた。その顔はどこかすっきりとしていたが僅かな不満が見て取れた。

 ドサリ。と音。それはレットが倒れた音である。まるで干物のように干からびた姿であった。彼が掲げた戦士の矜恃はフルカスとテイバイによって毛ほども残らず消え失せていった。




ーーー




 もう一つの戦いは実に呆気ないほどに決着がついた。

 水の拘束具をはめられた嵐がもがいている。頭から首までを球状の水を納められている。呼吸ができるのが奇妙なところである。

 

「悪くはないが直接戦闘には向かないようだな。付与系統な技が多く見える。一対一では本来向かないな。きみのほかに前衛がいれば結果は変わっていたが、いや、それでも勝つのは俺の方か」

 

 水に囚われた嵐の顔は笑っている。それを眺めるブットルがため息を吐く。


「この状態で笑うか。精神をやられたんだろうな、あの聡明なお嬢さんが言うように、この子も元は綾人の同郷。そう考えれば殺すのは躊躇われるな」


 綾人一行はかなり早い段階でこれまでのやりとりを観戦していた。ブットルのいう聡明なお嬢さんこと、真緒が人族と魔人族の真相を突き止めたあたりから近くにおり一部始終を見ていた。

 転移結界で中に入れず、焦る綾人が殴って壊そうとし、ティターニに窘められ、それでも止めずに結局は皆で力を合わせ中に侵入することができ、今に至る。

 

「さて」ブットルは煩わしそうな顔で皆が集まる方向に進んでいく。

 後ろには水檻に捕らえられた嵐がいつまでも笑っていた。




ーーー




「分解だか何だか知らねぇけどな! テメェなんかの力より、あのクソ女(・・・)の炎のほうがよっぽど気合入ってんぞゴラァアァァ!!」


 混合線が続く箇所で綾人の豪腕が迫る。


「なんなんだよお前は! どうして俺のチート級の力が通じないんだよ! オフィール! ソネット! 早くこいつを殺せ!」


 ソネットが点在する影より現れ、その影を使い綾人を拘束。オフィールは炎魔法で綾人を焼き殺そうとするが――


「さっきからヌルい攻撃ばっかしてんじゃねぇぞ! オラァァァァ!!」


 龍の咆哮が炎を掻き消し、龍の脚が大地を砕くと影の拘束が四散していく。

 

「綾人!」


「おうよ!」


 綾人の背後から現れるティターニが短剣を振るう。合わせるように綾人が動く。

 標的はソネット。影に潜り回避を試みるが綾人が阻止。鉤爪がソネットを素早く掴み強引に体を地上に引っ張り出す。

 ティターニの短剣が水平に振るわれる。そのままいけば影使いの首を跳ねる。当然それをさせまいとオフィールが動いていた。背にある七色の魔法陣が光ると、二つの桃色のレイザービームが発射。

 一瞬間の照射である為に、短剣がソネットの首を跳ねるよりも早く二人を焼き殺す——予定であったが、どうしてか綾人とティターニの口角は上がっていた。 


「攻撃が直接的過ぎるわ。やはりこいつら弱くなってるわね!?」


「ティターニ!」


「分かってるわよ!」


 二人の狙いは始めからオフィールである。いつでも動けるように片足に軸を乗せ、レイザービームが当たる前に横飛びで回避。

 直ぐにオフィールへ詰め寄ったティターニの短剣が閃く。桃色の魔法陣が灰色へと変わる。これはハンクォーの華や鎧を溶かした魔法。

 ティターニは直ぐに攻撃を止め、別軌道を描く。それがフェイクであった。

 別方向へと飛んでいたオフィールはついと視線をティターニに向け魔法攻撃を仕掛けようとしていた時である。重圧を感じ視線を戻すと、目前に飛んできたのは綾人の拳であった。


「|これで仕舞いだボケェェ《天上天下唯我独尊》!!」


 どんな敵をも黙らせた一撃がオフィールの胸部を叩く。悪魔や邪竜の呪いに負けまいと押し込んでいる力だが、その代償に世の理を超える力。

 ソネットがオフィールを手助けする前に、もう終わっていた。オフィールの援護をする為に影を使用、その隙をティターニは逃さない。瞬時に迫り短剣を腹部に突き刺す。

 

 オフィールとソネットは人形ながらもどこかで、互いを守ろうとしていた。それは僅かに残った記憶の欠片がそうさせたのかもしれない。故に単調な攻撃パターンとなってしまう。

 そして相手もまた悪かった。綾人とティターニ。二人で同じ敵と戦うというのはこれが初めてである。にも関わらず、まるで長い年月を共にした二人一組の行動。

 互いの歪んだ性格がわかるからこそ、相手の次の一手が分かる。

 それが相乗効果を生み見事なまでに自由であり、ともすれば型に嵌った攻撃となり、でもやはり縦横無尽にあの手この手の攻撃方法となり圧倒。


 綾人とティターニは互いは嫌がるだろうが、実に見事な連携でった。

 たじろぐ彗は分解の力を使用して二人を止めようとするが、それはティターニが先んじて打った一手で失敗に終わる。

 

「なんだ、この草は!」


 細く長い指先は彗の地面を指していた。そこには緑色の魔法陣が展開しており、草花が急成長し彗の体へと絡まり動きを封じていく。

 暴蘭士のスキルを発動。だが相手の生命を蘭に変えずに、自由を奪うという簡易版として使用した。

 綾人と出会った当初はできなかったやり方。旅をする上でティターニも成長をしていた。


 彗は分解を草花に向ける。稀有で有能な力は見事に草花と魔法陣を分解。

 自由を得た体で直ぐに逃げるが、もう勝負はついていた。


 ティターニが彗を足止めしている間に綾人はソネットに拳を叩き込み地に沈める。次にはオフィールに向き直る。

 サギナも感じていたように人形と化した魔人族の面々の力は劣っている。

 それは感情が無い故かは分からないが、ともかく攻撃が非常に単純であり。いくら本来が強いとはいえ綾人、ティターニの敵ではない。

 

「ど、どうして、相手は伝説の魔女だぞ?」


 オフィールの七色の魔法をティターニが押さえ込む。その間に綾人の拳がオフィールを討つ。その拳は絶対的な一撃。それを二度くらいようやく伝説の魔女が地に倒れる。


「どうしてもこうしても、この2人がどうしてここまで弱くなったのかを逆に聞きたいほどよ。前戦った時はもっとやりにくかったもの」


 それでも綾人の——不条理を屈服させる——全力の一撃を一度は受けても倒れなかったオフィールはさすがといえる。戦ったティターニが重々承知していた。


「さて、これで残るはお前だけだ――やられる覚悟は当然できてんだろうな!! あぁあああ!?」


 綾人が凄む。龍の瞳に捉えられ、彗は腰を抜かしへたり込む。一歩一歩と近づく龍は今までに体験したことのない別途の恐怖。


「マ――ママーー! 早く助けに来てよ! ママーー!!」


 子供の駄々っ子であった。手足をジタバタとさせ自分の思い通りにならないと泣いて喚く様で、それでも必死で彗は叫び続けた。


「なんだ、こいつ! マザコンかよ⁉︎ 少し黙ってろや!!!!」


 綾人が訝しみながら彗の胸ぐらを掴み持ち上げる。

 龍の咆哮を目の前でくらえばいかな強がりをいう者とて一溜りもない。圧倒的な重圧に耐えかね彗は失神してしまう。

 手を離すとドサリと地に倒れる元クラスメイト。

 周囲を見ると一通りの戦闘が終わったていた。一安心はできたものの、クラスメイトの変わった姿にどうにもしこりがあるが一息つく。


「——綾人、君」


「坂下」


 振り返ると美桜の姿があった。ボロボロになりながらも駆けつける姿は胸が苦しくなる程だ。

 二人は長い時間を経て再開を果たす。

 美桜の後ろにはクラスメイトの面々。寝ている真緒やレイ姫はハンクォーとマグタスが背におぶっている。サギナ、ブットル、凛も揃い全員で無事を喜ぶ。

 雌雄ははっきりとついた。


「遅くなって。悪かったな。みんな大丈夫か?」


「うん。大丈夫。助けてくれてありがとう」


 綾人の言葉に美桜が応える。

 二人は少しぎこちなく視線を合わせる。


「なんか、綾人君、凄い格好だね?」


「え? あぁ。まぁ、色々あってこんな姿になっちまったよ。坂下も凄い格好だったじゃん。あの黒い翼の時」


「うそ! 見てたの⁉︎」


「うん。見てたよ。こっちに転移してきたら人っ子一人いないからさ。おかしいと思って探し回ってたらこの場所に着いたんだ」


「待って! あのはしたない格好は忘れて! アレは私だけど、私じゃなくて、えっと、つまりは特別なジョブ過ぎてジョブ自体が意思をもってて、力を引き出すには身を委ねなくちゃいけなくて、だから本当はあんな恥ずかしい格好はしたくなくて」


 綾人は人へと戻っていくが、目、拳、脚が黒く硬質な鱗が覆い、龍のままであった。

 美桜の堕天士となった時は胸元が大きく開き、際どい衣装である。

 望んでそうなったわけではないが、姿が変わるという所が共通しており。それは妙に居心地良く二人は感じた。


「忘れねぇよ。だってあんなに頑張ったから、必死になったから皆を救えたじゃん。坂下が踏ん張ったから俺らも助けることができた。だから、あの姿はすげーカッコ良かったし、ドキドキしたよ、あ! その、いやらしい意味ではなく――その――」


 あたふたと慌てる様子を見て美桜はクスリと笑う。変わってないなという安堵感と共に胸を締めていた思い出をつらつらと語る。


「また、助けられたね」


「え?」


「綾人君にまた助けられちゃった。これで二度目だね?」


「そう――だな。あの時も坂下を助けたんだな――」


「本当に憶えてる?」


「もちろん。さっきみたいな感じだった。憶えてるよ」


 表情に陰りが伺う様に美桜は問う。

 綾人の胸中では、誰かを失うという怖さが支配していくが強引に押し留め笑みで返す。

 美桜は聡明で感が良い。もちろん何かあるのだと気付くが、そこに踏み込まない。綾人にとってのソレは本人から打ち明けるまでは聞き入られたくないという思いを感じ取り、話題を反らす。

 

「でも綾人君も本当に無事で良かった」


「あぁ。坂下も無事で良かった」


 事そういった機微に敏感な男である綾人も、また美桜の気遣いに感謝を送り、美桜という存在を受け入れていく。

 その空気感が心地よく。美桜は改めて綾人を見つめる。

 綾人は照れながら、それでも同じように美桜を見つめていた時であった——。


「「「「「ウッオッホォン!!」」」」」」


 大きな、大きな咳払いであった。


「いや~無事で良かったですね~ルード先生!」


「いや全く、俺様の活躍が無かったら今頃みんなお陀仏だったぜ!」


 ルードを頭の上に乗せたアスカがニマニマとした表情で二人の間に割って入る。

 当然にルードの顔もニマニマとしていた。

 美桜はアスカの顔を見て、綾人はルードの顔を見て――しまった。という表情。


「みんな無事! めでたい! 先ずは喜びを分かち合いましょうルード先生! まさか皆がいる前で、二人だけの世界に入る惚気野郎なんているわけないですよね? 皆で無事を祝うのが常識ですよね?」


「おいおいおいアスカよ。藪からスティックなことを言うんじゃないよ。そんな奴らがいたらこのルード様が三昧におろして、塩ぶっかけて食っちまうぜ!」


 実に台詞めいた口調で示し合わせるアスカとルード。いつの間に仲良くなったのだろうか?

 上等なコンビネーションでやりとりを終えると、期待に満ちた――面白いことを望む顔――で綾人と美桜に交互に視線を送り続ける。

 二人が反論を仕掛けようとした時――絶叫がこだました。声の主は大転移の前に綾人と決闘を行っていた寛二。


「兄弟よ、坂下さんを寛容に受け入れるその余裕さ!! まさか――俺より先に、そんな――」


「そうなのか? どうなんだ百戦錬磨の斗真?」


「俺は百線練磨じゃないよ。まぁ、それでも二人が仲が良くてなによりだ」


「ったく石巻も貝塚も無粋だな。二人を暖かく見守ってやれよ。同じ乙女として助言するなら、これからキスでもしそうな雰囲気の時は黙ってるほうが優しさってもんでしょうが!! ねぇ、樹?」


「いや俺は乙女じゃねぇし。ってか真琴も間接的にイジろうとしてんじゃねぇか! まぁ、でもみんな無事でよかったよ。助けてくれてありがとうございました」


 あいも変わらずの勇者一行は、綾人と美桜をチクチクとイジリ続ける、二人は顔を真っ赤にして反論ができない。場を取り成すように樹がティターニ、ブットル、サギナ、へと頭を下げる。

 一旦の区切りとなり、イジる時間はこれで終わりかと残念がるアスカや真琴、悲観していた寛二と、笑う翔。斗真はいつもの様に柔和な笑み。

 樹が頭を上げたあと、マグタス、ハンクォーが用件を纏める為の真面目な話が行われることが予想されたが——違う。


 それは大いなる間違いだ。勇者一行は知らないだけである。

 綾人と共に旅をしてきた面々が、大クセ揃いの面子であるということを。

 先ずはジャブ程度の凛である。面子の中では良識人である彼女だが、それはこと一般常識に於いてである。意中の相手となると話は別だ。


「でも本当に良かった。みんな無事で。皆には私と王子の結婚式にきてもらいたいからね!」


 愛嬌たっぷりの笑顔である。綾人の腕に自身の腕を絡ませ。過度に体を密着させる。


「え?」「はぁ!?」「マジ?」「えっと——」「嘘」「どゆこと?」


 口をあんぐりと開けたのは美桜だけではない。アスカや真琴。それと男子の面子全員。


「けっ、こん。しき?」


「美桜。結婚式だよ。けっ、こん、しき。ね? 王子?」


「いや、だから凛。何度も言ってるけどその王子っていうのやめてくれよ。ってか、え? 結婚ってなに? なんの話?」


「呼び捨て——」


 美桜は固まりながらもそう呟く。状況をのみ込めない。クラスメイトも同じ様に固まっていく。そして混乱に拍車がかかる。


「ふむ。婿よ。凛と式を挙げるのならば当然私とも式を挙げるんだろうな? この体で花嫁衣装というのも妙だが、婿が望むのであれば致しかたない」


「致しかたない。っていう口調じゃないんだよな。希望に満ちた顔を向けるな! 目を輝かすな! そもそも式をするってなんだよ!? そんなくっつくなよサギナ」


 凛とは反対側の腕に豊満な胸をこれでもかと押し付けるサギナ。綾人は口では嫌がっているがその感触をキッチリと楽しんでいるが如く、満更でもない顔。


「——婿?」


 またしても固まる美桜と、ちょっと面白くなり始めたクラスメイト一行。


「サギナ。王子はいま私との結婚式の話をしているんだから。ちょっと黙ってて」


「ほう。言う様になったではないか凛よ。婿の妾候補が一人増えそうなくらいで急に態度を変えるのは悪手だぞ。正妻を狙うのであればデンと構えてなければならないぞ」


「妾候補? 正妻?」 

 

 サギナと凛の視線が向けられていることに美桜はますます困惑が強まっていく。


「ちょっと! え? えっ!! 美桜がいながらも凛とも! それとその綺麗なお姉さんにまで手籠にしちゃったの!? 超クズ野郎じゃん!!」

「さいて~! マジでさいて〜!」

「男としてはゴミでクズだな」

「兄弟の契りはこれにて解除ということで」

「さすがの俺もフォローしきれないかな」

「羨まっ、じゃない! 坂下と野々花、それとそちらのめっちゃグラマラスな黒い女性! 三股とかマジでウンコ野郎じゃん! タヒね!!」


 煽りだすアスカ、汚物を見る目になる真琴。同じく蛆虫を見る目になる樹、寛二はドン引き、他人に興味のない斗真でさえ苦笑い。そして煽りだす翔。美桜の目からはどんどん光が消えていく。


「待て! 君たちは大いなる誤解をしている!!  手籠とか三股とか話が飛躍し過ぎだ! 俺は誰ともやましいことは――」


「「「「「「言い訳なんて聞きたくない!!」」」」」」


「聞け!!」


 綾人とクラスメイトらが揉め出す。それを離れて見ていた者が呆れながら一向に近づいていく。

 

「ここは敵の本拠地よ。いい加減騒ぐのはやめなさい」


 とても厳しい口調であった。

 美しい立ち姿は騒ぐ一行を黙らせるに十分な存在感であった。さながら美の女神が地上に降臨し教えを説くが如く、賑やかになっていた場には静寂が訪れる。

 初めて目にするエルフはとにかく美しく。またそれに似合う清らかさであり、歩く姿にも華がある。

 窘められたクラスメイトはただただ己の不甲斐なさに落ち込んでいく。



 ——だが綾人は知っている。ティターニ・Lという女がどういう女かを――。



「みんな! この女の言う事を――」



「お腹の子に響くじゃない。ねぇ? あなた?」



 空気が凍る。それはブットルが展開した氷結魔法よりも冷たく感じられた。


 綾人の目の前まで移動していたティターニはお腹をさすりながら綾人を見る。美の化身に口元は僅かに上がり、上がったことを隠そうとするが、痙攣しており上手くいかないようである。

 

 ――この女! 綾人の目が怒りで龍になりかけ、反論しようとした時にもう一名の煽りの天才が動きだす。


「ティターニ。喋っちまってよかったのか? 俺様はてっきり内緒にするもんだと――」


「いえ、いいのよルード。私も女だから。我慢できなくて」


 ――こいつら——言葉にならないとはまさにこの事である。示し合わせた訳でもないのに連携するティターニとルード。

 二人に反論仕掛けた時、ハタと射抜くような視線を感じ四方を見る綾人。


「ごめん、王子。さすがに、ちょっと無理かも――」


「うむ。婿には寛容なつもりではあったが、受け入れられないこともあると、今知ったぞ――」


 スッと離れていく凛とサギナ。


 ――あ! これマジでヤバいやつだ。綾人がそう思った時などとうに手遅れである。


「待て! みんな俺の話を聞け! どうして童貞の俺に子供ができるんだよ! 意義あり! あの女は嘘を言っています!」


 必死になればなるほどクズに見えてしまう。皆の綾人の見る目が物語っていた。


 ――言い訳とかこいつ最低だな。それは道端に転がる石よりも価値がない。

 ティターニとルードは皆には見られないが綾人にだけは見える位置で笑いを堪える顔を見せる。

 それが余計に苛つきが募っていく。あぁでもない、こうでもないと喚き散らす綾人からどんどんと人が遠のいていく。


 救世主から一気にクズ野郎へと降格した空上綾人。

 そのあまりのらしさは、少々不便に思うほどだ。


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