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それが悪魔である

 自らを悪魔アモンと名乗った王妃はドレスの裾をひらひらと翻し遊び始める。


「私達はベルゼ様からの命令で動いています。邪魔しないでいただけますか?」


「はは! ベルゼか⁉︎ なるほどね。あの口先三寸男に従ってるのかい? 通りで退屈だと思ったよ。私が退いたら彗と嵐を殺しちゃうだろ? 一応私はあの子達のママだからさ。殺させるわけにはいかないんだよね」


「どういう経緯であの二人を庇うのかは分かりませんが。邪魔だてすると言うのなら容赦はいたしません」


「一種族の女が悪魔にたてつくとはいい度胸じゃないか」


 二人は一向に引く気はない。オフィールの背後にある七色の魔法陣が忙しなく動き戦闘の合図を待つ。

 王妃――アモンと名乗った悪魔は口が張り裂けんばかりに笑い出す。


「あっ! そうだ。ママ。折角だからアレを見てもらおうよ!」


 あと一歩で激闘が始まるといった瞬間に彗が横槍をいれる。その口振りはどこか人を蔑むような言い回しであった。

 オフィールは攻撃の手を一旦止める。彗の頭の回転と強さはそれなりに評価をしているからだ、故にアレという言葉が引っ掛かる。


「さすが彗ね。この場面でアレを見てもらうとか最高。でも私の力を使うには対価が必要よ?」


「こいつらでよくない」


 彗の足元には国王と宰相の死体があった。二人とも白目を向き、口からは舌が伸びている。生前からは考えられない間抜けた顔である。


「宰相はいいけど、そいつは長年私と連れ添った夫よ。国王よ、それを供物にとか――」


 宰相の死体に蹴りをいれる嵐と王の体に足を置く彗に悪魔アモンの顔が曇る。そこには悪魔ではなく、長年連れ添った王妃の顔となっているのか? 俯き肩を揺らしだす。王妃の震える声がこの奇妙とかした空間に響いた。

 

「長年連れ添った夫を生贄に~! もう最ッ高~!!」

 

 悪魔アモンはこれまでで一番の声を上げて笑い出す。それはもう盛大にゲラゲラと腹を抱えて笑い「じゃあ。いただきます――」と足を前に出した。


「茶番に付き合うつもりはないわ!」


 オフィールが攻撃を仕掛ける。発動した魔法は七匹の炎蛇。

 赤い魔法陣から這い出る炎蛇は真っ直ぐ悪魔に向かうが、命中することはなかった。炎は悪魔に届く前に阻まれる。


「——ど、どうしてあなたがここにいるの?」


 炎蛇を止めたのはオフィールと同じ魔人族の男であった。

 黄金色の鎧をまとい、炎蛇を断ち切った剣もまた黄金色である。 

 灰色の長い髪を後ろに靡かせている。頭部にある一角は天を刺す鋭さがあり、精悍な顔つきは種族は違えどさながら勇者に見える。


「レキオ!? どうやってこの転移結界の中に――」


 オフィールの疑問は最もである。何度か破られている転移結界だが、本来そんなことはありえない。

 彗と嵐はオフィールによって、斗真の必殺は勇者という存在故に、真緒の指示によるコッコちゃんは、時の神様の使い魔というこの世ならざる力のおかげである。

 そう本来なら転移結界には誰も入ることはできない。誰も出ることができない特殊な空間である。


 彗はこうも言っていた。――ここはオフィールさんの転移結界の中だ。誰かを簡単に呼び出せるなんて、それこそ僕らの力を超えているよ、神か、悪魔にしかできないよ。これは正しく捉えれば誰もオフィールの転移結界に入れないと意味している。であるなら、彗と嵐が入れたのは神か悪魔の仕業によるものだ。そうその存在こそが 悪魔:強欲のアモンである。


「レキオ、あなた――」


 レキオは憮然とした態度で立ち尽くす。オフィールは勇者と見紛う男、レキオに詰め寄る。

 二人は顔見知りよりもさらに深い関係なのが見て取れた。オフィールがレキオと呼ぶ声には恋仲を思わせる意味合いがあった。

 親しいはずのレキオからどうしてか反応がない。オフィールがレキオを改めて見る。精悍な顔はいつも通りではあるが、目に正気がなかった。


「貴様達! 何をしている!」


「みなさん! どうしたのですか⁉︎」


 後方からレットとソネットの焦った声。オフィールが振り返るとレキオ同様に魔人族の面々が姿を現していた。一人や、二人ではない。百、千を超えて、ゆうに万を超える魔人族がオフィールの作り出した空間内に現れた。


「みんな、どうして――」


 言葉を送っても反応がない。それどころか同じ仲間であるオフィールの邪魔をする。レット、ソネットをどうしてか拘束している。

 ありえない状況だ。だが唯一考えられるのは——オフィールは言葉をのみ込む。現れた魔人族の目は既にこと切れていた。全てが死人となりこの場所に現れたのだ。


「うそよ」


 認めたくない故に否定をするが現れた仲間は何も応えない。それが死者であることを告げている。オフィールが激しく動揺する。

 多くの魔人族をいつ間に死人にし、いつの間にその肉体を操ったのかという疑問がある。だがそれは相手が悪魔という一言で片付いてしまう。


「ごちそうさまでした」


 それは悪魔の声。唇をペロリと舐め、怪しく笑い出す。その仕草に行儀の良さが垣間見える。

 オフィールは目を疑う、それは先ほどまでいた宰相と国王の死体が忽然と消えていたからだ。この魔法のある世界で死体を消すというのはさほど難しいことではない。だがあまりにも早すぎる。僅か数秒である。

 それも、宰相と国王の死体は王妃から距離があった。

 一体どうやって消したのか。虹の魔女と謳われたオフィールでさえ、その出来事には皆目検討もつかなかった。

 

「違う、違う。君たちの扱う魔法なんていう不確かなものと、悪魔の力を一緒にしないでく。私は正しい形で食事をしたまでさ」


 悪魔はもう一度自らの舌を舐めた。舌先からは味の感想を告げるように涎が垂れる。甘露であったという様である。


「君のお仲間の魂も美味しくいただいたよ。本当は体ごと食べたかったけどね。彗がダメだっていうから我慢したんだよ。でもおかげで君は仲間と再開できたわけだ。そう考えると私の我慢も少しは良い方向に向いたということかな?」


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 オフィールは正しく悪魔の言葉を理解した。

 今まで仲間達の為に力を使い続けてきた。宰相からの洗脳から逃れられない中でも、それでもと仲間を守る為に己を捨ててきた。

 真緒が語ったことをオフィールは肯定も否定もしていない。だがもし事実であれば、彼女は同じようにこの世界に勇者召喚で異世界転移した人物である。その後にはこの世界に利用され、命を奪われ魔人族としての第二の人生が始まった。生前の記憶をもったまま。虹の魔女の肉体を受け継ぎ。数々の非道を、または己を下げる行為をしてきた。それは全て仲間を守る為であり、それが生きがいでもあった。

 

 その生きがいが潰えた。

 

 ―――――――――!!


 オフィールはもう一度叫んだ。それはどのような感情なのか本人も理解していない。ただ目の前の悪魔だけは殺してやる。そう思った。


「ははははっ! 良い表情だ! やはり生きるものには絶望がよく似合う!! どうせベルゼにも後々同じような裏切りにあうのだから。遅いか早いかの問題だぞ。そもそも、悪魔を信じちゃいけないんですよ――」


 虹の魔女が慟哭を上げ、瞬時にアモンの首が吹き飛んだ。

 魔法の発動さえ見えないほどである。オフィールは悪魔に向けた杖をゆっくり仲間だった者達へ向けた。口を開きかけたが、上手く言葉はでない、死者にはなにを言っても言葉というものは届かない。

 頬を伝う滴は血。悪魔アモンの首を吹き飛ばした際に付着し、流れた血である。虹の魔女は自信をよく分かっている。涙などとうに枯れていることを。

 死んでもなお都合のよいように扱われる仲間達、せめて彼らの肉体は自らの手で葬ってやるべきだと考えるのは、彼女がいかに仲間を想っていたかが分かる行為だ。


「共に地獄へ」


 意図せずに仲間達に向けていた。当然返答など返ってくるはずはない。代わりに聞こえてきたのは最も聴きたくない声である。


「はははっ! 魔が悪魔を討つか、ベルゼ辺りが好きな演出だよ。まぁ、私は嫌いだけどね」


「私が悪魔に対してなんの対策もしてないと思って⁉︎」


 攻撃を受けても当然のように悪魔は死ぬことがない。吹き飛ばされた頭部は逆再生のように瞬時に戻っていく。

 オフィールはさして驚いた様子を見せずに淡々と告げていた。いずれはくるであろう悪魔との戦いにそなえていたのは彼女の勤勉さが物語っている。


「死なない相手には死を超えた結果を与えればよいだけ――」


 虹の魔女が必殺の魔法を繰り出す時であった。相手は一人でない。その者にこそ最大限の警戒をするべきであった。

 仲間の惨状や悪魔の存在がオフィールの思考を狂わせた。


「オフィールさん。僕を忘れてもらっちゃ困るな? これで終わりだね。ママ手伝って。供物はそこらにいる魔人族を食べちゃっていいから!」


「彗――」


 死角からの一撃であった。彗の人差し指がズブリとオフィールの脇腹に深く刺さる。

 なにをやるかはもう理解できる。虹の魔女は恐怖という感情に襲われた。魔法の発動は分解によって妨げられている。その状態で悪魔に力を使われれば防ぎようが――。


「ご馳走様」

 

 悪魔の弾んだ声。遠くでは数百人ほどの魔人族が消えていた。

 途端にオフィールは白目を向き意識を手放した。それは敗北である。地面に倒れたオフィールは動く気配がない。彗が笑い出す。つられて悪魔も笑う。隠れていた嵐も駆けつけ三人で盛大に笑い合った。


 ――――――!!


「これで! この世界は僕のものだ! もう誰にも邪魔させない! 最強の魔女を従えられるんだから! いいよねママ!」


 彗の昂りは以上であった。狂気に染まっていた。その言葉通りに世界を手中におさめたかのような興奮であった。三人での笑いはしばらく続いた。

 オフィールはふらつきながらも何とか立っている状態であり、多くの魔人族と同じように目に正気がなかった。


「きさま! 一体何をした!!」


 笑いを止めたのはレットの怒号であった。死者と化した元仲間達に地面に押さえられていたレットは怒りに身を委ね強引に拘束を解いていく。黒く不穏な靄がレットの周囲に漂っている。


「あら? そこの奴は悪魔に魂を渡しちゃったようね。そうなると食べても美味しくないのよね」


「そんなこと言わないでよママ。良い駒は多くあったほうが良いんだから」


 レットを無視して会話を始める悪魔と彗、嵐はその横でただ笑っている。あからさまな挑発である。

 レットの中にある戦士としての矜恃がそれを許さない。瞬時に彗へと迫っていた。肉体は当初に比べるとさらに大きくなり、より強さが上がっているのが分かる。そんなレットの突進を止めたのは最強の駒と化したオフィールである。


「何をしたかって、お前には身を持って教えてやるよレット。ママがオフィールの魂を食ったんだよ」


 レットの一撃に合わせるようにオフィールの魔法がぶつかり合う。轟音が響く中で彗の指先がレットへと向かう。危険を感じ離れようとするがこの場に明確な敵である嵐もいる。嵐が手を合わせるとレットは足元の地面から灰色の手が現れ足首を掴まれる。大きく体勢が崩れてしまう。そのまま倒れそうになった時、体を支えられた。


「ソ、ソネット――」


 レットが倒れないように支えたのはソネットであった。味方の登場のはずだがレットの声は暗い。

 何故ならソネットの目には正気がなく、他の魔人族と同じように事切れた状態であったからだ。


「はい。ゲームオーバー。策もなく突っ込んで来る馬鹿としか言いようがないね。馬鹿で阿保だ。ママ!」 


「彗――」


 レットは自らの意識が遠のいていくのを感じた。

 シンと耳が痛いほどの静寂。こうして戦闘を生業とする多くの魔人族が一人の少年によって統治された瞬間であった。


「さて、次は君達だ。もうタネ明かしは終わってるからね。真実を知った気分はどうだい? 僕もこの姿になってから聞かされてさ〜正直げんなりはしたよね」


 彗が勇者一行に体を向ける。魔人族との一連のやりとりを終えたあとの顔は清々しい様であった。

 横には嵐が並び、背後にはオフィール、レット、ソネットがいる。三人の後ろには数万を超える魔人族。


「言っとくけど僕には逆らわないほうがいいよ。僕の気分次第で君たちを殺すことも可能だから」


 少し離れたところで悪魔アモンがあくびをしていた。自分の興味をしめさないものには、とことん感心を示さない。その態度は正に悪魔である。

 彗がたっぷりと時間をかけて勇者一行のもとまで歩いていく。一人一人の表情を確かめながら。恐怖、反骨、不安、様々な顔が彗を心の底から笑わせていく。


「これでこの世界は僕のものだ。愚かだよ人族の最後は実に呆気なかったな。召喚された奴に殺されるなんて物語としては下の下だね」


 移動を終え彗は皆の前に立つ。元は同じ人間である、同じクラスメイトであったが随分と変わってしまった。

 片や一致団結し、仲間達を救う為に力を合わせここまできた勇者達。片や殺され、世界の真実を知り、力で統治することを選んだ彗。

 

「さて、優しい俺はここで君たちに決定権を与えてやるよ。俺の奴隷として生きるか、このまま死ぬ――」


「——定められた勝利ディオース・セイリヴァーン


 勇者の一振りが冴える。絶対無敵の一撃は全ての悪を撃つ一撃である。全てをのみこむ白光が四方へと爆ぜる。


 光にのまれる彗の口角は上がっていた。

 白に染まる世界の中ではどんな敵をも無力にしてしまう。それが勇者が勇者たらしめん存在である。

 白光が収束していくと、転移結界と現実の世界が混在した妙な光景が広がっていた。

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