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負けられない


「なんだよ、また邪魔者かよ! あれはエルフってやつか? へぇ良いじゃん、蛙は殺しておけよ。それとあれは野々花か? おい、オフィールさっさとこいつを殺せ。レットは勇者達を殺してこい、いい加減に飽きてきたよ——なんだよ、早く行けよ!」


 目の前に迫る綾人にはオフィールをぶつけ、勇者一行にはレットを向かわせようとしたが、レットがなかなか動かぬ為に彗が激怒する。

 手の平でレットの頭を掴み、強制させるようにレットに残る人として知性を分解していく。数秒でレットの思いは砕け勇者一行へと向かっていく。


「あん!? なんだ、いいのかよホモ野郎!」


 レットは綾人を無視して晋。ここで綾人は焦りを見せ、慌てて挑発するも反応がない。

 派手な戦闘音はもう響いている。ということは仲間達が戦っているのが分かる。このままレットの進行を許せば傷付いて動けずにいるクラスメイトの元まで直ぐにたどり着くだろう。それをさせない為にもここで止めておかなければならない。

 焦りは油断を生む。もちろん綾人の考えは正しい。だが忘れてはいけない。目前には虹の魔女がいるということを。


「やれ、オフィール!」


「あぁ!」


 魔女を操る彗はこれで終わりだという口調であった。炎が効かないならば別の攻撃で殺すだけである。

 オフィールの背後に控える、七色の魔法陣が展開する。それは綾人の中で警告の早鐘がなるほど危険であった。分かっているがレットをこのまま行かせるのはより危険である。

 自分よりも他人の命を優先する綾人らしい判断だがそれは悪手である――綾人一人であればの話である。オフィールに背を向けレットを追おうとした時であった。


「婿よ。なにを慌てておる。冷静でいろ。デンと構えておればいい。その痴女たる格好ともやり合ってみたかったが、あちらの男も悪くない。任せておけ!」


 どこからともなく現れた黒い影が、綾人からどんどんと離れていく。その速度はレットにも追いつく勢いであった。

 言葉を掛ける間もなかった。レットと一度対戦した綾人は助言もできなかった。だがそれでいい。戦闘を生業とし、戦うことで己の存在を確かめるサギナにとって助言など邪魔でしかない。


「頼む」

 

 心配という言葉が一番似合わない女である。だからこそ綾人は任せられた。だからこそ短い一言で済ませた。互いを認め合っているからこその行動である。

 聞こえているはずがないが、サギナの口元はニヤリと妖しく笑いだす。綾人は一息入れ。オフィールへと向き合う。


「なんだよ、わざわざ待っててくれたのかよ。優しいな」


 スッと杖を突き出すが魔法を発動させる前に綾人が距離をつめる。

 人形であるにも関わらずオフィールの口元は僅かに上がっているように見えた。




ーーー





「あいつが向かってくる。全員構えろ! 命ある限り争うぞ!」

「応っ!!」


 マグタスは震える体を起こし大剣を構える。レットと対峙していた彼だからこそ迫りくる者の強さを知っている。

 ボロボロの体で一撃を防げれば良いだろう。その後は全員で攻撃を仕掛ける。それでトドメを刺せるとは思わないが、少しでも彼らの手助けになるならば——マグタスの考えを見抜く様に勇者一行も立ち上がり応える。

 彼らとてこの世界で戦闘をしていたものである。一矢報いる為に得物を握る。


「やめとけ、やめとけ。そんなボロボロの体でどうしようってんだ。ここは俺らに任せて休んどきな。戦士には休息も必要だってな。まぁ、皇帝邪竜のルード様にはそんなもの必要ないけどな」


 決死の覚悟をした皆の前に現れたのは、愛らしい竜である。両の手の平にすっぽりと納まりそうな黒い竜は背にある小さな翼をパタパタと動かして浮いていた。

 その可愛らしさに女子達は愛玩動物に近い感覚を覚え、男は珍妙なモノを見る目でルードを見つめている。


「く、来るぞ!」


 ハッと我に返ったマグタスが叫ぶ。レットは近距離まで迫っており、拳を振り上げていた。

 目前に浮かぶ黒い幼竜を保護しようと動くが、ルードは実じつに堂々と一喝した。


「だから休んでろって! うちで一番のイカれ女がやるから大丈夫だ!」


 レットの拳が先頭にいるルードに向かう。——それぞれが動き出した時――黒い影がレットとルードの間に割り込んだ。


「私はティターニほどイカれてはいないぞ?」


 レットの振るわれた拳に合わせるように二槍が振るわれた。

 拳と武器がぶつかった瞬間に周囲に余波が発生する。それは衝撃波とも呼んでよい。小さなルードはもちろん飛ばされていき、勇者一行でも、アスカ辺りの小さな者が飛びそうなっていた。それほどの威力がぶつかり合ったといっていい。

 

 二槍は細い。レットの一撃では簡単に折れてしまう細さである。にも関わらず折れる気配は全く無い。

 レットの一撃を受けた者は、悪鬼の笑みを貼り付けていた。その様は心底楽しんでいるように物語っていた。


「良い一撃だ! ハハハッ! これほどの一撃はなかなか無いぞ! 名を聞きたいがその様子では無理そうだな! ハァァァァァ!!」


 マグタス、寛二、樹、真琴もであるが、信じられない光景を目の当たりにしていた。レットと対峙した四名だからこそ、特にマグタスや寛二は一撃を受けているのだから、その圧力がどれほどのものかよく分かっている。


 細い槍を操る黒い女は、槍同様に華奢である。レットの体は筋肉の鎧も含めて二メートル近くとなっている。それを百六十前後の背丈たるサギナが一撃を受け止め、跳ね返したのだから驚く以外の感情が消えている。

 レットの一撃が今までとは違い弱かった。などということは一切無い。サギナが立つ地面は大きく陥没しており、それがどれほどの威力かを物語っている。

 それほどの衝撃を受ければ体への負担が大きそうだが、サギナの顔は一切変わらない。極上の馳走を前にする子供のようである。


 余波に巻き込まれて飛んだルードはくるくると回り美桜の胸元にダイブする。ぬいぐるみさながらのルードに思わず抱きとめる美桜。 

 ――うん。わるく無い。といった顔で頷くルードはサギナに激を飛ばす。


「サギナ! てめぇ、どこ行ってやがったんだ!」


「ルードよ。少し離れていたほうがよいぞ。先ほどから体の疼きが止まらん。婿と出会う前に貴様と出会っていたら危なかったかもな?」


 黒く硬質な手足、頭部の左右には角、肩口で切りそろえたざっくばらんな髪。端正で美しい顔がニタリと歪む。魅力があるが実に妖しい。その姿は鬼姫が詩歌を吟ずるが如くである。

 レットへと向けられた言葉だが当然返答はない。が、それでもお構いなしにサギナは続ける。


「それでも私は、婿を選んでいただろうがな。ふむ。そう考えると妻の鏡である私をもっと可愛がってもよいものだが……まぁ。そんなことなどどうでもいい。よし、殺し合おうか!?」


 デートに誘うような気軽さで殺し合いを誘うサギナは十分にイカれている。

 二槍と拳が再び交わり合う。




ーーーー




「だらっしゃぁぁぁぁ! ってなんだよ!」


 綾人が無遠慮にオフィールへと走りだした瞬間、盛大に転けた。それはもう見事な転けかたである。走り出した瞬間に足がもつれ倒れたのだ。顔面から着地したので鼻血がこぼれ出す。

 足元には黒い帯状のものが絡んでいた。それは影である。


 足元の影に恐る恐る触れようとした時であった。桃色の光が当たりを包む。それはオフィールの背後にある魔法陣の一つ。

 背後から前方に現れた魔法陣は一回り大きくなる。ハンクォーの華を焼き尽くしたレイザービームが発射前であった。


 ――あ? これ不味いやつだ。と思った瞬間に綾人に向け真っ直ぐに桃色の光――熱の塊が向けられた。回避しようにも足首に巻かれた影によって動くことができない。


「うそ! ちょっ! 俺まだなんもしてないから〜!!」


 魂からの叫びであった。あれだけイキリ倒した男がものの数秒で焼かれて消えるというのは何とも滑稽である。

 しかし、真っ直ぐに伸びたレイザービームは綾人を焼く前に消失した。


「ティターニ様!!」


「このバカはどこまでも手がかかるわ!!」


 マジギレのティターニである。この瞬間のみ綾人の敵はもう一人増えたといってよい。

 レイザービームを二振りの短剣で角度を変えるように叩き切る。短剣には反魔法(アンチ・マジック)によって刀身が淡く黄色の光を宿していた。

 綾人の目の前で地面をエグるレイザービームの威力は驚異的であった。ティターニの行動は素早く、即座に綾人を縛る影に標的を移す。口元が僅かに動く、それは魔法の詠唱。

 

 瞬間に離れた影場に大量の氷柱が生まれる。影を作る建物が破壊されると同時にソネットが現れる。

 もう次の一手が始まっていた。短剣を持ったまま器用に腰元のポーチから弓矢を取り出し、風さえも切り裂く矢が氷柱を回避したソネットへと飛んでいく。あまりの速さである。回避は当然に追いつかない。ソネットは影を使いそれを阻止。それは綾人の足元に巻かれた影である為、無事開放された綾人はパンパンと服についた汚れを払う。 


「計算通りだ」


 そう漏らす綾人。背後に立ったティターニの怒号は耳には届いていないようだ。

 いつの間にか彗の姿は消えている。彼の性格を考えれば、どこかで高みの見物でもしているのだろう。

 ソネットとオフィールが並んで立つと綾人とティターニも並んで立っており、二対二の構図となる。


「この二人は私をイラせる奴らだわ。これを機に永遠と消えてもらいましょう」


 ティターニの視線はある1点を捉えている。それはオフィールの胸元である。

 綾人はなんとも言えない表情でティターニを盗み見たあと、その視線の終着点を辿り大きなため息を吐く。


「確かに」


 どうとでも捉えられる返答である。ティターニが目を細め綾人を見る。


「さっさとぶっとばしますか!!」


 視線を断ち切るように綾人が駆ける、ティターニは一瞬だけ、ほんの一瞬だけ視線を下げ、自身の胸元を見たあと走り出した。




ーーー





 凛はか細い呼吸が繰り返していた。

 相手が格上だということは見た瞬間に理解できた。 

 黄金の鎧と剣の出立は多くの者の目を引く。裏を返せば傷をもらうことなく勝つという自信の現れである。


 レキオという男が魔人族の中心人物であったことはオフィールの反応を見ればよく分かる。 

 流水のように翻る剣筋を凛は躱すことができない。距離を保ちつつ後退しても肌に切り傷が生まれる。


 己の肌に傷が生まる。傷痕は浅いにも関わらず凛はさも激痛を与えられているような表情となる。

 瞬時に自動回復魔法が発動する。凛が纏う衣服には、精霊族の想いが込められている。肌に傷を負うことに凛はひどく怯えがある。それは受けてきた出来事を考えれば当然である。

 故に精霊族からの贈り物である衣服には凛が傷をつく度に自動回復魔法が発動するように施されていた。


 傷は直ぐに治るが、その箇所を直視できない。

 自動回復の性能により傷痕すら生まれないが、視線を移すことができない。


 

 ――痛みが、傷が怖い。



 凛は乗り越えたと思っていたが、トラウマはべったりと心に張り付いていた。

 エアリアとの訓練でも当然に傷が生まれた、博愛の精霊といえど、凛に一人で戦い抜く力を授けるために厳しく、敢えて傷を負わせていた。

 それでも、そこはエアリアと凛の関係である。エアリアから発せられる殺気は表面上は相当であるが、内部は優しさで満ちていた。


 黄金の軌道が迫る。向けられた上段から下方の一振りを風の刃で相殺を試みるが。


「――またっ!」


 風の刃は剣に触れることなく上空へと飛んでいく。レキオに関しては何事もないかのように剣を振り下ろす。

 咄嗟に展開する風の衣で幾分か勢いは殺せたが、一振りを止めるまでには至らない。凛の顔に新たな縦傷が生まれてしまう。


 ――――――!!


 声にならない声。悲鳴でもない苦悶でもない。絶叫に近く、感情は畏怖なのかもしれない。凛は膝をつくと、顔から流れる血が地面に滴る。赤々とした己の血を見るだけでも卒倒しそうである。


「次から次へと!!」


「――」


「何か言いなさいよむっつりスケベ!!」


 卒倒するのは違う。ここは戦場である。自身の恐怖など二の次だと捉えなければ、凛は直ぐに黄金の餌食となる。大きく後方に跳躍しつつ風の刃を何度も繰り出すが、全て躱されてしまう。

 

暴風嵐弾銃(テンペスト)いっけぇぇぇぇ!」


 風の刃で切れなければ、風の弾丸を打ち込めばいい。

 距離をとる凛は両手を広げると、周囲にスピアガンと呼ばれる細長い銃が数挺出現。バレル長百五センチのスピアガンの先端が風を取り込み。圧縮、変形され弾丸へと姿を変える。

 凛の強さは理解力と自由度だとエアリアは語った。育ってきた世界の知識と異世界の知識を混ぜ合わせ、誰も考え付かない魔法を創作してしまうこと。

  

 風魔法上級:暴風嵐弾銃(テンペスト)


 風魔法の強みは速さ。そう考えた凛は——だったらもっと早くなればいいじゃん——という考えから編み出した魔法。

 目にした当初のエアリアは僅かに難色を示したが、その威力を見れば認めざるを得なかった。風の弾丸は音を置き去りにする速さであり。命中すれば巨木に穴を開けるほどである。これならばとエアリアからお墨付きをもらったほどの魔法。

 形勢を逆転する一手に相応しい。


 レキオは回避行動をするわけでもなく。

 スピアガンが展開した瞬間に黄金の剣を真横に振る。

 ただそれだけである。見れば不思議な光景だ。レキオと凛は距離がある。にも関わらず、絶対に届くはずのない一振りである。考えようによっては中距離用の飛ぶ斬撃の可能性もあるが、凛が傷を負う様子もない。

 スピアガンから風の弾丸が発射される。数は数十発。まともに食らえば全身に穴が開く魔法なのだが、弾丸はレキオに当たることななかった。


「どうして!」


 またである。またあらぬ方向に攻撃魔法が飛んでいく。レキオを避けるように飛んでいった弾丸は城壁を破壊するに終わる。

 凛がどんな魔法を繰り出しても、魔法がレキオを避けるような軌道ばかりである。必殺の魔法が当たらない。魔法が当たらなければ魔法使いなど剣士の格好の獲物である。


 レキオの猛攻が始まる。黄金の軌道が描かれる度に凛の傷が増えていく。その度に恐怖を押し込め、魔法で応戦するもまたしても当たらない。

 やがて足の腱を切られ身動きを封じられる。自動回復が発動する前に腕を刺され、魔法を封印される。


 凛が絶叫する度にレキオの攻撃が強くなる。生きる人形と化した黄金の騎士であり勇者の生前の嗜虐性が滲み出ていく。

 派手な攻撃がないレキオだが一手一手で確実に追い込んでいく。風の刃、弾丸、嵐を発生させるが全てが無意味だ。


 エアリアより授かった極級魔法:煌風王霧二英雄ノ舞ヘルユス・レジェ・ハーロヴィールを使用すれば状況が変わるかもしれないが、発動までに時間を要する為に一対一の戦いに於いては不向きである。

 一方的な攻撃により四肢を動かすことができなくなる。仰向けに寝転ぶと黄金の剣を振り上げたレキオの姿。凛は唇を動かし魔法を展開するが発動しない。喉を切られたことにより言葉が言えなくなっている為だ。

 

 ――ごめん。みんな。


 言葉をいえない代わりに心中でそう呟いた。

 レキオは凛の胸元を刺すように剣を垂直に振り下ろす。


 ――ごめんね。みんな。私――。

 

 唇は言葉がでないと分かっていても動いていく。一秒後に胸に剣が胸に届く。

 凛はそっと目を閉じる。


 ――ごめんね。みんな。私。この場所ぶっ壊すね。

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