漆黒蠱毒蝕変晶
黄金髑髏を正面に見据えた堕天士が投げキッス送る。
「あれ? なんで! なんで言うこと聞かないんだよ⁉︎」
嵐の焦った声はそのままである。黄金髑髏が勝手に動き出す。ギチギチと骨同士を擦り合わせ無様に動く姿は堕天士に傅く家臣である。
「坂下さん。その格好も魅力的だけど、僕は前の格好のほうが好きだな」
「嬉しいお誘いだけど。あなたはタイプじゃないから遠慮しとくわ。じゃあね――イタ! ってちょっと、なんなの⁉︎」
堕天士は背を向け上空へと飛んでいく。この場から去ろうとした瞬間、急に顔を歪めて独り言を言い始めた。
「もう! 私に体を渡したんだからとっとと消えてよね。これから世界中の男を虜にしなきゃ――ってイタイイタイイタイ! ちょっと体の所有権は私にあるんだからね! あんまり調子にっ——イタイってば!」
空中で一人話す様は酷く滑稽であり、去ろうとする堕天士は何者かと会話をしている。
時折頭を押さえ眉間にシワを寄せ激を飛ばす、やりとりは去ろうとするのを阻むように見える。
「はいはい分かったわよ。全員やっつければいいんでしょ。でもその代償はちゃんといただくわよ。美桜ちゃん」
どうやら独り言の決着は終わったようだ。背を向けていた魔人族も見据えてペロリと唇を舐める。
「僕の黄金髑髏を壊したね! いくら坂下さんでも許さないよ!」
嵐は興奮しながら何度も黄金髑髏を操るがそれは上手くいかない。
膝を折る髑髏は壊れた玩具のように動かない。嵐の必死に叫ぶ姿に堕天士はクスリと微笑み挑発を送る。
「来い! 僕のペット達! あいつをギタギタに壊してしまえ!」
安易に挑発にのる嵐は合わせていた手を地面につける。
嵐の周囲に突如広がるのは黒い沼。這い出るように現れたのは百鬼夜行である。
七人ミサキ、酒呑童子、ひょうすべ、牛鬼、輪入道、海難法師、縊鬼、小泣き爺、がしゃどくろ、船幽霊、天狗、木魂、山姥、犬神、鎌鼬、うわん、他にも膨大な妖怪達が嵐の作り出した黒い沼より這い出てくる。先頭を歩く妖怪、矛担が槍を振り回し美桜を威嚇する。
黒い沼から這い出た妖怪達の様子がおかしい。どの妖怪も低く呻くうねり声を上げている。それは苦痛を耐えるような様である。
「へぇ~良い趣味だね。子豚ちゃん。君とは趣味が合うかもね?」
跪く巨大な黄金髑髏に堕天士が降り立つ。見下ろす視線の先には次々に妖怪を量産していく嵐の姿。
「子豚ちゃんのお人形さんと私のお人形どっちが強いかしら?」
人差し指を唇に当て、片目を閉じ、微笑み、起伏のある体を最も魅力的に見せるポーズをとる堕天士は、どこまでも美しく誘惑という言葉が似合う。
美しいだけでなく笑顔は向日葵のような無邪気さがある。堕天士の前では落ちない男はいない。現に彗はその魅力に当てられ終始興奮を表している。
堕天士が漆黒の翼を広げる。左右に三、計六つの翼が広がる。翼の至る箇所には顔の皮膚が剥がされた老若男女の顔面が縫い付けられていた。目が無い為に眼孔は黒の伽藍堂。鼻も削ぎ落とされている。開いている口からはただただ怨嗟のうねりが出続けている。
「この子達は望んで私の玩具になったから可愛いけど、子豚ちゃんのは無理やりだもんね。あはん、強引なのは嫌いじゃないけど。今は格の違いを見せつけてあげる」
漆黒の翼がより大きく広がると皮のない顔面が一斉に奇声を上げる。それによって百鬼夜行の進行が止まる。堕天士を目掛け歩く妖怪の数々は奇声が聞こえた瞬間に身悶えし始めた。その場で苦しみだし、のたうち回る妖怪もいる。
「おい! どうしたんだよ! 僕の必殺技だろうが! 早くあいつを殺せよ」
嵐の焦った様子を見て堕天士はクスクスと笑う。人差し指を妖怪達に向けると奇声はより一層大きくなる。
嵐と堕天士の決着はついた。妖怪達は一行に進軍の気配を見せない。本来であれば標的へとゆっくり迫ることでじわじわと恐怖を与えるはずであった。じわじわと囲み、倒しても倒しても減らない妖怪達に恐怖を感じさせるはずであった。やがて疲弊したところで、傷つけ、呪い、髪を、皮膚をくらい、肉をくらい、ゆっくりとじっくりと恐怖と共に殺すはずであった。
「なんだよ! なんだよその気持ち悪い声は! 俺の妖怪達をいじめるな!」
「んも〜。気持ち悪いなんて失礼だぞ。この子たちは私と一緒にいたくてこの姿を選択したんだから。君の妖怪だっけ? 無理やり形を変えてもダメだよ。本人が望んでいたら私のように強くなれたかもね。子豚ちゃん」
「子豚って言うな!」
妖怪は奇声を受けて苦しみ、這いずり回ったあとゆっくりと溶けていく。溶けていく姿から人型が見える。それは浅黒い肌をもつ魔人族であった。
耳、目、鼻、唇、頭部の角、腰にある羽もない。手足も短く切られている。妖怪の正体は嵐の拷問によって苦しめられた魔人族である。妖怪の姿を奪われ這いずるしかできない者達が嵐に助けを求める。それは声とは呼べないただの呻き。
否それは助けではなく殺してくれと叫んでいるのかもしれない。
「使えない! 使えない! 使えない奴らめ! お前達はもっと苦しめ! クソクソクソクソクソ!」
ずるずると近づく魔人族らに嵐が暴力をふるっていく。芋虫に似た動きをする玩具を蹴り、殴り、時には投げ飛ばしていく。一人しつこい魔人族がいたため嵐は力の限り何度も踏みつけた。何度も。
おそらく生前は女性であった彼女は踏みつけられるたびに、使用できなくなった声帯をつかい必死に叫ぶが声はでない。
「キモいんだよ!」より一層力が強まると、首の骨がゴキリと折れ彼女は死ぬ。嵐はその様子を見て唐突に笑い出す。
「アハハハハハハッ! 見てよ彗! こいつ首が百八十度曲がってるぞ! すごい格好だよ!」
こぞって這いずる者達の苦しみを嘲笑う嵐に堕天士は舌を出し顔を歪ませる。芋虫のように我が我がと嵐の元へと集まる姿は私も殺して。この苦しみから抜け出したい。と呻いているようだ。
「付与士の嵐じゃ坂下さんには勝てないよ。こいつらを引っ込めてあとは俺に任せといて」
「ハハハッ! 分かった!」
この場に現れてより嵐は平坦な感情が見受けられない。それは魔人族へと変化した故か、それとも受け続けたといわれる拷問のせいかは分からない。
途中にいる芋虫は道端に転がる石のように蹴り付け、彗が進行していく。嵐が地面に置いた手を離すと直ぐに黄金髑髏や物言えぬ魔人族の面々はその場に現れた黒い沼によって消えていく。
「さて、坂下さん? でいいのかな。さっさと次のフェーズに行きたいからさ。邪魔しないでくれるかな? というか君はもう俺の所有物だからさ。ご主人様を煩わせるなよな」
「私がきみのペット? あははは! ないない。美桜はきみのこと絶対許さないって言ってるし、そもそもきみ、全然タイプじゃないから、私の目の前からさっさと消え失せろって感じかな?」
「生意気なペットは躾ける必要があるな」
「そんな粘着質な目線を送られても応えられないよ〜」
堕天士が両の指先を突き出すと、指先が伸びる、そこから広がり、指先が数十頭の獅子や蛇へと姿を変えた。
「その容姿で気持ち悪い技ばっか使うなよ」
彗もまた指先を堕天士へと向ける。獅子と蛇の群れは届くことなく分解されていく。爪が溶け、皮膚、筋肉、筋繊維、も同じように素早く溶けていく。
獅子は自らの体が溶ける痛みの叫びを上げるが、その叫ぶ口元も直ぐに溶け出してしまう。蛇に関しては牙が溶け出した瞬間に頭も溶けていく為、攻撃の用途をなしていない。
「へぇ~。けっこうやるね粘着男。じゃあこれならどう!」
堕天士は指先から出る獣と蛇の放出を止めるとその場で一回転する。
彗へと向き直った瞬間に六枚の漆黒が広がっていた。翼に縫い付けられた皮膚のない老若男女の人面は口を開け、断末魔を上げる。さきほど嵐の技を破った攻撃を向けられた彗は僅かに顔を顰めたあとに五指を広げる。
「それも分解の力に近いって感じかな? 嵐の技を破った方法、もし俺がやるなら同じ方法を取るからね。能力と因果を分解。俺たち考え方は似ているみたいだね」
「そんな目で見られても、残念。粘着男に靡くことはないよ」
堕天士の翼からの絶叫という呪いを彗が分解していく。呪いと分解は拮抗しているようでどちらかが引くような展開には発展しない。このままでは互いに消しするが、彗には駒という手数がある。
「さて、お前らさっさと捕まえろ」
下された命令に駒となった魔人族が動く。勇者の定められた勝利によって減った数だがそれでも千を超える数である。中にはレット、ソネット、レキオといった一騎当千の者も多数いる。
数で迫られれば圧倒的な不利な状況にも関わらず堕天士は妖しく笑う。
「ガッツかれてもモテないよ。力で私を従わせるのも無駄。男の趣味に関しては私と美桜の意見は一致してるのが不思議。私たちは強引な男より少し青臭いほうが好きなの」
チラリと赤々とした舌先を見せる堕天士。舌先には特徴的なハートの模様が桃色で描かれている。それは見ようによっては女性の象徴を思わせる模様に、男性の分身が向かっているような様に見える。
堕天士の汚れのない白い歯で桃色の模様を噛むと地面が揺れる。
「勇者の僕ちゃんのお陰でこの子も呼べるみたい。じゃあこれから最高のパーティーだね!」
ハツラツとした声である。男が魅力を感じて止まない笑顔が、迫る魔人族に向けられた。
地面が揺れ、地鳴りも響く。
魔人族の男が堕天士に目前に迫っていた。彼は標的となった者の首を飛ばそうと武器を振るう。その目は皆と同じように当然意思がない。堕天士はつまらなそうに一笑して、生まれ出た我が子を召喚した。
「おいで。ベローニャ!」
首に武器が振られる瞬間であっても堕天士に焦る様子はない。何故なら次の瞬間、一秒にも満たない間に迫っていた魔人族は空中にいたからだ。
それは地面から伸びている桃色の触手によってである。ぬらぬらと湿り気がある触手に絡めとられた男は血を吐き絶命する。締め上げの圧死と触手にこびりつくようにびっしりと生える緑色の棘によるものである。
「よしよし良い子だね。哀れな人形達を一緒に壊そうか」
その言葉を皮切りに地面の揺れは強まり、堕天士の背後に触手の本体が現れる。
脳髄であった。小腸のごとき細長い気管が幾重にも纏まり、絡み合い球体となったものである。触手と同じように桃色であり、表面には口のみがある。牙がある。なにと表現ができない醜悪の塊であった。
死んだ魔人族の男は、桃色の口内へとのまれていき、そのまま咀嚼されていく――耳をつく不快な音は肉や骨を砕き、血を滴らせる音。食事を終えるとまた口を開け、牙を見せ、次の餌を所望する。地面に張り付き、半球状態となると地面よりさらに多くの触手を生み出すし獲物を捉え口内へと運んでいく。
堕天士に向かって矛を掲げていた魔人族の群れは尽く触手に絡めとられ、死して人形となった体に永遠の別れを告げる。
それは見る堕天士は笑う。声を上げ笑い出す。大森林で見せた時の比ではない威力である。それは体を完全に堕天させた故の力の開放である。
堕天士が笑っているのは魔人族が次々と死んでいくからではない。自身の力が美桜という体を通して十分に力を発揮できるからである。
敵は当然魔人族ではあるが、倒れる勇者一行にも矛先がいく。
体を動かすことができないほどの重傷を全員が負っている。当然に触手にとっては誰であろうと関係ない。伸ばされ、絡めとられ、そのまま圧死か、生きたまま食われるのだが――だがそれは美桜が許さない。
「痛っ! もう分かってるってば! いちいちうるさい! 美桜ってばどうしてそんなにうるさいのかしら⁉︎ そんなんじゃ一生、処――ってイタイイタイ痛い! もう分かったから黙って!」
堕天士は怒りを現しながらも、ベローニャと呼ぶ脳髄の塊に命令をくだす。
触手はうねうねとうねりながらも勇者一行を回収。堕天士の横へと乱暴に投げつける。どこまでも博愛な彼女らしく意思となっても仲間たちを思う気持ちが働いている。
「美、桜?」
アスカの声は酷く弱々しい。全員がギリギリ生きているにすぎない。
堕天士はアスカに一瞥だけを送ると指先を前に出し、獅子と蛇を生み出す。次いで六翼を広げ呪の叫びを迫る魔人族に向ける。
美桜であれば無視をするということはありえない。
「私たちのために魂を売っちゃったんだね――ごめんね」
アスカの声は美桜に向けてなのか、それとも自身に向いているのか、それは誰にも分からない。
「ハハハ! 無茶苦茶だ! いいね! どんどん行け。お前らもだよ、さっさと行け」
後方へと避難した彗は魔人族を次々と向かわせる。首を回し特別な駒を動かす。
レット、ソネット、黄金の勇者レキオが動く。他にも彼らと同じような腕利きの魔人族も堕天士に向けて移動を開始した。
ベローニャは暴れに暴れていた。
桃色の触手を操り、次々と餌を口内に運んでいく。他にも獅子と、蛇の牙によって、はたまた呪いの叫びによって堕天士へと近づけない。
次々と餌食となる中で猛攻を掻い潜る少数の魔人族。
レット、ソネット、レキオなどが徐々に距離をつめていく。
獅子、蛇の頭部を一撃で潰し、人面の呪いをなぎ払い、桃色の触手を拳で反撃するレット、ソネットやレキオもしかりであり、影と剣を巧みに操り徐々に堕天士へと迫る。
「あはぁ! 強い人は大歓迎! じゃあこれならどうかな?」
楽しげな堕天士は獅子と蛇の量産を止め、元の白く長い指先へと戻す。
獅子と蛇は野に放たれたように動き回るが直ぐに戦士達に駆逐される。それすらも楽しげな様子の堕天士。五指を広げ、中指と薬指だけを曲げて、腹部へと持っていく。
聖女のような厳粛な趣のあった服装は、いまは淫らで男を惑わす露出の多い服。腹部の下を撫でる堕天士は両手で下腹部から何かを取り出す仕草をする。
ソレは手の平程の大きさの球状で、黒く光っていた。目の前までもっていくと、フッと息を吹きかける堕天士。
「漆黒蠱毒蝕変晶」
その時であった。丁度魔人族の女が迫っていた。軽技を生かし堕天士の攻撃を躱し続けた女は突如として堕天士の目の前に迫り、得物を振るう。
動きだけで相当な手練れであるのが分かる。
堕天士の首元へと押し当られた刃。後わずかに押し込めばきめ細かな肌が赤に染まり、勇者一行の最後の砦が地に落ち実質な敗北となる。
筈だったのだが、魔人族の女は事もあろうに得物を落としてしまった。
「カッ――、カ、カカ、カカッ、カ――」
さらには物言わぬ人形であるはずが、何かを発している。痙攣し呻く女。真横で奇妙な動きをしている魔人族を見て堕天士が下唇を舐める。
次の瞬間にも同じことが起きる。正面から向かってく大柄の男は堕天士へと大槌を振り下ろすが、途中で動きがとまり女と同じように得物を落とし「カカカカ――」と意味のない言葉を吐き続ける。
「止まれ!」
意思のない人形は意にも介さず進み数名が同じような状態に陥る。「カカカカ――」 と不気味な合唱が続き、さすがに怪しくなり彗は人形へと指示を出す。
命令が下されたと同時に合唱も止んでいた。
「本当に気持ち悪いな。その容姿からじゃ想像もつかないね」
吐き捨てる彗の言葉。視線は合唱を行なっていた者達に向けられていた。
一撃を入れ損ない——カカカカ——合唱をしていた者達は揃って上空に視線を転じていた。首が折れるほど、直角といってもよいほどである。
アングリと開いた大口、そこからは伸びるように黒い水晶が飛び出ていた。
「どう極上の快楽でしょ? っていっても人形には通じないか?」
堕天士は佇む女へ吐息まじりに話しかけるが当然のように反応は無い。そもそもが口から黒水晶が飛び出しているので喋れるはずがない。
「内臓全部を引っ張られるって、結構な快感なのに体験できないなんて残念ね。この技の面白いところは罪の分だけ水晶が伸びるところだよ」
クツクツと楽しげに必中のスキルを説明すると、手の平に載せている黒く光る球体に再度息を吹きかけた。
堕天士の言葉通り水晶の伸びはまちまちである。自身の身長よりも高い水晶もあれば、極端に短い数センチほどしか伸びていない水晶もある。
よくよく見ると水晶の中に影が見える。暗く見えにくいがそれは、内臓であった、食道、肺、膵臓、肝臓、心臓、胃、小腸、大腸などが絡みあい水晶の中に収まっている。
非常に不気味な見た目である。何も知らない者が見れば水晶が本体でそれに操られる形で、人の形をした者が付属しているように見える。
「ハハハッ! 気持ち悪いな~!」
嵐の言葉はさらに水晶内を蠢くものに向けられていた。
虫である。
大小様々な虫が水晶に蔓延っていた。羽のあるもの、多足のもの、胴体だけで這うように移動する虫と様々である。
それが内臓を喰らっていた、蠢く虫は食糧を貪り食い喜びを表すように音を鳴らす。その音が「カッ――、カ、カカ、カカッ、カ――」という音である。
アレは水晶を生やした者達が声を漏らしていたのではない。虫らの食事を喜ぶ音であった。
やがて虫は水晶よりさらに下へと進んでいき、ついには目、鼻、耳、口、から表へ現れ出す。最初に虫に食われ続けた女はもはや原型が無い。
口からだけではなく、身体中の至る所から肉と皮膚を突き破り、水晶が生えていた。都度虫に食われ続けた女は奇怪な姿へと変わり自らも虫となり「カ、カカ、カカッ」と音を鳴らす。
責めていた魔人族は次々と虫に変わる。それは水晶内の虫のように様々である、羽、多足、胴体だけの虫達、一つ共通して言えるのは水晶が長ければ長かった者ほど醜悪な虫へと変貌を遂げていたことだ。
虫に姿を変えた者達は殺し合いを始めた。
まるでそれが定められた運命かのように、互いの皮膚に食らいつき血を吸い。衰弱して死んでいく。
堕天士を責めるために向かった者は一人足らず生きていない。彗の命令で止まり距離を保っていなければとっくに全員が虫となり共食いで死んでいたであろう。
死んだ虫達は黒い水晶へと姿を変え、砕けて消えた。
「やってくれるね。マジで――」
舌打ちをしつつ彗は残っている戦力共々後退していく。
先ほどまでの支配者然とした余裕はない。堕天士に送る視線は明確に敵へと変わっていた。
「結構な数が虫になっちゃったよ。なんだよあの気持ち悪いのは! 魔法ではないし、スキルとも違う。めんどくさいな~。一旦距離を保って遠距離から手足でも切り落として――」
「もう遅いよ」
別の攻撃方法を模索している時であった。言葉と共に堕天士はもう一度手の平を目前まで上げフッと甘い吐息を黒光の球体へと吹きかけた。
「冗談だろ――クソが!」
彗の顔が初めて恐怖に染まる。体に違和感は無い。だがどうにも胸が苦しい。腕も焼けるように熱い。
視線を落とすと、二の腕から黒い水晶が生まれていた。
瞬時に自身へと分解を作動。水晶は増長を止め砕けて消える。虫が湧き出る様子もないので彗が安心した次の瞬間には太ももから黒い水晶が生えていた。
ヒッ――! 引きつった声が出たのは水晶の中に潜む虫と目があったからだ。
「あはん。良い声~もっと聞かせて」
「何をしてるんだ! さっさとそのバカ女をどうにかしろ! レット! ソネット! レキオ!」
「あれ~? 君たちは口から水晶生まれないんだ。強い男の子なんだね~」
翼をはためかせ堕天士が移動する。漆黒が通り過ぎた道中には人形と化した何体もの魔人族が虫になり、共食いをした後に水晶となり砕けて消える。
彗の命令は魔人族の中でも屈強な戦士に命じられた。レットに続きソネット、レキオも動く。彼ら三人も当然に黒の水晶が箇所か所から体より飛び出ているが、口内からは飛び出る様子はない。
堕天士の口ぶりから察するに、どうやら一定のレベルに達していないと口から出てこないなどの縛りがあるように見える。
実力者を前にしても堕天士の様子は変わらない。それはレットの剛腕が振るわれても尚である。真っ直ぐ進む様子は自ら一撃を受けに行くようであった。
――!!
現にそうなってしまう。
レットの拳が堕天士の顔面を正確にとらえた。回避する素振りを見せない為の当然の一撃である。
「美桜~!!」
「坂下~!!」
激痛に耐えながらも意識を保っていた仲間達は声を荒げた。それも当然である。
何故ならレットの一撃により堕天士の頭部が砕け、肉片が方々へと散ってしまったからである。




