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それぞれの想い


 それは息をのむほどの幻想的な風景であり、現にその場にいる誰しもが呼吸をとめなにも言わずに周囲を見る。

 怪しげな七色の空までもが凍っていた。転移結果と人族の領土が混じり合った不思議な空間が氷結と化していた。霜が舞うが寒くは無い。

 なんとも言いようのない不思議な感覚に包まれる。それは傷付いた戦士を癒す幻想的な光景であった。

 

「テンプレすぎて笑えねぇぞ」


 その声は奇しくも、あの日と同じ台詞であった。


「あ――っ――」


「坂下めっちゃ頑張ってたじゃん。やっぱお前根性あるな。カッコ良かったぜ!」


 それは奇しくも、自身に狙われた腕が掴まれているという状況であった。


「あや――」


 それは奇しくもあの日、出会った日と同じ構図であった。


「あやと――く、綾人君!!」


「あとは任せとけ」


 一笑する綾人の顔はあの日と同じであった、頼りになるがどうにも真剣味が欠ける。ヘラっとした顔である。

 彗が掲げていた腕を綾人はがっしりと掴んでいた。もう片方で美桜の胸ぐらを掴んでいる彗の腕をとる綾人はようやく美桜から視線を外す。


「離せよ」


 それは綾人の声。

 彗が答えることはなかった。綾人を見向きもしていない。構わず振り払おうとしたが動かすことができなかった。


「離せっつってんだろ」


 ようやく彗は綾人を見た。

 睨みを利かせてくる相手は遥かに劣るカス。言葉に出さずとも彗の顔はそう物語っている。

 それなのに、掴まれている両腕が圧迫され肉が食い込み骨が軋み出している。もう一度振り払おうとしたが、ピクリとも動かない。まるで自分の腕ではない具合である。

 彗の五指がゆっくりと開かれていき美桜が開放される。地面へとへたり込み咳を出す美桜。視線を上げると両者は睨み合ったまま固まっていた。

 美桜が口を開き何かを伝えようとした、その前に割り込んのは増悪を固めた彗の一言。


「綾人君――」

 

「死ね」

 

 クラスメイトに向けた言葉は短く。すべての意図が込められている。それは命令であった。後方に控える万の軍勢。その中でも最高峰であるオフィールに向けての命令。人形と成り果てた魔女は一秒未満で爆炎を発動させた。

 ただの爆炎では無い。これは大魔女の魔法の一つ。炎が爆ぜるという現象一つでもその威力は並では無い。


「綾人君!」


 すぐ目の前で爆炎に綾人がのまれ姿が見えなくなる。まともに受ければ美桜が叫ぶ声など到底届かない。


「なんだ、あいつ。どうやってここに来たんだ? あ~もうイライラするな! ムカついたからお前らで遊ぶか⁉︎」


 何度も自分の思い描く想定から外れた為に彗が癇癪を起こす。遊ぶという言葉の意味には殺すという意味が含まれている。

 彗の背後に控えていた魔人族が一斉に動く。当然――お前ら――という言葉の中には美桜も含まれている。だが美桜は迫る魔人族よりも、爆炎に包まれている綾人に手を伸ばし回復魔法をかけようする。


「綾人君!!」大魔女の炎を受ければ骨まで残らず消えていくだろう。そこへ回復をかけても意味は無い。だが美桜には関係無い。

 伸ばされた手から回復魔法が発動した瞬間と、魔人族が美桜を狙った一撃は同時であった。

 そして、美桜の体が羽のようにふわりと浮いたのもまた同時であった。


「え⁉︎ なに? あっ――」


 地面から僅かに浮いたまま、綾人からも、命を狙う魔人族からも離れていく。スルスルと移動しゆっくりと着地した場所は仲間達の場所であった。

 皆も同じように、体が浮き移動し一箇所に集められていた。


「美桜!」

「坂下!」

「ねぇ、今のって⁉︎」

「あぁ、それにどうして俺ら一箇所に」

 

 一箇所に集められた仲間達が口々に美桜の無事に安堵したあと前方を見つめる。

 爆炎が増幅し熱波が発生する場所には、あの日以来姿を消した元クラスメイトの姿がいたのだが、今は炎により確認できない。

 皆が呆気にとられている。集まった場所には眠る真緒と気を失ったレイ姫の姿もあった。


「全くバカにはほとほとに苦労させられるわ。勝手に飛び出すし、勝手に行動するし。そもそも半壊状態とはいえ転移結界を殴って破壊しようという考えが腹立たしいわ」


 集められた一行に、銀鈴のような声が降りてくる。

 見上げた場所には美の化身と呼んでいい者が立っていた。呼吸を忘れるほどの美しさ。

 至高の美女は金色の長い髪を払う。上質な絹糸のように流れ、美しさに拍車をかける。勇者一行がその者をただ見つめていた。


「エ、エルフか⁉︎」


「――の、ようですね」


 美しさに心を奪われ誰しもが言葉に詰まる。ようやくマグタスとハンクォーがエルフという名を口にした。

 人族にいる限りまず見ることのできないエルフは、勇者一行に視線をやる。

 翡翠の瞳からは感情が窺えない。どこか竦められるような感覚に陥る者もいた。


「数が多いな。そっちは俺と凛でやろう。ティターニは厄介そうな奴を頼む」


 どこからともなく声が響く。少しダミ声のようなそれでも芯がある男の声。

 唐突な声に皆が驚くがエルフ――ティターニはさして驚きを見せずもう一度髪を払い、両腰にある二振り――白と黒の短剣を引き抜く。


「分かったわ。サギナはどうしたの?」


「さぁ? この場で一番強い奴でも探しているんだろ」


「全くどいつもこいつも。どうして私の完璧な作戦を尽く無視するのかしら? 本当にバカしかいなくて嫌になるわ。バカばっかり。まともなのは私と凛だけね。おまけでブットルも加えてあげるわ」


 勇者一行はポカンと間抜けた表情のまま固まる。美の化身は相当に口が悪く、外見と中身が一切合っていないからだ。

 ティターニはそんな一行を無視し向かってくる幾万の魔人族に向かって駆け出していく。

 

「うん。まぁ。まともなのは俺と凛だけのような気もするが――」


 またあのダミ声である。

 ちゃぽん――と水滴が水面にしたたる音。氷結の世界では全てが氷となっているのでその音は不釣り合いである。


 エルフに向いていた一行の視線は下げられる。地面に現れた水溜り。

 水溜りの中心より現れたのは蛙頭。そのままヌルリと現れたのは魔法使いのような、ともすれば剣士のような格好にも見える人型の蛙であった。


「――っ!」


 蛙はグイと顔を突き出すと勇者一行を眺め出す。敵なのか味方なのかも分からない人型の蛙が唐突に現れた為に、一行は僅かに身構える。


「ブットル。怖がらせないで」


「いや、すまん。綾人や凛の同郷に興味があってな」


 蛙――ブットルを嗜める声には聞き覚えがあった。クラスの中でも取り分け明るかった者の声である。

 

「り――ん!?」

「凛ちゃん。その、傷――」

「り、凛だよね?」


 最初に美桜がその存在に気付き声をかけようとした瞬間に言葉をのみ込んだ。

 アスカが口を手で覆い、その次には真琴が腫れ物に触るようにそっと尋ねた。


「あ~。うん。みんなのクラスメイトの野々花凛だよ。この傷はまぁ色々あってさ」


 続いて男子達が同じように凛に伺うような視線を送る。

 マグタスとハンクォーは顔を歪ませる。二人はわかってしまう。野々花凛がどういう状況に追い込まれたのかを。一歩間違えれば死んでいただろう、一歩間違えれば三木頭彗のように力に溺れた存在になっていたことを。

 この世界はそういった事柄に溢れているというのが二人の表情で読み取れる。


「ってか。私よりみんな大丈夫? 生きてる? かなりボロボロだけど」


 凛の言葉は最もである。顔の傷が目立つものの凛の佇まいは立派な賢女のように見える。

 精霊達から与えられた緑色を基準とした最高級の衣服は見るからに高い機能性があることが窺える。


「凛! あ、綾人君が――あの炎に――」


「あぁ。いないと思ったらあそこだったんだ」


 綾人と凛が現れたのは同じタイミング。ということは道中で出会い行動を共にしていたのだろう。そのことは安易に想像ができた故に美桜が叫ぶ。

 その必死な様子と比べ、凛は淡々と返答をした。

 どうしてそんなに冷静でいられるのか? そう問おうとする前に答えが返ってきた。


「大丈夫だよ。美桜。王子は強いから。安心しなよ」


「? ――おうじ?」


「凛。そろそろいこうか。敵さんが迫ってきた」


「は~い」


 おうじ? おうじ? 王子? 美桜の頭に盛大にはてなマークが浮かび上がり、その意味を問う前に凛はブットルと共に前線へと駆けていく。


「――おうじ?」


 聞けなかった言葉は美桜は誰に言うわけでもなく一人でこぼした。

 勇者一行は次々と現れた面子に呆気にとられていた時に大きな爆発音が響く。それは炎に包まれた空上綾人からであった。炎はより熱を上げる。それほど虹の魔女の魔法が桁違いといえる。


「なんなんだよ次から次へと!! どうして俺の邪魔ばかりするんだよ!! 全員殺せ! さっさと殺せ!」


 彗の激昂に人形達がワラワラと動く。嵐はそれが面白いのか余計に笑い出す。

 

「ウルセェな! 気にいらねぇことがあるならテメェでどうにかしろやスカタン野郎!!」


 (ごう)――と音が上がる爆炎に混じる声は怒りに染まっていた。


「さっきからテメェはなんにもしねぇで命令してばっかじゃねぇか! 俺を殺したいならお前がヤレよいつでも相手になってやっからよ!!」

 

 赤と橙と黒と灰色が混じる爆炎の中で影が動く、それは間違いなく綾人である。動きだけでみれば右腕を後ろに引いている、これはいつものポーズである。なんであろうと、それが身を焦がす炎であろうと拳の一撃で潰すのみである。


天上天下(かかってこいよ)唯我独尊(ヘナチョコ野郎)!!」


 右腕が、右の拳が振るわれる炎が大きくうねり爆ぜる。爆炎を拳一つで四散させるという無理を可能にするのが空上綾人である。


「なんだ、お前は――」


 金色の瞳に睨まれた彗は動揺している。


「なんなんだよ、お前――」


 否、動揺だけでは無い、僅かな恐怖もあった。


「空上綾人君だよ。覚えとけよっ! てかってかアレだな。お前の顔どっかで見たことがあるな?」


「さっさとこいつを殺せ!」


 無遠慮に近づく綾人に彗の足が後ろへと下がっていく。綾人の今の姿は人と呼ぶには違和感があるからだ。

 黒い鱗に覆われ、鉤爪と化した両手、足も脚となり、相貌は人である、だが全てを見ると人と言えない。龍の力を宿した男は彗の顔を覗き込むように近づいていく。


「あっ! 思い出した! お前アレだろ⁉︎ 転移でぶっ飛ばされた日に俺を突き飛ばした奴だろ⁉︎ なんかあの時のいやらしい顔は覚えてるんだよな! っていうかお前なんで魔人族になってん――」


「うるさい! 消えろ!」


 あたかもバカにしてくる態度である。

 腕を向け分解を作動すると龍の歩みは止まる。向けられた本人はどこか違和感がある程度の顔で首を捻った後に強引に足を前に出す。

 

「おい! 逃げんなよってアレ? これはこれは、どっかであったクソホモ野郎とクソバババじゃないか。なんだよわざわざ殺されにきたのかよ! 都合がいいぜ!!」


 龍の咆哮が轟。誰もが目眩を覚えるそれが戦闘の合図となった。




ーーー




「すごい」


 そう漏らしたのは誰だろうか?

 口には出さないだけで戦闘を見る誰もがそう思っていた。

 それは誰に向けられた言葉なのか? それすらも分からない。ただ誰かがもう一度「すごい」そう呟いた。

 戦闘前に言った「加勢」しようと。だがそれは戦う者達の邪魔になるだけである。すごいと思う反面己の力不足に悔しさをにじませる。


 氷結の世界は瞬時に終わり、元ある不気味な風景へと戻っていく。

 だがそれは死者と化した軍勢には何の関係もないことだ。風景が変わろうが何が起きようがそもそもが感情というものがなく、命令をただ遂行する人形である。

 幾万と化した人形はただ一つの命令のために動く、この場にいる者達の破壊である。


 氷魔法特級:絶対零度氷河アブソリュード・テラス


 突進する魔人族が瞬時に氷づけとなる。地面から現れた大規模な氷柱。

 氷柱は何本も地面から生え、一つの群れとなっている。体を貫かれた者もいれば中で氷づけとなった者もいる。その数は幾万の数を大きく削いでいく。


「本当に数が多いな。これだけの人数の死体を操るなんて ――」


 氷魔法を発動したブットルが煩わしそうな声を出す。基本は無表情の男に難色が生まれていた。

 氷柱の群れを回避した人形がワラワラと湧いてくる。水王は一目で向かってくる者達が死体であることを見抜く。

 手が千切れても、足が千切れても、頭を、体を潰されても向かってくる姿はそうでなければ説明がつかない。

 

「尊厳を奪うやり方は好きじゃないな」


 花の香りが周囲を包んだ。それは凛の魔法である。ブットルの隣に並ぶ。

 

「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」


 風魔法上級:踊花吹雪風ノ舞(アーリーホリーク)


 風が可視化されていく。

 緑色の霧を纏い。

 周囲に花が舞う。

 風はうねりを上げ、渦を巻き上昇していく。花と巻き込まれていく人形達。

 どんどんと風が強くなる。花と踊るように風にのまれていく人形はさながら舞を踊るかのようであった。

 万の軍勢は氷と風によってその数を一気に減らす。それでも魔法が止むと同時にワラワラと向かってくる者達に凛は唇を噛む。

 

「もう死んでるのに。それでも戦う道具にするなんて許せない」


「凛。感情的になっては駄目だ。思考は常に冷静――」


「ブットルは悔しくないの! こんなのあんまりだよ!」


「――思考は冷静に、だが心は熱くだ。ここで怒らないような俺だったら師匠にも、アイツらにも蔑視されてるだろうな。生命を弄ぶようなやり方は俺だって好きでは無いさ。左右に分かれて叩く。やれるな? 凛」


「う――うん!」


 ブットルの瞳には強い意志を感じ凛もそれに応えた。ブットルは凛のことを一人前として捉えている。だから危険と判断させる行動も「やれるな?」の一言で終わらせる。

 水王に魔法で認められるというのは、魔法を嗜む者にとっては憧れに近い感情である。凛は強く頷き二人は左右へと展開する。

 

「さて、悪いがあまり時間はかけていられない。さっさと終わらせて仲間達の元へ向かわせてもらう。ティッパ、ガリオ。お前らの魔法を借りるぞ」


 水色の石がはめ込まれた杖がくるりと一回転すると闇色の弧が描かれる。

 

 闇魔法上級:無限鎖極獄鉄鎖ムードラ・エフェ・アッシェ


 七色の不気味な空の数箇所がぐにゃりと渦を巻く。

 闇色の弧がもう一度描かれるとブットルの背後の数箇所の空間が歪む。歪んだ空間はどんどんと数を増やしていく。

 

「行け」


 ブットルらしい短い命令である。

 歪んだ空間から飛び出たのは鎖である。野太く。巨人をも捉えてしまえる鎖。それが無数である。歪む空間はどんどんと増え、次々と伸びる鎖。重く腹底に響くような擦れ合う音をたてながら敵をどんどんと捉えていく。

 万を越える数も折り重なる野太い鎖に巻かれ一箇所に集められていく。


 光魔法上級:獅子王斬光鋼円レイドービャルク・シィェア


 闇色から金色へと軌道が変わると鎖が幾重にも折り重なり獅子へと変化していく。

 鎖同様に大きな、巨大な獅子である。立髪を靡かせ天に咆哮を上げると。鎖に捉えられた者たちの姿は見えなくなる。

 獅子の腹底にいるからだ。獅子はそのままゆっくりと姿を透過し消えていく。それはのまれた魔人族も同様である。

 獅子の足元には金色の魔法陣があったが、それもまた透過し消えていった。


 かなりの数が減ったといえる。

 大規模な、無限ともいえる鎖に絡め取られ、それが重なり獅子へと変化して最後は黄金の光となって消えていった。


「ん? これでもまだいるか。ならば師匠お得意の水神流で終わらせてやろう」


 まだちらほらと向かってくる者たちに杖を向ける。そこから先端の石は闇色でも金色でもなく水色に光る。

 ブットルは構えをとる。それは魔法使いの姿でなく、剣士の姿だった。杖を剣に見立て、腰元へと治める。水色の光はどんどんと色濃くなり、紺碧となった瞬間にブットルは杖を剣のように抜刀した。


 水神流・一の太刀 水鏡一閃(すいきょういっせん)


 真横に杖が振られると波紋のごとく幾重にも発生する水の斬撃。

 初手の斬撃が敵を斬りつけると二手目の斬撃が別の箇所を切りつける。水の斬撃は可視化されておりその潤度は高くまるで鏡である。

 敵は己の姿が変わるのを水の斬撃で映し出されてしまうので、まるで鏡で見るかのような感覚に陥り消えていく。


「うん。少しやりすぎたか?」


 水鏡一閃を放ったあとブットルの前方に敵は一切存在しなかった。一息つき踵を返そうとした時。


「アハハハハハッ! 面白い蛙だな! アハハハ! 首輪をつけてずっとゲロゲロって泣かせてやろうかな。アハハハハハハッ! 」


 背後からの声に振り向くと横柄な態度の曽我部嵐が、残虐性を込めた顔をしていた。


「やれやれ。やり合う相手はレットがよかったんだがな。奴には色々と恨みがあるし。だがその悪い顔が仲間達に向けられると考えると、どうにも我慢がならんな」 


 水王が放つ殺気に空気がヒリと緊張していく。向けられた嵐はそれすらも楽しそうに笑い出す。




ーーー





「さぁさぁ凛ちゃんの大舞台だ、敵はいっぱい。下手したらやられちゃう。こんなヤバめな状況、みんな(精霊達)やエアリアが知ったらどんな顔をするかな?」


 己を鼓舞するように声を上げる。凛を心配することにかけては他の追付いを許さぬエアリアと精霊族のみな達。

 この状況を知ったら皆がオロオロする姿が想像でき、敵の只中にいるにも関わらず凛はクスリと笑う。

 駆けていた足を止める。開けた場所の周囲には全方位から敵が迫っていた。まるで軍隊かのような数に囲まれていく。中には手練れの者も相当数いるだろう。


「でも大丈夫、凛ちゃんならやれる! みんなの、エアリアの、ブットルの期待に応えなきゃね!」


 凛を中心に風が発生する。風はどんどんと威力を上げ暴風へと変わっていく。

 危険を察して敵が一斉に動き出す。それもそうである凛から発せられている魔力は高く人が操る域を優に超えている。それこそ魔法を得意とする精霊族かのようである。


「この魔法で一気に解放して上げる!!」


 それは凛のオリジナル魔法である。

 

 風魔法極級:言ノ葉ノ旋律(また会う日まで)


 発動した瞬間に暴風がピタリと止む。風魔法であるのに風が一切吹いていない。否、吹いていないのではない、一箇所に集められている。

 凛の上空である。風は緑色となり徐々に人の形へと変わっていく。やがて現れたのは見目麗しい精霊であった。それはどことなくエアリアに似ている。


 風で作られた精霊が口を開けると緑色の息吹が敵へと向かっていく。息吹に当てられた魔人族はピタリと足を止め精霊を見つめ出す。

 一人、また一人と凛を囲むように迫ってきた無数の者たちは足を止め、空に浮かぶ精霊を見る。それは歌を唄う精霊を観劇している様な光景であった。


「来世では友達になろうね」


 悲しげな凛の声であった。どうしようもないけどせめて――そんな気持ちが込められていた。

 魔人族の一人が膝をつくと、体がゆっくりと消えていく。それは緑の息吹と混じり合い自身もゆっくりと緑色になり同化していき、やがて消えていく。

 

 これは凛であるからこその魔法である。

 痛みを与えずに対象者を無力化していく。痛みを知る彼女だからこそ、相手にも楽になってもらいたいという矛盾から生まれた魔法。

 精霊の旋律は魂が抜けた相手のみに届く。それは自身がそうであったから。綾人に助けられる前まで凛は人という感情を全て捨てた存在であった。

 だからこそ楽になりたいと願った。自分と同じ気持ちの人を早く楽にしてあげたい。それが目的であった。故に|言ノ葉ノ旋律という特定の者にしか効果のない魔法を編み出した。

 

 軍勢が旋律の息吹と混じり消えていく。

 心はもうないかもしれないけど、これ以上利用されてほしくない。優しさと痛みから生み出された魔法が多くの者達の肉体を解放していく。


「ごめんね。こんなやり方でしか救ってあげられなくて」


 もう泣くことはない。そう決めたはずが、当時の自分と重なり語尾が震える。

 だがそれは一瞬である。直ぐに全てをのみ込む。今は敵の只中である。感情に流されては行けない。思考は冷静に心は熱く。

 自身に言い聞かせ前方を見ると旋律にのまれずにいた魔人族が一人立っていた。


「私のオリジナル魔法でも姿を保ってるってことは、生きている時に相当悪さした人なのかな?」


 言葉を向けるが返答は無い。黄金の鎧を軋ませてゆっくりと凛へと近づく者。

 凛は言ノ葉ノ旋律に一つの仕掛けを施している。それは大罪を犯した者は旋律にのまれても風化せず姿を保っているという仕掛けである。


 それは誓約といっても良い。痛みを知り人の優しさを知った凛だが、なにも全てを許すとは考えていない。

 今でもあの時の怒りが、肌と心を壊された恨みは消えてはいない。ならば、それ相応の報いを受けさせねばならない。悪い奴らは自分の手で過ちを認めさせ、そして――。


「っていっても、もう死んでる相手に贖罪の機会を与えても無意味か。だったら、あなたによって苦しめられた人達の分を私が代行してあげる」


 金色の剣を構える魔人族の勇者であり騎士レキオが動き出す。凛は先ほどまでの慈悲の表情を捨て、敵を屠る為の魔法を展開していく。

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