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厄災


 振り下ろされる黄金の軌道は真っ直ぐに凛を捉えている。

 回避、反撃、いずれかの行動を取らねば死が待つにも関わらず凛がとった行動は、胸元からなにかを取り出すとというものだった。

 それは卵である。よくよくある白色の卵。手の平にすっぽり隠れてしまう大きさの卵。凛は卵をレキオの剣に向けると卵は弾き合う磁石のように凛の手から離れ剣へと向かっていく。


 この卵は曰く付きである。凛が精霊族での修行を終え、旅立つ直前のこと。


 ――凛、あなたにコレを託します。


 一族を代表して風の精霊エアリアが凛に渡したのが先の卵である。

 

 ――これは精霊神ルミスの寵愛を受けしある者を封じ込めたものです。封じた理由は聞かないでください。精霊族としては協議に協議を重ねて凛に託すことにしました。敵との戦いにおいて本当にどうしようもない時に使ってください。これは厄災でありますが、凛を守る為なら例え世界が半壊しようが、それはもうしょうがないというか、何というか――ともかく、危険だと判断したら卵に話しかけてみてください。できれば永遠と使わないでいてくれると助かるのですが――。


 聡明なエアリアらしくない非常に歯切れの悪い言い回しと語尾である。ともかく自身の力でどうしようもない敵にはこれを使う。凛はいまがその時と判断し卵を掲げた。

 黄金の切っ先と卵がかち合う。普通に考えれば剣と卵の衝突など剣が勝つに決まっている。


 ――だが卵は割れることはなく剣を止め続けていた。

 レキオはそのまま押し切ろうとする――が押しきれない。いくら力を込めようが卵一つを斬れずにいた、さらに力を込めるがやはりびくともしない。それどころかヒビすらも入らない。


「私の声、聞こえる?」


 さすがはエアリアが託した物だと凛は一息吐き、回復した声帯を震わせ卵に語りかけた。

 手放したつもりもなく勝手に動いた卵。何か特別な存在であろうというは予想していたが、一直線に振り下ろされた剣と当たっても割れないのには動揺を隠せず声が上擦っていた。


 ――ピキリ。と卵にヒビが入る。

 これはレキオの剣ではなく、凛の声に反応しヒビが入ったのだ。

 現になんらかの異変を感じたレキオは後方へと跳躍し距離を保つ。

 空中で止まっていた卵がふらふらと凛の元へと移動していく。卵を両手で受け止めるように広げると手の平へと落ち殻が割れる。


 ――ピィィィィィィィィ!! 卵が割れると同時に可愛らしい鳴き声が耳に届く。

 

「えっ? ひよこ?」


 言葉通りひよこが現れた。黄色い毛が全身を包んでいる雛鳥である。

 戸惑う凛と雛鳥の目が合うと「ピ~~~~!!」という可愛いらしい鳴き声が再び周囲に響く。


 ――可愛い! け、けど、これのどこが厄災なの!? エアリア!?


 凛は心の中で盛大に叫ぶ。そして直ぐに我に返る。

 今は敵との戦闘の真っ最中であり、ヒヨコの愛らしさをめでている場面ではない。現にその隙を見逃すほど黄金の騎士は甘くない。

 

 気がつくと凛の真正面にレキオが立っていた。緩慢とした動作であるがそれは凛がそう感じているだけだ。実際は目にも止まらぬ速さで剣を掲げていた。

 ゾワリと全身のウブ毛が逆立つ。この一撃を受けてしまえば、もうまともに戦うことができないと本能で感じた。

 直ぐに躱さなければならないが、今の凛はレキオの猛攻で四肢に傷を追っているため直ぐに躱すことができない。深い傷故に自動回復が追いついていない。


 それならば魔法で反撃をするのが有効だが、それは今までと同じ結果である。

 魔法を駆使してもレキオには当たらずに、すり抜けていくだけ、であるならば、これからレキオが放つ一手はほぼ回避が不可能な必殺であった。

 凛は唇を強く噛む。今の自分はどうすることもできない。せっかく現れたひよこまで犠牲にしてしまうのは凛の正義が許さなかった――せめてこの子だけは守ろうと胸元に抱きしめる。


「――後ろに魔法を放つんだ」


 凛が覚悟を決め目を閉じかけた時、どこからかロマンスグレーの声が響き渡る。


「随分と小賢しい手を使う奴だ。あの黄金は目眩し、実物は背後にいる。さぁ、後ろに魔法を放つんだ」


 どこからか、ではない。ロマンスグレーの声はヒヨコからである。

 胸に抱いていたヒヨコはその見た目から想像できない声を発し、凛に指示を出す。


「――え? え? どういう!?」


「戸惑ってる場合じゃない! 早くしろ! このままだと死んでしまうぞ!! 後ろだ! 後ろに魔法を放て!」


 可愛らしいヒヨコが渋い声で命令をすれば戸惑うのも当たり前だが、ヒヨコはさらに激昂していく。

 だが実際はその通りで今直ぐに魔法を放たなければ凛は死の一撃をくらってしまうだろう。レキオの剣はもう間も無く凛の頭上へと落ちるのだから。

 

 迷っている暇などなかった。

 直ぐに風魔法を発動する。凛が発動したのは何の工夫もないただの風魔法。風が可視化され緑色の刃となって敵を攻撃するもの。それを正面から迫るレキオではなく――後方へ発動。

 凛はヒヨコの言葉を信じた。それは一重にエアリアが自分の為を思って託したその想いを信じたからである。

 発動したあとに、凛は目を閉じる。いくら信じたとはいえ迫る死を受け入れたわけではいからだ。


  


 一秒後に訪れる死。のはずが一向に訪れる気配はなかった。


「上出来だ。そらカラクリが解けるぞ」

 

 ロマンスグレーが楽しげに告げた。その声に反応するように凛は目を開く。


「えっ!? いない?」


 目の前にいたはずのレキオの姿がなかったことで、凛は素っ頓狂な声を出す。眩いばかりの黄金はおらず、ただただ荒れ果てた空間が広がるのみ。

 

「違うぞお嬢ちゃん。後ろだ」


 ヒヨコの声はますます楽しげに告げる。その言葉通りに後方を見ると黄金の騎士が風魔法を受けた姿があった。

 傷は浅く軽傷であるが、不意をつかれた一撃に反応できず驚愕した様子で距離を開けるレキオがいた。


「どういうこと?」


「なに、簡単さ。あの派手な金色はただの幻覚、一種の光の屈折というやつだ。正面から仕掛けるように見せて、光の屈折を利用しその逆、真後ろから攻撃を仕掛けていたというカラクリ。タネが分かるとたいしたことのないもんだ」


 ヒヨコの説明を聞いた凛は全てに合点がいく。攻撃し続けた風魔法は本体にはあたらずに光でできた幻影に向けられていたのだ。それでは攻撃がすり抜けていくのは当たり前である。


「さて、お嬢ちゃん。助けたからお礼をしてくれるかい? 先ずは説明を求める。ここはどこだ? 精霊族の土地ではないようだな、あいつらは勝手に俺様を封印しやがって。今度あったらギタギタにしてやる。というか俺は精霊神ルミスと逢瀬を重ねてたあの時から記憶が無いぞ、どうなっているんだ!! それにっ――んん? お嬢ちゃん!?」


「え? どうしたのヒヨコちゃん?」


 レキオが様子を伺っていることを良い事に、ヒヨコは矢継ぎ早に凛へと質問を繰り出す。何一つ答えられずにまごまごとする凛。

 ヒヨコの気持ちの高ぶりがどんどんと激しくなっていくと凛はあわあわとしていく。やがて一呼吸置いたヒヨコはそのつぶらな瞳で凛をまじまじと観察しだす。


「お嬢ちゃん――名前を教えてくれないか?」


「えっと、凛っていいます」


「凛、良い名だ。その美しい顔立ちに似合ったとても良い名だ。俺の事はダーシェと呼んでくれ。俺は凛を気に入ったぞ、一目惚れというやつだ! 凛を妻として迎え入れてやろう!」


「へっ!?」


 バチコンとウインクするヒヨコは堂々として様になっている。凛は急なプロポーズに「へ? え?」と困惑するばかりであった。


「凛にはこの世界の半分をやろう。俺からのささやかなプレゼントだ。受け取ってくれ。ハネムーンはどこがいいだろうか?」


 朗々と語るヒヨコとそれを聞く凛に黄金の一閃が迫る。

 二人のやりとりをいつまでも待ってはいない。幻覚が破られただけでレキオの優位は変わらない。

 凛はいまだに歩ける状態ではないし、ダーシェは可愛らしいヒヨコであり、エアリアがいうように厄災と呼べる力を宿しているようには見えない。

 

「危ない!!」


 レキオが動いた事に反応した凛はダーシェを庇うように胸で抱きとめる。一時は助かったがここからが本番である。

 魔法は通じることが分かった。それならばあとは戦うだけである。凛が決意新たに風魔法を生成している時であった。

 

「貴様、妻との会話を邪魔するとは良い度胸だ!!」


 圧力――重圧――驚くほど暴力に満ちた気迫が凛の胸元より発生された。それはヒヨコのダーシェからだ。


「私自ら相手してやる。光栄に思え三下!!」


 ダーシェが吠える。ヒヨコという形状からは想像ができないほどの咆哮であり、それは超大型級の魔物の咆哮をゆうに超えている。たまらずにレキオは駆ける足を止めていた。

 凛の胸元から飛び出るダーシェは白光し、周囲を照らす。その愛らしいヒヨコの形を大きく変える。足、腕、胴と次々に人間の形へと変えていく、最後に頭部が現れると本来のダーシェがそこに現れた。 


「――き、綺麗」


 ダーシェの姿を見た凛の一言である。

 そこには一矢纏わぬ姿の美しい女が裸体を隠す素振りもなく堂々と立っていた。ダーシェは女であった

 ただの女ではない美と強さを手中に収める、戦女神さながらの出立であった。


 腰まで長い髪は銀色。髪の毛一つ一つに艶がある。性格を表すような勝気な顔立ちは、男も女もはては老人も幼子すらも魅了する美しさ。その大きな瞳に魅入られれば誰しもが首を縦に振るだろう。

 手足が長く、腰の位置が高い。十頭身のようであり身長もまた高く百九十センチはあろうかというほどだ。一切の無駄な肉がない、その体は美術品のようであり動くたびにしなやかな筋肉が躍動していた。


 凛はこの世界で多くの美女を見てきたが、そのどれとも似通っておらず。別次元の存在であった。

 先の言葉通り、美と強さを兼ね備えた戦女神という言葉が最も適している。


「って! お、女の人!! え? 結婚って、え? どゆこと!?」


 ダーシェの美しさに当てられていた凛はハタと現実に戻り先ほどのプロポーズの意味を考えだし声を荒げる。

 一人あわあわする凛を置いて、黄金の騎士と戦女神が対峙していく。


「ほう、黄金での目眩しなどという小賢しい手を使う男かと思ったら、それ相応の手練れではないか」


「――」


 向かい合う両者はお互いが発する濃密で色濃い必殺の一撃を受け、距離をとりつつ実力に値をつける。

 その上でレキオは動けずに立ち止まり剣を掲げる、下手な小細工は通用しない相手であると本能が告げ、全力の一撃をもって相対することを選ぶ。

 一方のダーシェもレキオの実力を認め評価を下す。


「ならば私も、相応の力をもって応えよう――」


 ダーシェは両手を胸の前に掲げ、楽団を指揮するかのようにゆらゆらと動かし始めた。


「大いなる力の始祖・六芒 五芒 聖と悪・円盤に満つる蒼き月と竜王の英霊に申し上げる・力の水鏡ディアレクトの円盤もちて我に聖なる力・九頭黄金竜の力 与え給え」


 ダーシェが詠唱を唱えると周囲に死の影が落ちる。慌てふためいていた凛はピタリと動きが止まり、自身に生があることを確認するように呼吸をむざぼる。

 単純に息苦しいというわけでは無い。踏み込んではいけない領域に片足を突っ込んでいるような感覚に陥っているのだ。


 それは敵意を向けられたレキオが最も感じている。黄金の騎士は死してなお恐怖という感覚が己に張り付いていた。だが当人は気付いていない何故なら彼は人の心を待たぬ人形であるからだ。

 僅かな人としての本能が残っており、それが恐怖を与えていたのだ。


 それほどの力をダーシェは繰り出そうとしていたのだ。

 レキオは剣を構え愚直に一撃を繰り出す為に迫る。詠唱中に攻撃を与えらればレキオにも勝機の芽はあったが所詮は次元の違う相手である。

 

「大霊界まで行ってこい!! 破壊神皇龍破(バスタード)


 破壊はもう完成していた。迫るレキオに向けたのは黄金の光であった。ダーシェの魔法の威力は桁が違う。目の前の光景を見て凛はそう感じた。 

 それは対峙するレキオが一番に感じ取っていた。ダーシェの一撃を剣で受けると同時にレキオは消しとんだ。肉体は意味をなさずに無残に消え一直線に伸び、射線状にあった世界を消し去っていく。


「ふむ。まぁ、こんなものか」

 

 納得はいかないといった表情のダーシェ。目の前に広がるのは正しく破壊神が降り立ち暴れたかの如くであった。

 破壊と呼ばれるに相応しい光景。なにせ何も無いのだから。ただただ抉られた地面が広がるばかりである。

 その規格外の威力を前に凛はただ呆然と見つめる事しかできなかった。


「さて、邪魔者はいなくなった凛。婚姻の儀式を始めよう」


「へ!? ちょっ――」


 立ち上がれる程度に回復した凛はダーシェによってお姫様抱っこされると。美しい顔が凛の唇を目掛け近付いていく。


「ちょ! 待って! ダーシェ!! 私、初めては王子にって――」


 凛の言葉など聞く耳がなく無遠慮に唇を奪おうとする。

 声に出せない叫びを凛が上げ、体を強張らせ、咄嗟の事に目を瞑った時であった。


「ぬ!? 精霊族の奴らめ――小賢しい真似をしたな――」


 あと僅かで口づけという時にダーシェはピタリと止まり、憎々しげに呟く。

 ファーストキスを守れた――それでもどこかでこんな美人になら有りかな? と考えてい凛は「はにゃ?」と声をだし目を開ける。


「凛よ。しばしのお別れだ。精霊族の奴らめ俺様に制限をかけてやがった――力が全く入らない」


 凛を地面に下ろすとダーシェの体はスルスルと小さくなっていくと幼くなっていく。

 成人から子供へと変わる姿はあまりの美少女具合に凛の興奮は高まるがその美少女よりもさらに幼くなり、赤子に戻り、さらには最初にみた時のヒヨコへと戻っていく。


「凛。愛している。私の妻であるということを誇りに今後も――」


 言葉の途中でダーシェはヒヨコから卵へと戻っていた。何の変哲も無い卵であり、凛の手の平にすっぽりと収まっている。

 大活躍からの、元に戻る様があまりにもギャップがあり凛は笑ってしまう。

 まるでキメるところはキメるけが、どこか格好つかない空上綾人のようであり。それが余計に可笑しくなりまた笑い、次いで愛おしさが込み上げてきた。


「ありがとうね。ダーシェ」


 卵にそっと口づけをし、懐に入れる凛は立ち上がり周囲を見る。

 遠くでクラスメイトが口をアングリしてこちらを見ていたので親指を立てそれに応える。

 やるべきことをやれた、あとは仲間達のもとへ駆ける。

 走り出す凛は、なによりも晴れやかな顔となっていた。


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